アクィラが彼女を思い続けるだけのお話

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必要なのはノリと勢い
死にネタです


貴女と共に

 貴女とはいつまでも一緒に居られると思っていた。

 

 §

 

 一幕 日記

 

 Aquilaと書かれたロッカーを開けると、そこは異世界への入り口だった。

 なんてことは無く、いつも通りあまり整理出来ていない私のロッカーがそこにある。いつか片付けないとと思いながらもうかなりの時間が経ってしまった。会社のものだったり、興味もない男が送って(押し付けて)きたものだったり、私物だったり。色々なものが山のように積み重なって一つ手を加えれば崩れそうに見える。

 ……やっぱり今度やろう。

 このために持ってきた薄い布を山に掛けて誤魔化す。よし、何も問題ない。

 そういえば、昔これをやって凄く怒られたっけ。あの時も似たような感じでロッカーに溜め込んで彼女にバレて、ひいひい言ってたら一緒に片付けてくれて……そうだ。まだ日課をこなしていない。

 ロッカーの扉の裏。かかっている白と黒、そして赤の糸で織られたレース布を手に取り扉の上に引っ掛ける。そこにあるのはフックとかかっている一つのネクタイ。勿論、私のじゃない。

 スマホを取り出し、SNSを立ち上げ、買ってきたコーヒーを画角に押えて一枚ぱしゃり。

 直ぐにそれを投稿すれば日課は終わり。過去に投稿したものをスクロールして追えば毎日ネクタイと共に違うものが写った彼女の写真がいくつも残されている。缶コーヒーだったり彼女が吸ったことがあるタバコだったり、私の手だったり。

 鍵垢でフォロワーが私だけのアカウントはもう何百枚もこうして日記のように毎日、画像を投稿している。

 それが無性に嬉しくて楽しい。

 私だけの、私しか知らない彼女の日記。もう居なくてもずっと続いている証、存在証明。貴女が水底へ向かっても私の中で生きている。

 それが悲しくて嬉しかった。

 

「よしよし。それじゃあ今日も頑張ってきますね。んー、Ciao!」

 

 §

 

 二幕 過去

 

 微風が、冷たい風が目の前を通り過ぎていく。

 青みがかった空からは星々が消えていき、美しいグラデーションが頭上に広がる空に映し出された。

 綺麗な星が一つ、目の前に浮かんでいる。それは手に取れそうなほど近い。それを取ろうと手を伸ばす。とっても眩しくて、目がくらみそう。

 

「……」

 

 何か聞こえる? 耳を立てるとどうやら星から聞こえているように……。それに星がこっちに向かってきている。

 

「だ……れ?」

 

 連続音? ……攻撃? 

 何かに……撃たれている! 

 咄嗟に回避を取ろうと足を動かしたが、何故か上手く動かせない。体が鉛のように重い。

 

「なんで……ダメ」

 

 首から下が金縛りにあったかのように動かない。感覚も鈍い。

 彼女のようになりたくない。最後に言われたことを───彼女? 

 途端に風が急に強くなり吹き飛ばされそうになる。体が動かない私は目を閉じて耐えるしか無かった。

 光が広がって包み込まれる。爆音がすぐ側で鳴り渡る。海の飛沫が私の体に当たる。

 こわい、助けて──。

 

「アクィラ!」

 

 私の名前、星から? 

 

「こっちに! さあ!」

 

 聞き覚えのある声……提督の声だ。

 声のした方に向かって無意識に一歩足を踏み出す。

 

「歩ける……」

 

 二歩、三歩と歩いてやがて駆け出した。一刻も早くここを離れたい。なぜなら──。

 

「もう少し!」

 

 目を開いて前を向くと海面すれすれまで降下してきたヘリが側面扉を開いて待っていた。光も星なんかじゃなくて、ただ単にヘリの探照灯でしか無かった。

 ヘリのキャビンにいる人が私に手を振る。

 それに振り返そうと右手をあげると、いつもにも増して服が赤黒く見えることに気がつく。どうしてだっけ……。

 何やらキャビンの中で数人が慌ただしく動いている。手を振っていた人が急いでと言わんばかりに手招きをしている。

 

「急いで!」

 

 遠くから砲声が聞こえた。続けざまに何度も鳴り、砲声以外の様々な爆発音も混ざり激しい戦闘が起きていているのが感じ取れる。

 急がないと。

 あと僅かな距離だけど、機関の出力を上げて加速──をしたかったが上手く行かない。機関の不調? 肩越しに背部の艤装を見ると恐ろしいほど壊れていて動いているのが不思議に思えてしまう。一体なにが──。

