青鈍色の砂漠   作:wachbataillon83

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たとえば腹に銃弾を食らったとして、溢れ出てきた臓物を両手で抑える自由があると考えるか?それとも、死にゆく定めに縛り付けられたと感じるか?皆はどうだ?


#1 "自衛隊法 第八十三条 都道府県知事その他政令で定める者は、(中略)部隊等の派遣を防衛大臣又はその指定する者に要請することができる"

その惑星は、全天が熱帯雨林のような所であり、この2500立方キロメートルの、ここではまだ大きい方の島でもそれは変わらなかった。

中隊本部は、島の南南西の比較的平坦な、"利用価値のある所"より奥の山岳地帯に入るか入らないかという所に設置されていた。背後は山岳地帯で行軍は困難、少数の兵力で守れる。中隊の大多数は平野部に展開し、それぞれの陣地を構築していた。

日差しが遮られて涼しいのか、それとも風がないせいでジメジメして不快なのか分からないような天幕で、長門中隊長はデータパッドに目を通していた。

地球基準で作られた装甲服の体温調節機能は確かに働いているが、目下のところ、快適さを保障するには程遠いだろう。長門は思う。それで構わない。私が選んだ生き方だ。

長門中隊長は両親も自衛隊の幹部や下士官、それ以前の先祖や親戚まで帝国陸海軍における従軍経験者や自衛隊勤務経験者で、指定防衛中等学校、高等工科学校、防大を経て、徽章を三つもつけている。エリートコースまっしぐらの生真面目な中隊長だった。

それでいて、エリートらしい傲慢さは全く見当たらない。激しい経験や実戦経験を経て、角が取れたといった所だろう。戦争映画や漫画で出てくるような傲慢な幹部は、エリートコースに乗っている者の中にはそれほど居なかった。

入隊当初から幹部を志す大多数の者は、幹部養成コースの中で"兵隊"を経験させられるし、それでいて自分が兵隊を"分からない"ということを理解し、部下の意見を尊重できた。普通科に於いて、厄介者の幹部とは、三曹から幹部課程に上がる、いわゆるI幹部と呼ばれる人々だった。もちろんだが、それがI幹部の多数という訳ではない。

だが、そうしたI幹部の中に、兵隊の事をわかった気でいい加減にこき使う者が混じっている。たたき上げだとしても、任期で二、三年、曹として四年勤務している。

制度上の問題として、曹候補生時代に席次が悪く二曹で退職するハメになりそうな者の受け皿として、幹部課程が利用されている節があった。繰り返すようだが、全員ではないし、そうした動機で入ったからといって無能と決まる訳でもない。

ただ、幹部候補生課程にいる内に原隊で物事の在り方が変わっている事を受け入れられない者がそういう幼児性を発揮する事もある、というだけの話だ。

「中隊長」と、足柄曹長。そろそろデータに目を通し終わった頃だろうと、察しをつけて呼びかけてきたに違いない。彼女は中隊付だというのに、まだまだ若年だ。足柄は他の惑星における"害獣駆除"で戦功を立て、スピード出世していた。

足柄が何でもない中流の家に生まれ育ち、中学、高校と野球部に所属し、冒険心と気まぐれに導かれるまま自衛隊に入ったのが、運の尽きだったのか、それとも天職を発見したといっていいのかは分からない。

何日も、あるいは何週間も風呂に入れないのは嫌だし、熱いのも寒いのも人並みに嫌いだった。だが、チームで行動し、互いの命を守り合い、力を合わせてあらゆる障害をなぎ倒すことについて、強い達成感があり、その才能が人並み以上にあるのは明らかだった。

「ああ、概要はわかった。面倒くさいだろうが、各小隊長を集めてくれ。何しろ、衛星によるスキャンでは何も分からない水棲知的生命体だ。相手の技術水準が分からない以上、傍受される危険がある」

現場では、公式に残る文面としてはともかく、上から下までみんな敵は知的生命体という認識を持っていた。長門は教わり、経験してきた事を思い出す。誰であっても、何であっても、敵意があり、我を殺し得るのであれば、全力で当たるしかない。

官僚的な言い回しは、これから行われるであろう、血湧き肉踊る闘争に相応しくなかった。

「了解しました。各指揮官を招集します。」と、足柄曹長。

「ああ、よろしく頼む」長門は、ここまで各指揮官を歩いてこさせたらメチャクチャに恨まれそうだなと考えかけ、それを取り消す。"東富士"を知る者なら誰しも、この程度は気にしないだろう。

