契約者は汗かかないしトイレに行かないし恋だってしない   作:黒好の三鷹

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新星は何者でも縛れない……

 

 

 

 

 

 

「ゲート内物質の取引、か」

 

「そうだ。お前は取引される品を奪って来ればいい。もちろん、どんな手を使ってもな。契約者らしく皆殺しにでもしちまえばいいさ」

 

 恰幅の良い男は、李舜生に対して明らかに煽るような口振りで要件を告げる。

 受け答えする李には普段のような曖昧な表情も、柔らかそうな物腰もなく、小動物なら射殺してしまいかねないほどの眼光がその目には宿っているのみ。普段の李舜生という男を知る者ならば、本当に同一人物か疑うほどにその表情には違いがあった。

 

(ホァン)。何を勘違いしている。何度も言うが契約者はあくまで合理的に判断するだけで……」

 

(マオ)は黙ってろ。契約者なんざみんな殺人機械。殺しの仕事がお似合いだ」

 

 苛立ちを隠そうともしない黄が会話をしている相手はどこにでも居そうな黒猫。しかしてそのネコは成人男性の声を発しており、契約者の1人である。

 

「とにかく、お前は目的のブツさえ手に入れればいい。それ以外余計なことは考えんなよ。いいな、(ヘイ)

 

「……ああ、わかった」

 

 李舜生────(ヘイ)は低く唸るような声で応じた。

 中国からの留学生などという()()はあくまでこの町に馴染むためのものでしかない。本当の彼、『組織』に所属する(ヘイ)というコードネームで呼ばれる契約者の素性を知るものはこの町には存在しないのだ。

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 

 

 この世界には夜空に輝く星の数だけの契約者が存在する。

 カムセもまた、そんな数多の契約者のうちの一人だった。契約者となった彼はすぐにとある犯罪組織にその身柄を拘束され、契約者に対する公的機関の対処や自分の現状を知り、合理的な判断の元その組織の一員として活動していた。

 

 彼にとって最優先事項は『己の命』であり、組織に忠誠を誓ったのもあくまでそのため。命が脅かされるようならば一切の後悔なく裏切る。昨日友に酒を酌み交わした相手が追っ手でも躊躇なく殺す。感情を喪い、全てを合理的に解決していく。それが契約者という生き物。

 

 その日もカムセは上からの命令でゲート内物質の取引とやらの護衛へと駆り出されていた。

 もうすぐ約束の時間。取引相手がブツを取りに来るはずなのだが、その気配は一向にない。周囲を見張らせている非契約者の部下達からも誰かが近づいてきているという知らせはない。

 

 嵌められた? 

 しかしゲート内物質は依然として自分の手の中にあり、こちらの組織にとって自分はそこまで重要なコマではない。つまりはわざわざ嘘の情報でここに留めたり、そんな犯人がバレバレな罠にかけて殺せば組織間の対立が決定的なものになる。そんな迂闊な真似をして向こうに利があるかといえば、ほぼ損だとしか言うことが出来ない。

 

「…………時間だな」

 

「ええ、約束の時間ですね」

 

 午前1時、約束の時間になっても取引相手に指定された男は現れなかった。

 代わりにカムセの耳元に女の囁く声が届いた。咄嗟に距離を取りながらその姿を視認する。

 

 顔を仮面で隠していて分からないが、体格からして女、それもかなり若い。声と姿に見覚えはなく、こんな奴をここに呼んだ覚えはない。

 

 

 ────邪魔者だ。ならば殺す。

 合理的に考えて、それが最善の行動だ。

 

 

 懐から拳銃を取りだし、構える。

 監視の目を潜り抜けて廃工場の奥深くである取引現場にまでたどり着いたことから相手は恐らく契約者。契約者の中には触れた瞬間に勝負を決定できるような能力者がいくらでもいる。

 ならば能力を発動される前に殺す。それだけだ。

 

 カムセの契約能力は『透明化』。

 対価として『自らの指をライターで炙る』という意味のわからない行為を強制されるが、代わりに触れた物質を24時間不可視の状態にすることが出来る。

 深夜の廃工場。暗闇の中で透明化した銃による銃撃。この不意打ちを避けられた契約者は未だに一人もいない。どれだけ早く動ける契約者も、結局は脳が判断してから体に命令する0.1秒の間に殺してしまえばいいだけなのだから、この能力は不意打ちにおいては最強の能力だと自負していた。

 

「へぇ、その銃で私を撃ち殺そうってわけ」

 

「!?」

 

 しかし女はカムセが銃を取り出す直前にそう呟き、素早く周囲の廃材に身を隠して銃弾を避けた。

 

 何故攻撃がバレた? 

