「え? 新しいイベント?」
空になったカップをソーサラーに戻して、アスナは今聞いた気になる情報を問い直す。
つい先日、明日奈は
そして携帯端末には娘のユイを、《視聴覚双方向通信プローブ》にはユウキをはじめとしたギルド《スリーピングナイツ》のみんなを連れて京都の様々な名所に訪れては楽しい思い出を作ってきた。
京都に来たのは初めて、という人が多かったので、明日奈も自身の京都に関する知識をフル活用して各名所の案内をしたものだ。
清水寺を訪れた時はユウキとジュンが本堂から下を見下ろして
「あれ? 思ったより高くないね」
「これくらいの高さなら落ちても怪我しなさそうだな!」
「それはALOのアバターならでしょ!?」
「……はっ!」
鹿苑寺や慈照寺を訪れた際には
「凄い! 金閣寺ってホントに金色なんだね! ピカピカだぁ! ……あれ全部でどれくらいの金額なんだろう?」
「あれ!? 銀閣寺って銀色じゃなかったのか!?」
と無邪気にはしゃいで楽しんでいた。明日奈自身もこんなに楽しい旅行は初めてで、3泊4日の京都旅行はあっという間に終わってしまった。
そんな楽しかった旅行から数日が経った。
3月中旬を過ぎた今日は、旅行に来ることが出来なかった詩乃や和人達にお土産話や現地で撮った写真を披露しようということでALOにログインしている。
勿論集まるのは、スリーピングナイツの面々も毎日のように来ている新生アインクラッド第22層の
現在、新生アインクラッドは妖精の国アルヴヘイムのシルフ領上空を浮遊している。
石と鉄で出来ているこの城は、真下を通過する各領地の天候の影響を受ける。
ノーム領上空なら凍えるような寒さに。
サラマンダー領上空なら熱帯地域を思わせるほどの暑さに。
そのような気候だと中々に辛い日もあるが、幸いにもシルフ領は大きく気温が変化することは無い。
ALOには四季は存在しないが、今の現実世界と似たような天候から現在のアインクラッドには春が訪れたような感覚だ。
その影響もあってかログハウスの中を流れる時間も緩やかになっている気がする。
開け放たれた窓から入り込んでくるそよ風。
程よく暖かい日差しと気温。
ログ独特の包み込んでくれるような安心感。
それらが相まって今このログハウスは、アインクラッド中で最も癒しと安らぎを与えてくれる空間になっているに違いない。
そしてこの安らぎの空間の中でそれぞれが暖かいお茶や冷たいドリンクを飲みながらお土産話に花を咲かせたり、旅行中に撮った写真を見てその時の思い出を語ったりしていた。
少し時間が経って話が落ち着いた頃、ふとシルフ族のリーファがアスナ手作りのお菓子をパクリと食べてから、耳寄りな情報を口にした。
「そういえば、みなさんは新しいイベントの情報って確認しました?」
アスナの左隣に座っているリーファは《MMOトゥモロー》の新着情報の一覧を半透明のウィンドウに表示すると、アスナに見やすいようにスライドした。
渡されたウィンドウをスクロールしていると、数日前にALOのイベント情報が更新されているのを見つけた。
『ALOにて大型イベント開催!』
と、表示されている文字をタップしてイベントの詳細を確認する。
どうやら明日からイグシティにてイベントが開催されるらしい。
妖精の国アルヴヘイムの中央に真っ直ぐそびえ立っている世界樹。
その世界樹の頂上に《空中都市イグドラシル・シティ》は鎮座している。
かつてイグシティは『世界樹の頂上には空中都市が存在する』という噂上の幻の都市であった。
9つの種族の内、最初に空中都市へと辿り着き、《妖精王オベイロン》に謁見した種族のみが高位種族《アルフ》に生まれ変わることで滞空制限が解除され、永遠に空を飛ぶことが許される。
それが旧ALOのグランドクエストの内容だった。
それぞれの種族は己を鍛え、武器を鍛え、種族内で結束を固め、時には種族間同士で争い、同盟を結び、来たる日に備えていた。グランドクエストを達成するために。
しかし真実は残酷であった。
空中都市、種族転生、滞空制限の解除……その全てはありもしない偽の真実だったのだ。
空中都市へと繋がるゲートを守護するガーディアンは破格の難易度。
ガーディアンを抜けた先にあるゲートは
須卿伸之による非人道的な実験の隠れ蓑として利用されていたALOには、そもそも終わりなど用意されてはいなかった。