#

「厄介な事になったわ。重力の井戸に、ケツから嵌ったような有様ね」と、ぼやく五十鈴小隊長。退屈しのぎに煙草に火をつけ、紫煙を燻らせている。五十鈴の両親は自動車整備や建設業を生業としていて、典型的なブルーカラーの家系だった。

両親の期待を背負って大学を卒業して選んだ道は、一般幹部候補生だった。大企業にしろ、社会的階級を上昇させろととせっつく両親に対して、五十鈴からはただ一言。「自衛隊以上に大きくて名誉を背負った組織が、一体どこにあるわけ?」

そうして夢を背負い、颯爽と生家を出て行った女の前に広がるのは、鬱蒼としたジャングルと聳え立つ山並み、そしてドロドロの地面だった。当初与えられた任務である陣地構築が大幅に遅れるのに十分な要素が、五十鈴の網膜にありありと刻まれていた。

陣地の設営に、そう時間は掛からない筈だった。無線信号ひとつで勝手に展開して膨らみ固定される天幕。高利得アンテナも、基部を設置すればスイッチ一つで展開するものだ。

発電機を埋めるための穴も、装甲服の倍力機能で容易く掘れるだろう。

増強配備された施設小隊を以てしても、当初一時間か二時間で終わるとされた設営作業は、午後にまでずれ込んでいた。

表面の草木を切り開いていくだけでも大掛かりな作業となる所を、地面を掘り返したら木の根っこばかりで、タコツボを掘ることもままならない。五十鈴は思う。腹こそ立つが、環境がそうなのだからどうしようもない。拳を振り下ろす先がない。

「小隊長!中隊長がお呼びです!」と、部下の兵士が叫ぶ。

「分かった。班に戻っていいわよ。ありがとう。…全く、面倒ね」兵隊に軽く答礼すると、吸っていた煙草を放って踏みつけ、いかにも重々しく立ち上がった。

何もかもがゆっくり進んでいく。上昇志向の強い五十鈴にとって、それは耐えがたい事であった。こんな星、もう沢山だ。さっさと掃除して、住みやすいようにしてもらうのが一番に違いない。

#

「運用訓練幹部の大淀二尉、一小隊長の五十鈴三尉、二小隊長の大井准尉、三小隊長の木曾三尉、施設小隊の夕張三尉、重装甲小隊の日向二尉、重迫小隊の熊野三尉、全員揃いました」と、足柄曹長。この幹部連に話を通せば、その下にも伝わる。古今、合理的な軍事組織とはそういうものだ。

「大変結構だ。ありがとう、足柄君。そして、ご足労いただいた皆も」と、長門中隊長。申し訳なさ気な笑み。長門は思った。腹を括ってみたところで、この暑熱は身体に染みるものがあるな。身体にはこたえている。

人が集まると狭苦しい天幕の、そのむせ返るような人いきれと煙草の煙の中で、幾人かが最後の冗句に軽い笑いを漏らす。

「さて、諸君らに集まってもらったのは、他でもない、宇宙人どもについて我々が知る限りの情報の共有と、たった1個増強中隊でどうやって絶滅を図るかを考えるためだ」

そして、データパッドを用いてテーブルに地図を、ホログラムで推測される敵等を表示しつつ、足柄曹長が説明を始める。

奴らが水中に村落を形成し、特に海竜や大型海棲哺乳類といった豊富な水産資源を宛てにしていること。

詳細は不明ながら、狩りの手段として銃砲を用い、あるいは勢子として空を飛ぶたこ焼きのような物を用いる事。

「我々はいつも通り、ウェルズの宇宙戦争、その悪役という訳ですね。はっきり言って現地人をナメてるとしか思えない戦力まで、丸っきりそっくりです」と、夕張。

「ああ。300年ほど前の古典ですら悪役とされるような、誰も憧れない、汚い仕事だ。しかも、敵の戦力は全く不明だというのに、我々1個中隊しか居ない。だが、地球人には海水準を下げ地球化する技術があり、それは奴らを棲家から叩き出すことにつながる。相容れないなら、互いが滅びるまで戦うしかない」