 確かに懐に手を入れたが、それだけで銃だと判断することは出来ない。もしも爆弾だったならば廃材程度では防げず木っ端微塵になっていたかもしれない。

 

 なのに、仮面の女はまるで銃で攻撃してくることを『知っていた』かのように、当然の事のように呟いたのだ。

 

 考えられる可能性は1つ。

 女が呟く瞬間、その体が暗闇の中で淡く輝くのが目に入った。

 アレはランセルノプト放射光。契約者が能力を発動した時に体から発する光。つまりは契約能力によって女は攻撃を察知したのだ。

 

 未来予知? はたまた嗅覚や聴覚の超感覚? 

 

 しかしいずれにせよ対処方法はいくらでもある。

 未来予知はどう足掻いても死ぬ攻撃を予知前に叩き込めば良いし、超感覚ならばその鋭敏な感覚器官を突かせてもらう。

 

 まずは自分自身を透明化。それから周囲に透明にして隠しておいた武器を幾つか拾い集める。

 ガス弾、閃光弾、音響弾。適当に放り投げ、それらが炸裂する。超感覚ならばこのどれかで戦闘不能になるほどのダメージを負うだろう。

 

 期待もせず、かと言って投げやりにもならず。淡々吐息を殺して獲物が仕掛けに引っかかるのをカムセは待った。

 

 

「────ッ、アァッ!?」

 

 

 かかった! 

 音響弾が炸裂した瞬間、物陰から耳を押さえながら獲物が現れた瞬間をカムセは見逃さない。速やかに銃を構え、撃ち、殺す。それだけだ。

 

 

「はーい、残念でした」

 

 

 銃を放つ瞬間、女はそう呟いた。

 まさか演技だったのか? だとしても問題は無い。身体能力を強化するわけでも、強力な攻撃を可能にする訳でもない契約者は銃で撃たれれば死ぬし、放たれた銃弾を避けることは出来ない。

 

 

 ……出来ない、はずだった。

 

 女は最低限の動きでまるで()()()()()()()()()()()()かのように不可視の弾丸を避け、一歩で距離を詰めてきた。

 そのまま顎を撫でられたので慌てて距離を取ろうとした、まさにその時だった。

 

「ガァァァァァァァァ!!??」

 

 カムセの視界が突如太陽を至近距離で覗いたかのような閃光に包まれ、灼熱と激痛の中で完全に利かなくなる。

 続いて爆音が鳴り響き聴覚が麻痺し、鼻にはとてつもない異臭、全身には針で串刺しにされたかのような激痛が走り、あまりの衝撃にカムセはそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 

 

「……これは、なんだ?」

 

 黒が現場に乗り込んだ時には全てが終わっていた。

 その場にいる人間は全員昏倒していて、黒が取ってくるように命じられたゲート内物質はあろうことか幾つかの懐中電灯で照らされ、『(ヘイ)さんへ』とご丁寧にルビまで書かれた手紙と共に置いてあったのだ。

 

 何かの罠かと考え、念の為に水をかけて内部を(イン)の観測霊に探らせたが罠は無く、ゲート内物質も無事というよく分からない状況だった。

 組織の助力ならばわざわざ黒が取りに来るまでゲート内物質を置いておく理由はない。ならば今回の犯人は黒個人を手助けするためにこれを行ったのか? 

 

 八人の武装した人間と契約者。しかも契約者の能力なのか辺りには不可視になっている武器や何も分からずに進めば全身を切り裂かれる鋼糸鉄線が張り巡らされた此処を制圧してまで? 

