ソードアート・オンライン 黄金の林檎編   作:べれみが

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第3話

 チチッという電子音を立てて、円冠型ヘッドギア《アミュスフィア》は停止シークエンスを終える。

 

 五感と意識が現実の身体に同期していく感覚を感じながら、妖精の世界から帰還した明日奈はゆっくりと瞼を持ち上げる。

 

 ぼうっと天井を眺めながらALOをログアウトする直前の光景を思い出す。

 

 昼寝をしていたキリト達が目を覚ましてログハウスへ戻ってきたのはあれから1時間後の事だった。

 

 女子トークに花を咲かせていたアスナ達は戻ってきた3人が座れるスペースを確保して、先程食べていたフルーツケーキを人数分用意した。

 

 食べ終わったあとも幸せそうな顔をしていた(キリトに関してはおかわりを欲しがっていた)4人にイベント参加の可否を問おうと思ったアスナだったが、

 キリトとユイはこのイベントを事前に知っていた(アスナも知っているもんだと思っていたよ、と言われた時は少しムッとした)のと

 ユウキとジュンに関しては、詳細を読んでいる最中から

 

『行きたい! めっちゃ行きたい!』

 

 と連呼していたので質問の必要がなくなった。

 

 ともあれ、春休みに入って店が忙しいエギルを除く《いつものメンバー》がイベントに参加することが決まった。

 

 ALO内はまだ昼過ぎではあるものの、現実世界の方は18時を少しまわった所なのでアスナは一足先にログアウトすることにした。

 

 イベントについての話題で皆と楽しそうに話していたユウキがこちらに気付いて手を振り、こちらも手を振り返した所で光に包まれ妖精の世界から意識が途切れた。

 

 

 ベッドから身体を起こして、スリッパを履き立ち上がる。

 

 クローゼットの前へと移動して、自動で左右に開かれた扉の奥から淡いピンク色のシャツとグリーンのロングプリーツスカートを取り出し着替える。

 

 そして三面鏡の前に座ってブラシ等で身だしなみを整えていつもの夕食前の用意は終わる。

 

 しかし今回はもう一つ用意するものがある。

 

 デスク前の椅子に置いておいた小さな黒色の紙袋を手に取ってリビングへと向かう。

 

 

 

 静かにオーク材の扉を開けて中に入ると、ハウスキーパーの佐田が並べられた夕食と食器類のチェックをしていた。

 

 母親の姿はまだない。

 

 時計を確認すると現在の時間は18時15分。

 

 夕食の時間は18時30分からなので少し早めに来たことになるが、時間に厳しい母は定刻の5〜10分前には着席している。

 

 最近は母よりも先に夕食前に来るように心がけている。

 

 

 ドアを開けた時点でこちらに気づいた佐田が綺麗な所作で頭を下げる。

 

 

「こんばんわ、お嬢様」

 

「佐田さんこんばんわ、今日のメニューは何かしら」

 

「今日のメニューは……こちらになります」

 

 

 そういって並べられたメニューは

 

 

 前菜(オードブル)は『トマトとアボカドのミルフィーユ』

 

 スープは『ベーコンと玉ねぎのコンソメスープ』

 

 メインディッシュである魚料理(ポワソン)は『クロタラのオレンジパン粉焼きと野菜のグラッセ添え』

 

 

 フランス語に訳すとフィエ・ドゥ・メルリュ・オン・クルート・キャロット・グラッセ……と言うらしい。

 

 

 ……相変わらず佐田さんの腕前はすごい……うちでハウスキーパーをやる前は一体何の仕事に就いていたんだろう。

 

 いつか聞いてみたいなぁ。

 

 そんなことを思いながら品々を眺めていると

 

 

「お嬢様?」

 

 

 しばらく無言でいた明日奈を不思議に思い、佐田が首をかしげる。

 

 はっ、と我に返った明日奈は慌てて手を振り

 

 

「何でもないわ、いつも美味しい食事をありがとう、今日のメニューもとても美味しそう」

 

 

 すると数瞬目を丸くしていた佐田は

 

 

「い、いえ……滅相もありません。これが仕事ですので」

 

 

 そう言って家政婦長(ハウスキーパー)である彼女は最終チェックを続ける。

 

 

 明日奈はふと思う。

 

 

 明日奈が礼を言うといつも佐田は謙遜するように『これが仕事ですので』と言う。

 

 その反応はきっと間違いではないのだろう。

 

 仕事だからきちんと業務をこなし、常にベストなパフォーマンスで結果を出す。

 

 ……ただ。

 

 ただ、『これが仕事ですので』という言葉にほんの少し……寂しさを感じてしまう。

 

 きっと社会人である母は当たり前の事をしているだけの佐田を褒めることは無いだろう。社会に出てしまえばそれは出来て当然の事なのだから。

 

 ならばせめて、私に出来ることは……

 

 そこまで考えていた明日奈は自然と口が開いた。

 

 

「佐田さん」

 

「はい?」

 

 

 最終チェックが完了した彼女は顔を上げる。

 

 明日奈は彼女の目を見る。

 

 

「……いつも本当にありがとう。毎日快適に過ごせているのは佐田さん達のおかげよ。明日からもこの家を、私達をよろしくお願いします」

 

 

 ゆっくりとちゃんと伝わるように話しながら頭を下げる。

 

 目を見開いたまま見つめていた佐田は、今一度明日奈の言った言葉を噛み締めるようにゆっくり目を瞑り無言になる。

 

 そして今までより少し優しく穏やかな口調で言葉を連ねる。

 

 

「……はい。……はい。ありがとうございます……。明日からも誠心誠意、尽力して参ります」

 

 

 いつもの『仕事ですので』という言葉は使わず、どこか照れくさそうに微笑む佐田を見つめて、

 

 せめて……せめて感謝の気持ちを示していこう。

 

 そう明日奈は決意して微笑み返した。

 

 

 

 最後に挨拶を交わし佐田はリビングを出ていった。

 

 

 佐田が出ていったドアを見つめて明日奈は考える。

 

 感謝する行為は相手に自分の思いを伝えると同時に自分自身の行いを見つめ直す大切な行為だ。

 

 感謝の気持ちは忘れてはならない。

 

 感謝されるべき相手の為にも、

 

 感謝するべき自分自身の為にも。

 

 そして今日はもう一人、明日奈が感謝の気持ちを伝えなければならない人がいる。

 

 丁度そのタイミングで、思い浮かべていた人物がリビングのドアを開けて入ってきた。

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