「我々の持駒だけでは、全くの手詰まりですね。何かお考えがあるのですか?」と、大井。古参の下士官らしい、当然あるであろう腹案を引き出し、周知するような質問。「ああ、もちろん良いニュースもある。サプライズになってしまうが、航宙自衛隊の大気圏内機による阻止攻撃、近接航空支援、さらには戦略核攻撃や運動エネルギー弾の使用も場合により許可されるだろう」と、長門。幾人かが目を剥き、あるいは口笛を吹く。本来ならもっと大きい規模の部隊が割り当てるような火力だ。大井などは青い顔をしている。早くも事態を理解し始めたのだろう。

合わせて、「すみません、遅れました!」と大声一言、口元にご飯粒をつけたまま、宙自の装甲服を着た女が駆け込んでくる。

「FSC(前線航宙統制官)の赤城二曹です!遅参申し訳ありません!」陸の者たちが偏見に基づいた笑みをこぼす。やっぱり宙(そら)の連中はたるんでるな。

「気にするな。飯時に呼びつけた私の責任だ。君は、陸宙連携の要なのだ。私からも、是非よろしく頼む」長門は本心からそう言い、思った。こいつが使えないようでは、ここは20世紀前半の太平洋も同然になってしまう。

「重責に身の引き締まる思いであります!」長門は思った。余所者にこそ、こういう茶目っ気があった方が可愛がられるものだ。そうした意味で、宙自の人選は確かであった。

「という訳で、我々の主たる任務はこの島を砦として全海域を偵察、接敵したならばこれを殲滅し、集落や都市と思しき物には規模次第で核や隕石モドキを投げつける事だ。わざわざ呼ぶのが気後れする位単純な仕事の説明をしたものだから、私は今からでも誰かにケツを思い切り蹴りあげられるのではないかと不安に感じている」と、長門。

一同の控えめな笑い声。「各小隊の当面の仕事は、レーザー通信でデータパッドに送信しておいた。爾後の行動にかかれ。別れ」「「別れます!」」長門は指揮官を呼集する前から理解していた。なぜ、通常の師団や連隊から分派されるのではなく、あまつさえ中隊の新設を任され、その上基幹人員において各部隊から好きに人を引き抜いて増強混成部隊を編成する権限を与えられたのか。軽迫ではなく重迫小隊を割り当てられたのか。宙自から、発言力も経験もないことはないにしても、中隊長に意見を具申しづらい程度に乏しそうな人をよこされ、実質的に宙からの火力の運用にフリーハンドを与えられたのか。そして、長門を含むこの場の人間全てが、思い、考え、感じた。これはほとんど手に負えないヤマだ。周辺を安全化しLZを確保する程度だと思っていたのが、全球での捜索/殲滅任務に切り替わったのだ。

#

レーザー砲だとか荷電粒子砲といった兵器は、大気圏内戦闘においては、ほとんど流行らなかった。

誰もが想像したように、強大な兵器であることに疑問の余地はない。

しかし、濃密な大気を保持する地球型惑星の表面において、その威力の減衰は著しいものがあったし、地平線や水平線を越えられないという問題もあった。

個人用のものでさえ、ただ掃射するだけでバッテリーパックがひとつ空っぽになるそれは、確かに装甲服に装備されていた。

そして、銃剣と同様に、それを使う時は自らの命の果てる瞬間であると、誰もが了解していた。

大砲の発明以来、900年が経とうとしている現在でも、砲熕兵器は戦場の主力としての座を保持していた。

そうした火力の中で、中隊でも王座を勝ち取っている重迫小隊。

その小隊長である熊野もまた、密林と暑熱に辟易させられつつ、砲兵作業用パワーフレームを用いてなお遅々として進まない陣地構築にうんざりしていた。

熊野三尉は、中隊で最も育ちが良かった。親は北崎重工の重役で、その長女たる彼女にもそう在ることを期待されていた。

彼女を変えたのは、古典の名作として見せられた戦争映画とアクション映画であった。

退屈な日々を享受していた彼女には、それはあまりにも刺激的で、クールだった。

兵隊、そしてアクションヒーローへの憧れを胸に強く抱きながら育った彼女は、名門大学に入るための猛勉強を転用し、半ば家出同然に防衛大学校へと入った。

期待とお膳立てを丸っきりぶち壊されて激怒した親に見捨てられ、富士山麓の演習場で本当の自分と向き合い戦い抜き、自我を確立したのだった。

小銃小隊長に就きたいと熱望した彼女が、まるで人の期待を裏切ってきた分が返ってきたように重迫小隊長に任命されたのは、思慮深い若者に火力を担当させて、適切な運用を図り誤爆等を抑制したいという、中隊長の意図あっての事だった。

