2000年初期の頃みたいにエヴァのFFだったりSSがもう一度盛り上がる時代とか来ませんかねぇ。
日課の朝の散歩に出る前だった。
部屋を出るとカヲル君が通路に居た。
「おはようカヲル君」
「おはよう兄さん。少し良いかな?」
「良いよ。でもカヲル君からなんて珍しいね」
用があるのはほぼ此方からで、カヲル君から声が掛かることは本当に少い。
「実は暫く月に行くことになってね」
「ツキって、あの月?」
カヲル君が月と言うと途端に意味深くなるので、頭の上を指すジェスチャーで確認を取ると、カヲル君は頷いた。
さて、カヲル君と月と聞くとひとつ思い当たる事がある。
「ただの観光、というワケじゃないよね」
「そうだね。ただ、僕がどうなったとしても、シンジ君の幸せを願っているのは変わらないことだよ」
「なんでそんなことを言うの?」
まるで最後の様な言い回しの言葉に心配が募る。
「僕は君の鈴役を放棄していたからね。僕という存在も代わりの居る幾つもの僕の一個体でしかない。彼らに不都合があれば、僕は不要なモノとして処理されるだけさ」
そう言ったカヲル君だったけれども、それをカヲル君が承知しているものとは思えないのは、その事をカヲル君本人が不服そうに語っていたからだ。
「カヲル君はカヲル君だよ。僕たちと話して、ご飯食べて、一緒に生きてきたカヲル君は、目の前のカヲル君だけだ」
「僕と君は敵同士なのに、何故君は僕の事を心配するんだい?」
「それは僕と君の立場であって、君が僕個人の敵じゃなかったからだよ。シンジ君の幸せを願うのなら、僕は目の前のカヲル君に帰ってきて欲しい」
代わりが居るからだとかで納得しない。記憶が引き継がれるのだから良いとも言わない。
自分が見てきた目の前のカヲル君だから信じられる。
「君は我が儘だね」
「我が儘だから、戦えるんだよ」
サードインパクトを起こさせないために、人類補完計画を阻止する為に。
「だからカヲル君にも我が儘になって欲しい。君は『自由』なんだから」
「……なるほど、そうだね。僕は『自由』…か」
「か、カヲル君…?」
自由意思を司る使徒である自分を再認識する様に呟いたカヲル君に、何故か抱き締められた。
「キミの中に居る彼が羨ましいよ。肉体も、魂も、何者にも脅かされる事もなく還る場所。リリンや僕たちが求める安らぎの部屋。僕も、其処に還れるのなら」
「んっ、ぅっ」
カヲル君の身体が、自我境界線を超えてひとつになろうとしてくる。
「そうか。僕たちもまた、ひとつになることで安らぎを得たかったのか。他者との隔たり。ATフィールドは僕たちを強くするモノであっても、僕たちの弱さまでは守る事は出来ない」
「アダムも、リリスも、ひとりぼっちが寂しくて自分の仔を産み出した。でも生命を象るのにATフィールドは絶対的に必要な他者との壁だ。だからひとりぼっちではなくなっても、寂しさは残ってしまった。でも黒き月の生命は、その寂しさを癒す方法を知っている。その頂点であるリリンも例外じゃない」
「…涙。何故、僕が」
「誰かに受け入れて貰えるのってさ、とても嬉しくて、安心して、ココロが解れるものなんだよ」
「キミは、僕を受け入れてくれるのかい?」
「出会った頃と違うのは、今のカヲル君なら僕は良いって思うのは、それだけカヲル君を知ったから」
カヲル君は確かにゼーレの側の存在かもしれない。けれどもカヲル君個人は敵じゃないと思えるのは微笑んでシンジ君と過ごしていたのを見ていたからだ。
「他者を受け入れる為に時を必要とする。自我の強いリリン特有の無駄遣いだね」
「その無駄な時間で、ヒトは絆を深めあって、他者を自分の中に受け入れられるんだよ」
「生命として強すぎる僕たちには、その脆さが理解できないんだろうね」