 

「もう出る! 乗って!」

 

 機体を傷つけないように機関出力を抑えて海面を蹴った。体が宙に浮いたあと、着地に失敗し叩きつけられるようにヘリのキャビンに落ちる。頭を強く打ってしまいとても痛い。

 

「いったー……」

「衛生士! 急いで」

「はい、艤装を強制パージしつつ処置を行います」

 

 膝をついて立ち上がろうとすると両側から衛生士と整備士が寄ってくる。

 背部から艤装が取り外されて服を脱がされた。

 

「艤装の損傷はかなり酷いです」

「負傷状況ですが……殆ど無傷です」

「あれだけ救難信号が出てと激しい戦闘が確認されたのに?」

 

 何やらみんなが騒がしい。脱がされた体に目を落とすと私の白い肌が黒く汚れてたりちょっとした切り傷があるだけで綺麗だった。

 

「ねえ、アクィラ。なにがあったか覚えている?」

「え……?」

 

 なにが? 思い当たる節が……出てこなかった。

 

「何も思い出せ──」

 

 高度が上がったせいで朝日がキャビンに差し込んだ。目が焼けそうになるほど

 眩しくて眩む。反射的に腕で目を覆った。

 数秒たってようやく目が慣れはじめ、うっすらと瞼を開くと、私の腕がよく見える。

 血まみれで手の後がいくつも着いた腕が。

 

「アクィラ?」

 

 服にも血がべったりとくっついている。私では無い誰かの血。オレンジの服が真っ赤に染まっている。

 

「嘘……」

 

 目の前のものが信じられない。どうしてこんなに。訳が全く──。

 血塗れの手がふと目に入った。この手で彼女の腹を押えた気がする。服を見た。彼女が私に覆いかぶさってくれた気がする。キャビンの窓に映った私の顔にも血がついていた。彼女が私の頬を触った。下ろした髪にキスをした。

 何かの衝撃で忘れていた記憶が湧き上がる水のように思いおこす。そう、彼女は私を庇って……。

 死んだんだ。

 

 *

 

 目を開けば私の寝室の天井が見えた。真っ暗な寒い部屋の中、馬鹿みたいに大量の汗をかいている。

 

「夢……ね」

 

 もう何度も見た夢、多分死ぬまで見続ける夢。

 彼女が死んだ時の光景はもう見たくない。忘れたくもないけど、思い出したくない。とにかく気分が悪かった。

 時計を見ればまだ深夜で日の出までかなりの時間がある。ただ、もう寝れそうにない。こんな精神状態で寝れるわけがない。

 気がつけばひたすられ天井を見上げているうちに夜が明けてしまった。

 もう何もかもどうでもいい気がしてくるけど、仕事には行かないといけない。

 寝れなかったことを後悔したり、タバコを吸ったり別のことをやればよかったと後悔しつつ布団から出る。そして彼女の遺影の前で手を合わせた。

 私と彼女に幸せが訪れるように、と。

 

 §

 

 三幕 命日

 

 カフェインがたっぷり入ったエナジードリンクを飲めば眠気が取れる。そう思っていた時期が確かにあった。

 でもそれは健康な人の場合で私生活が荒れに荒れまくっている私にはあまり効果がなかった。とにかく眠い。

 朝、写真を撮るために買ったコーヒーも飲んでタバコも吹かし、エナジードリンクやらなんやらも飲んだけど今にも寝てしまいそう。気分を帰るために伸ばしている髪を後ろで一つに纏めたけどあんまり効果がなかった。PCデスクの椅子はそこそこ柔らかくて寝るのにちょうどいいし、キーボードを叩いている時の音がとても眠気を誘ってくる。

 PC画面に映る文字が霞んできた。瞼をぱちぱちさせて目を凝らしてもよく見えない。エナジードリンクは……もう空っぽだった。タバコという手もあるけど昼休憩まではまだ時間があるし……うーん。

 文章を入力しながら対処法を考える。コーヒーはお手洗いが近くなっちゃうし、飴はいいの無いし。キーボードを打つ音が心地いい。誰かが飲んでいるコーヒーの香りが漂ってきて落ち着く。……彼女ならこういう時どうするかな。普通にコーヒーを持ってきそう。キーボードを打っているし画面をしっかりと見ている。

 若しくは起こしてくれるかも。ああ、会いたい……な。

 

「アクィラ」

「────?」

「寝ないでね」

「あたっ」

 

 脳天になにか硬いものがそこそこの速度で降ってきた。お陰で眠気が一瞬で吹き飛んだ。

 

