気がついたら碇シンジだった   作:望夢

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シン・エヴァが公開延期。仕方がないけど悲しい。
こっちの話しも全然進まないけれど、金ローでエヴァやったからなんとか仕上げてみたよ。


夕焼けのシンジ君

 

 ガギエルを倒した午後のコーヒーブレイクは珍しくリツコさんが淹れてくれたコーヒーとは別の物に口を付けていた。

 

 対面しているのはユイさんただ1人。ここはユイさんのデスクだ。

 

 その表情は硬い。何故なのかと思いながら彼女の言葉を待つ。視線を泳がせる様はまるでシンジ君の様に重なって見えた。

 

 コーヒーカップの中身が無くなった事で、カップを置いた音を皮切りにユイさんが口を開いた。

 

「実は、シンジと会って欲しいの」

 

「……何故ですか?」

 

 ユイさんから告げられた言葉に純粋に疑問を浮かべる。自分とシンジ君が対面してもメリットはないだろう。もし初号機の中での事を彼が覚えているのなら、シンジ君からすれば自分は顔も会わせたくない人間になる。何しろ彼が安らげる場所から追い出した相手になるのだから。

 

 シオンの為とはいえ、そんな事情は身勝手だがシンジ君には関係のないことだったのだから。

 

「…恥ずかしい話だけれど。私はあの子とどう接したら良いのかわからないの」

 

「愛しているのに、ですか?」

 

「ええ。……酷い親よね。愛しているのなら接し方なんて考えなくてもわかるというのに」

 

 そうは言うが、10年もの間エヴァの中にいたユイさんがシンジ君との接し方がわからないというのは当然の事だろう。

 

 ヒトとして過ごしていれば愛し方も子の成長と共に変わっていくものだ。しかし10年の空白はそう簡単に埋めることなど出来なかったということなのだろうか。

 

 あるいはシンジ君にも何か問題があるかもしれない。

 

「シンジ君はどうしているんですか?」

 

「健康上は元気ではあるけれど、部屋を訪ねても背中を向けられてしまうの。当然よね。私はあの子ではなく、あの子が生きていく為のセカイを選んでしまったのだから。母親失格よ」

 

 聡明なユイさんは自己解析も早い。ならその問題点を解決すれば良いのだけれども。

 

「ユイさんはまだ、シンジ君を選べないという事ですか?」

 

「……わからないわ。私はセカイを選んだ。エヴァの中からあの子を見守る事を選んでしまった。その事に後悔はないわ。だから今さら、あの子の母を名乗る権利なんてないのかもしれない」

 

 なんというか。確かに普通の母親というのとはユイさんは少し違う。確かに親の愛はあるのかもしれない。しかしエヴァの中に残り、ヒトの生きた証を遺すとまでした彼女はロマンチストであるが、子供からすればそんなことは関係ないし知らない。子供にとって親というものは大人になるまではセカイの半分を占める存在だと自分は思っている。

 

 母を失い、父に捨てられたシンジ君。それもまだ幼すぎる頃ともなればセカイを丸々奪われてしまった事も同義だ。

 

 しかしユイさんがエヴァに残っていなければ初号機は動くことはなかっただろう。だがやはり子供からすればそんなことは関係のない事だ。

 

 世界中の人々の幸せをアナタが守るのだとシンジに告げたり、生きていれば何処でだって幸せになれる、という言葉からも、やはりユイさんはロマンチストな人なのだというのが伺い知れる。

 

 とはいえ、人並みに他人を愛せるし、だからゲンドウとも夫婦となったし、シンジ君も産まれた。

 

 とはいえシンジ君が産まれて来るために自分達は出逢ったのだとゲンドウに告げるところは、やっぱりロマンチストよなぁ。

 

 つまり何が言いたいのか。

 

 ウジウジ考えてないでただシンジ君を抱き締めてあげればそれで良いのだ。

 

 シンジ君がユイさんに求める愛はそんな愛だ。子供が母親から無条件に与えられる愛こそが今のシンジ君には必要なのだ。

 

 しかしそれはシンジ君の記憶を持つ自分が導き出している答えに過ぎない。本当のところはどうなのかは本人でなければわからない。

 

 つまりやっぱり一度今のシンジ君と顔を会わせてみないとわからないのだ。

 

 それに母親を名乗って良いのかと負い目を感じているユイさんにもまだ時間は必要なのだろう。……ラミエルを倒してからもう一月は経つというのに、10年の空白は思った以上に深刻そうだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 もう1人のシンジを呼び出して、用件を告げると返された問答はシンジを愛しているかどうかという事だった。

 

 シンジの事を愛している。それは間違いない事。それは断言出来る。

 

 けれど私はエヴァの中で永遠となり、あの子を見守る事を選んだ。

 

「それもまた愛だと言えるのは、大人の身勝手な言葉ですよ。子供はそんなことよりも目の前に居る親にただ愛されたいだけなんですから」

 