「でも今はリリンの肉体を持つカヲル君なら理解できる事だと僕は思うよ」
「キミの言葉は優しく響き渡るね」
「ヒトの優しさが解るキミは、もうただの使徒じゃないよ。使徒でありながらヒトのココロを持つ新しい存在だよ」
「キミのお陰で産まれ変われたんだよ。お母さん」
「お母さんはちょっと困るかなぁ」
「仕方がない。姉さんで我慢してあげるよ」
「いきなりボケ倒すのやめない? 本気なんだかどうなんだか判断に困るんだけど」
「僕に自由にしろと言ったのはキミだよ?」
「自由過ぎても困っちゃうよ。加減はしてね?」
「難しいね、リリンはさ」
「それがヒトだから仕方がないんだよ」
互いに向かい合って笑い合う。カヲル君からはもう顔の陰りが無くなっていた。
「ちょっと付き合って欲しいんだ。構わないかい?」
「うん。良いよ」
カヲル君みたいな美形に手を握られてそんなことを言われたら、普通の女の子は一撃だろう。あとはシンジ君も。男で良かった。
「僕が女の子だったら、シンジ君はもっと早く僕を受け入れてくれたかい?」
「ノーコメントで」
そんなことを言うカヲル君は少し意地悪そうな、イタズラをしてやろうかと思案する顔をしている。
カヲル君が女の子だったら?
自分はともかくシンジ君が保たないでズブズブになってそうだから、今のカヲシンを維持する為にもカヲル君には男の子でいて欲しい。
◇◇◇◇◇
カヲル君に連れられてやって来たのは司令私室。つまりゲンドウのもとだった。
ユイさんのお陰か、部屋は綺麗に片付いていた。
「お前たちがやって来た理由は、コレか?」
そう言ってゲンドウが見せたのは、右手に宿る胎児のアダムだ。
「やはりアナタが持っていたんですね」
カヲル君の視線がゲンドウの右手を指してからその右手の主を向く。
「今の私には、最早不要のモノだが。今までの罪を忘れるなと言わんばかりに何をしようとしても阻まれる」
「その肉体の防衛本能がそうさせるのだろうね」
「シンジ君と話さないのも、その手を見られたくないからですか?」
「……いや。それは私自身の問題だ。コレは関係ない」
ゲンドウはシンジ君を恐れて遠ざけた。シンジ君を愛せる自信も、愛される自信も無くて、傷つけるくらいなら遠ざけた方が良いという不器用な人だ。
「何をするつもりだ?」
「そんなモノがあったら、シンジ君を抱き締められないじゃないですか」
ゲンドウの右手の手の平を両手で包む。そんな自分の手をさらにカヲル君が包む。
「元々は僕の肉体だ。その扱いも僕が心得ている」
「あなたが今まで歩んできた道は決して良いモノじゃなかった。でもやり直して欲しいと思うんです。シンジ君の為にも、もう一度」
「お前たち…」
メリメリと、なにかを剥がす様な音と共に、自分の右手に熱を感じる。自分の中にアダムが入ってくるのを感じる。そのアダムも、自分の中に融けて広がっていく。きっとそれはカヲル君がやってくれた事だと察する。
「んっ……ふぅ。…もう、大丈夫、ですよ…」
身体に感じる熱りと気怠さ。カヲル君に身体を支えて貰ってその言葉を口にした。
ゲンドウの右手は、皮を剥がした様に色が変わっているが、もう其処にはアダムの肉体はなかった。
「アダムを取り込んだのか」
「それでもあなたの罪が無くならない。過去は変えられない。でも、未来を穢す必要なんてないですよ」
「そうか……」
「生きてください。シンジ君との未来を。それが碇シンジでもあった僕からの願いです」
「そうか…」
ゲンドウの罪は上げていけばキリがない。それでもあんなものを残しておく必要もない。
堤防に並んで魚釣りでもしてくれればそれで良い。
◇◇◇◇◇
ネルフ本部内ターミナルドグマ。
