気がついたら碇シンジだった   作:望夢

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何が正解で何が間違いなのかわからなくて右往左往しながら結果途轍もない駄文ですが許してください。


静止しない闇のなかから

 

 その日、第壱中学校二年A組を震撼させる出来事があった。

 

 修学旅行を終えたばかりで思い出話がそこかしこで繰り広げられていた教室が静まったのは、教壇に立った綾波レイの存在だった。しかし教室には既に綾波三姉妹が自らの席に居ることから、彼女らの何れかがというわけでもない。

 

「みんなお帰り。修学旅行は楽しめたかな? みんなが修学旅行に行った間にちょっと実験に失敗しちゃってね。僕が誰なのかわからないみんなにもう一度名乗ります、綾波シンジです。またよろしくね」

 

「「「「「えぇぇぇーーーー!?!?」」」」」

 

 仰天とはこの事だろう。クラスのみんなは驚愕している。

 

「なおこの事はネルフの機密に関わることだから、詮索しないでね」

 

 ネルフの機密という言葉に、みんなの顔にはネルフへの疑念が浮かび上がる。

 

 既に使徒の存在はようやく片付け終わったラミエルの死骸が第3新東京市の中心部に擱坐していた為に周知の事実となって久しい。それら使徒を迎え撃つ組織であるネルフとエヴァの存在もまた同じ。

 

 敵から街を守る正義の組織というのが一般的に流布するネルフの情報だが、実験を失敗して男が女になる組織など、何をしているのか疑問に思うのも無理はない。ただ、二年A組は全員がエヴァパイロットの候補であり、家族の誰かしらがネルフと関わりを持つ人間であることから、機密という言葉に対する察しは割と機能する。

 

「落ち着いたところでもうふたつ。ひとつは新しい仲間が増えます。ひとつは長期入院していた碇シンジ君が復学します。それじゃあ、入って来て」

 

 そう呼び掛けると、教室の扉が開かれてシンジ君が現れた。

 

「早く入りなさいよ。後ろがつっかえてるわ」

 

「あ、う、うん…」

 

 躊躇いがちにシンジ君が先ず教室に入ってきて、続いてリリスが入ってきた。

 

「い、碇シンジです。その、よろしく…」

 

「もっとシャキッとしなさいよ。綾波リリスよ。まぁ、よろしくしてあげるわ」

 

 居心地の悪そうなシンジ君と対象的に胸を張って偉そうなリリス、だけでは終わらなかった。

 

「ヘ~イ! レディースあ~んどジェントルマーン、幼気(いたいけ)な少年少女たち! 転校生の真希波マリでっす! 嫁の綾波クン共々よろぴく~♪ あいたっ」

 

「普通に入って来なさい普通に」

 

「うおぉ、すっげぇいてぇ。まさかの出席簿アタックなんて愛がイタイにゃ~」

 

「いきなりフルスロットルで誰も着いてこれてないでしょ。今のマリ、豪快にスベってるよ」

 

「イヤン、綾波クンの冷ややかな視線でお姉さんもビクンビクンしちゃう。うん、わかった、ごめん。だからそんな冷ややかさも温かみもない視線は勘弁お願いプリ~ズ!」

 

 漫才やってんじゃないからマリをただ睨むだけで黙らせる。お陰で教室は静まり返っているけれど。

 

「以上、今日の連絡は終わりです。あぁ、あと進路相談と授業参観日が来月にあるので、親御さんの日程を聞いて置いてくださいね」

 

 そこで話を終えて出席を取ったあとはSHRの締め括りは根府川先生にお願いする。

 

 まぁ、マリの怒涛の勢いのお陰でシンジ君や自分に対する質疑も流れたからお礼は言っておこう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「それで話って、何のこと?」

 

 昼休みに校舎の中庭に呼ばれたシンジはその相手であるトウジとケンスケに用件を訊ねた。

 

 復学に際してシンジ(綾波)より聞かされた、シンジ(綾波)が碇シンジとして第壱中学校に通った出来事で、鈴原トウジとの喧嘩話は珍しくシンジの興味を引いた。

 

 人畜無害で喧嘩など無縁そうなシンジ(綾波)の人なりを知るからこそ、そんな喧嘩話が気になったのだ。

 