 もう1人のシンジは私の意を汲み取って、そう言葉を返してくる。そんなシンジは大人だと思ってしまう。シンジが大人になれば、そう思ってくれるのだろうか。

 

「それは逃げてるだけですよ、ユイさん。シンジ君に甘えちゃダメだ。少なくともユイさんはエヴァの中に居た分、シンジ君を甘やかさなくちゃダメなんです」

 

「シンジは、そう望んでくれるかしら……」

 

「あの年頃の男の子は複雑ですからね。でも、どんな事を思っていても子は心の何処かで親を愛している。それが親子の絆ですよ」

 

 でなかったら何年も放ったらかしにした父親の呼び出しに応じたり、父親の置いていったウォークマンを大切に使い続けるわけないでしょう?と、シンジは言った。

 

「それでも、シンジ君がどう思っているのかは、自分の勝手な考えですけどね。でも何年も離れていた父親からの急な呼び出しに応える位には親を求めているのは確かですよ」

 

「親を、求めている…」

 

「世界中の人々の幸せを願うのなら、先ずは人として、親として、シンジ君の幸せも願ってください。自分の子供だとしても、このセカイを生きるヒトの1人なんですから」

 

「っ、シンジ…!」

 

「それじゃあちょっと行ってきます」と言い残してもう1人のシンジは部屋を出ていった。

 

 シンジの言い残した言葉は、私が幼いシンジと交わした言葉だった。

 

「自分の子も満足に愛してあげられなかった人間に、人々の幸せを願う権利はないと言いたいのね、シンジ」

 

 何故シンジがその言葉を言い残したのかを読み取るなら、顔も知らない誰かの幸せを願うよりも先に、自分の子を幸せにして欲しかった。そういうことなのだろう。

 

 それを選べなかった時点で、今更自分がシンジの母を名乗る資格はないのだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ユイさんの部屋を出て、急ぎ足で向かう先はネルフ直轄の総合病院だ。自分も知らない天井でお世話になった場所でもある。

 

 初号機の中から引っ張り出したシンジ君は以後、この病院で入院生活を送っている。精神療養の為の入院となっている為、身内以外は面会出来ないのだが、そこはネルフ関係者という事で特例が適応できる。

 

 正午に太平洋艦隊へと合流し、おやつの時間辺りに新横須賀へ到着。そこから第3新東京市に戻って直ぐにユイさんに呼び出された。

 

 そしてそこから病室に来たのでもう夜を目前とした夕方だ。

 

 窓から射し込む赤い光は程好く黄金色で、そして真っ赤だ。

 

 ユイさんに逃げるなと言った手前、自分も忙しさに構い掛けて考えないようにしていた節もあるシンジ君との対面から逃げてはならない。

 

 ノックも無く部屋に入り、ベッドへと近付けば、そこにはシンジ君が背を向けて横になっていた。

 

「こんにちは」

 

 自分が言葉を発すると、その声を聞いたシンジ君は肩を震わせた。

 

「……なにしに、来たんだよ…」

 

 シンジ君の声には怒気が含まれていた。その言葉から初号機の中での出来事を覚えているのだと察する。

 

「どんな様子か気になってね。元気そうでなにより」

 

「ならもう良いだろう。早く出て行ってよ」

 

 シンジ君から告げられるのは拒絶の言葉。当たり前と言えば当たり前か。シンジ君からすれば自分は敵も同然だから残当だろう。

 

「まぁ、その調子なら退院も問題なさそうだね」

 

「っ、…な、なに言ってんだよ……」

 

 退院という言葉を聞いたシンジ君は跳び跳ねる様に身体を起こして此方を見た。

 

「だから退院。元気なのにいつまでも入院してるワケにもいかないでしょう」

 

「そんなの知らないよ。僕の事は放っておいてよ」

 

「ちなみにもう退院手続きは済ませてあって、あと30分でそのベッド空けなきゃならないからね?」

 

「そ、そんなの聞いてないよ!」

 

「今言った」

 

「お、横暴だよこんなの。行く所なんかないし。どうしろっていうんだよ…」

 

 シンジ君は最初の一声こそ此方を睨んできたが、その眼を真っ直ぐ見返してやると直ぐに眼を背けた。そして項垂れる様に上半身をシーツに沈めた。

 

 どうして退院したら行き場所がないなんて極端な話になるのだろうか。

 

「……母さんと、一緒に暮らさないの?」

 

 敢えて自分の声を少し高くして旧劇シンジ君トーンに変える。そうすれば目の前に居るシンジ君の声その物が自分の喉から発せられ言葉として紡がれた。

 

 夕日の自問自答。電車の中では無いが、シンジ君の心に語り掛けるという意味ではこういうシチュエーションの方が心に迫れるだろう。

 

「別に。母さんだって、やっぱり僕の事なんかどうでも良いんだ。僕はただ、もう、なにもしたくないんだ」

 

