ある退魔師の慟哭。   作:くーたま

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龍の胃にて。

 時は深夜、かつては月明かりを便りに道を歩いていた僕ら人間は、今では街に漏れる下品な看板の光や遅くまで閉まらないコンビニエンスストアから漏れる明かり、規則正しく深夜に整列する照明に照らされ、夜を悠々と歩けるようになった。

 

 であれば、人々は長い期間を経て手に入れた夜を跋扈する自由を思い思いに謳歌できてるのかと言われれば悲しいことにそんなことはなく、僕らがせっかく手に入れた時間は身体を休める時間か、あるいは昼と変わらず仕事に費やすために存在している。

 

 そう言うわけで今夜の僕はと言えば、残念なことに労働へと準ずる側だ。子供も、そして夜更かしなんてしないいい子な大人達もすやすやと寝始めたその時間に、僕は終電の電車に乗り込んだ。

 

 さて、これから帰宅するのかと問われるとそれは全くの真逆で、むしろこれからが本格的に仕事なのだ。人々が夜を好きに遊べることに気がつくより先に、偉い人たちはこれで人を働かせることが出来ることに気がついた。何て言ってはみるけど、僕らにとってそれは詭弁だ。古来より僕ら兵士に夜の休息はない。それでも、こんな時間に仕事と言うのは全く以て憂鬱だ。視界も遮られるし昼のように上手くはいかない。とはいえ、夜間勤務なんてものをする退魔師は僕だけではない。というかいっそのこと古くから退魔師と言うのは夜勤を強いられがちだ。

 

 理由は簡単で、そもそも夜の方が昼と比べて悪魔が出現しやすい。というのも、いくら文明の利器があったところで夜というのは人間にとって不気味で怖いから。その暗闇を人は恐れる。その恐ろしさに暗い想像をしては一人でまた勝手に憂鬱になる。それはなにも悪いことじゃない。その得たいの知れない不安さに恐れを抱くことが出来るのは、欠点ではなくむしろ人であることの利点だ。それでも、だからこそ、夜は悪魔は出没しやすいのだ。それだけでなく、悪魔としても人間が最高のパフォーマンスを発揮できる昼より夜の方が動きやすい。人はこの現代にだって文明の利器なしに夜を好きに歩けやしない。

 

 そういうわけで、退魔師は今後生まれる民間人への被害を少しでも減らすために悪魔の支配する時間に、奴等と戦わなくちゃならない。基本的には、民間人と比べて僕らの価値は果てしなく低い。僕らはあくまでかわりのある消耗品で、そうでないことを証明するにはこの界隈で生き続けられることを証明しなくちゃならない。そして、この時間の戦いを生きられるかどうかがこの界隈でやっていけるかどうかの境目、だなんてよく言われるものだ。

 

 特に、電車って言うのは悪魔が出現しやすい。月曜、行きたくない場所へまるで死人のように出勤させられる。辛いことをじっくりと想像しながら一時間もかけて職場や学校へ行く。帰りは毎日くたくただ。人生を磨耗していく事実に打ちのめされる。そうして、電車のなかは負の感情をまるでコップのように満たしていき、悪魔が生まれる。

 

 かといって、そんなに危険なら電車なんて使わなければいいとも言えない。この発達した移動手段は現代ではあまりに存在が大きすぎる。電車で生まれる悪魔って言うのは大抵の場合はそんなに強くはないから対処できない訳じゃない。だから、電車は規制されるほどの問題ではないと言うのが一般の認知だ。

 

 同時に、僕らにとっても都合がいいことはある。出現箇所として想定しやすいのだ。電車がなくなってしまえば今まで利用していた人々は車や徒歩で出勤、通学することになる。すると、発生経路が分散されてしまう。一方で、電車があることによりそこに負の感情は収集されるから、発生経路を絞ることが出来る。結果として、僕らの仕事はいくらか楽になっている。

 

 そう言うわけで、終電のパトロールは退魔師の仕事の一つだ。車内の安全を確認し、存在していた場合にそれを討伐する。そこそこ儲かるためにこの仕事は結構競争が激しい。

 

 ところで、なぜ普段ではなくわざわざ終電か、悪魔の危険度の高さを鑑みれば明らかに民衆の多い昼にパトロールするのが妥当だと思えるだろう。それは僕らが民衆の不安をあおるからだ。昼や朝に僕らが電車に武装して突っ立ってたら民衆は落ち着いて電車に乗ることなんて出来はしない。結果として悪魔の出現率を増やしてしまう。そうでなくてもどちらにせよ、満員電車のなかで僕らは戦えない。人々に囲まれたそこでは武器を振り回せない。結局のところ、昼は待機、夜にやっとパトロールが一番安定しているらしい。