「スマン碇! ワシにはお前を殴る権利なんてなかった。お前の戦いを見てワシは自分のアホさがわかっとらんかった。ホントにスマン!」

 

「碇が入院してた間さ、トウジもその事でずっと気に病んでたんだ。碇が良かったら赦してやってくれないか?」

 

「うん。良いよ」

 

「ホンマか? ワシを赦してくれるんか?」

 

「互いに殴った仲だからね。僕はとっくに赦してるよ」

 

 だからこんなことがあると予想していたシンジ(綾波)からシンジは言葉を託されていた。

 

「だから、良いんだ」

 

「おおきに、ホンマおおきにな碇! いや、シンジと呼ばせてくれや。お前のパンチも中々やったで」

 

「そ、そうかな、あはは」

 

「あの時の碇もキレてたからなぁ、中々迫力あったよ」

 

 自分のしたことではないから素直には受け取れず微妙な表情を浮かべるしかないシンジは、それでも殴った相手にも自分に非があれば謝れるトウジを悪いやつだとは思えなかった。

 

「碇君、大丈夫だった?」

 

 教室に戻ったシンジを出迎えたのは、アスカと談笑していた委員長の洞木ヒカリだった。

 

「う、うん、大丈夫。ありがとう」

 

 誰かに真摯に心配される事に慣れていないシンジの切れは良くなかったが、取り敢えず言葉はなんとか返せた。

 

「そんなところに突っ立ってると邪魔よ」

 

「ご、ごめん」

 

 そんなシンジを後ろから小突いたのは綾波三姉妹を引き連れたリリスだった。見掛けは一番幼いが、情緒が一番確りとしている綾波シスターズの頂点。だが、誰にでも容赦がなく口が悪いのが玉に瑕でもあった。

 

「もうちょっと柔らかく言わないとダメ」

 

「そうそう。シンジがそう言ってたからそうしないとダメ」

 

 そんなリリスを咎めるのはレンとシオン、互いにシンジ(綾波)と繋がっているからこそ、シンジ(綾波)の思いを汲んで、リリスを注意する。

 

「別に良いじゃない。はっきり言わないと伝わらないのよ」

 

「でも、口は災いのもととも言うわ…」

 

「フン。あのコは許してくれてるわよ」

 

「それでも言い過ぎはダメ。彼が言っていたわ」

 

 リリスの言葉にレイも諫める側に回った。実際それで殺された経験のあるリリスは面白くない為、逃げるように顔を背けるものの、レイはさらに言い聞かせる様に説いた。

 

 そんな綾波シスターズの討論会を写真に収めるのはケンスケだった。

 

 厳しい検閲で懐が寂しいケンスケだったが、それでも良いダメのラインを見極めはじめていた。

 

 ちなみに綾波シスターズの人気はレンが高く、次いでシオンも人気があった。前者はその体つきやら中学生男子の悲しい性。シオンに関しては単純に庇護欲を掻き立てる普段の様子からだ。とはいえレイも最近微笑む程度だが笑うことも増えたので人気がないわけではない。そこに小動物的な愛らしさを破壊する勢いでクールで偉そうなリリスが加わるのだが、シンジ(綾波)を加えるかどうかかなり悩んだものの、とある写真で加える事に決まる。

 

 それはマリがふざけて後からシンジ(綾波)の胸を鷲掴みにして、ワイシャツに薄く青いブラジャーが浮かび上がっているというアウトな写真なのだが、かなりの売り上げを伸ばしたのはやはり中学生男子の悲しい性だった。言ってしまえば髪の長い綾波のそんな淫らな姿なので仕方がないと言えば仕方がないのが男の悲しいところだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「三者面談、ね」

 

「はい。シンジ君も復学しましたので、親であるユイさん方が行くのが自然かと」

 

「…シンジは私を親だとは認めんだろう」

 

 シンジ君からはまだ伝え難いかと思って、ユイさんとゲンドウには自分の方から伝える事にした。まさか子の前に親の面談をする事になるとは思っていなかったが。

 

「もしそうなら第3新東京市にシンジ君は来てませんよ。この際なので、三者面談と参観日前に親子の絆を深める為のピクニックにでも行ってきてください」

 

「ピクニックかぁ。あの子が小さい時に行ったわね」

 