ネルフ本部に勤務する人間でも限られた人間が踏み入れる場所。
そのターミナルドグマで最もリリスに近い場所。
ダミープラグユニット生産プラント。
天井からは人間の脳にも見えなくもない複雑怪奇に絡み合った配管が伸び、その先には脳幹の如く存在するのは半透明のガラス張りの筒──空の中央プラント。
真っ暗な部屋にそれだけが存在する様は不気味としか言い様がない。
隣をここまで歩いてきたレイは、此方の手を握る力は強く白み、震えてさえいる。握られている此方は相応の痛みを感じるが、彼女の事を想えばこんなもの痛みにもなりはしない。
見て貰いたいものがあると導かれて来たこの場所は、レイの出生、存在、全てを司る場所だ。
正直この場に連れてこられるとは思いもよらず、此処に居るのは自分とレイだけだ。
ただこの場所に来た事を理解した時にはもう、腹は括った。
「わたしはワタシでもあって、私でもある。でもそれだけじゃない。わたしはわたしだけじゃない、わたしの代わりは幾らでも居るの」
そうレイが言葉にすると、暗闇であった壁面に明かりが灯り、L.C.Lに浮かぶ無数のレイを映し出す。
わかっていた事だから驚きはない。ただやはりホラー的な演出に内心は夢に見そうだと苦笑いを浮かべる。
「あなたはわたしはわたしで良いと言ってくれる。でも、わたしはわたしである事を嬉しいと思うけれど、わたしになれないわたしがコワい」
肩まで震わせるレイの身体を抱き寄せる。
「良いんだよ。レイはレイしか居ないんだから」
「わたしは、わたしはっ、なに、わたしは本当にわたしで居て良いの…?」
「もちろん。不安なら何度でも言ってあげる。教えてあげる。伝えてあげる。レイは、綾波レイは、ひとりしか居ないんだから」
「っ、うっ、うぅっ…っ」
此方の背中を掻き抱いてしがみつきながら嗚咽を漏らすレイの頭を撫でる。
自我を育み、自身を確立してきたレイにとってはもはやこの場所がイヤでイヤで仕方のない場所なのだろう。
それはレイが自分をひとつの命であることを自覚していることに他ならない事に嬉しさを感じる。
「自分だけ自由になるなんてユルサナイ…」
「っ、レイ? あ、が、ぐ…ぁ……っ」
唐突に呟かれたレイのモノとは思えない声に訝しむと、首を何者かが締め上げる。いや、レイが此方の首を締めている。
「だ、れ、だ…」
「身体が使徒だと頑丈なのね」
此方を蔑む様に目を細めるレイは明らかにレイとは違う別の誰かだ。
「どうせあの人と同じ様に、わたしも、ワタシも、私も、みんな利用してるだけでしょう。あなたが気持ち良くなりたいただそれだけの為に」
「ち、ぅおぇ、が…う…っ」
女の子の力とは思えない程に首の締め付けは強くびくともしない。ATフィールドが使えれば対処は出来ても、その瞬間本部内に警報が鳴り響く最後の手段だ。
「どうしたの? 殺されそうなのに躊躇してるの? そんなにこの子が大事? バケモノのクセに」
「あ、たり、ま、え、だ…っ、ぉえぇっ、げぼっ」
酸素が行き渡らず薄くなる意識を気合いで繋ぎ止めて、その循環を心臓のS2機関で保つ。使徒もエヴァも呼吸なんて必要じゃない。今は自分をエヴァに準えて生命維持を第一とした。
「おかしいわね。わたしの時はあんなにあっさりだったのに」
レイではないモノのその呟きを聞いて、零号機、初号機、13号機、更には各エヴァを通じてリンクしているMAGIの演算能力が算出した答えと、自身の疑問がひとつの答えを提示する。
「ひ、とり、め、の…ッ」
「あら。もうわかってしまったのね。つまらないわ」
「ぐぅぅッ」
更に締め付けが増す。
レイという存在で首を絞められた経験談なんて語られたら1人しか思い当たらない。
「な、ん、でっ」
「なんで? わたしはわたしでもあるのだから当然でしょ?」