「もー、何するんですか」

「ほら起きたじゃない。眠いと言ってくれれば頬を抓るぐらいはするというのに……」

 

 それなりに痛む頭頂のあたりを擦りながら振り向くと、バインダーを持ったサラトガが立っていた。呆れるような、でも悲しむような表情をして。

 

「ちょっと色々あったんですよ……」

「そのちょっとが本当にちょっとならいいんだけど……貴方もそうだけどもっとサラとか提督とか皆と話して吐き出した方がいいと思うわよ?」

「いやー。まあ、色々……」

 

 吐き出したら、とめどなくみんなに言いたくないことまで言っちゃう気がする。私の中にずっと押し留めたい感情までも。それが怖くて仕方ない。

 

「はぁ……まあいいわ。先に上がってて大丈夫。残りはサラが片付けるから」

「え? いいの?」

「どうせまともに進まないでしょ。最近休み返上での仕事が多かったから少しぐらい休んでて」

「ありがとう、サラ。それじゃあアクィラ、一足先に休憩入りまーす」

 

 財布とスマホ、そしてタバコを手にして一時間半は座っていた椅子から立ち上がると腰の調子が良くなかった。背中に手をついて体を逸らすと、いい音が何度か鳴る。

 さーて、今日はどこで吸おうか……そうだ。

 仕事部屋の扉を抜けて誰もいない廊下を突き当たりまで歩いていく。そこにある階段を一番上まで一気に登っていけば直ぐに屋上までたどり着ける。眠気覚ましを兼ねて一段飛ばしで駆け登った。現役艦娘時代程ではないが、まだ衰えていない体は楽に駆け上れる。

 屋上への扉は一応施錠されているが、これくらいならちゃっちゃとすれば……開く。

 冬の北風が一気に吹き込んできて体を冷やしていく。雲の多い空の隙間から差し込んでくる日差しが心地よく感じる。

 あんまり人が来ない屋上は経年劣化でボロボロだったり草がコンクリートの隙間から生えたりしている。転落防止柵もサビだらけでそのうち壊れてしまいそう。

 その柵に腕を載せれば軋む音が響いた。もっとも、下を走る人や車までは聞こえない。私がいることだって知らないだろう。私が見ていることだって殆どの人が気づかない。こういうところで紫煙を上げればまるで私だけ世界から切り離されたように感じれて気に入っている。

 適当に一本咥えて火を付ける。彼女が吸ってたのを真似て彼女がいなくなってから吸い始めたタバコは、正直そんなに好きじゃないけど憂鬱な気分を少し取り除いてくれるような気がする。眠気覚ましになるのもいい。

 気分で買ったよくわからないメーカーのよくわからないタバコは思ってたよりも苦めの奴だった。眠気は消えたけどあんまり美味しくない。彼女が吸っていた銘柄もあるけどまだ封を開けてないから使いたくない。ただ別のを取りに行くのも大変だから今はこれでいいや。根元まで吸うのは性にあわないから半分ぐらい吸って自前の灰皿に捨てる。そして次のを取り出して──。

 何本か吸ったあと、気まぐれにスマホを取り出してパスワードを打とうとすると、もう十二時近くになっていた。まだ出てから十分ぐらいしか経ってないと思ってたのに。そろそろお昼ご飯を食べないと。

 特に予定がないか確認するためにスケジュールアプリを開いて──今日の予定に目が止まる。

 

「これは……」

 

 その時、強い突風が吹いた。吹き飛ばされるかと思えるほど強く、周囲を枯葉やよくわからない紙が飛んでゆく。

 影……っ。なにか大きなものが飛んで来るのが見え、咄嗟に横へ──。

 すぐ後ろをそれが通り過ぎて柵にあたり甲高い音を鳴らす。一体なにが飛んできたのか目を向けると、もうそこには何も無かった。あたりを見渡しても柵から身を乗り出して下を見ても、どこにもない。見えるのは髪の毛だけで……ん? 

 

「あれ、私、髪は縛って……」

 

 頭の後ろに手を回すとそこにあるはずのヘアゴムがなくなって纏めた髪が下りていた。一体いつ……もしかしてさっきの大きなものが?