「そうだな…」

 

 その時の事を思い出しているのか、ゲンドウの声はとても優しかった。

 

「私を、赦してくれるだろうか…」

 

「それはシンジ君に直接訊いてあげてください。逃げずに、ちゃんと、大人で、親であるんですから」

 

「う、うむ…」

 

 シンジ君の逃げ癖はこの親の遺伝だと、ゲンドウを見ているとシンジ君と親子だなと思わされる。

 

「…すまなかった」

 

「え?」

 

「お前も、シンジである事に変わりはない。私は、お前とも逃げてはならないだろう」

 

「……僕は赦しています。でもシンジ君がそうだとは限りません。ちゃんと親子の会話をしてください。シンジ君が生まれた時に感じたものを思い出せばきっと大丈夫です」

 

 本当は碇シンジではない自分に謝られても、赦す赦さないはシンジ君にしか答えられない事だ。しかしそんな空気を読めていないような返答はしない。そして少しでも親子の間が取り持てる様な言葉を送る。

 

「シンジが、生まれた時か……。そうか、そうだったな…」

 

 サングラス越しにでも判る程、穏やかな顔をしているゲンドウを見れば大丈夫だろうと確信出来る。

 

「ユイさんも、言うまでじゃないでしょうけれど」

 

「そうね。逃げていたのは私もよね」

 

 人類に振り掛かる試練の為に、人類の生きた証を遺しながらも、人類が抗うために、シンジ君を守る為に初号機の中に残ったユイさん。

 

 ロマンチストな科学者でありながら母親でもある自身の願いを叶える場所が初号機の中でこそ可能だった。

 

 でも今は、母親としてシンジ君に向き合って欲しいというのが自分の思いだった。人類に振り掛かる試練は自分が退けるから。生きた証を遺すための方舟も用意するから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 強化ガラスの向こうには青い零号機の姿がある。

 

 ネルフ本部が所有するエヴァの中で最も普通のエヴァである零号機改二。

 

 零号機はF型装備用と改修を受けてステージ2EVAとなり、初号機は覚醒を果たし、13号機の中身は使徒だ。

 

 その点弐号機も普通と言えるが、各種テストや実験を先行量産型の弐号機でやるよりも、プロトタイプである零号機系列でやる方が問題点の洗い出しに本部スタッフも慣れている。

 

 ヴンダーを護衛する為の機体を開発するインレ計画のコアモジュールとして零号機タイプを選んだのもそうした如何様な事態でも対処が利かせ易いという観点もあった。もっとも、保管されている零号機の試作パーツで安く早くエヴァを用意する為という台所用事情もあったが。

 

「実験中断、回路を切って」

 

 アラートが鳴り響く実験棟制御室でリツコさんの声が響く。

 

「回路切り替え!」

 

「電源回復します!」

 

 何故アラートが鳴ったのかを洗い出し、モニターを睨むリツコさん。

 

「問題はやはりここね」

 

「稼働電圧が他より0.02低いのが気になりますね」

 

「ギリギリで計測誤差の範囲内ですが、どうします?」

 

 今やっているのはエヴァの稼働時間を引き伸ばす為の新型蓄電システムの実験だ。理論上、これで5分しか動けないエヴァが内部電源だけで8分動けるようになる。

 

 旧劇で量産機相手に内部電源5分で弐号機が戦っていることから、形にならなかったが、実験機の零号機がアルミサエルと共に自爆してしまったからか。

 

「主電源ストップ、電圧ゼロです!」

 

「わ、わたしじゃないわよ?」

 

 リツコさんが起動スイッチを押した途端にすべての電源が落ちるという神憑りのタイミングに、制御室中の視線がリツコさんの背中に刺さる。

 

「…変ですね。別回路に切り替わらないなんて」

 

「……そうね。ものの数秒あれば切り替わるのに」

 

 自分の言葉に続いてマヤさんが疑問を口にする。

 

「確かに妙だわ。もう1分も経つのに電源が落ちたままなんて」

 

 どういうタイミングで来るかなんてわからなかった第3新東京市停電事件。ともかく来てしまったものは仕方がない。

 

「正・副・予備の3系統が同時に使えなくなるのは異常ですね」

 

「ともかく発令所に急ぎましょう」

 

