蒼き飛翔のイクシロン   作:赤羽ころろ

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Depth8 渦巻く海

少し前、UXENON級ユーリシャスブリッジ。

この船を束ねる艦長たるジャン・レボルトはその無精髭を先程からずっと手で撫でている。彼の考える時の癖である。

数日前からずっと考えている。この任務のことだ。機械研の任務であることは変わらないが今回に関してはイレギュラーばかりだ。最初の調査で訪れた極東でunknownに遭遇してからそれらをおってばかり。しまいにはコロニーの組合長まで攫ってきた。明らかに本来の任務から逸脱している。今回の任務については艦長たるレボルトまであまり情報が降りてきていない。確かにこの船の艦長はレボルトだが隊全体の指揮はコーゴンなのだ。レボルトも彼からの命令で動いている。彼は聖戦時代から戦場に身を置いてきた軍人だ。レボルトも聖戦において一乗組員として戦場にいた。その頃から知っている相手だから信用はしている。だが今回の任務はやはりどこかキナ臭さを感じる。

極東地域の調査は二の次、あの青い機体と少女を捕まえることが第1優先になっている現状だ。乗組員たちも疑問に思い始めている。それに度重なる戦闘で乗組員たちに疲労も見え始めている。それが迎撃ならば仕方ないがこちらからの攻撃なわけで。しかも本来の任務から外れている物だから乗組員たちもなんのためなのか分からなくなっているのだろう。早めにリフレッシュさせてあげたいと思うし補給も必要なので最寄りであるフォークランドに早めに入港したいところである。

「オペレーター、状況は?」

レボルトは自分から見て右手のオペレーター席に座っている女仕官 クリスティーナ・べーテル少尉に向かって聞いた。

軍人になってから3年が経つ彼女だが元々秀才だったのに加え実践も経験した事でとても優秀な軍人に成長した。最初にここに配属された時から現場の流れを読んで的確に物事を伝達し艦内の指示を統一してくれている。3年もここにいると阿吽の呼吸とも言うべきものを発揮してくれる。この船の副長とも言える存在だ。

「コーゴン隊、交戦開始から420秒経過。こちらが優勢のまま推移しています。敵母艦は最後に240秒前に潜航してからはロストしています。恐らくパッシブステルス機能と思われます」

「ふむ。報告ありがとう。さて、貴官からみてこの状況、どう思う?」

「先に潜航した敵母艦ですがまず間違いなくこちらに攻めてくると思われます。こちらがあまり動きを見せないので陽動目的で攻撃してくる可能性もあります。敵の青いCAHに関してはこちらは未だ例の青い翼を生やす状態に移行していないことを考えると移行される前に鹵獲できるか出来ないかによると思われます。カナト少尉の狙撃に関しては未知数なので移行されたあとの状況は推察しかねます」

「いい分析だ。じゃあ先程の海域図出せるか?」

「はい。……こちらが先程の分析図です。そして例の物の設置位置がここです。そして敵艦が潜航した位置から考えられる予定航路がこちらです」

クリスティーナはテキパキと前方のモニターに情報を重ねていく。まず表示されたのはこの周辺の海域図、そしてさらにそこには現在のユーリシャスの位置、設置した"例の物"の位置、そして赤い表示で敵艦の消失ポイントとそこから予想される推定航路が表示されていく。

「よし、ではこちらも動くとしようか」

「了解しました。全艦に通達、これより本艦は敵艦との戦闘に入ります。非戦闘員は待避、戦闘員たちは持ち場にて待機」

「よーしブリッジの諸君、久方ぶりの対艦戦闘だ。気合い入れてけよ!」

レボルトの言葉に艦橋全体の空気が変わる。今回の任務では初の対艦戦闘だ。当然といえば当然だ。ここで足を抑えておけばフォークランドまで入港するのも容易いだろう。

レボルトも気持ちを切り替える意味も込め1度咳払いをした。

「ン……では微速前進、しかる後戦闘速へ移行」

椅子に座り直し手を胸の前で組む。こうすると落ち着いて戦況が見れる。なかなか抜けないこれまた癖のようなものだ。

「さて、どう攻めてくるかな青い鯨くん?」

この大海原で何度も戦ってきた歴戦の男であるレボルトでさえも戦の時は胸が高鳴る。それは確かにこの海に魅せられた証ということだろう。

 

「敵艦、距離詰めてきます約3000!」

「よし、ソナーそのまま警戒、こちらも詰めるぞ。ジュン、速度上げ20」

「了解。速度上げ20」

ユーリシャスとビギンズノア、2つの船のチキンレースが始まった。向こうが減速した時スキができる。その時が攻撃のチャンス。

先程のレヴの解析でアズマが囚われているであろう独房はわかった。幸い船のバイタルパートに含まれていたので多少の攻撃では影響は無いはずだ。

ならば機関停止を狙い人質の解放を突きつける、そうすればアズマは取り戻せる、そう踏んだ。そのためにはできるだけ近づく必要がある。この読み合いの場面、先に好きを見せた方が負ける。こちらは装甲にも余裕がある。単純な戦闘力なら勝てる。

