契約者は汗かかないしトイレに行かないし恋だってしない 作:黒好の三鷹
最初だけ日記風です
○月×日
あの人に言われた通り、日記を書き始めようと思う。
自分の名前は斎藤拓実。性別は男、年齢は26歳。どこにでもいるような一般的な成人男性……のはずだった。
しかし目が覚めてみれば廃墟となった東京らしき街中。当然、一般的な成人男性に目が覚めたら廃墟の真ん中にいるような心当たりは存在しない。
めちゃくちゃ不安でそこで呆然としていたら、全身ピンクタイツの女性が現れて保護してくれた。人前に出るにはあまりにエッチな格好をした彼女はアンバーと名乗っていた。
アンバーさんに事情を説明すると、「ここはそういう不思議なことが当たり前に起きる場所」と言って笑うだけでそれ以上のことは聞けそうになく、それで納得するしかなさそうだったが、彼女はやたらと親切にしてくれてこうして東京の片隅で日記を書く場所を与えてくれたのも彼女だ。
……とりあえず、この世界は自分が今まで生きていた世界とは別のものであるようだ。少なくとも東京の一部が立ち入り禁止区域になってたり、南米が滅んでたりする世界ではなかった。
正直色々説明されてもさっぱりだったが、何とか理解できたことは2つ。
1つは『
突如として現れた領域の名前で、東京の一部と南米がこれに当たるらしい。これの発生と共に人類は成層圏より上の
そして『契約者』。
ゲートの出現と共に現れた超能力者のようなもので、『対価』と呼ばれる特定の行動をすることで超常の力を発揮する。
しかし契約者となったものは思考が合理的になり、感情を表に出すようなことがなくなってしまう。一般社会ではそんな状況になればすぐにバレるから契約者はだいたいどっかしらの組織に見つかってその組織の都合の良い道具にされるらしい。怖い。
ちなみにアンバーさんはこの契約者の一般公表、及び自由と権利の為に戦う組織『イブニング・プリムローズ』、通称EPRのリーダーなのだそうだ。自分を助けてくれたのもその目的の一環とのこと。
そう。アンバーさんによると自分も契約者らしく、何もしなくていいが一応メンバー扱いなそうだ。
しかし話に聞いていた合理的思考とやらになっている感じは全くしない。無駄なことをしないらしいが、この日記を書いてる時も練り消し作って遊んだりしたし……。
とにかく、アンバーさんはEPRの一員であることを公言したり、他の組織と揉め事を起こさない限りは守ってくれると言っていた。
難しいことは後で考えるとして、とりあえず今はアンバーさんの言う通り毎日日記を書きながら大人しく暮らしておこう。
○月△日
日記って最初の日はめっちゃガッツリ書くけど2日目以降は加減を覚えるものだと思う。
自分が契約者だってアンバーさんに言われたから、能力とか使えんのかなーと思いちょっと試してみたら本当にできた。3本目の腕が生えてきたみたいに体の中に新しい器官が生まれたような感覚は気持ち悪かったけれど、超能力とか誰もが一度は憧れるものだからめちゃくちゃ興奮した。
でも『対価』とやらは嫌い。
しないといけないものなのかと思っていたがそんなレベルじゃない。能力を使ってしばらくしたらそれ以外のことが考えられなくなる。全身に蛆が湧いたような不快感が駆け抜け、急いで『対価』を払った。
アンバーさんが様子見に来たのでそれを伝えたら「対価を払わないとバターみたいに溶けちゃうんだ」と言ったのが冗談に聞こえないくらいにはヤバい。
それと、契約者というのはなんでも現在空に見える『星』とやらと繋がっているらしく、能力を使うと対応した星が強く光ったり、死んだりすると星が消えるそうだ。
自分にも対応した星があるらしく、その輝きで自分のことがバレたりしないのか心配になって聞くと「人前じゃなければ大丈夫」とは言ってくれたが、これからは能力を使うのは控えよう。
○月□日
いい加減暮らしに慣れてきたのでニートを卒業しよう。いつまでもアンバーさんからの仕送りで生きているのは、助けて貰ったというのにあまりにも恩知らず過ぎる。
基本的にはゲートの周辺が立ち入り禁止になってたり、治安が少し悪い以外は変わらない東京であったのが助かった。
幸いにも体は若いので肉体労働でもなんでもこいだ。まぁ、自分の契約能力が活かせるのは警察官くらいだし、人前で能力を使うとランセルノプト放射光という光が出てめっちゃ目立つらしいから使えないけれどね。現実は超能力者に厳しい。チートと呼べるようなものでも無いけれど、日常生活に役立てたりしてみたかった。
△月○日
就職できません。
身分証やら何やらはアンバーさんが偽装してくれたからどうにかなったけれど、何故か面接で落ちる。
たしかにちょっと人と喋るのは苦手だけど、これでもちゃんと一度は就職できた身なのにコンビニバイトすら受からないのは誠に遺憾である。
アンバーさんが様子見に来てくれたから相談したらめちゃくちゃ困った反応されたし、アンバーさんの仲間らしい少し肥満体の男性は優しい笑みを浮かべながら茹で卵をくれた。その優しさがとても辛い。
△月◇日
バイト先が決まった。
近くにある中華料理店ホウムラン軒。
店主さんが足を挫いたのを助けたら仲良くなり、そのまま色々話してたらなんならうちで雇ってやると言われたのでご好意に甘えさせてもらう事にした。
店主の娘さんにも優しくしてもらえて、ご飯も食べさせてもらえて本当にこの世界治安が悪いのか???