「臨時の緊急回線で本部施設のみなら復旧は可能だと思いますが」

 

「そんな回線、いつ作ったの?」

 

「本来はリアクター点火用の回線ですが、逆に電力を送ることも可能です」

 

「なら先ずはそちらをどうにかしましょうか。案内して」

 

「わかりました」

 

 先ず方針が固まったところで、制御室からの脱出が始まった。制御室に詰めていた男手総出で出入り口の自動ドアを開ける。

 

 するとパッと急に灯りが点いたので目を細める。

 

「灯りが…」

 

「点いたようね」

 

 マヤさんとリツコさんの言葉を背中に、制御室に戻って受話器を取ると、とある場所に連絡を入れた。

 

《はい、こちら地下特設ケイジです》

 

「ユイさんですね。火を入れられたんですか?」

 

《あら、シンジね。ええ、N2リアクターを点火して電力供給をしているわ》

 

「わかりました。そのまま供給維持をお願いします」

 

《わかったわ、任せて》

 

 ユイさんとのやり取りを終えて、リツコさんのもとへと戻る。

 

「取り敢えず最低限の電気は来てると思いますが、まだ足りない部分の電力確保にジオフロントの特設ケイジに向かおうと思います。それと」

 

「この事件を起こした犯人を探す為の保安部の手配ね。わたしは発令所に上がってMAGIにダミープログラムを走らせておくわ」

 

「はい、お願いします」

 

 リツコさん達とは別れてジオフロントに向かうルートを進む。

 

 間に合せだが、この時の為に構築した緊急回線は役に立ってはくれた様だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ジオフロントの特設ケイジにあるファイバーのN2リアクターからも電力を供給させてネルフ本部施設だけでも電力の復旧を完全にさせる。

 

 ジオフロント内に、カタパルトで射出されて初号機が姿を現した。続けて零号機F型、零号機改ニ、弐号機もやって来る。

 

 既にマトリエルが侵攻していることはキャッチしている。

 

「お待たせ」

 

「ううん、待ってないよ」

 

 初号機には既にシオンが乗っていた。

 

 零号機改ニと弐号機がダンディライアンに乗り込み、アンビリカルケーブルを接続して取り敢えずの電力供給の心配は無くなった。

 

《んじゃ、さっさと地上に出ちゃいましょ》

 

「特殊装備用発進口がある。先導するから付いてきて」

 

《わかったわ》

 

《了解》

 

 アスカの言葉に、ダンディライアンが出られる出口を示しながらリリスとレイの返事を聞いて、機体をATフィールド推進の応用で浮かび上がらせて天井都市を目指す。

 

 本部施設の電力供給は確保したものの、天井都市にまで回せる電力は無い。

 

 当然、エヴァ射出ルートも沈黙している。

 

 非常時である為に仕方がなく隔壁を破壊して先を進み、ようやく地上に上がる。

 

「あれか」

 

 巨大なザトウムシの様な姿に、中心の胴体には目の様な模様を多数持つ使徒──マトリエル。

 

《じゃ、アタシから行くわ!》

 

 ダンディライアンから飛び出した弐号機は、その手に持つソニックグレイヴを振り回して、上段に構えると、自重も加えた一撃をマトリエルに振り下ろした。

 

《硬いっ》

 

 ただその一撃もATフィールドに阻まれる。

 

 劇中だとパレットライフルの一斉射で倒された弱いイメージのある使徒だったが、もしかしたら下からの攻撃には弱く、上からの攻撃には強いのか。試してみるか。

 

「バスタァァァァトマホゥゥゥクッ!!」

 

 腹の底から声を出して、発音は由緒正しいゲッター発音を踏襲したバスター発音。

 

 スマッシュホークを振り翳して、マトリエルに斬り掛かる。

 

 弐号機と同じように上からの攻撃ではなく、横からの攻撃を加えるが。

 

《いけない、避けてっ》

 

 通信で聞こえるレンの声に、咄嗟に横へと転がると、マトリエルが噴出した溶解液がアスファルトの地面を溶かす。エヴァ2でもそうだったが、横にも溶解液は噴出出来るらしい。

 

 マトリエルが胴体を地上から離して空に逃れると、そのいくつもの目の様な模様から溶解液を噴出してきた。

 