 シンジ君からすれば、初号機の中で、母親に守られながら眠っていたかったのだろう。

 

 ユイさんに、どんなことがあっても自分の事を守って欲しかったのだろう。

 

 甘ったれるなというのはシンジ君の事を知らない他人だから言える無責任な言葉だろう。

 

「良いんじゃないかな、それでも」

 

「え?」

 

「なにもしたくないって誰にだってあることなんだから、無理になにかする必要なんてないんじゃないかな。それとも、やっぱりエヴァに乗りたいの?」

 

「そんなこと…。でも、僕は…っ」

 

「エヴァに乗らない(きみ)が無価値だなんて、誰が決めたの?」

 

 シンジ君の思うことは自分にとっても同じ様な事を思っていた。何も出来ない、成し遂げられない自分の事を無価値だと決めつけていた。

 

 でも、誰かにとって自分は無価値ではなく、ちゃんと居る意味がある存在なのだ。

 レンのお陰で、気付く事が出来た自分が偉そうに言える立場じゃないが。

 

「エヴァに乗らない(きみ)は要らないなんて誰が言ったの?」

 

「でも、アレに乗らない僕に居場所なんてないじゃないか」

 

 確かにそれはシンジ君の言う通りだ。エヴァに乗れるから第三新東京市に居られる。必要とされる。居場所がある。

 

 全てがエヴァを中心にして回っている以上、エヴァに乗れなければ第三新東京市で、ネルフで、必要とはされない。

 

「ほら、やっぱりそうなんじゃないか。(ぼく)だって、エヴァに乗れるから必要とされるんだ」

 

 確かにネルフにとってはそうだろう。でも、それは最初の切っ掛けに過ぎないものだと自分では思っている。

 

 今の自分には、エヴァのパイロットとしてだけでなく、中学校の教育実習生としての立場もある。そしてネルフでだって自分に出来ることでエヴァのパイロット以外の価値観を積み上げて行っている。

 

「そんなことはないよ。僕には、僕を必要としてくれる人が居る」

 

 真っ先に浮かんだのはレンだった。そしてシオンとレイが。

 

 リツコさんも、そうであってくれるのなら嬉しい。

 

 エヴァのパイロットではなく、綾波シンジ個人に価値を抱いてくれている人達が居るから、もう自分の事を無価値だなんて思わない。

 

(きみ)だって無価値なんかじゃない。エヴァに乗って戦った。人に誇れる立派な事をしたんだ。そこからエヴァのパイロットという価値以外を積み上げて行けば良い。焦らないで、ゆっくり自分のペースでね」

 

「そんなこと、出来るわけない」

 

「出来るさ。ううん、僕が出来る様にする。誰にも文句は言わせない」

 

「だから行こう?」と言って、返事を言う暇を持たせずにシンジ君をベッドの中から引き摺り出す。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」とは聞こえるが無視。多少強引でなければシンジ君はいつまでもクヨクヨグチグチとして話が進まない。そういう点だと、ミサトさんの強引さはシンジ君にとっては正解だったのかもしれない。

 

 シンジ君を伴って病院を出る。すっかり日は沈む時間だ。

 

 車を飛ばして辿り着いたのは、例の高台だ。朱色に染まる解体中のラミエルの遺骸が結構眼を引いた。

 

「なんだか、なにもない街だ」

 

「まぁ、見てなよ」

 

 第三新東京市はガギエル出現の報を受けて戦闘形態に移行していた。更に弐号機の搬入の為の機密保持の為に搬入が終わるまで住民の避難は続いていた。

 

 使徒殲滅は確認され、非常事態宣言は解除されたが、弐号機の搬入が終わってやっと第三新東京市も普段の姿を取り戻す。

 

 サイレンが響き渡りハッチが開いてビルが迫り上がって行く。

 

「凄い……。ビルが生えてく」

 

 そんなシンジ君の言葉を聞きながら、自分もその光景に魅入っていた。こういう光景に感じ入るシンジ君も男の子だなぁと思いながら。

 

 上がりきったビルがロックボルトで固定され、明かりが点っていく。

 

「これが使徒迎撃要塞都市──第三新東京市。僕たちの街だ。そして、君が最初に守った街。理由はどうあれ、君があの時エヴァに乗ったからこそ存在する光景で、君はこの街で生活している人達の命を守ったんだ」

 

「別に、僕は…」

 

 誰かの為に乗った訳じゃない。ただ、エヴァに乗れば父さんが自分の事を見てくれるかもしれない。そう思ったからエヴァに乗った。

 

 傷を負っていたレイを前にして、そんな女の子を戦わせられないという気持ちの奥底に渦巻いていた本当の心はそんな所だ。

 

 だから褒められても素直に受け止められない。さらにはシンジ君にとっては未だ味方とは言えない自分からの言葉では尚更だろう。ミサトさんの様には上手く出来ない。それも仕方がない、すべてはこれからだ。

 

 

 

つづく。


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