この手を離さない   作:八銀はジャスティス

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ほえる はねる そらをとぶ トライアタック メガトンパンチ
これの意味がわかる人は同世代だと思います
合い言葉は、八銀はジャスティス


第13局 ライバル

小学生名人戦、決勝大会当日となった。

泣いても笑っても残り2局。三ヶ月に渡り闘ってきた激戦も、今日で全てが終わる。

 

「ほんなら八一、頑張ってくるんやで」

 

今日の対局は、全て渋谷のテレビスタジオ内での対局となる。師匠と銀子ちゃんは、僕が闘ってる間、東京観光をしてるらしい。僕も行きたいのだが。

 

「負けたら、帰ってくんな」

 

銀子ちゃんが発破をかけてくれる。銀子ちゃんの言葉から察するに、どうやら僕は負けたら破門にされるらしい。それだけは絶対に嫌だ。なんとしても優勝して見せよう。

 

「それと、これあげる。おまもり」

 

そう言うと、銀子ちゃんは僕に小さな何かを差し出してきた。きっと、昨日稼いだお金で買ってくれたのだろう。僕はそれを、ズボンのポケットにしまい込んだ。

 

「ありがとう!大事にするよ!」

 

「よっしゃ、ほんなら銀子行こうか。お昼、食べたいもんあるか?」

 

「回らないお寿司」

 

「んん!?ま、回ってたらあかんのか……?」

 

「銀座に行きたい」

 

「なんでお前はそんな高い場所知ってるんや!?お、おい銀子、待って、待って下さい銀子ちゃん!」

 

師匠は、先を行く銀子ちゃんを必死に説得しながら追いかける。師匠の低姿勢な姿は最後まで変わることなく、二人の姿は僕から見えなくなってしまった。とりあえず、師匠の財布には黙祷を捧げておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の対局は、2局目だ。現在、1局目の対局が行われている。万智ちゃんの対局だ。万智ちゃんは、得意の穴熊を形成し、相手の猛攻に耐えている。穴熊で耐えつつ、隙を見つけては果敢に攻める。上手い。素直にそう思った。万智ちゃんの攻防のバランスは完璧だった。決して無理をせず、相手が痺れを切らして無理攻めしてくるのを耐えて待つ。万智ちゃんの指し回しは完璧だった。悪手と言えるような悪手も見せず、無駄のない将棋だった。万智ちゃんも、勝てると、そう思っていたことだろう。だけど、万智ちゃんは負けた。万智ちゃんに、敗着と呼べるような手は一切無かった。ただ、相手の、彼女の攻めのセンスが万智ちゃんを上回っていただけ。それだけだ。

 

万智ちゃんの表情は暗い。負けたのだから当然だ。彼女はこの対局前に、僕と決勝で指したいと言っていた。その思いは、盤面にもしっかり現れていた。彼女の勝ちたい、決勝に進みたいという思いが。その思いは、間違いなく相手をも上回っていただろう。だが将棋は、いや勝負と言うものは、必ずしも思いの強い方が勝つとは限らない。将棋の神様は気まぐれだ。思いに応えてくれるとは限らない。万智ちゃんは、席から離れると、僕の横を素通りして、スタジオの外へと出て行ってしまった。

 

僕は見逃さなかった。彼女の頬を伝う一筋の雫を。きっと、涙は人前で見せない。そう思い必死に堪えていたのだろう。だがそれは、決して堪えきれるものでは無かった。それをあの一滴の雫が証明している。彼女は悔しかっただろう。悲しかっただろう。だがそれ以上に、負けてしまった自分が、決勝に残れなかった自分が(ゆる)せなかったのだろう。

 

あぁ、あんな物見せられたら……余計に負けられなくなってしまうじゃないか。負けられない理由が、また一つ増えてしまった。僕の相手は、強敵だ。未だ幼いとはいえ、前生における僕の永遠のライバルなのだから。元から負けるつもりは無い。たださっきまでと少し違うのは、背負う物が一つ増えた、それだけだ。それだけで、こんなにも思いが溢れてくる。勝ちたいという思いが。僕は席に着き、既に席に着いていた対局相手に話しかける。

 

「僕は九頭竜八一。よろしく」

 

「うむ。我は神鍋歩夢。よろしく頼む」

 