むしろ人の優しさで泣きそうなレベルなんだが。この世界に来て出会った人みんないい人過ぎて泣きそう。というか泣いた。女の子だもの。
……そう言えば書いていなかったが、この世界に来たら体が女になっていた。身分証では『
始めのうちはかなり驚いたし、下のアレコレとか体の感覚の違いとかに戸惑ったけれど……体の変化って意外と些事じゃない? それ以前に説明されたゲートとか契約者とかの方で頭いっぱいになってて現実から目を逸らしていたかもしれん。
でも人間だっただけマシかもしれない。アンバーさんによれば動物になったまま戻れなくなったり、花になってしまったりする契約者もいるらしい。対価怖い。ホント怖い。
□月○日
ものすごいイケメンが店に来た。
幼さの残る甘いマスクにワイシャツの隙間から覗く臍と鎖骨がセクシーなそのイケメンはものすごい量のご飯を一人で平らげて帰っていった。
働かせてもらってる身分で言うのもなんだが、あまり繁盛している様子はなさそうだったのに自分を雇う余裕があるのはもしかしてこの人のおかげなのかもしれない。
店主さんによると彼は
それにしてもものすごいイケメンだったし、ものすごい大食いっぷりだった。なんというか、雰囲気が女性を虜にすると言うか、モテる男というのは彼のような人のことを言うのだろう。
身体は女だとはいえ、心は男である自分ですらその穏やかな微笑みと柔らかい声になんだかいけない気分になりかけてしまうほど。
まぁ、さすがに惚れたりはしないけれど。これでも26年男としてやってきて、それなりに異性経験もある上で言わせてもらうが自分はノーマルだ。
……しかし、あれだけのご飯の代金を特に躊躇う様子もなく払っていたあたりもしかして李さんはお金持ちの家の人だったりするのだろうか?
□月#日
おかしい
こんなのおかしい
その日は普段と何も変わらない一日のはずだった。
バイトに向かい、それが終われば真っ直ぐ家に帰る。しかしお給料を貰った自分はついつい娯楽を求めて古本屋へと足を運んでしまった。
そう、別世界とはいえある程度見慣れた東京の街。本を買ってウキウキになっていた自分はあやふやな記憶を頼りに裏道を使おうとし…………ものの見事に厄介そうな人達に絡まれてしまった。
契約者なんだから普通の人に絡まれたぐらいどうにでもなる、なんてことはない。自分の契約能力は正直言ってしまえば人を倒したりするのに全く向かない。それどころか攻撃力は皆無。何があっても悪いことには使えない役立たず過ぎる能力なのだ。
その上今の自分は身長も160に満たない女性。ガタイの良い男3人に囲まれればどうしようもない。叫んだりすれば良かったかもしれないけれど、恐怖と混乱でそこまで頭が回らずちょっと泣きそうになってしまっていた時の事だった。
厄介そうな連中の1人が突然前のめりに倒れて、その背後から現れた男の人が自分の腕を掴んでそのまま走り出した。
その男の人というのにも見覚えがあった。望遠鏡のケースを抱えて困ったように眉を曲げながらも自分の手を決して離さないように強く握っていた彼の顔と、そのセクシーな鎖骨は忘れたくても忘れられない、大喰らいの李くんだった。
それから意外としつこい連中から二人で無我夢中で逃げ回った。夜の街を走り回って、疲れて立ち止まってコンビニで休憩してたらまた追ってきて、それからまた逃げ回って……。
しばらくしてようやく追手を撒いた辺りでお礼にと李くんをご飯に誘った。彼の大食いっぷりは知っていたが、給料も貰ったばかりだし大丈夫かなと思っていたけれど、彼の食費でものの見事に財布の中身は空にされた。
なんで助けてくれたのかを聞くと、偶然見かけて顔見知りが困っているのを見捨てられず勢いのままに持っていた望遠鏡で後ろから殴ってしまったらしい。少しなよっとした感じの笑顔をいつも浮かべているのに、意外と行動力はあるようだ。
草食系な見た目だけど意外と行動的。それでいてやっぱりどこか頼りなさそう。そんなイメージに反してセクシーな鎖骨とワイシャツの隙間から見えてしまうへそ。
逃げ回る時もこちらの手を掴む腕には離さないようにしっかりと力は込められていたけれど決して痛いという程ではなく、走るペースも引っ張るようではあったが決してこちらに無理はさせないように気を使っていてくれた。
……勢いでお酒を呑んでいたのもあったかもしれないけれど、自分はそんなことを思い出してほんの少しだけ、ほんの少しだけ李くんに不純な気持ちを抱いてしまった。
それが恥ずかしくて、誤魔化すように酒の量を増やして……。
そして次の日、
何があったかはしっかりと覚えている。そのあと酔っ払って李くんを連れ回した私はまた面倒事に巻き込まれ、そこで彼にまた助けて貰って、それから……