 ダンディライアンに乗る零号機改ニと零号機F型は空に逃れ、他の弐号機と初号機は地上でATフィールドによる防御で難を逃れたが、溶解液による攻撃は触れたら溶けてしまう為に厄介極まりない。

 

「上もダメ、横もダメとなれば」

 

《あとは下ね》

 

 零号機コンビが攻撃を加えているが、横からの攻撃も難なく防いでいる。と来れば、やはり下からの攻撃には弱い使徒だった様だ。

 

「こっちでフィールドを破る。アスカはトドメを」

 

《ハン、任されてやるわよ!》

 

 脚を思いっきり曲げて、全身のバネを使って飛び上がる事で初速を稼ぐ。

 

 こっちの動きに気付いたマトリエルが溶解液を放ってくるが、ATフィールドで受け止めながら上昇して、マトリエルの胴体に体当たりする。

 

「まだまだァ!! バスタァァコレダァァァッ!!」

 

 両腕に稲妻を纏い、ATフィールドを抉じ開けながら電流を放出する。

 

 負荷の掛かったATフィールドは簡単に抉じ開ける事が出来た。

 

《これでェ、ラストォォォォッ!!》

 

 槍投げでソニックグレイヴを投げ放った弐号機。

 

 その切っ先は初号機の脇を擦り付けて、マトリエルの胴体底部にある一際大きな目玉模様を貫いた。

 

 その一撃でコアを穿たれたらしいその身体は傾いて倒れ伏した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ネルフ本部自体の電力供給が絶たれなかったお陰もあってか、夜の真っ暗な丘で横になってテッツ学~♪ なんてやる時間よりも前に第3新東京市含めた停電事件は幕を閉じた。

 

「随分潜るのね」

 

「物が物だけに、ですからね」

 

 自分はリツコさんを伴ってネルフ本部地下深くへとエレベーターで降りていた。

 

「ターミナルドグマまで降りるなんて、相当のお宝の様ね。IDカードも上級幹部クラスのモノなんて何時手に入れたのかしら?」

 

「まぁ、それなりに」

 

 使っているエレベーターはIDカードを通す事で動くタイプの物で、このエレベーターに乗るだけでも普通の職員には叶わないセキュリティが施されている。

 

 エレベーターが目的の階層に到着するが、そこから防護服に着替えて貰う。

 

 幾つかの部屋を通って辿り着いた場所は、作業現場を上から見下ろせる通路だった。

 

 作業するのはほぼ機械で、人間はその保守や各部の調整など、全長2kmに渡る巨大構造物を造っている様には思えない程に人影は少ない。

 

「これは…」

 

「ヒトの為の神殺しの刃、名はヴンダーと言います」

 

「『奇跡』とは、随分と大袈裟な名前ね」

 

 中央部の構造体はほぼ形になり始めているが、両舷はまだ枠組みが組まれている最中のヴンダー。

 

 完成を急いでいるために大分機械式にはなっているが、艦の根幹部分にはエヴァ由来の技術が惜しみ無く注ぎ込まれ、エヴァと同じくATフィールドの運用も可能としている。

 

「いらっしゃい、シンジ、リっちゃん」

 

「ユイさん、…そう、あなたがココの指揮を」

 

「昼間はありがとうございます」

 

「良いのよ。役に立てて良かったわ」

 

 昼間の停電事件の折りに、本部に電力を供給したのはこのヴンダーの補機であるN2リアクターだった。補機とはいえ、全長2kmにもなる超巨大戦艦のエンジンである。本部施設の電力を賄うくらいは出来たが、供給ラインが急造の都合上でそこまでの電力を扱えなかった問題があったが、加持さんによる工作を逃れる為にサンダルフォン戦直後から急ピッチで整備した緊急回線としては充分な仕事を果たしただろう。

 

「少しでも子ども達の役に立とうと思ったら、シンジがこのコの話を持ってきたのよ。エヴァを超えるヒトの力を造ろうだなんて言うんだもの、最初は驚いてしまったわ」

 

「だとしてもこの大きさは異常よ。いったい何と戦う気なのかしら」

 

「複数の使徒級の戦力が相手でも落ちない司令部兼避難所ですからね。設計はMAGIを使いましたから過不足無いはずです」

 