 

 気だるげに揺れる車体にがらりと空虚な車内がまるで腹を空かせた龍の胃の中のようでさえある。体内に魔物を巣食わせた人造の巨竜、人の陰鬱な感情を一歩一歩と胃の中を餌にして創造主への反乱をたくらむ彼の胃を一歩一歩と進んでいく。

 

 龍の尾に至るところに目標の悪魔はいた。

 

 電車の揺れのなかで安定性を得るためか根を床に張り巡らし、茸のような外見をしている。そしてその茸は全身におぞましいふじつぼのような穴が無数に空いている。殺気はない。

 

 悪魔は具現化前の感情をベースに作られる。前回殺した悪魔なんかはわかりやすい。きっとあれの主は社畜だったのだろう、なんて研究者が言っていた。悪魔の脅威度は強さと実際の被害を考慮して四段階に分けられる。ほとんどの被害がないと推定される三級。実戦を一度でも乗り越えた一人前の退魔師ならば簡単に倒せる程度だ。次に二級。その一人前の退魔師と同程度。同時に、放置した場合の民間人への被害が推定される。一級と呼ばれる悪魔は強力だ。並みの退魔師が単独で相手をするのには難しいし、そう言う悪魔の出現は甚大な被害が想定される。同時に、これ以上の悪魔が出現するのはまれである。最後に、特級。その称号の通りこの悪魔は特別で、災害級の被害を及ぼすか、あるいは退魔師のなかでもひときわ上級の戦力での討伐作戦が必須となる。

 

 ところで、前回の悪魔は被害は凡そ二級と推定、戦闘能力は三級だが、閉所という状況下での戦闘においてのみ二級と推定された。

 

 戦闘用に霊力を体内から溢れさせる。依然として悪魔に殺意や感情は感じられない。電車における悪魔はこうなりがちではある。複数人の負の感情が単体では具現化出来る程ではないため、互いに補いながら具現化する。こうして具現化した悪魔は明確に誰かを対象にした敵意を向けることが出来ない。恨みたいものが多すぎるのだろう。戦闘する相手としては大抵の場合そこまで苦戦しない。一方で放置した場合の被害は甚大だと推定されるのだが。

 

 ふじつぼから霧が放出される。黒い霧、なんだか嫌な予感がして自身のもとへ届かないように霊力による壁を作る。霧は車内をゆっくりと侵蝕していく。

 

 それが悪魔の胞子だと気がついたのは霧が晴れて車内の壁が真っ黒になったときだった。このまま放置すれば被害が更に拡大す。もちろん、被害を拡大させるつもりはない。とはいえ、自身の神威でこの胞子を殲滅する術はない。時間稼ぎでしかないが取り敢えず最後尾の車両をまるごと霊力で覆い尽くす。無理して自身だけで解決させるつもりはない。スーツにしまっていた携帯電話を取り出せば本部に応援を要請。あとは耐久戦だ。

 

 

 

 終点にて待機していた増援の退魔師が神威で悪魔を燃やすのを眺める。引き渡して丸投げとは生憎といかなかった。霊力を燃料に溢れる炎が悪魔を静かに殺していく。

 

 退魔師にも階級がある。三級から一級、そして特級。僕は一級。特級は怪物、一級から三級の違いはたった一つだ。

 

 生き残り続けた者か否か、それだけだ。運良く、あるいは実力で、誰かに救われてか、ともかく生き残り続けた者だけが老練に、悪魔の殺し方を知る。焦らずに、矜持を持たず、意地汚く、そうやって生き延びる。僕らは消耗品のように死んでいくけれど、それを拒むのなら今回を生き残り次を倒す術を学ぶしかないのだ。

 

 今回の敵は自身じゃ殺せない相手。神威というのは対抗手段であれど絶対的な武器ではない。向き不向きはあるのだ。今回は運が良かった。そして同時に自身の力量不足を感じる。僕らは一人では無力だ。誰かを守りたくて退魔師をしても当の自分自身を守れない、なんてことはよくある話で、それが嫌なら僕らは強くなり続けなければならない。

 

 弱くてはいけない。強くなり続けなくてはならない。大切な人を失ってしまう前に。大切な人が愛してくれた自分が、死んでしまわないように。

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