神鍋歩夢。前述の通り、前生における僕の永遠のライバルだ。前生では『次世代の名人』とまで呼ばれ、その強さを称えられていた歩夢。その期待通りに、歩夢は永世名人にまで上り詰めて見せた。僕が初めて名人戦に挑んだ際の対局相手、つまり当時の名人も歩夢だった。その対局で勝ち、5期連続で名人位を防衛し永世名人に僕がなった翌年に、僕はあっさりと歩夢に名人位を奪われてしまうことになる。その後も、歩夢とは名人位を賭けて何度もぶつかった。僕と歩夢の名人戦は、もはや毎年の恒例行事と化していた。何せ、僕が歩夢と名人戦で初めて対戦した年から、挑戦者側を変わりつつ、15年連続名人戦同一カードというアンタッチャブルレコードを二人で叩き出したのだ。僕達の対局で、名局賞も数度獲得したり、妙手を称える賞も僕達の対局から数度生まれた。正に僕にとっての、生涯のライバルなのだ。

 

前生における歩夢との初対局、出会いも小学生名人戦準決勝だった。あの時は、どちらに転んでもおかしくない接戦の末に、僕が勝利を収めた。あの時よりも、この対局は2年早い。僕達は、2年早く出会ったのだ。この結果が、僕と歩夢の関係にどのような影響を及ぼすかはわからない。だけど、そんなことは今はどうだっていいことだ。今はただ、目の前の対局に集中しよう。絶対にこの対局は、負けるわけにはいかないのだから。

 

歩夢の先手で対局は始まる。歩夢の得意戦法は矢倉系統だ。序盤の手を見るに、この対局も矢倉に持って行くらしい。なら僕も合わせよう。僕は場を相矢倉に持っていく。矢倉で来るなら、望むところだ。僕の矢倉殺しが刺さる。この対局は、僕が勝つ。歩夢はその後も囲いを形成していき、終いには綺麗な矢倉……いや、この形は。

 

「雁木か」

 

雁木囲いだ。矢倉とは似ているが、異なる。その特徴として、角が8八の位置に留まったままだということが挙げられる。この雁木、実は今の時代にプロで指す棋士はまずいない。その最大の理由として、矢倉よりも強度に劣るという点がある。雁木に持って行くなら、矢倉に組むよね。と言うのが、今の時代のプロなのだ。アマ棋界では、中々人気の高い戦法だが、プロ棋界では、1990年代から2000年代の間でほんの数局しか指された記録が無い。まぁ、2010年代後半になると、ソフトの普及に伴い、雁木の新戦法が確立され、矢倉の衰退も背を押し、新型雁木として頭角を現し始めるのだが、そんなのはまだまだ先の話だ。今はまだ2007年。そんなのまだ10年ほど経ってからのことだ。

 

だが、歩夢は雁木を選んだ。おそらくだが、矢倉を避けたのだ。きっと知っているのだろう。僕の矢倉殺しを。だけど僕の矢倉殺しは、雁木にも通じる。矢倉に対するよりも効力は確かに落ちるが、それでも十分な威力はある。歩夢には、何か対策でもあるのだろうか?と、考えているときだった。

 

「な!?」

 

歩夢が飛車を横に動かしてきた。これは、右四間飛車だ。飛車を横に移動させてはいるが、立派な居飛車戦法の一つだ。盤面の半分から右側で飛車を振る分には、それは居飛車と扱われるのだ。今の歩夢の飛車は4列にいる。だから居飛車というわけだ。しかし、これは少し厄介になってきた。雁木と右四間飛車を組み合わせる戦法は、確かに以前から存在する。アマチュア間では、良く指される戦法だ。そして歩夢は、角道を塞いでいた6筋の歩を突き出し、再び角道を開く。これが歩夢の狙いだ。4筋の飛車とこの角によって、僕の矢倉をこじ開けようというのだ。だが、歩夢の攻めはそれだけで終わらなかった。

 

「くっ!」

 

1筋の端歩を突き上げてくる。その後ろにいる香車を活かすためだ。歩夢は、前生において香車を使わせたら右に出る者はいないとまで言われていた。香車を使用した新手も次々と編み出した、正に香車のスペシャリストなのだ。そんな歩夢に、香車を使う隙を与えるのはまずい。だが、歩夢の攻めの手はまだ終わらない。桂馬までをも跳ねさせ、僕の矢倉を全力で壊すという意思が見て取れる。だがそれだけでは終わらなかった。驚くのはまだ早いと言わんばかりの手が歩夢から飛び出す。

 

「ここだな」

 

「なっ……!?」

 

デッドエンド・ドラゴンテイル。前生において、歩夢はこの手にそんな技名を付けてくれた。つまり、歩夢は僕の矢倉殺しを使ってきたのだ。おそらく研究はしてきているのだろうとは思っていたが、まさか自分で使うほどにまで落とし込んでくるとは。我がライバルながら、感心する他無い。だがこれは、相当まずい事態になった。角、飛車、香車、桂馬、矢倉殺しによる、正に矢倉包囲網。その包囲網が、じわりじわりと(にじ)り寄ってくる。そして、矢倉防衛戦の幕が上がる。