 

 相手の思惑は分からないが、黒はとにかく手紙を読んでみることにした。

 

 

『こんにちは黒さん。私は貴方のことが大好きな人間で、色々あって貴方の仕事のことも知りました。なので、お手伝いをしたいと思います。私はあなたの鎖骨の虜であり……(以下、しばらく黒の魅力について語られた怪文書が続く)……というわけで、とにかく私は貴方を陰ながら支えるものであり敵意はありません。これからも頑張ってください』

 

 

 黒は理解した。

 相手は狂人だ。契約者の中には元の思考と契約者特有の合理的思考が混ざり謎の執着を見せる者が時たまに現れる。相手は間違いなく何かのきっかけで自分にその執着を向けるようになった狂人だ。しかも『黒の死神』と恐れられた自分が鳥肌が立ってしまうような怪文書を易々と書きあげる相手だ。間違いなくとんでもない変態だと黒は判断する。

 

 そんな怪文書を一応全部しっかり目を通して、黒は最後にその宛名を目にする。

 

 

「──────なッ!」

 

 

 そこにはただ三文字、『コハク』という文字列が並んでいただけだった。

 だが、それは黒にとって特別な意味を持つ言葉だったのだ。

 

 数年前、南米での『天国戦争』の折に南米の天国門を事実上破壊し、黒の妹と共に行方を眩ませた『組織』の裏切り者にして、黒が現在行方をおっている契約者────メシエコード:UB001。琥珀色(アンバー)のコードネームを持つ契約者。

 わざわざ黒に対して『コハク』という名前を残していったということは、彼女に違いない。

 

 黒は合理的にではなく感情的にそう判断し、手紙を思わずぐしゃぐしゃに握りしめる。その姿は傍からは契約者ではなく、激情を必死に抑え込む人間のようにしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 □□□

 

 

 

 

 李くん────黒くん喜んでくれたかな? 

 アンバーさんが用意してくれた修行部屋から出てすぐ、早速その力を試すべく李くんを護衛(ストーキング)していたら、なんだか怪しい仕事の話を聞いてしまったので万が一彼が傷ついたら大変と思い、先回りして障害を全部排除しておいたのだ。

 

 気持ちがありあまりついつい置き手紙を残していっちゃったけど、多分大丈夫だよね? 李くんは私の下の名前は知らないはずだし。

 

 それにしても……李舜生が偽名でこんな危ない活動をしているとは思わなかった。李くんなら私が倒せる程度には負けないにしても、万が一ということがあったら大変だ。これからは彼の行く先々を事前に知ってそこにある危険を排除しなければならないかもしれない。

 

 

 ……そういえば、李舜生は偽名だったけれど(ヘイ)というのも偽名なのだろうか? お仲間さんらしきおじさんとネコはそれぞれ(ホァン)(マオ)と中国語で統一されていたし、そうなると私はこれから李くんのことをなんと呼べば良いのだろうか? 

 

 とりあえず、私は李くんと呼んでおこう。

 私が恋をした時の彼の名前はそれだったし、どうせいつか結ばれる時には本名を教えてくれるだろう。

 早く李くんと籍を入れたい子供は三人くらい欲しいな。

 

 

 

 ……そういえば、李くんが所属する『組織』とやら。李くんにこんな危ない仕事をさせているなんて、よっぽど性根の腐った人間の集まりなのだろうか。

 もしも李くんをステゴマのように扱う素振りが少しでもあったら……その時は絶対にぶっ潰してやろう。

 

 

 

 

 

 

 





(ヘイ)
李舜生の組織でのコードネーム。『黒の死神』と呼ばれ最強の契約者と噂されていたが、現在は『組織』の末端で行方不明の妹とその原因と思わしきアンバーを探しながら下っ端的な仕事をこなしている。「黒の死神と恐れられたこの俺が……」と愚痴ることがあるので、多分『黒の死神』という呼び名は気に入ってる。

(ホァン)
黒の仕事仲間である割腹の良いおじさん。契約者のことが嫌いらしい。

(マオ)
黒の仕事仲間である猫。動物に乗り移れる契約者だが、訳あって元の体を失い猫になった。

・黒の仕事仲間
あともう一人(イン)という銀髪無表情盲目超絶美少女がいる。銀髪無表情盲目超絶美少女である。

・ゲート内物質
(ゲート)の中で発生した不思議な物質で、DTBにおける不思議なモノはだいたいこれ。黒が仕事中に身につけているコートもこれであり、ポケットに入るほど小さく折り畳めて、黒が着ている時のみ防弾効果を発揮する。

・メシエコード
契約者を識別する星に割り振られた番号。黒のメシエコードは『BK201』である。

・カムセ
噛ませ犬。





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