この手を離さない 作:八銀はジャスティス
すいませんが、銀子ちゃんは次話までお待ち下さい
合い言葉は、八銀はジャスティス
「よっしゃ!それならぼく、2枚落ちでどうや?」
清滝先生が、そう声をかけて下さる。僕はその言葉に、丁寧に返事を返した。
「いいえ、是非、平手でお願いします!」
プロに対して、幼稚園児が駒落ちの誘いを断って平手で打ちたいと言う。明らかに、失礼な言動だ。そうだとわかっていても、僕は頭を下げた。
「こ、こら八一!プロの先生に失礼だろ!」
お父さんがそう言う。確か、前生ではここでお父さんに対して、優勝して天狗になっていた僕はひどい言葉を言ったんだったかな。そして、清滝先生に咎められた記憶がある。だけど今生は違う。真摯に頭を下げる。自分の本気度を相手に伝えるため、頭を下げ続ける。
「ほう、何か考えがあるみたいやな。差し詰め、平手で指して、自分の今の棋力をなるべく正確に計りたいっちゅうところか。ほんまかしこい子やな」
どうやら、清滝先生は僕の考えていることを見抜いてくれたようだ。そう。僕は、棋力のまだまだ低い今の状態で、経験だけを頼りに、プロにどこまで通用するかを試してみたかった。僕の今後の目標を果たすためには、なるべく早い段階で是非とも試してみたい手合いだった。
「まぁええやろ。わかったわぼく。平手で指そか」
そして清滝先生は、僕の願いを聞き入れてくれた。平手に駒を並べていく僕達。流石に先手は譲って下さり、僕の手から対局は始まる。さて、何を指すかなんて考えるまでも無い。この対局で指す戦型は、大会が始まるよりも前から決めていた。初手で7六歩と、角道を開ける。
「今回は基本に忠実に来たか」
そう言って、清滝先生も3四歩と指して角道を開ける。さっきの後手番角頭歩を見ているからだろう。一般的な初手を見て、逆に驚いている。続いて僕は、6六歩と指して、開いた角道をまた閉じる。
「ほう?ぼく、そう来るか。おもろい子やな」
清滝先生は、どうやら早くも僕の意思を悟ったらしい。同じように4四歩と指しながら、面白そうに笑う。その後もお互いの指し手は同じように続いていき、盤面には同じ形が顔を現す。相矢倉だ。清滝先生の代名詞とも言うべき戦型、矢倉。それを僕は敢えてこの対局で使った。
清滝先生の代名詞とは言ったが、矢倉とは多くの棋士が愛用する、将棋において最もベタな戦型の一つだ。将棋の純文学とも称されるこの戦型。ただ単に矢倉と言っても、その種類は多岐に渡る。カニ囲い、片矢倉、矢倉穴熊等様々だ。そんな中でも今回僕が使用したのは最もオーソドックスな矢倉、矢倉囲いだ。清滝先生も、同じように矢倉囲いを使用している。お互い陣形が整って、さぁ開戦といこうかというところ。僕は、まず手始めに飛車先の歩を動かした。清滝先生も当然僕の意図を理解し、指す手を選ぶ。
「綺麗な矢倉や。定石をしっかり勉強しとるな。ほんまかしこい子や」
正確には勉強したわけでは無いけれど、そんなこと言っても仕方ないこと。勉強もしてないのに矢倉の定石を違わず指せるなんて、天才を通り越して気味悪がられるに決まっている。そして、その後しばらく指し進めると、清滝先生が自陣の矢倉の形を少し変える。パッと見ただけでは、より固くなったように見える変化だが、よく見ると明確な隙が見えてくる。僕を試しているのだ。この手を咎めることができるかと。その意思をしっかりと汲み取った僕は、次の一手を指す。清滝先生が作った隙とは、全く別のポイントに。
「なんや。この隙は見逃すんか。わしの見込み違いやったかな?……ん?いやまさか、この手は……」