 

次々と襲ってくる歩夢の波状攻撃に、僕の矢倉はあっという間に食い破られていく。取っては取られ、守っては攻められの大乱戦。しかし、明らかに優勢なのは歩夢だ。原因は明らか。矢倉殺しの存在だ。まさか、自分の披露した手でここまで苦しめられるとは思わなかった。いつか誰かに使われる日は来るだろうとは思ってはいたが、その最初の人物が歩夢で、対局者が僕だなんて、なんて因果だろうか?これはあれだな。きっと、今まで僕が負かしてきた矢倉使いからの報復なんだろうな。そんなことを考えているあたり、僕はもう目の前の現実を受け入れてしまっているのだろう。

 

「終わりだな」

 

歩夢がそう言う。盤上は、明らかな僕の敗勢となっていた。見るも無惨な形になった。囲い。まだ綺麗な状態で残っている歩夢の雁木囲い。持ち駒にこそ余裕はあるが、それも慰めにしかならない。このまま押し込まれれば、結果がどうなるかは自明の理だ。僕は、ズボンを右手で強く握りしめる。清滝一門は皆、ズボンの右側に皺がつく。対局中に、軽率な手を指さないために、右手で強く握りしめるからだ。だけど今握りしめた意味は違う。ただ、悔しいだけだ。負けられないと意気込みながら、結局負けてしまっている自分が情けなくて、仕方がなかった。勝負とは、必ずしも思いが強い方が勝つとは限らない。だけど、こんな結果、あんまりじゃないか……

万智ちゃんの(かたき)も取れないなんて、こんなのあんまりじゃないか……

だけど、負けは負けだ。正直、ここから巻き返せるビジョンが見えてこない。悔しさに、涙が今にも溢れそうだった。だけど、それは必死に堪える。必死に堪え、僕は投了しようと駒台に手を伸ばそうとした。そんな時だった。ズボンを握っていた右手が何かを掴んだ。正確には、ポケットの中に入っている何かをだ。僕は、ポケットに手を突っ込み、それを出す。それは、将棋駒のストラップだった。銀将のストラップだった。これは、銀子ちゃんがおまもりとしてくれたものだ。銀将。その駒の選択が、僕に銀子ちゃんが伝えたいメッセージを教えてくれる。『私がついてる。だから八一は負けない』と。

なんとも姉弟子らしいメッセージじゃないか。お姉ちゃんらしいメッセージじゃないか。あぁそうだ。僕には、こんなにも頼もしい、僕よりもより一層頑張っている姉がいるんだった。銀子ちゃんだったら、この苦境で諦めただろうか?おそらく、諦めただろう。一人だったならば。だけどきっと、僕が側についていたならば、きっと諦めないことだろう。僕だって同じだ。銀子ちゃんがいれば、僕はどんな逆境にだって立ち向かえる。無限の勇気が湧いてくる。これぐらいの苦境がなんだっていうんだ。確かに敗色濃厚だろう。だが、まだ負けると決まったわけではない。本当に僅かな、1000局指して1局あるかどうかの厳しすぎる勝ち筋。その勝ち筋を、絶対に見つけてみせる。

 

僕は、銀将のストラップを力強く握りしめる。その駒から、彼女から勇気を分けてもらうかのように力強く握りしめる。そして、そのストラップを再びポケットにしまい、今度は強くズボンを右手で握りしめた。先ほどとは意味合いが違う。軽率な手を指さないために握りしめた。今からは、一つでも軽率な手を指せば即負けに繋がる。僕は、覚悟を決めて、一つの駒を動かした。

 

「な!?」

 

王将を、囲いから逃がす。僕はここにきて、矢倉を放棄した。目指すは、総攻撃で手薄になっている歩夢の右側の陣地。そこに王を進める。入玉、それが僕の狙いだ。目指すは最奥。そこまで、王を持って行く。

 

「入玉が狙いか!そうはさせぬ!」

 

させまいと、歩夢の猛追が迫る。飛車が、角が、金が、銀が、王の進軍を阻まんと押し迫ってくる。僕は時に持ち駒で受けつつ、時に王を一旦下げつつ、慎重に、少しずつ王を前へと進める。一歩一歩慎重に、確実に前へと進める。そして、王が入玉を目指して実に50手。遂に悲願の入玉は達成された。そのころには、ズボンの右側は、しわくちゃになっていた。今日用意したばかりの新品だったのだが、この皺はもう戻らないだろう。

 

「くっ、防げぬか!」

 

「遂にこまで来た……さぁ、歩夢!ここからは僕のターンだ!」

 

