青鈍色の砂漠   作:wachbataillon83

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まだ書き終わっていませんが、文字数十分だし先が浮かばないのでぶん投げます。


#4 隊法第九十条 第一項 職務上警護する人、施設又は物件が暴行又は侵害を受け、又は受けようとする明白な危険があり、武器を使用するほか、他にこれを排除する適当な手段がない場合

相変わらず、見渡すばかりの大海原に、何もなければ指先すら見えない暗闇。

木曾は、救出隊全隊にデータリンク―――短距離レーザー通信―――で以下のことを伝えた。敵の群れまで10キロあるかなきかというところだ。

「今ヨリ二十分ノ休憩ヲ与エルモノトスル。各普通科分隊カラ、十分ゴトニ歩哨ヲ立テラレタシ」

集合した敵は阻止攻撃と重迫による砲撃で手一杯で、身動きが取れていない。こういう敵前、攻撃前の切迫した休憩で、兵隊が取る行動は、寝るか、メシを食うかのどちらか。

歩哨に選ばれた不運な隊員も、10分でそれをこなすのだ。作戦行動中、一般に兵士が取れる睡眠時間は4時間あればいい方だった。

そうした中でいかにベストコンディションを作り上げるか、ということも兵士の仕事だ。木曾自身は、小隊長の務めもあって、後者を取っていた。

メシも睡眠も正常な判断によい効果をもたらす事に変わりはないが、メシは敵襲となれば投げ捨てればよいのに対して、寝ると起きて頭の中を整える必要があった。

木曾は考える。救難ビーコンは未だ変わらない位置で発信されている。放置されているのだろう。我々は脱出した乗員をエサに、完全に釣り上げられた。

先ほどの敵の兵隊は、遅滞戦闘で部隊の集合をギリギリのタイミングに行なうことによって、企図を寸前まで隠し通すために死んだのだろう。

敵は、その数によって、何もせずとも突破不可能な両翼包囲を行える程の正面を展開していた。

二つの言葉が頭をよぎる。イサンドルワナ、ロリクスドリフト。同数では損害を与えられないのは、向うだって分かり切ってるはずだ。

おまけにここは海の上。戦争の三つのT―――訓練(Train)、地形(Terrain)、戦術(Tactics)―――のうちの一つは、少なくとも我々には全く使い道がない。

引き撃ちによる消耗戦?論外だ。火力で上回っているとはいえ、そんな時間はきっと残されていない。見破られれば、"人質"が殺されてしまうだろう。

迂回・突破?相手の機動力は未知数だが、まあまあうまくいくかもしれない。しかし、先ほど敵がやったように殿を務める部隊が必要になる。救える命と失う命の計算が合わなくなる。

決戦―――それしかない。砲弾とは、命よりはものだ。安い。思いついたように、木曾は赤城に声をかける。

「赤城二曹」と、木曾。「はい、なんでしょう?」応える赤城。

「休憩が終わったら、敵のど真ん中に、宙母から戦術核弾頭を落としまくってくれ。デンジャークローズは、この際考えなくていい。あと、残敵に対するMAC―――Magnetic Accelerator Cannon―――による掃射も頼む。全力で」と、木曾。

続けざまに言う。「花火大会を開いているうちに奴らは潜るだろうから、軽圏内機を全力出撃させて、頭を出した順にサーモバリックロケットや機関砲で片をつけてくれ。我々にはこれ以外手段がない」

「わかりました、フルコースですね。宙自の全力を、ご覧に入れて差し上げますよ」と、やる気満々で応える赤城。ようやく仕事が回ってきたとばかりに、背負ってきた大型無線機で宙母と通信する。

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眼下に広がる敵の大群。海が3に敵が7とでも言いたくなるような数だ。夥しい数の敵の中から、AIによって高価値目標が選定され、HMDに四角くポップアップされる。加賀は思う。これでは、私たちの努力は焼け石に水ね。