その余裕が顔に出ていたのかレンの隣ではツバキが怪訝な顔でレンを見ていた。ツバキにも当然実戦経験はない。先輩やほかのコロニーとの模擬戦に勝利したことはあったが。その模擬戦での勝利がレンに余裕と自信を与えているのだろうと思うとどこか複雑な気持ちになる。たとえ先輩たちと言っても所詮は素人。新人混じりとはいえ本物の軍人相手とは訳が違うだろう。そういう事を思いながらも戦闘に集中しなければと姿勢を正した。艦橋を見渡すとヨーコはソナーと音紋解析に集中しているしジュンも操舵に集中している。コウキは戦闘に備え各種火器管制システムのチェックと魚雷の装填をホログラムキーボードで操作していた。

視線を移し右斜め前。ミズキはまっすぐ正面のモニターを見つめていた。戦況が気になるのだろう。CAH同士の戦闘は先程からあまり状況は変わらず一進一退を繰り返している。3機いるうちの1機でも引き付けられれば良いのだがこちらに向かってくるような様子もない。陽動として動いているこちらとしては現状あまり良くないということか。

視線を手元に戻す。モニターの中でレヴは未だに色々と漁っている。あちらの音声は先程レンがカットしたので聞こえていない。銀髪ツーサイドアップの少女がヨダレを垂らしながら書籍型のデータを読み漁る姿はなかなかにシュールである。まあ確かに200年以上眠りについていてその間に世界の様相は180度変わっているわけで。当然色々なものに興味が出るのはわかる。わかるが、戦闘中なのだが……とも思うわけだ。

呆れて少し緊張がゆるんだ自分を律するようにシートに座りなおす。自然とため息が出た。それが何に対してかはわからない。しいて言えばこの状況すべてに、だろう。皆それぞれ自分の役割で手いっぱいだ。もしレンが何かやらかそうとしたら止められるのは副長である自分だけである。そうならないように祈りつつもまたなるんだろうなとどこか諦めてしまっている自分がいる。その事実に二度目のため息を吐いたのと状況の流れが変わったのはほぼ同時だった。まるでツバキの苦悩を嘲笑うかのような警報は敵からの攻撃が来るという合図だった。

「ヨーコ、どこからだ!?」

思わず立ち上がったレンの顔には確かに焦りが見えた。

「80m先、発射音5つ確認!……直下です!このままだと直撃コース!」

「……!!やられた……!」

ツバキは手元の端末を素早く操作する。さきほどレヴが読み上げた敵艦のスペック、その中に設置型魚雷発射管が含まれていたのを思い出した。間違いなくこれだ。

「レンどうするんだ!!回避できないぞ!?」

ジュンの叫びがレンの焦りを加速させる。が、人には不思議とこういう時にふと冷静になる瞬間がある。他に策はなかった。やるしかない。

「ジュン、限界まで船首を上げて船体を縦にしろ!!」

「はぁ!?間に合うわけ……!!」

と言いつつも文句を言っている暇はないため操縦桿をめいいっぱい手前に引いて船体を縦にしようとする。加速しようとしていたところで縦になろうとしているためとてつもなく操縦桿は重く思ったようにならない。

「ダメだ!!間に合わない……!!」

「くっ……レヴ!!強引にでもいい!!船体を縦にして被弾面積を減らすんだ!!」

唐突に呼ばれたレヴは本の山の中から慌てて顔を出し

「はぁいっ!!」

と同時に艦全体が一気に縦になっていく。

さらにアラートが鳴り響きヨーコが叫ぶ

「敵艦接近、30秒後に直上!!」

下からは魚雷、真上には敵艦が迫り恐らく向こうも魚雷を射出してくるだろう。こうなれば多少の無茶は仕方がない

「こうなったら……レヴ!!シールド前方に集中!!それと同時に魚雷発射しろ!!」

「一度にイロイロイワナイデクダサイ!!」

急なことで処理が追いつかなくなったのかレヴのヴィジュアルは粗く8bitのドット絵になっていた。

 

ユーリシャス、ブリッジ。

「敵艦、船体を縦にして上昇してきます!!」

「なんだと!?くっ……回避だ!!」

レボルトはクリスティーナの報告に焦る。

互いに加速したこの状態。突然曲がったり止まれる訳もなく(AIに強引にさせるという手はあったが)巨大な船体同士が激しく激突した。激震に必死にシートにしがみつく。やがて収まった時には船中に警報が鳴り響いていた。モニターにはDangerの文字。ちょうど敵の潜水艦がぶつかったあたり、かすった程度で済んだようだがそれでも鱗型装甲を貫通し一部浸水していた。