彼女が与えられた職務を不平不満の一つも漏らさずに全うするのは、育ちの良さと防大における教育の相乗効果といえた。

砂浜と綺麗な海と地理情報を眺めていた熊野の網膜に、別に大したことではありませんがといった風に小さく警告が投影されたのは、陣地構築や弾薬集積地の分散等を最先任の班長に任せて、小隊陸曹と共に砲撃地図の作成のため島中を徘徊していた最中のことであった。

真っ先に設置された対砲迫レーダーに、近世の小銃のようなものが一斉射撃をしてきている事が感知されたのだ。

それは、"まともな戦争"に合わせて組まれた脅威度判定によって、規律の乱れた敵の兵士がデタラメに発砲したものと誤認されていた。

同様に事態を理解した小隊陸曹に背中を突き飛ばされて地面に叩きつけられながら、脅威度判定を手動で引き上げ、中隊全体に最優先でそれを転送した。熊野は想像した。今頃、わたくしたち同様に中隊全体が伏せたり掩体に入ったりしているに違いありませんわね。

近くに弾着する音が響くが、二人とも揃って冷静だった。当たり前だが、よしんば当たったとしても、その程度の火力では、よく訓練され十分な装備を与えられた22世紀の歩兵には傷ひとつつかない。

向うの技術の程度がどうあれ、これが本気の火力発揮ではない事は明らかだ。差し詰め威力偵察といった所だろう。

弾雨が止むなりすぐさまデータパッドを操作し、さっきまで開いていた地図を睨み、レーダーの情報を元に、発射地点と推測される海面に対して、準備が済んだ迫撃砲を利用した、ナメられもしなければ全力を露呈することもない程度の砲撃プランを組み、中隊長に転送する。

それはすぐさま承認され、隷下の重迫小隊は訓練してきた通りに射撃を実行した。指定した場所に水柱が立ち昇り、あるいはその真上に曳火射撃の花が咲く。戦果を確認する必要はない。

水中から撃ってくるのではでは確かめようもないし、今やこの孤島の周りが敵性地域であることは明らかであった。

#

天幕の中で喫煙者が長門と足柄の2人しかいない今、中隊本部の空気は先ほどの新しい命令下達の時よりも澄んでいた。長門は考え込んでから言った。

「我々が降着してから数日もしない内に敵が威力偵察を行っている事実が、敵性勢力が我々の予想を超えた展開能力を保持していることを指し示している。つまり、奴らには戦いへの備えがあり、敵がいるということだ。国家間で戦争でもやっているのかもしれない。足柄曹長、我々の有利な部分、不利な部分は一体何処だ?」と、長門。教師が生徒を黒板の前に立たせて、答えを求めるような言い草だ。

「現状において我々が有利な点は、先ほどの水中射撃から想像するに、彼我に危害を与えうるまともな戦場が水上に限られる事、つまり連中が我々の土俵に立たざるを得ないことです。水は、濃密な大気とレーザーがそう在るように、銃砲の威力を低減させることでしょう。そしてその手段が野砲や迫撃砲による砲撃でないことは、ほとんど水面下での戦闘しか想定していないことを指し示しています。陸上戦ならば、特に森林や山岳で訓練や戦闘を繰り返してきた我々は、勝利を得ることは容易いでしょう。一方、電波の発信量が少ないことは、我々の有利には働きません。水中に文明を作り出した彼女たちは、その通信や索敵におそらく音波を利用ていることでしょう。そうした機材は、不思議なことに我が中隊にはありません。」

長門は考える。見込んだ通り、頭が切れるな。実戦での活躍次第で、准尉か幹部課程に推薦する書類を用意しよう。そうした考えをよそに、足柄は話し続ける。

「こうした文明を水の中に在る生物が保持することは、人類が知る限りではあり得ない事です。何らかの理由でそうせざるを得なくなった、と考えるべきでしょう。水中生活のために耐圧能力が高いことが予想されます。我々の銃砲が、水上や陸上にあってさえ、陸棲生物程には効果的でない可能性もあります」