「あまり勝手に使われても困るわ。それで、ワタシにコレを見せた以上は、やって欲しい事があるのでしょう?」

 

 鋭いリツコさんはただ今回の事件の復旧に役立った立役者を見せに来たわけでは無いことを察していた。

 

「はい。リツコさんにお願いしたいことは、MAGIのコピーを造って欲しいんです」

 

「なるほど、確かにワタシがやる方が効率的ね」

 

 リツコさんの能力をアテにするのは心苦しいが、MAGIの構造を把握してコピーするよりも、MAGIの全貌を知っているだろうリツコさんに頼むのが良いだろうし、ある意味筋ではないかと思ったからだった。

 

 世界中にあるネルフ支部にあるMAGIのコピーのソフト面のセットアップをリツコさんが態々担当しているのもMAGIがリツコさんの母親であるナオコさんが造ったものだからだろう。

 

 だからヴンダーに搭載するMAGIコピーも同じようにリツコさんにお願いするのが筋だと思ったのだ。

 

「良いわ。コレを知った以上、後戻りは出来ないのでしょうし。今回はあなたの気遣いに免じて引き受けてあげましょう」

 

「ありがとうございます、リツコさん」

 

 リツコさんに礼を表す為に深々と頭を下げる。

 

 ヴンダーの頭脳の目処が立った事で一つ肩の荷が下りた様だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「今回の件、政府はなんと言ってますか?」

 

「君は情報が相変わらず早いな。まぁ、知らぬ存ぜずだろう」

 

 停電事件の翌朝。冬月先生との語らいの場で切り出したのは、今回の停電の真犯人についての話題だった。

 

 今回の停電の仕立ては加持さんだが、その他にも内部調査の人員は居て当然であった。なにしろ加持さんには停電中にミサトさんとエレベーターで缶詰めというアリバイがあるのだから。

 

 幾人かのスパイを締め上げた調書に今回の停電の真犯人がヒットしたのだが、それで日本政府がハイそうですと認めるわけが無いのは最初から承知済みである。

 

「書面等の命令書は難しそうですか?」

 

「絶望的ではあるが、なに、以前した調べ物に比べたら大したこともない」

 

 その調べ物がなんであるかはわからないが、冬月先生が味方で居てくれる事の頼もしさは事実である。

 

「しかし政府を揺するネタを仕入れたところで反感を育てるだけではないかな?」

 

「今回は無事なんとかなりましたけれども、また何時同じことをやられては堪りませんからね。一部の暴走とはいえ、政府には身内の引き締めをして貰わないとなりませんでしょう」

 

 ネルフ本部が日本にある以上、日本政府とは切っても切れない関係にあるのだ。それなのにその日本政府にも疑心暗鬼にならなければならない等労力の無駄遣いで、割くキャパシティも勿体無い。

 

 ネルフの利権で利益を得ている人間は日本政府にも居るのだから、反抗勢力の牽制はそちらにやって貰う方が効率的だし、それをやって貰わないとただ利益を貪る寄生虫でしかない。

 

 何故本業はパイロットの自分が、そんな他の組織の勢力にまで気にしないといけないのか疑問に思うし頭が痛くなる。ただ最終的に戦自侵攻をどうにかするのに売れる恩は売っておくしかない。最後を穏便に済ませたいと考えると、無視は出来ない問題だった。

 

「そう言えば来月の事になるが、私と碇は出張となる。その間は三佐に昇進予定の葛城君と共に本部を任せるよ」

 

「出張ですか?」

 

 二人揃って出張とは何かあったかと記憶を掘り起こすが、残念ながら直ぐにはヒットせず。新劇であれば月に視察をしに行ったのだが、旧劇の方ではどうだったか。

 

「なに、少々忘れ物を取りに行くだけだ」

 

「忘れ物…」

 

 そんな数少ないヒントではピンっとくる物が無かった。

 

 思い悩む自分に、冬月先生は何処か楽し気な視線を向けてくる。

 

 お手上げの白旗を上げると、冬月先生は「南極に行ってくるのだよ」と付け足してくれて初めて繋がった。

 

 サハクィエル戦当日、南極で運ばれていたのはロンギヌスの槍だったと思い出した。

 

 

 

 

つづく。


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