コンコンコン。
我が家の入口の扉が叩かれた音が鳴る。
どうやら誰かが来たようだ。
リビングのソファーに座り電子書籍を読んでいたわたしは、一時読書を中断して来客者を迎えるべく立ち上がる。
ウィンドウに表示される時刻を確認すると9時20分を少しまわったところ。
待ち合わせの時間は10時なので少し早めの到着、といったところだろうか。
「はーい! 今開けますね」
ウィンドウを消して扉に駆け寄り、ゆっくりと引き開ける。
扉の先には1人のプレイヤーが立っていた。
そのロングストレートの髪は真っ赤なヘアバンドで飾られている。
顔も身体も小さく、黒曜石で作られたアーマーと風にたなびく青紫のロングスカート、黒色の鞘と全体的に闇色で統一されているが、プレイヤーの浮かべる表情や瞳の輝きもあってか、暗いイメージを抱くことは無い。
目の前に立つ小柄な人物が完全無敗の剣士《絶剣》という豪胆な2つ名を持っていることは、妖精の国という垣根を超えて今や仮想世界中に知れ渡っている。
扉の先に立っていた小さな来訪者と目が合うと、自然に顔がほころぶ。
「いらっしゃい、ユウキ」
すると少女は満面の笑みを浮かべて
「こんにちわ! アスナ!」
可愛らしくも凛とした声を響かせた。
わたしはストレージから《タップするだけで九十九種類の味のお茶がランダムに湧き出す》魔法のマグカップとお茶請けにと作っておいた自作のクッキーを取り出してテーブルに置く。
「どうぞ、まだ時間あるし座って座って」
「はーい、お邪魔しまーす!」
元気な挨拶をして入ってきたユウキはソファーへと向かうと、わたしがいつも座っている隣の場所に腰をかける。
どうやら最近そこがユウキの定位置になったようで
『ここはボクの定位置だからね! 相手がキリトでも譲れないよ!』
とキリト君相手に豪語していたのを思い出す。
周りをきょろきょろするとちょっと申し訳なさそうにユウキは口を開く。
「あはは……やっぱりちょっと早かったかな?」
「全然良いよ、気にしないで。他の人が来るまでお話でもしてようか」
「そうだね、ありがと!」
そう言ってからテーブルの上にあるクッキーをじぃーっと見つめる。
「美味しそうなクッキーだね」
「今日焼いたクッキーだよ、召し上がれ」
「頂きます!」
ユウキは両の手を合わせてからクッキーを1つ手に取り、一口で頬張ってからもぐもぐと咀嚼する。
もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐ……。
「ん〜っ! 美味しいぃっ! さすがアスナだ!」
味が気に入ったのか、ユウキは歓喜するようにアメジストを思わせる瞳をキラキラさせる。
次は水分が欲しくなったのか、ソーサラーに乗っているティーカップのふちを叩く。
ティーカップの底から湧き出た朱色の液体を零さないようにゆっくりと持ち上げ、口元に運ぶ。
口に含んだ瞬間、ユウキは大きな目をカッと見開く。
余程美味しいお茶でも当てたのかなぁと思ったのだが、
「酸っぱ!!」
どうやら相当に酸味が強いお茶を引き当てたらしく、口をすぼめながら慌てふためくユウキ。
そんな姿を見てわたしは思わず吹き出しそうになるのを堪える。
「ふふふっ……今日もユウキが元気そうでなによりだよ」
「えっ!? ま、まぁね! それがボクの取り柄みたいなもんだからね! わっはっはっ! ……あー酸っぱかったぁ……」
そう言って胸を張ったあとに酸味を紛らわせる為かクッキーをもぐもぐと食べる。
「今日はイベントに誘ってくれてありがとね、アスナ」
「き、急にどうしたの?」
昨日行ったクエストの話が落ち着いた時、ユウキが唐突に感謝の言葉をかけてくるので焦ってしまう。
えへへ、とユウキは少し笑うと視線を窓の外へと向ける。
「実はね、スリーピングナイツのみんなと一緒にこの世界に来てからすぐにアインクラッドに行っちゃったからさ、イグドラシル・シティとか他のALOの観光スポットとか行ったこと無かったんだよね」
「だから今日はみんなと大きなイベントに参加できるのがすごく楽しみだし嬉しいんだ」
それからこちらに向き直ると、ニッコリと微笑む。
「たっくさん楽しい思い出作ろうね、アスナ」
いつもと変わらぬ笑顔の筈なのに。
なぜか寂しげに見えてしまった笑顔を変えたくてわたしはユウキの頭に手を伸ばし、そっと撫でる。
「もちろんだよ、いっぱい楽しもうね。たくさん楽しもうね。わたしもそんなにイグシティ詳しいってほどじゃないけど、美味しいパンケーキ屋さんとかなら知ってるから案内するよ」
ゆっくりと、ユウキのサラサラした艶やかな髪を何回も撫でる。
ユウキも嫌がることなくアスナの肩に寄りかかる。
「ありがとう、アスナ」
その顔には先程まで浮かべていた寂しげな笑顔は消えていて、本当に幸せそうな表情を浮かべている。
どのくらいそうしていただろう。
隣では寄りかかったままユウキが船を漕いでいる。
時間を確認してみると9時45分。そろそろ他のメンバーも集まってくる時間なのでユウキの肩をそっと揺らす。
「ユウキ、そろそろ時間だよ。起きて〜」
「……うゅ?」
身体を起こしたユウキは大きく伸びをすると、まだ眠そうな目でこちらを見てくる。
「いつの間にか寝そうになっちゃってたよ」
「ユウキは寝るの好きだもんね」
「そんなことは……あるかも?」
そこまで話すとユウキはティーカップを手に取り、眠気覚ましなのか中身を一気に飲み干す。
「やっぱり酸っぱ!!!」
前回と全く同じ反応をするユウキを見て、今度こそわたしは笑いを堪えることが出来なかった。