レイの引き継ぎのメカニズムについての詳しい言及は無いが、旧劇の描写からしてダミープラントで他の身体に記憶の引き継ぎが行われていただろう推測は容易い。
だからアルミサエルと刺し違えた時の想いはあの2人目のレイだけの物だ。
でも魂が引き継がれた3人目も涙を流した事から記憶は魂にもある程度付随している事が伺える。
でなかったら魂だけの存在の自分が向こうからこっちに記憶を引き継いだままシンジ君の身体に宿る筈がない。
「あなたはわたしをわたしにしたから、わたしもわたしになった。けれどそれは他のわたしも同じ。わたしだけが自由になって、わたしだけが檻の中なんてユルサナイ…」
霞む視界の中で、培養槽の中のすべてのレイが自分を──レイを見ていることを気付く。
「だからわたしはユルサナイ。わたしをわたしにしたあなたを赦さない。だから殺してアゲル」
いつの間にか景色は変わり、馴染みのあるオレンジの海の中で、巨大な白い巨人に身体を握り締められていた。その仮面は七つ目の、ゼーレのマークでもあり、旧劇のリリスの物だ。
その仮面が剥がれ落ち、その貌がレイのモノとなっていく。
レイがリリスの魂であるのなら、1人目のレイもまた同じ。その魂はリリスであって当然の事だ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!!!」
身体を締め上げる力はレイの身体の時の比ではない。骨が軋む音が聞こえる。とはいえ此処が魂だけが存在するガフの部屋ならば、これは魂の軋む音だ。
レンの時とは違う。ひとつになろうとするものではない。これは魂を壊すただそれだけの為の暴力だった。
「わたしはワタシみたいにひとつになろうなんて思わない。だからこんな簡単にあなたを壊せる」
「ぐ、ぎっ、ぅがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!!!」
魂を直接攻撃される経験なんて無いことだから抗えず悲鳴だけが口から飛び出すが、逆を言えば挫けない限り砕けないということだ。
「無駄にしぶとい。じゃあこうしてあげる」
そう呟いたリリスは、その口を見せびらかせる様に大きく開けた。そこから察する結末はリリスという存在が頭の中で旧劇を強く意識させているからだろう。直接魂を噛み砕いてしまおうというなんとも子供らしい発想だ。
そう、子供だ。なんとも子供らしい。
子供だから歪みやすくて影響され易くて、純真無垢な子供をユイさんを失って拗れに拗れた悪い例のゲンドウの側に置いておけばこうもなる。あるいはそれをすべて計算した上で、用済みのナオコさんを陥れる為に1人目のレイを仕向けたか。これもまた、ゲンドウの罪の一つだ。
「じゃ、さよなら」
大きな口が恐怖感を煽るようにゆっくりと近付いてくる、人なら静かな吐息でさえこのサイズ差なら大きな温風だ。
「ナメるなよ、クソガキ」
「え…?」
静かに呟いた筈の言葉が厭に響いて、リリスは動きを止めた。
その隙を突く様に横から13号機が空間を砕きながら現れ、リリスを殴り飛ばした。
「きゃあああっ!!」
リリスの手の内から放り出されるが、そのままATフィールド推進の応用で身体を浮遊させる。
13号機を背に腕を組んで、殴られて倒れたリリスを見下ろす。
さながら気分は宇宙怪獣を前にガイナ立ちを披露するバスターマシン7号withバスターマシン軍団だ。脳内には当然ガンバスターマーチ指定である。
でも13号機を勝手に動かしたとなると第7ケイジが壊れてそうだ。あとでリツコさんとか冬月先生に謝らないとなぁ。
「な、なんで…っ!?」
殴られた頬を押さえながらリリスが此方を、13号機を睨み付けてくる。