 とりあえずヘアゴムがどこに行ったかだけでも探そうと思い目を落とすと、足元に切れたヘアゴムが落ちていた。あちゃー、まあ結べば使えないことは無いし……。拾おうと思ってしゃがみこむ。

 

「お気に入りだったんだけどなあ……」

 

 ずっと使ってたヘアゴムだっただけに悲しい気分になる。切れたものは仕方ないと割り切り手を伸ばす。

 "なあ、ちょっと……"

 髪になにか触れた。

 

「え?」

 

 誰かいる──。反射的に振り向いた瞬間、再び突風が吹き荒れる。思わず目を閉じてしまい、収まった時にはもう手遅れ。

 

「誰もいない」

 

 幻覚かなにかだったのかな? ただそれにしては、妙にしっかりとした感覚だった。

 とりあえず、いいや。

 ヘアゴムを取ろうとすると、そこにあったはずなのに消えていることに気がついた。あ、飛ばされたのかな。見渡してもどこにもないし、あれだけ強い風が吹いていたからしょうがない。悲しいし勿体ないけど、諦めようか。

 時間を確認しようとスマホを取り出す。ああ、画面付けたままじゃん……ああ。

 

「最近忙しくて全然そんな気しなかったけど、そういえば今日か」

 

 休んででも行かないと。

 こうしちゃいられない。スマホを持ったまま大急ぎで屋上から出て三段飛ばしで階段をかけ下りる。途中すれ違う同僚に気をつけながら廊下を走って危うく通り過ぎそうになりながら部屋に戻った。

 

「サラ、午後休んでいい!?」

「昼休憩の時間だからいいけど、そんなに走ったらまた下の階から文句が──」

「それより、後よろしく。用事思い出したから帰ります。じゃあ!」

「今日は午後有給じゃ」

 

 何か言ってるけど、止められたくないし聞かない聞こえない。

 鞄に必要なものを放り込んで、さあ出発だ。

 

「サラ、Ciao!」

 

 転けそうになりながらも部屋から飛び出て、ぶつかりかけた同僚に謝りながら、軽い足取りで飛ぶように外へ向かう。基地から出る時の手続きやらタクシーが車での時間をこれまでにないほど焦れったく思ってしまう。

 早く会いに行かないとね。

 

 *

 

 花屋と酒屋に寄ってから最短コースをとってくれたタクシーにきちんと礼を言ってから降り立った。

 昼前はところどころ見えていた空は今ではどんよりとした雲に覆われてすぐにでも雪が降ってきそう。帰るまでに降らないといいな。いや……多分降っちゃうかも。帰ろう、と思えるまで天気が持たない思う。

 誰から連絡も来ないようにスマホの電源が切れていることを確認してから、人気のない郊外にある広大な軍人墓地の中へと入り込んだ。

 

「ここも随分と……荒れちゃったなあ」

 

 戦後数年はきちんと整備されていた墓地も予算の削減や遺族がいなかったり墓を移動させたり管理人不足でかなりの墓が荒れ放題になっていた。十年ほど通いつめている私は徐々に荒れていく墓地を見て寂しいく感じてる。そんな中できちんと誰かが綺麗にしている墓を見ると少し嬉しく思う。

 墓地のずっと奥まで来ると殆どの墓は荒れ放題で十年どころか数十年経っているように見える。ここら辺は無名戦士の墓やら設置初期の遺体のない墓が多いせいで誰も整備しようとしない。

 

「あ……雪」

 

 着く前に降り始めてしまった。フード付きコートをしっかりと着込んでいるからいいけど……うーん。気を付けないと。

 入口から最も遠い突き当たりを曲がるとボロボロの墓の中に一つだけ綺麗な墓がポツンと立っている。この前見たときと全く変わってなくてよかった。

 簡単で質素な墓石に刻まれた文字も、私が供えたボトルも、枯れた花がかかったままの花瓶も。流石に経年劣化が見え始めてきた墓石に手をつく。冷たいけど温かかった。

 逢いに来ているというのに悲しくなっちゃう。そうだ、まだ挨拶をしていない。

 

「Ciao。来たよ、グラーフ」

 

 ……特に反応はなかった。さっきの風のことがあったから、なにかあるかなあとか考えちゃったけどそんなことは無かった。

 

「そうだ、これ。新しいの」

 

 枯れた花束を花瓶から取り出し、花屋で見繕って貰った穏やかな色合いの差し込むと心無しか周囲の雰囲気も明るくなった気がする。店員さんもかなりいいのを見繕ってくれて、雪の中で二つの大きな花とその周囲を取り囲む小さな花が映えてとっても綺麗。

 お供えができたところで、ちゃんとしゃがみこんで手を合わせた。

 

「最近、色々凄く忙しくて来れなかったのごめんなさい。夢にもよく出てきたから……もっと早く来ればよかったかな?」

 

 私に会いたくて夢だけじゃなくて、風で呼びに来たのかもしれない。

 

「例えここにグラーフの体がなくても、墓であることは変わりない以上、頻繁に来ればよかったなって」

 