「ありがとう、足柄曹長。赤城二曹、宙自によろしく頼んでくれないか?」

「了解しました。周辺の海域にソノブイの投下を要請します。うまくいけば、磁気探知によって展開している敵戦力を見積もることも可能です」疲れきったような声で喋る理由は、別段重たいものではない。ただ、兵站上の問題が発生し得る状況下で一日三食から二食に減らされたために、食い意地の張っている彼女はショックを受けていた。

「対空脅威が少ないと見積もられたならば、敵が我々の戦いに適応しないうちに、武器、弾薬、食糧、電源等の輸送や投下を要請してもらうつもりだ。是非とも職務に励んでくれ」と、長門。アメをちらつかせて活を入れようという腹だ。

「はい!この赤城、全身全霊を以て職務に当たります!」歩哨に立っている当番兵を始めとする一同は、苦笑している。皆が思った。現金な奴だ。

#

東南アジア同然のジャングルに苦戦したからといって、全地形適応歩兵の名は伊達ではない。

その装甲服を用いれば、水上においても、滑走し、歩行し、あるいは走行することが可能だった。

初雪士長は、高校を出てすぐに入隊することで、苦渋に満ちた家族関係と縁を切ることに成功していた。

彼女は思った。ファンデルワールス反発力がどうとか、装甲服のコンピュータによる姿勢制御がどうとか、座学でうとうとしながら聞き流していたが、実際にやる度に思う。こりゃあ大したものだ。

彼女が所属する分隊は、周辺の海域を巡回していた。シフトを組み、各小銃小隊のうち二つの分隊が、こうしたことを常に行っている。

シフトが回ってくる度、同じことをしている。誰もが最初は緊張したものだが、今では水上散歩でリフレッシュしているつもりになっている。

敵性海域だというのに、呑気なものだ。きっと、昇る朝日が照らす熱帯の海の綺麗な景色が、自分たち全員の心を和ませているのだろう。

全く運の悪いことに、日常を覆す瞬間が訪れたのは、巡回ルートも半ばを過ぎた頃だった。

突然、不意を突くように、隣にいた朝潮一士の足元が爆発し、それが合図であるかのように人の形をしたものが我へと射撃を開始していた。網膜投影―———簡単に言ってしまえば、HUDのようなものだ―――に、装甲服のセンサーに検知された敵が、四角くポップアップされる。

敵は巡回する様を観察し、待ち伏せを仕掛けたのだろう。分隊長たる磯波三曹は叫ぶ。「班ごとに交互躍進して!島の方向へ!」言うなり、片方の班が人型へ射撃し、もう片方が数十メートル後退する。一定距離後退した班が射撃に移り、今まで射撃していた班が同じ所まで後退する。

意思決定のスピードは、戦場で指揮官に求められる重要な資質の一つだ。訓練を受けた兵士なら誰もがそうするであろう、適切な選択だった。

そこへ問題が持ち込まれる。初雪は叫んだ。「朝潮一士負傷!援護を願います!」そこへ視線をやると、朝潮が両足の膝から下を吹き飛ばされ、"溺れかけて"いた。通常なら装甲服のトリアージ機能が黒札を付け、あまつさえ実際そうなりかけたのがそのまま沈まなかったのは、初雪が咄嗟に抱え上げたためだ。磯波の網膜にも、状況が再評価されトリアージが赤とされる隊員が表示される。

磯波三曹は決断した。時間を稼ぐしかない。磯波も初雪も、分隊員全員の想いは一緒だった。

同じ日本人として、同じ部隊の人として、そしてかわいい後輩、あるいは頼れる先輩として、絶対に置き去りにはしない。

死体であっても、故郷に持ち帰る覚悟だ。

「全班、停止し敵の人型へ射撃!初雪ちゃんと朝潮ちゃんを援護して!」機動をやめた分、分隊の火力が倍になる。10mm小銃と10mm軽機関銃が、APDSと曳光弾の火箭を先ほどよりも多く吐き出す。

失われた足は、中隊本部の衛生班がマイクロマシンで復元してくれるだろう。問題は出血だ。それを感知した装甲服がただちに大腿を締め上げているだろうから、止血帯はいらない。だが、断面はそうはいかない。

初雪はしゃがみ、朝潮の胴を腿に乗せ、足を持ち上げる。「絶対に頭を上げないで。上半身に血を集めて」頭は海面スレスレになってしまうが、傷口を見せて絶望感を与えるよりは余程マシだ。「私なんか放って退がって!私一人のために、分隊が危険に晒されるなんて、」