「ガフの部屋は魂の還る場所だとしても、13号機は俺自身の魂の器だ。そしてATフィールドを反転させてアンチATフィールドを局所的に展開すればガフの部屋の扉を開くことなんてどうってこともない。わかったかクソガキ。フロム脳搭載してるエヴァヲタクを舐めるのも大概にしろ」
「ヒッ」
仕方がない事とはいえ、いやあればどうしようもなかったのか。それを煽るくらいにゲンドウのシナリオは完璧だったのか。ナオコさんは1人目のレイを殺してはならなかったんだ。それを言うのは酷過ぎるし、終わってしまった話を蒸し返しても仕方がない。
知るかそんなのクソ食らえだ。大人として舐めた口を利くクソガキは叱ってやらなくちゃならないんだ。
13号機の肩に降り立つと、機体がリリスに向かって歩き出す。
「い、いや、や、こ、来ないで…っ、こっち来ないでよ!!」
一皮剥けばその本性は丸っきり子供だ。綾波シスターズ末っ子筆頭のシオンより子供だ。……いや、シオンはわかっててあのキャラしてるから質が悪い。
そういう意味では早々に殺されてヒトらしい時間を過ごしていない1人目のレイは正しく子供だと言うことだ。
怯えながら後退るリリス──巨大なレイを見るとイジメてるみたいで物凄く良心が痛いが、ここは心を鬼にしよう。
「ひぃぃっ、やあああ!!!! 離して、離して!!」
13号機はリリスの両脇に手を通して持ち上げる。逃げようとするけれども、そこは第三と第四の腕も使って逃げないように押さえ付ける。
リリスの視線の高さに合うように13号機の肩から飛び上がる。
「ごめんなさいは?」
「え…?」
「君は自分の都合で俺を殺そうとした。自分が気に入らないからって他人を殺そうとするなんていけないことなんだ。悪いことをしたらごめんなさいしなくちゃダメなんだ」
「そ、それくらい知ってるわ…っ」
「なら出来るよね?」
「…女の子を力で捩じ伏せて謝らせようなんて鬼畜外道よ」
「全部聞こえてるぞー」
「オトコなら聞いてないフリくらいしなさいよ!」
先程まで殺されそうだったのに空気はもうぐだぐだだ。それも仕方がない。何故なら自分は綾波族にめっぽう弱い、甘い、好き、なのだから。
「そこまでの自己があるのならレイの中に居る必要も無いでしょうに」
「わたしもわたしなのよ? そんなこと出来るわけ無いじゃない。そんな魂を引き裂いて別けるようなことなんて」
「ならそれが出来る様に魂を分ければ問題ないわけでしょう?」
「そんなこと出来るわけ……」
そう、普通なら出来るわけがない。
でもイスラフェルを取り込んでいる自分なら可能な事だった。
「1度俺に君の魂を取り込んでもう1度別ける。君ひとりで足りない部分を俺が補えば良い」
「……出来るの?」
期待する様な、縋るような眼差しをリリスは向けてくる。綾波族は共通して自己の確立に不安を抱える娘たちばかりだ。そんな娘達の兄をやってるのは伊達じゃない。
「理論上は」
「なら、わたしがわたしになれたら、ごめんなさいしてあげる」
「生意気だなぁ。自分の立場わかってる?」
「仕方ないでしょ。文句ならあの根暗おやじに言って」
生意気な上に自分の性格の原因を他人に擦り付けやがった。とはいえこの娘も被害者であることには変わり無い。
ホントあのマダオはホントマダオもうマダオとしかコメントがわかないわ。
「でも、わたしだけじゃない、わたしたちみんなわたしなのよ」
「わかってる」
リリスが言う様に、ダミーユニットすべてを一つにするつもりだ。
リツコさんは魂の宿らないただの容れ物だと言った。
でもならどうしてそんな容れ物でエヴァが動く。シンジ君の声に反応した。
魂がなければエヴァは動かない。ヒトも同じだ。
ならダミーのレイ達は?