そしてその手を見た清滝先生の表情が、徐々に驚愕の色に染まっていく。盤面の隅々まで目を動かし、この先の未来を読み解いていく。
「ま、まさかこの一手から、こんな変化があるなんてな。こら確かに隙を突くより大きい手やわ。ぼく、こんな手が指せるなんて、ほんまに幼稚園児なんか?」
幼稚園児です。人生2週目ですけど。なんて口が裂けても言えるわけがない。まぁ、これで僕の指した手の価値が大体わかっただろう。師匠が作った隙。その隙を突く攻撃は、謂わば
この一手を見れば、僕の棋力が実はやっぱり高いんじゃないか?と思えるかもしれない。だけど、この手は別に何かが見えたからこう指したとか、そういった要素は一切無い。この手は、あくまで
前生、僕は一度調子に乗っていたとはいえ、『矢倉は終わった』と豪語したことがある。あの時は、矢倉相手に研究していた新手が気持ちいいぐらいに決まり、連勝を重ねていたこともあって、少し天狗になっていたこともある。しかし、その後蔵王達雄九段相手に僕は天狗の鼻を折るどころか、根こそぎ引っこ抜かれるような敗北を喫した。
それが悔しくて、僕はそれまでよりも一層、矢倉の研究に力を入れるようになる。別に自分が指すためにではない。
そしてこの一手も、その研究中に見つけた研究手の一つだ。相手の守兵を力ずくでなぎ払う一撃。前生、この一手には技名が付けられていた。別に僕が付けたわけではない。歩夢の奴が勝手に付けて、それが世間に浸透してしまっただけだ。さぁ、清滝先生、この手をどう受ける?この、無慈悲なる竜王の薙ぎ払い、デッドエンド・ドラゴンテイルを。だからこの名前は僕が付けたわけではない。歩夢の奴が勝手に以下略。
「あかん。これは厳しいわ。気を抜いたら一瞬で持っていかれてまう。これは、気ぃ入れてかんなあかんな」
そう言って、清滝先生は自陣の守りを更に固める手を指した。それは間違いなく最善手と言える一手。きっと、ソフトの示す次の一手とも一致していたことだろう。その後も清滝先生は、歯を食いしばりながらも、最善手で僕の猛攻を回避し続け、中々詰ませにいくことができない。流石鋼鉄流と呼ばれる鉄壁の受け将棋を棋風とする清滝先生だ。流石にここから詰ませるのは、棋力が低い今の僕では無理かもしれない。研究手が決まり、優勢に立ったと思ったら、攻撃の手段を全て止められ、逆にピンチになってしまう。
「危ない危ない。紙一重やわ。わしの陣形もボロボロやで」
そう、清滝先生の陣形はもう既にボロボロなのだ。あれだけ綺麗に組まれていた矢倉囲いも、今は見る影も無い。後一手、後一手何かがあれば勝てていた対局だった。だけど、その一手が僕には無かった。その結果……
「負けました」
僕は逆転負けを喫していた。
「な、なんて対局だ!」
「プロ棋士相手に途中まで完璧に押してたぞ!」
「もう既にプロ級の実力なんじゃないか!?」
沸き起こる、僕を賞賛する観衆の声。まぁ、こんな対局を幼稚園児がしたのだから、当然かもしれない。前生でも、確か翌日の新聞に天才幼稚園児と取り上げられていたはずだ。今回は、その比じゃないかもな。
「ぼく、ええ対局やったで。わしも久々に熱くならせてもうたわ」
そう言って、清滝先生が頭を撫でてくださる。あぁ、ダメだ。直に触れられると、頭を撫でられるとダメだ。僕の視線に合わせて、しゃがんで笑顔を向けてくる清滝先生。至近に見えるその顔を見てると、もうダメだ。対局中だからと押し込めていた感情が、堰を切って押し寄せてくる。涙として。
「なんやぼく、泣くほど悔しかったか。悔しいと思えるのはええことや。負けて悔しさを感じれへん子は成長せーへん。ぼく、きっとすぐに強くなれるわ」