それからは、ちょっと私の口からは言えない。とにかく一夜きりのラブロマンス。映画のような物語が私と李くんの間にはあった。それこそ、私の今までの人生の価値観を全て塗り替えてもまだ足りない、全ての思いを彼の色に染められてしまうような濃厚で濃密な愛や恋やが。
一応言っておくと決してえっちなイベントは起きていない。そもそも紳士な李くんがそんなことするわけが無い。
とにかく、
そうだ。きっと私がこの世界に来たのも、女性の体になったのも彼と出会い結ばれるためだったに違いない。そうだったならば運命を司る神に感謝してもし足りない。李舜生という殿方に会えたことは、間違いなく輪廻転生を幾度経ようともこの魂が受けられる最上の喜びに違いないのだから。
と言うか李くんがカッコよすぎるのがいけないんだよ。酔っ払ってあんなことをしてしまった私を庇ってあんなことをして、それからあんなことやこんなことがあったというのにいつもと変わらない穏やかな笑顔であんなことを囁かれたらどんな人間だって彼の虜になってしまうに決まっている。事実私はそうだった。一人称だってこれから彼と会う時に男っぽい一人称を使ってしまって幻滅されないように『私』を使うように意識するようにし始めた。既に頭の中はどうすれば彼に好かれるかが九割を占めている。ちなみに残りの一割は李くんとの昨晩の思い出の回想に浸ってるので十割李くんである。
契約者とかゲートとか訳分からない事ばかりのこの世界で、どんな風に生きていこうか迷っていたが、もう何も迷うことは無い。
私の夢は李くんのお嫁さんになること。いや、お嫁さんと言わずとも常に彼を感じられる位置にいられるならペットとか家具とかでも構わない。とにかく李くんの傍にいたい。
そうと決まれば善は急げ。李くんだって男の子なのだから美人な女性の方が好きだろう。使わずに貯めていたアンバーさんからの仕送り等を使い、自分を磨かなければ。
私の外見はそれなりに美人ではあると思うが、李くんのような圧倒的セクシーなイケメンと釣り合う為にはまだまだ足りない。この世界に自分よりも上の女はいないと断言出来るくらいに自分を磨かなければ到底彼と釣り合うことなんて不可能だろう。
私はおかしくなってしまった。もう彼なしでは生きていけない。彼のいない世界なんて考えられない。李くん────
☆月♡日
久しぶりにアンバーさんが様子見に来たので、この際だからと今の私の状況について全部説明した。
最初は面をくらったような様子だったアンバーさんも、わたしの李くんへの思いを聞くうちに納得したようだった。
「本当に好きだと思った人の為なら、なんだって出来るって思っちゃうよね」
少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに口にしたアンバーさんは今までのどこか浮世離れした仙人のような雰囲気が剥がれ、まるで初恋に浮かれる少女のような顔だった。
とにかく恋という気持ちは無敵だ。今の私は李くんの為なら本当になんだって出来る。何をしてでも彼に相応しい女性になりたいと思える。
そんなことを言ってみたところ、アンバーさんは良い場所があると教えてくれた。
なんでもそこでは時間が通常の進み方とは違う進み方をして、某有名漫画の『精神と時の部屋』的な効果がある場所らしい。
そんなものが存在するのかと疑問に思ったが、ゲートやら契約者やらの超常現象が実際する世界でそんな質問はするだけ無駄だろう。
それに、そんな部屋があるならこちらとしても好都合。大食いの李くんの胃袋を掴むために料理も上手になりたいし、メイクやファッションのことはからっきしだから勉強して詳しくなりたいし、もしも彼が危険になった時には守ってあげられるように強くもなりたい。それらを会得するためには時間はいくらあっても足りないだろう。
待っていてね李くん。必ず私は貴方に相応しい女性になってみせるから!
琥珀ちゃんはちょろい上に思い込みが激しい危険人物の変態なので即堕ちしただけで、実際はどんなにイケメンに会ったってメス堕ちするのに一週間はかかるでしょ。
本作はDARKER THAN BLACKの知名度向上の目的もありますので気になったらこの作品じゃなくてDTBの方を広めたりしてください。
・門(ゲート)
10年前に突然現れた異常領域。南米の方は天国門(ヘブンズゲート)、東京の方は地獄門(ヘルズゲート)と呼ばれている。その近辺ではとにかく不思議なことが起こりなんでもあり。
門の出現以来この世界の空は消失し契約者の星が輝く偽りの空に覆われている。
・契約者
超能力者。火を出したり、瞬間移動したり色々出来るがその代わりに合理的な思考に囚われて感情を失ったり、対価と呼ばれる特定の行動を取らなければいけなくなったりする(石を並べる、異物を咀嚼する等意味不明なものばかり)
・アンバー
ピザが好きそうな見た目をした緑髪と琥珀色の瞳が特徴的なエッチなピンクタイツお姉さん。