朝潮の言葉を遮るように、初雪が囁きかける。「絶対に大丈夫。私はあなたよりも歴が長い。私を信じて。私もあなたのことを信じてるから。大した傷じゃない。絶対に助かるから」

初雪は朝潮の個人用医療キットを取り上げると、両足の切断面に止血/消毒マイクロマシンを振りかける。緊張と恐怖と怒りで手が震える。うまく行かなかったかもしれないが、確かめている場合ではない。

こうした大きな創傷の時に、「私、こういうこと得意だから」銃創保護パッドは小さすぎる。「心配するほどの事じゃない」自分の医療キットの緊急用包帯をも取り出し、「大丈夫、絶対助けるから」縄文土器法と呼ばれる巻き方で創傷部を保護した。「もう心配はいらない。絶対に助かる」出来る限りのことはした。

初雪は再び叫ぶ。「分隊長!創傷処置完了!私が後送します!」許可を待たず、朝潮を肩にかつぐと島へと全力で走り出す。分隊長の号令一下、交互躍進が再開される。その後退は、分隊の全員が人生でもベスト10に入る程に長く感じたに違いなかった。

#

当たり前だが、陸上自衛隊の普通科分隊が、2人離脱した程度で闘志が衰えることは絶対にありえない。磯波は思った。やつらは大方、泡を食って逃げ出したと思っているに違いない。

孫子の"偽り逃げるに従うなかれ"やつらは理解していない。残酷だが、負傷者と後送の隊員が一目散に島へと向かったことが、それに現実味を与えている。

磯波三曹は、入隊当初こそ気弱で体よく面倒を押し付けられるタイプだったが、仲間同士の"貸し借り"の概念を覚えて大きく盛り返し、その自信と旺盛な克己心からレンジャー教育に志願し、記章を授かるに至っている。

両親も近所づきあいで自慢して回る程、立派な子に育ったのだ。二曹昇進も手が届く所にあるだろう。彼女はこの先のキャリアについて、こう考えていた。中隊本部勤務になったら嫌だな。せめて小隊付になりたい。

磯波は考える。そろそろ分隊が重迫撃砲の危険距離から遠ざかる頃だ。装甲服のレーザー測距とGPSがそれを示している。

「コウベ、カツシカ、カミナリ。42988821、21119221。送レ」「カツシカ、コウベ了解。終ワリ」地名は部隊長の出身をそのまま符丁にしたもの、カミナリは即応火力支援の符丁だ。丁寧にUTM座標も添えてある。

言うが早いが、迫撃砲弾が風を切る音が響く。憎き人型共の頭上に曳火射撃の煙が傘のように開き、または足元の海面が湧き立つ。

間髪入れず、35mm機関砲とハイドラロケットの音が響き、人型の群れが煙で見えなくなる。通信を傍受した中隊本部が、重装甲小隊の一個分隊を回したのだ。

「カツシカ、アシヤ、遅参失礼した。送レ」「アシヤ、カツシカ、誠に有難い。でも、主役は私たちです!終ワリ!」言うなり、近距離レーザー通信で、分隊の全員に小銃への着剣と個人用レーザーの使用許可を下達する。

「アシヤ、カツシカ、私のケツを舐めろ。終ワリ」近距離レーザー通信で分隊員にその旨を伝える。突撃を行う。我に続け。

機関銃手と重装甲歩兵の援護のもと、分隊は突撃を開始した。強大な火力のバックアップがある以上、交互躍進の必要はない。位置について、ヨーイドンという具合だ。

装甲服に肉体の能力を拡張された彼女らは、訓練した通りの綺麗な横隊を組み、小銃を乱射しながら瞬く間に敵へと近迫、目と目が合うような距離で怒りを込めたAPDSを叩き込み、憎しみと共に銃剣を突き立て、そのはらわたを抉り取り、あるいは喉元を切り裂いた。

うまく行きすぎてしまった。捕虜を取る暇もなく、皆殺しにしてしまった。

復讐を終えた分隊は、倒れた"奴ら"の中でも比較的マシな死体を部下に担がせると、誇りに満ちた清々しい気持ちで中隊本部に凱旋した。

磯波は安堵していた。私たちは、祖国、自衛隊、ひいては中隊、小隊、分隊の誇りと名誉を守り通せました。




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