「いいえ、悔しいのはもちろんあるんですけれども、それよりも、あの、僕、凄く嬉しくて……」
「負けて嬉しいんかいな。そんな子は初めて見たわ。ぼく、おもろい子やな」
負けて嬉しいわけが無い。といっても、何が嬉しいのかなんて、理由を話すわけにもいかない。だから、俺は万感の思いを込めてこの言葉を贈る。前生で、最期に伝えることができなかったこの言葉を。
「ありがとう、ございました!」
その言葉を聞いて、師匠は優しく微笑み、頷き返してくれた。俺は、その姿に思いが伝わったような気がし、あの時のように思わず泣き崩れてしまった。会場内には、みっともなく泣き喚く、俺の声が木霊するのだった。
次の日、僕はお父さんの呼ぶ声で起こされた。
「八一起きろ!お前のことが新聞で取り上げられてるぞ!」
けたたましい声に叩き起こされた僕は新聞に目を通す。そこには、地方紙の一面に載った僕と清滝先生の姿があった。確か前生では、ここまで大々的に取り上げられていなかったはずだ。やはり、昨日の清滝先生との対局で放った一手が注目を集めたのだろう。あの対局の棋譜までもが掲載されている。更には、急遽取材でもしたのだろう。月光聖市九段……いや、今はまだ名人か。月光名人のコメントまでもが掲載されていた。
「まず始めに、棋譜を聞いて驚きました。彼が指したこの一手は、将棋の歴史に名を残しかねない一手です。矢倉の歴史を終わらせる可能性も内包した驚愕の一手です。この指し手が、まだ幼稚園児だと聞いて更に驚きました。彼なら、よほど曲がりくねった道を進まない限りは中学生プロ棋士になれるでしょう」
月光名人のコメント全文だ。名人にこう言わしめたとあって、既に福井県初のプロ棋士が誕生したかのように記事内では書かれていた。なんでプロデビュー戦の相手予想まで既にしてるんだ……
そしてそんな記事の隅の方には、清滝先生の紹介記事も小さく掲載されていた。ご丁寧にも、次に清滝先生が審判長を務める大会のことまで紹介してくれている。
「お父さん、この大会に行きたい!」
「大会?なるほど、来週に隣の県でやるのか。わかった!行こうか!」
そして僕は、前生と同じく清滝先生を求めて大会に押しかける日々を始めるのだった。清滝先生が来ると聞けば、お父さんに我が儘を言って連れていってもらう。そこで清滝先生に指導対局……まぁ、指導の域を超えてガチの対局になってきているが、清滝先生が頑なに指導対局と言い張っているので指導対局と言おう。指導対局を受ける日々を過ごしていた。
「なんや、ぼく、この前の子やんか。態々こんな所まで来たんか。よっしゃ、ほなまた指導してあげようか」
「お、ぼく、また来たな。今日も負けへんで」
「おー、ぼく、また来たか。今日のわしは調子ええで。軽く揉んだるわ」
と、清滝先生と対局を繰り返す日々。そんな日々が、僕は懐かしくて懐かしくて、嬉しかった。またこんな日々が過ごせるなんて夢みたいで、対局の後はいつもボロ泣きしてしまった。そして夏休みが終わり、幼稚園が2学期を迎えても、そんな日々は続いた。だがある日、そんな日々に終わりをもたらす提案が清滝先生から飛んでくる。
「ぼく、そんなにわしと将棋が指したいなら、わしの弟子になってうちにくるか?」
待ちに待った提案。この提案が清滝先生の口から出て来たということは、遂にこの時が来たのだ。あの子との、愛するあの子との再会の時が。僕は何も迷うこと無く、清滝先生の提案に元気よく応えた。
「はい!」
こうして、僕と師匠は、また
清滝師匠が大好きです
アニメ版で、師匠の放尿シーンが描かれなかったのはショックでした
次の投稿もあさって
もうすぐあの日ですね
特別編も用意しとくかな
八銀はジャスティス