だが
それからはいくつもの出来事があった。
須卿伸之の逮捕。
ALOを運営していた《レクトプログレス》の解散。
《世界の種子》の拡散。
新興ベンチャーのよるALOの買収。
そして数ヶ月後の2025年5月16日。生まれ変わった新生ALOはアップデートが行われた。
滞空制限の撤廃、そして新マップ《浮遊城アインクラッド》と《空中都市イグドラシル・シティ》の追加。
消えゆくはずだった幻の空中都市が、やっと、その姿を現したのだ。
イグシティが実装されてからイベントがいくつか開催はされたものの、イグシティをメインとしてのものは無かった。
今回のイベントは過去最大規模のイベントとも書いてある。それをイグシティで開催するのだから大勢のプレイヤーが興味津々であろうことは容易に想像出来る。
第5回統一デュエル・トーナメントや各領地の特産品やアイテムの販売や今回のイベント限定クエストなどもあるようで、ネットでもこのイベントの話題で持ちきりになっている。
アスナは一通りイベントの情報を確認すると、お礼を言ってからリーファの方に窓ウィンドウをスライドする。
喉を潤そうとティーカップを持ってから中身が空になっていた事を思い出し、ティーカップの縁を軽く叩く。
この《タップするだけで九十九種類の味のお茶がランダムに湧き出す》魔法のティーカップもかなり使い込んでいるなぁと湧き出してくる液体を見ながらしみじみと思う。
最初は面白半分で使っていたのだが、毎回ランダムで湧き出す、という若干のゲーム性や高級茶と似たような香りや味のするお茶からまるで健康のみを意識したようなスバラシイ味のするお茶が湧き出すある種のくじを引いてるような感覚が案外病みつきになってしまった。
さて、今回湧き出してきた透き通る青色の液体は当たりかハズレか。
色は少々アレだが漂ってくる香りは柑橘系を思わせるフルーティーな香りがする。
自身のアバターの髪の色とよく似た青色の液体を口元へと運ぶ。
………………当たりだ。
一気に飲みきって確かな満足感に浸る。
そして一息ついてから改めて先程読んだ情報を整理する。
明日から開催されるイベントは心惹かれる内容の物が多かった。
第5回統一デュエル・トーナメントには是非参加したい。
前回ユウキが優勝した第4回統一デュエル・トーナメントからまだ1ヶ月程度しか経っていないのにも関わらず、もう次の優勝者を決めようと言うのだから中々のスパンの短さだ。
優勝者からしてみれば
『もっと優勝した喜びの余韻に浸らせてくれよ!』
と思ってもおかしくないが、恐らく4代目統一チャンピオン様はそんな事は微塵も思わず喜んで今回も参加するであろう。
各領地のアイテムの販売なども気になる。
我が家ログハウスの家具を満足のいく物にする為、アルヴヘイム内のほとんどの領地に直接訪れてしっかりと吟味して気に入った家具や食器、その他のインテリアなどを揃えた。
しかし当時は買ったばかりの家具やインテリアをどんなレイアウトにするかで頭の中がいっぱいになっていたので、あまり観光しないまま帰ってしまった。
いずれは仲間内で観光ツアーなどを計画してみても面白いと思っていたので、今回の各領地のアイテムの出品というのはとても興味深い。
その他にもイベント限定クエストやその報酬なども気になるところ。
「面白そうなものもたくさんあるし明日からのイベント行ってみたいね」
「ですよねですよね! あたしも行きたいです!」
リーファが黄緑色のポニーテールを揺らしながら食い気味に反応する。
「明日は部活も無いのでタイミングバッチリです!」
「春休み中も部活ある日があるなんて大変だね……」
「いえいえ! 部活もゲームも大好きですし、好きでやってることなので全然辛くないですよ」
ニコニコと笑みを浮かべながら言うリーファにアスナは心から関心せざるを得ない。
剣道は全国レベルの腕前でゲームの世界でもトップレベルの強さを誇る
そして本分である学業も疎かにしていないのだから両立どころではなく並立している彼女の努力は感服の一言に尽きる。
「それじゃリーファちゃんも参加って事で。あとは誰行くか聞いて──」
アスナがイベント参加の是非をみんなに確認しようと思った時
「ぜひ私も参加したいです」
と、参加の意志を示す人物が丁度キッチンから出てきたので顔を向ける。