「該当ブロックを注水してバランスを取れ……!!敵艦は?」

「...ッ本艦と激突後さらに上昇していきましたが設置型発射管から射出された魚雷の着弾を確認しました。おそらく機関に損傷をおっている模様……です」

クリスティーナは頭を抑えながら答える。激しい揺れのせいでどこかにぶつけたようだった。

「よし、ひとまずだ敵艦から離れる。全艦に通達。ゴーゴン隊長にも状況を知らせておけ……」

「はい……」

同ユーリシャス、独房ブロック

「ったく、激しい揺れだったな……攻撃に当たったのか」

アズマは手錠で繋がれ不自由な腕を何とか使い身体を起こす。まだ節々が痛むが衝突した時咄嗟に床に突っ伏していなかったらもっと大変なことになっていたかもしれない。そう思えばこれくらいは軽かった。

「……あいつら、無茶するなぁ。全く、誰に似たんだか」

壁に背をつけ、ふぅと一息付き自分の血を分けた少年のことを思った。

「レン、無茶と無理は違うからな」

その言葉が届くことは無いがもし伝わっていたならば彼の選択は変わっていたかもしれない。

 

「レヴ、船の状況は……?」

レンはシートに座り直して手元の端末の中にいるレヴに聞いた。当たりどころが悪かったようでシートから放り出され身体の下敷きになった右腕が少し痛む。

「バイタルパートの損傷はないです……航行は可能。しかし機関が一部損傷したため速力は20%ほど落ちます!シールドも戦闘には耐えられないです……」

先程のドットから復活した元のレヴは画面上の船体のデータ上を右往左往しながら答えた。

「機関室の状況は?おやっさんとミハネは無事か?」

「詳細はわかりませんが生体反応ふたつ確認。簡易メディカルチェックの結果健康に問題はありません」

「そうか……」

2人の無事に安堵するのと同時に後悔が襲う。これは自分の慢心が招いた結果だ。もっと上手くいくと思っていたが咄嗟に繰り出したのは特攻まがいの体当たり。艦長として最悪の手を切ってしまった。他に手はあったはずだ。一気に増速すれば魚雷は避けられたかもしれない。縦になって急制動をかければ敵艦にぶつからなくても魚雷を撃ち込めたかもしれない。様々な手があったと終わってから気づく。あの時もっと冷静になって判断していれば……。あれやこれやと頭の中でグルグル周り心拍数と体温が上がっていくのがわかった。呼吸が荒くなる。もう仲間たちを直視する自信はなかった。ツバキが何か言っているようだったが耳に入ってかなかった。

憔悴して顔を伏せたままのレンの手に何かが触れた。自分と同じ人間の「手」だ。白くしなやかな手。温かかった。顔を上げるとツバキがいた。

「森宮……」

目をずっと合わせていられる自信はなくすぐに顔を逸らした。怒っているのだろう。少しだけ見えた彼女の顔はいつもよりも怖かった。ああ、怒られるだろうなと思った。だが、

「言いたいことは沢山ありますが、それはあとにします。だから後悔も悩むのも後にしてください」

その言葉はレンを現実に戻すには十分だった。

「まだ彼は戦っています。貴方の指示で。彼を戦場に送ったのは艦長で指揮官の貴方だ。ならばその責務を果たしてください」

そうだ。今、アイツは1人で戦っている。俺の指示で。俺に大切なものを預けて。

彼女はレンの手を握り彼の前にしゃがみこみ顔を覗いた。ああ、今更だがコンタクトにしたんだなと思った。綺麗な鷲色の瞳がこちらを覗く。

「怒ることも後悔することも死んだら出来ないですよ。だから、まずはここを生き残らなきゃいけない。そして私達を生き残らせることが出来るのは貴方だけなんですよ、艦長」

ああ、そうだ。みんなの命を預かっているのは俺だ。やらなければいけない。後悔の続きは後だ。

ツバキの手を握り返し深く深呼吸をする。身体中に酸素が行き渡り呼吸が落ち着く。

顔を上げてブリッジを見渡す。皆こちらを見ていた。ミズキも含めてだ。その目は確かにレンに対しての信頼があった。やらなければいけない。この目はもう二度と裏切れない。もう一度深呼吸をする。腹は決まった。

「よし、敵艦も恐らくすぐには戦闘を再開するのは無理だろう。謎の反応を解析しつつアオイの援護に向かう!!」

「了解!!」

流れが変わったとツバキは感じた。しかし、彼女が思っているよりも遥かに海という生命の母はそう簡単に彼らを離したりはしない。

 

 

 

 




どうも作者です。本当は原稿上がってたんですけどね、あげわすれてまぢたてへぺろ。対潜水艦の描写難しいですよねえ。某美少女と潜水艦の漫画が愛読書ですが文字に起こすのは難しい・・・ではまた。

次回予告
レンたちが立て直したころアオイは一人コーゴンたちと戦っていた。しかしアオイはまだカナトに気づいていない。勝利を確信するカナトの前にとある船が迫る。
次回蒼き飛翔のイクシロン
SVプラント

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