ある退魔師の慟哭。   作:くーたま

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かの道にて。

 武器を捨てることはいつだってできるのだ。例えば、傷だらけのその手に握った武器をそこに置いて、その空いた手のひらで愛しい人の手を出来るだけ優しく握ってみる。そうすれば僕らはもう戦わなくていい。愛するだけでいい。

 

 きっとそれは幸福なことだ。とっても素敵なことだ。毎朝愛しい人の寝顔を見て、勝手に笑みを溢れてしまう僕の口元は、恥ずかしいからと大好きな歌を口ずさむ。きっと、甘ったるい歌だ。優しい歌だ。世界平和だとか、そんなのじゃなくて二人きりの幸せを描いた、そんな感じの歌を僕は口ずさみながら、朝食を作る。頑張る彼女がゆっくり寝れるように、僕は静かに作る。コーンスープとトーストの匂いで彼女は起きる。綺麗で細い髪は寝てる間に少しだけ絡まるから、僕が手櫛で整えるのだ。それから、寝ぼけ眼で食事をする彼女に見とれてちっとも進まない食事。毎日、味なんてわからないほどの甘酸っぱい恋を貴女にするんだ。小さくなった胃のなかにトーストを詰め込んで、お腹いっぱいになったら二人してシャワーを浴びる。傷だらけの体を撫でるように洗う。爽やかな気分で着替えれば仕事へと向かう。僕は君に慕われるように、なんて目的で毎日の職務をこなす。毎日お弁当作るの大変だろうけど、出来れば愛妻弁当を食べたい。午後は帰った後の事を考える。今日の職務を終わらせて、疲れた体を引きずって、彼女の待つ家についたとき、おかえりなさい、そんな言葉の愛しさを僕は知るのだ。汗だくの体に熱めのシャワーをもっかい浴びて、裕福な暮らしではないから、質素だけど真心込めて作られた夕御飯をゆっくり味わって、なんでもない、将来の事だとか、そんな話をして。そうしたら洗面台に並んで歯を磨いて、疲れた体をいたわりあうように、二人で抱き合って眠る。

 

 けれど、そんなものは幻想でしかない。現実は、そんなことにはならなかった。僕らにそんな未来は来なかった。愛した人は死んでしまった。離しかけた武器を握りしめてしまえば、馴染んだ武器の重みは僕に安心感と僕はもう武器を捨てることはできないのだと言う確信を与えて。縋るように握った武器から手が離れない。冷たくなった彼女のことを、温かかった彼女との記憶を忘れようとして血に酔い、忘れないように戦いへと身を投じる。

 

 僕らはきっと、怖いのだ。悪魔が、痛みが、喪失感が、無力な自分が、そして、この世界に染み付いた貴女の残り香が。

 

 僕らは、武器を持たない者達より弱いんだ。

 

 

 

 とても長い夢を見ていた気がする。幸せな夢だった。大好きだった人々と、仲良く暮らす夢だ。場所はぼんやりといろんなとこだったような気がする。小さな一軒家だったようにも、神社だったようにも、あるいは屋敷だったようにも。皆が皆死んだ人々で、不思議と、一番大好きな人がいなかったのを覚えている。僕は、彼女はいないのだと何処までも言われてるようで、ほんの少し悲しかった。

 

 電車が揺り篭のように揺れる。今だけは良い夢を。安らかな夢を。此処には敵はいないのだ。武器を離さないその腕が、いつの日にかまた誰かの手を握れますように。誰かのことを抱き締められますように。全く勝手なもので、こないだはあんなに恐ろしかった電車が今ではこんなにも優しいのだと思った。窓の外を見れば森のなかを走っていることに気がつく。もう目的地に近いことを子供の頃に見上げたうねった特徴的な樹が伝えてくれた。もう、目が覚める。だからそれまではと僕は二度目の睡眠に取りかかった。

 