レイの記憶から、魂の欠片とも言うべきものを持っていても不思議でもない。レイの中に1人目のレイが居た様に。
「なにを願うの……?」
「君が君として存在することを、かな?」
「……いつかきっと刺されるわよ、あなた」
「その時は、まぁ、自業自得ってことで受け入れるよ」
リリスを迎え入れる様に両腕を広げる。
13号機が白く光耀いて擬似シン化形態へとなっていく。
そして、リリスの両手が優しく自分を包んで、その胸に受け入れる。
リリスと1つになったことで、リリスだけじゃない、レイの存在を感じる。リリスと存在を共通しているから、レンやシオンの存在をより強く感じる。
13号機がこの場に来れた理由は、ターミナルドグマ最深部のヘブンズドアの奥。リリスを前に零号機と初号機が共にアンチATフィールドを形成してくれていたからだ。
そして、レイともひとつになった事でレイの抱えていた苦しみも理解した。
数えきれない程の自分を感じるなんて、自分が自分であることを不安に思って当然だ。自分の他に自分がいくらでも居るのなら、自分のことを代わりが居るだなんて思っても当然だ。
でも違う。レイはレイだ。
「そう。あなたがわたしをわたしにしてくれた」
「ワタシをワタシに」
「私を私に」
「わたし達をわたし達に」
レイが、レンが、シオンが、リリスが、俺を包み込んでくる。
そして無数の漂うレイ達を迎え入れる。
俺の中のイスラフェルが少しびっくりしているけれども、それを落ち着かせながらダミーのレイ達を受け入れる。外の13号機を介して見える今のリリスは翼を生やして両腕を受け入れる様に広げて、ダミープラントを両手で包んでいた。それはさながらサードインパクトで黒き月を介して人々の魂を受け入れる巨大なリリスそのものだった。
受け入れる数多のレイたちは、やはり存在感が薄すぎてL.C.Lの中で辛うじて自我境界線を保てる程度のATフィールドを持つ魂の欠片を宿すものだった。
それでもレイの記憶自体はちゃんと持っていた。けれどそれはすべて2人目のもので、1人目の記憶はない。
「やっぱりわたしは使い捨ての駒でしかなかったのね。ま、今更だけれども」
そうリリスの言葉が頭に響く。
「でも生まれた意味はあるわ」
レイの言葉が頭に響く。
「彼がワタシたちを導いてくれる」
「私を見つけてくれる。いつだって」
レンとシオンが左右にそれぞれ寄り添ってくる。
「だから、わたし達を受け入れる」
レイのその言葉と共に、数多のレイの存在を取り込む。レイはレイで、リリスはリリス。
その境界線は1人目と2人目のレイというものでくっきりとしているから別けるのは容易かった。
そして、別れた魂の足りない部分を自分の魂を分けて補い、逆に足りなくなった自分の魂は取り込んだ数多のレイ達で補うという少し面倒なプロセスを踏んだのは、レイもリリスも1人であることを実感させるにはこの方法が最も妥当だと判断したからだ。
そしてまだ産まれる事すら知らない数多のレイ達は、自分とひとつになることを望んだからだ。
「まぁ、あれだけの事をしたらそうもなるか」
頭を預けて腕の中で眠るレイとリリス。その身体を支える自分の腕は女性の様に細く、また肩が少し吊る様な感覚と胸元の不思議な柔らかな感触は今は考えないものとする。
取り敢えずL.C.Lの水面に映る自分の顔がレイのものだったのは、高校生シンジ君の身体だった自分なんか塗り潰して当たり前の数のレイ達と融合したからだろう。その数を物語る様に髪の毛も色はレイと同じで背中まで届く長さになっていた。
己の中でひとつとなっているふたつの存在、イスラフェルとダミーのレイ達の安らかな眠りを感じつつも、取り敢えずターミナルドグマに降りてきた弐号機と伍号機に向かって苦笑いを浮かべておく。
『アンタ……もしかしてバカフォース?』
『やーん! 綾波クンマジで!?マジなの? ついに言葉だけじゃなくて身体でもお姉さん口説くつもりニャのぉ?』
『黙ってなさいよネコメガネ』
後ろを振り向くと、其処には主の居ない巨大な十字架が残るだけだった。
アダムを取り込んだと思えばリリスとも一つとなった1日。これをどう報告して良いモノだか考えるだけで少し頭が痛くなった。
ただ自分の頭痛で誰かの為になるのならそれで良いかと思ってもしまう自分はやっぱり安いヤツなのだろう。
つづく。