「ふん!よかろう!受けて立つ!」

 

そして、僕の反撃が始まった。元々、持ち駒自体は潤沢だったのだ。その持ち駒を惜しみも無く投入し、歩夢の囲いを次々と崩していく。元々、矢倉ほどには耐久性の無い雁木囲いなのだ。その囲いは、瞬く間に崩れていった。

 

「くっ、もはやこれまでか!かくなる上は!」

 

そして追い込まれた歩夢が次に取った手は、入玉狙いだった。僕に達成できたのだ。自分にだってできると歩夢は意気込んでいることだろう。だが、それは甘い。

 

「なっ!?バカな!?」

 

歩夢の進軍はすぐに止まることとなった。入玉を成し遂げた僕と、阻まれた歩夢の違いは、入玉に対する対策をしていたかどうかだ。歩夢は、囲いの中で僕を詰ませるつもりで、王が逃げたときのことを念頭に置かず、駒組みを行っていた。一方僕は、歩夢が入玉に移行するのを念頭に置いた上で、あえて王が逃げれるスペースを一カ所残し、駒組みを行っていた。そして歩夢は、迷うこともなくそのスペースへと王を進める。それこそが、罠だとも気づかずに。罠に落ちた歩夢には、もう為す術は無かった。

 

「参りました」

 

歩夢は堂々とした佇まいで、投了を宣言する。その顔には、一切の負の感情は見て取れず、まるで、この対局を誇りに思うとでも言いたげな、実に満足そうな表情だった。

 

「熱い対局だった。ここまで心躍る対局は、産まれて初めてだ。今回は我の負けだが、次は負けぬぞ?」

 

「あぁ、望むところだ」

 

この時歩夢は僕のことを初めて、僕は改めて歩夢のことを、自身の最大のライバルだと認めた。僕達の関係に、もしかしたら変化が起きるんじゃないかと対局前には心配もしていたが、どうやらそれは余計な心配だったらしい。きっと、僕たちのこの関係は、今生でも生涯変わらないことだろう。斯くして神鍋歩夢、誇り高き棋士と僕との対局は、僕の大逆転勝利で幕を閉じたのだった。後にこの対局は、小学生名人戦史上最高の名局として、末永く語られることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

テレビスタジオの隅にポツンとあった長椅子。そこに、彼女は座っていた。あれから、どれだけの時間が経っただろう?僕と歩夢の対局は、小学生名人戦史上最長手数を記録し、終局までにかなりの時間を要した。だと言うのに、彼女は、万智ちゃんはまだ涙を流していた。

 

「万智ちゃん、泣かないで」

 

「うっ、うっ、だって、だって、こなた、八一くんと、決勝で指したくて……」

 

きっと銀子ちゃんに知られたら、他の女の子に優しくするなと怒られるかもしれない。だけど僕には、目の前で泣いてる女の子を見て見ぬ振りするなんてことは、到底できそうにない。だから、彼女を見つけた瞬間、僕は反射的に彼女に話しかけていた。

 

「将棋なら、いつだって指せるさ。それよりも、今は僕の決勝戦を見ててよ。万智ちゃんの敵を取ってみせるし、万智ちゃんが泣くことも忘れちゃうぐらいに凄い将棋指してみせるから!」

 

「凄い将棋?」

 

「うん!だから、もう泣かないで。涙は、万智ちゃんには似合わないよ」

 

「八一くん……」

 

万智ちゃんは、漸く泣くのをやめてくれた。良かった。誰であろうと、女の子の涙は見ていて辛い。これで僕も、安心して決勝に挑むことができる。

 

「それじゃ、行ってくるね」

 

「うん。八一くん、頑張ってなぁ。応援してるどす」

 

「うん!ありがとう!」

 

そして僕は、彼女が待つ決勝大会の舞台へと向かった。すぐに、決勝戦は開局を迎える。僕は開局前に、対局相手の彼女と挨拶を行う。

 

「僕は九頭竜八一!よろしくね!」

 

「私は岳滅鬼翼。よろしく」

 

そして僕、九頭竜八一と、不滅の翼、岳滅鬼翼さんの対局の幕は上がるのっだった。




お燎だと思った?
残念!彼女でした!
お燎の出番は、もうしばらくお待ち下さい

流石に人名入った賞は使うのまずいかなと思い、妙手に関する賞は名前を伏せてます
原作内ではまだでてきてないけど、この賞原作用の名前用意されてるのかな?
原作では、今の所人名入った戦法とかも原作キャラの名前付いたのぐらいしか使われてないし、使わない方がいいですよね
いつか名前原作で出てきたら、追記するかもしれません
次もあさってだと思います

八銀はジャスティス
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