 左腕に抱いた花束を出来るだけ傷つけないようにそっと電車を降りる。結局のところ、あのあとはちっとも眠れなくてただ目を閉じているだけだった。もう誰も使わなくなった駅は整備されてないようで割れたコンクリートの隙間から好き勝手に雑草が生い茂る。日陰のために駅を沿うように植えられた樹、木漏れ日がどうにも美しくて、見とれてしまう。蝉の鳴く音がじんじん響いて、騒々しいけれど何処か小気味よい。彼等だけがまるで歓迎してくれているようだった。久しく人が来訪しなくなったのを示すように足元でゆっくりと日向ぼっこしていた蜥蜴が慌てて逃げた。

 

 電気が通らない薄暗い駅のなかを通り、改札を抜ければそこには焼け落ちた廃村が広がっていた。崩れた木造建築の家、それだとわかるのは辛うじて太い柱が炭となり残ってるから。けれど、もうボロボロのそれに人の残骸は感じられない。そこから、どんな人がどんな風に暮らしていたのか、それを知る術はない。

 

 ここは、かつて堕ちた神による襲撃があった場所だ。神社を失くし、信仰を喪った神々は、基本的に消滅するとか、新たな神社を得て、あるいはそもそも単独で顕現し続けて事なきを得るのだが、一部の神は堕ちる。そうして堕ちた神は天降りと呼ばれ、その狂暴さと強力な力を以て人に対して、あるいは環境に対して、等しくこの世の全てに甚大な被害を与える。

 

 彼らの力は全く強大で、たった一夜にしてこの村を単独で滅ぼした。彼ら、天降りを討伐するのも他でもない僕ら退魔師の仕事なのだが、特級悪魔さえ越えるその実力を考慮して大抵は大部隊を結成しての戦闘になる。それ程に恐ろしい彼等。出現率が低いことだけが唯一の救いである。

 

 僕はここの住人で、唯一の生存者だ。上京した僕は両親のことが大好きだったのもあって、当時の恋人をつれて僕を育ててくれた親に久々に会おうとした。そうして何日かをとっても幸せに過ごした。将棋をしたり、虫を捕ったり、皆で料理をしたり、大学生になっても、ああやって過ごした無邪気な時間はどうしたって幸福だったのだ。明日帰ろうか、遊び尽くして、笑い尽くして、楽しんだ僕らはそう言った。

 

 あの日見た彼女達の笑顔が最後だったのだ。次の日、目覚めた僕が住んでいた神社の外に出ると村の家全部が燃えていた。なにかスイカみたいなのがいくつも宙に浮いていて、それに近づいて初めて僕は滴る果実が血で、それは僕の愛しい人たちの頭だったのだと初めて気がついた。辺りを探索していた首のなくなった顔見知りの村人達は僕に気がつくと一目散に走り襲いかかってきて、それを空にいた一人の着物の女性が呆然と僕を眺めていた。

 

 立ち向かうことなんて思い付くわけもなくて、僕はただ必死に逃げた。森のなかを途中何度も転びながら後ろから迫り来る恐怖にひたすらに走り続けた。

 

 最後は足も折れてしまって、森のなかで力尽きた僕を通りがかった人が助けてくれてなんとか生き延びた。

 そこから立ち直るまでは結構長くて、廃人のようになった僕は何ヵ月間か退魔師の人と暮らしながら、少しずつ気力を回復させて、怒りと悲しみ、それと憎しみを燃料に立ち上がれるようになって退魔師になった。その時に僕を支え続けてくれた退魔師は一線を退き何処かで主婦をやっている。時折彼女とまた会うのだが、その時居候させてもらったのを旦那は良く思ってないのを知っているから長話は控えている。曰く、夫はそんなに小さな器じゃないらしいがそれとこれとは別だ。距離感を意識してる今だからこそ僕を許しているのだ。そこからまた半年過ぎてようやく、被害がこれ以上増えなかったからと監視で済まされた仇の天降りを殺せた。

 

 復讐したときは、やっと誰かを守れる力を手に入れたのだと、思ったのだけれど。人は軽々と死んでいく。命は変遷する。嫌いだったやつも、気に入ったやつも、仲良かったやつも、悪かったやつも、そして愛しかった彼女も、全部無くしてしまう。

 

