朝、階段を降りたらリビングに、父さんがつけっぱなしにしたままのテレビで、ニュースキャスターはまた悪魔に襲われて人が亡くなったのだと放送したのだけれども、それが他でもない君と知ったのは朝の学活のときだったというのはなんとも間抜けな話だ。僕は君が好きだったにもかかわらず、涙一つ流せなかった。
僕は君に恋をしていた。いつも通り斜に構えていうのなら、年相応に僕は君に恋をしてた。細い指が蕩けるような絡まりを見せるのは素敵だった。君の髪は細く艶やかだった。君の声は夏の日陰のようだった。僕は君が好きだったんだ。
そんなわけだから、これでも僕は君が死んで悲しかったつもりなんだ。胸が痛くて、頭が割れそうで、転んだあとの砂を噛んだ擦り傷のずきずきするような感触によく似た、そんな理不尽に対する怒りが沸いてきて。君のことなんか見向きもしなかった奴らが泣いてるのに腹が立ったけど、普段気にもしなかった女子たちの泣いてない僕は薄情なのだと眼が訴えていた。
泣けたらきっと少しはすっきりするのだけれど頭が泣きかたを忘れてしまったようだった。君がいないもんだから僕はその日誰とも話さなかった。どうやら君がいなくても存外世界は上手くいくもので午後にはみんな笑っていた。僕も笑いこそしなかったものの、何だかんだ無難に過ごした。無難に過ごせてしまった。帰り際、君がいない空虚さに気がついた。それが僕の唯一の救いだった。
一週間もたてただでさえ人と絡まなかった君のことなんか覚えてるやつなんてろくにいないもので、何だかんだ僕だって君がいない生活にすっかりなれてしまっていた。まるで昔からそうやって一人だったかのようだった。そうして、君のいない机の上に尻を当然の権利かのように乗せて談笑するやつがでてきた頃に、先生は皆に花を持たせて君の死んだところへ連れていった。僕らの帰り道、わかれた少し先、登下校の道からは外れずに。細い道の、それでもって墓場の入り口で、おまけに隣の竹林が薄暗くするものだから、なんだか不気味なところ、花が何本か添えられたそこが君が死んだ場所なのだった。
お行儀よくならんで花を置いていく。誰ももはや泣きもしなかった。話してる奴らもいた。もはや今更だった。僕の順番が来て、膝をつけて置いた花の脆さに、じめっとした空気に、足をつけたセメントの固さに、冷たさに、やっと追い付いたように涙が出かけたところで背の低い僕は後ろにいるやつに急かされて、慌てて横に退こうとして、電柱のそばに立つ君をみた。君だと思った。結局僕は退くのに間に合わなくて、後ろの体格がいいやつにどつかれて下にずれた視線をもう一回前に直した頃には君はいなくなってた。
帰り際、なんとなく立ち寄ったそこにやっぱり君がいた。近寄れば君は僕を抱き締めた。僕の頭を撫でてくれた。なんだか少し涙が出た。眼をぬぐうと、気のせいだったのだけれど。
君は自分を正義のヒーローだといった。君は僕のヒーローだった。忘れられてた僕のヒーローだから、否定しようとは思わなかった。君は幽霊なのだといった。僕を守ってくれるといってくれた。僕は君を守りたい。君は僕の後ろをみて、私はまだ死ねないの、そう言った。君の視線の先を追うと、そこには僕がたっていて、首には君の長い髪をネックレスのように巻いていた。瞳の奥には悪意があって、それを認めた頃には僕はセメントの固さに叩きつけられていた。死ぬのがわかった。冷たくて、固くて、痛くて、僕はそこで死ぬんだと知った。君もきっとこうやって死んだのだと思った。
君は僕の顔を覗き込む。死にたいかと聞いてきた。僕はうん、と頷いた。裸足の僕が近づく。
私の願いを聞いてくれるかと君は僕に聞いてきた。僕は二度頷く。僕に僕が覆い被さる。
私の分まで生きてほしいと言った。僕は頷く。まるでそれは祈りのようだった。まずは僕は僕を取り戻さなきゃいけないのだと感じた。僕は僕の口に手を掛けて無理矢理押し返す。僕が怯んだ好きに僕は立ち上がった。
僕は僕を殴る。ガラスが割れるような音と一緒に僕が飛び散り、僕に纏わりつく。息ができない。僕はうずくまる。
視界が歪み、嗚咽が漏れて、叫び声が溢れる。
僕は今泣いていた!君との思い出が帰ってきた。春を待つ君の赤い頬。重なる指先。冬の訪れに眼を伏せる紅葉の絨毯。秋を焦がれる汗ばんだ首筋がとても綺麗で、花火が掻き消した言葉を君に伝えられたのならどんなによかっただろう。夏を憂いだ春の終わりに君と僕は出会った。君はもう帰らないのだ。
春の終わりから始まった僕の鼓動は冬の始まりに終わった君の鼓動に、僕は、君は。
迫る悲鳴に僕は意識を手放した。
十六歳になったから白状すると、あの日の君が君じゃないことに僕は気がついていた。君は僕が見た憧れで、あの時既に君はいなかった。
そんなものだろうと思った。結局そんなものだ。君は僕の特別だった。僕は君の特別になれたかな。もう誰にもわからないことだ。とにもかくにも、僕は退魔師になる。理由はこれといって思い付かない。だってどれもが大切だから。
もうすぐ春が終わる。