 グラーフはなんて返すかな。鼻を鳴らした後に得意げに来ればよかったのにって言うか、ああそうだな的なことを言ってくるはず。短い言葉なのは絶対そう、長ったらしく言う前に私の頭を撫でたりして誤魔化してくるに違いない。絶対そうだ。

 

「あ、それと、これ。グラーフが好きなのボトル。酒屋さんが覚えててくれて仕入れててくれたやつだからしっかりと、味わってください」

 

 忘れかけていたけど、ちゃんと出せたからこれでよしっと。

 他に──掃除は用具がないから今度するとして──やることがないよね? うん、ない。それなら、いいよね。

 立ち上がると腰にじんわりとした感覚が広がっていく。整体とかも本格的に考えないと……今はいいけど。

 一歩、二歩と雪で覆われ始めた石の上を歩いて墓石のすぐ隣に腰を下ろした。コートをしっかりと着込んでいるけどあっという間に石の冷たさが私のおしりから下半身を冷やしていく。

 

「寒い……ちょっと待って」

 

 肩掛け鞄の中に使い捨てカイロが……あった。外装袋を破いて取り出して手で揉んだ。出したばっかりだから全然温かくないけど、気持ち的には暖かい。お腹が冷えないようにコートの中に入れて待とう。

 

「よしよしっと」

 

 更に鞄の中から来る前に買ってきた缶コーヒーを取り出して封を開く。一口、飲み込めば缶コーヒー独特の苦味を感じた後に身体の芯から温められてきた。

 これで多少冷えても大丈夫。

 一息つけたところで隣りにある墓石に体を預けた。目を閉じればグラーフがそこにいるような感じがする。昔と同じように私の隣に座って本を読んでいるように。構ってもらえないことの方が多くても、ただ横に居られるだけですごく落ち着けた。今みたいに。

 安心感から少し眠くなった気もしなくないけど、周りが寒いから起きていられる。

 

「寝たら、一緒になっちゃいますね。それでもいいけど、まだ……」

 

 早いなあって。

 老人になって昔を懐かしむまで一緒にいたいと考えていた私としては、まだまだグラーフの元に行く気にはなれなかった。

 

「もうちょっと待ってて下さいね。色々片付けたり、頑張ったりして現実を満喫してから行きますから」

 

 ただ、結構寂しがり屋なグラーフが私が来るまで我慢出来るかと思うと……もっとここに頻繁に来てサービスしないとね。昼の一件が完全に偶然とは思えないせいで、来ないと本当に呪い殺されちゃいそう。冗談でもなく本当に。

 

「あ、お線香忘れた」

 

 前に来た時も忘れたきがする。提督が上げてるの見て私も上げようと思って何回忘れちゃったかな……。次こそ忘れないようにするとして、今日はどうしよう。

 鞄には大したものが入ってないし、ポケットには……タバコとライターがあった。しかもタバコはグラーフが吸っていた銘柄のもの。これでいっか。

 タバコ箱のフィルムをとって蓋を開く。そこから一本取り出して直ぐに火を付けた。ひとつ大きく吸ってみれば私はあまり吸わない軽めの煙が胸いっぱいに広がり、吐き出せば紫煙が鈍い空へと広がって、風にかき消されていく。

 私だけ吸うのも違うな……。もう一本箱から取り出して私のものから火を移してグラーフの墓石に供えた。紫煙がまっすぐ昇って、直ぐに強い風に吹き飛ばされる。またまっすぐ昇って、吹き飛ばされる。本当に呼吸しているみたい。

 

「ねえ、グラーフ。たまにはこうして一緒に吸うのもいいですよね? グラーフはあんまりタバコが好きじゃなかったから機会はそう多くなかったけど、一緒になった時はとても嬉しかった」

 

 もうかなり昔のことだけど、鮮明に思い出せる。その時のグラーフの顔が浮かんできて思わず笑っちゃう。懐かしいなぁ。

 

「これからはちょくちょく来て一緒に吸いましょう? 今からだって思い出が残せるんだから、グラーフもいいでしょ?」

 

 ふわっと穏やかな風が吹いた。雪が綺麗に舞ってる。それを見てとても嬉しく思えた。だって、グラーフも喜んでくれてる、そう感じれたから。

 ふと上を見れば二本の紫煙が小雪の舞う空へと駆け昇っている。やがてそれは近づきあい、最後には一つの柱となり、空へ消えていった。




 アクグラはいいぞ最高だ。
一幕みたいなの好きなのでそのうちどこかでもっと描写するかも。

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