 結局、徹底的に破壊されたことと辺りになにもないことが合間って、未だに村を復興しようという動きはない。一応、事後処理という形で退魔師を束ねる組織である日本退魔連盟が管理している。とはいえ、管理とは名ばかりなのだけれど、要するにそれに文句を言う人などいないのだ。申請すれば電車をあるときだけ此処に停車してもらえる。

 

 村だったものの中を少し歩く。なにもない、本当になにもない。整備されないから生い茂った雑草。もうこの道を歩く者はいないのだと如実に語る。あの日から三年経ったのだ。あの夏の暑い日と、穏やかだけど賑やかな時間は、既に過去のものだ。唯一残ったのは誰にでも等しいこの暑さだけだ。村は閉鎖的と言うか、あまり世間に知られてないことと、当の村人たちがあんまり外部に出たりしないことが合間って、当時のことを知る人は僕しかいない。倒れた瓦礫とかが取り除かれ広がったそこには簡易的に作られた墓がたった一つ設置されている。

 

 これが彼等の墓標だ。これと、あとは僕だけが彼等が生きていたことを証明する存在だ。骨はもうなくなってしまったから、此処に彼等はもういないけれど此処に彼等がいたことを証明できるのは僕だけなのだ。

 

 そこに跪き花束を供える。泣かないことに慣れた瞳はもう涙を溢したりはしない。あまりに悲しいことばかりだから、僕らは無駄に強くなる。けれど、それでも祈ろう。救いなんてない世界に救いあれ。愛しいものを奪う世界に愛があらんことを。幸せばかりが喪われるこの世界に、幸あれ。彼らを思い出してくれる人達はもう僕しかいない。そこに死者はいないとわかっているけど、祈らずにはいられないのだ。彼等のために、僕のために、愛しい彼女のために。

 

 ふと、背後に人の気配を感じて振りかえる。そこには僕に良く似た男が立っている。鏡あわせのようなそいつが、悪魔であることを、そして僕の感情を主として具現化していることを、僕は知っている。

 

 僕の名前と、その鏡のような容姿から零と呼称される彼が、左手に刀を具現化させる。悪魔は退魔師が霊力を扱うのと同じように、悪魔が持つ呪力と呼ばれるエネルギーを使い戦う。彼は、まるで僕と同じように呪力で作った武器を用いる。

 

 互いに対する哀愁が交差する。殺意はない。ただ、その場のどうしようもない悲しみを互いに認めあうだけだ。どうしたって一人ぼっちだという虚ろな事実を、二人で悲しむのだ。

 

 勝負は一瞬で決する。踏み込みながらに自身が生み出した霊力製の刀が彼の胸部を貫く。彼は穏やかに微笑んで少しずつ四散していく。彼の重みが消えていき全てなくなって、僕の体に悲しみが渦巻く。

 

 誰にだってあるように、僕にも負の感情はあって、彼は此処に来るたびに具現化して襲いかかってくる。まるで、忘れるなというように。胸の痛みを忘れるな、無力な自分を忘れるな、武器を手放せば全て失くすぞ。そう言わんばかりに彼は、僕を嘲笑する。

 

 わかっている。僕はそれが未だに怖くて武器を捨てられないのだから。

 

 

 

 墓の周りの掃除をしてる間に気がつけばもう陽は落ちる。うすら暗い陰鬱さと何処かで落ち着いた爽やかさを感じる。刈った草を森に捨てて墓に背中を預ける。どうせ、誰もそのことを咎めたりはしないのだからいいだろう。それに、僕の家族に可愛がってくれた村人、あの日の恋人の墓だ。彼女たちならきっと許してくれる。

 許してくれ、僕を。彼等はどんな気持ちで死んでいったのだろう。立ち向かわなかった僕を恨むだろうか。一年近くも、放置し続けた僕を許してくれ。此処にいると胸が苦しいのだ。泣きたいほどに胸が痛いのに、涙は出やしない。

 僕が一番許していないのだろうな。僕は僕が一番許せない。許してくれないか。ふがいない僕を。何もかもが足りない僕を。

 僕は歩き出す。明日からまた仕事だ。合コンというのもしてみよう。同僚と遊びに行ってみよう。一度なくしてしまった僕の幸福をまた探さなくてはならない。それだけが、僕が僕を許せる道なのだ。

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