加賀と瑞鶴含む軽圏内機隊は、分隊ごとに交代でずっと阻止攻撃に従事していた。加賀が先頭になりクラスター弾を投下、潜った相手を続く瑞鶴が対潜ロケットで狩るというやり方で、何時間も敵を減らそうと努力している。

今までにない、20世紀中葉の軍艦の砲塔のようなものを従えた大型の個体や、これまた大型の、砲が付いた盾のような個体、さらには"タコヤキ"によるカミカゼアタックを効果ありとみなしたのか、多連装発射機のようなものも見受けられる。

ポップアップされるのは、主にそういったやつらだ。少しでも強力そうな奴を叩いて、敵の戦力を減殺するほかに、どうしようもない。もう、何ソーティこなしたかも数えていない。ただ、黙々と繰り返していた。

最も、瑞鶴が黙っている理由はもう一つあった。分隊長権限で、常に鎮静剤を投与しているからだ。敵討ちに燃えるあの女は、放って置いたら何をしでかすか分からない。

自覚こそしていないが、加賀は暴れ馬のような新人の、そういった部分に可愛げを感じ始めていた。加賀は、クールで人を寄せ付けないように見えて、誰かの面倒を見るのを楽しむ女だった。

これで何度目の航過か、そういう事に思いを馳せ始めたところで、HMDに警報が映り込んだ。戦域から退避せよ。事態を理解した加賀は一言、「帰るわよ」「了解」今や、打てば響くようなバディとなった瑞鶴。

ターボファンからスクラムへの切り替えは自動だ。スロットルを思い切り押し込み、無人回収機とのランデブーポイントに向かう中で、ちらりと振り向くと、核爆発の水柱と、MACが敵の前縁を吹き飛ばすのが見えた。

加賀は思う。これが、俺の上でもいいから落とせ、って奴ね。思い切りのいい指揮官だわ。救出作戦は、きっと上手くいくでしょう。

加賀と瑞鶴の背後で、第二波の核弾頭が海面へ落下し、摩擦で大気をプラズマ化して光を放つMACの弾体が敵を切り裂いていた。

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海の向う側、水平線で確かめられない先に、戦術核弾頭とMACの光条が降り注ぎ、波が足元を揺らす。

総合火力演習ですら見られない"ごっつい"場面をこの目で確かめた後も、装甲服の頭部ヘルメットに隠れた木曾の顔は晴れなかった。

敵は一度目以降は各個に水中に退避して、核攻撃を凌いだようだった。水はその衝撃波や熱を大幅に減殺する。"人質"に配慮して水中核爆発を指示したことが、良くも悪くも作用している。

宙自からのデータリンクによって送られてきた情報が、与えた損害が大きくとも、やはり一個小隊と二個重分隊では食べきれない量であることを示している。

まあいい。木曾は思った。食べ残しの面倒もある程度宙自に掃討願っていることだし、仕事にかかるとしよう。

データリンクにはいいニュースもあった。敵の隊形は乱れ、組織立った戦闘は小隊から中隊単位でしか行えないと推測された。

敵の通信・指揮システムが回復してしまえばそれまでだが、我々は依然として10倍以上のキルレシオを確保している。

陣容が整わないうちに、各個に撃破しておけば、宙自の取り分を減らすくらいのことはできるだろう。

木曾は音声通信で気合いを入れる。「総員傾注!俺たちは、45年の連合艦隊だって驚くような戦力差に直面している!これで勝てりゃあ、テルモピュライ以来の歴史的快挙だ!俺たちで歴史を作るぞ!我に続け!」

指揮下各隊から、データリンク、音声、さまざまな手段で了解を示す合図が送られてきた。中には天皇陛下万歳なんて古臭い文句を送り付けてくる奴もいた。

木曾は思う。俺はこれが一番好きだな。"祖国と先祖に名誉あれ"。

言うなり、救出隊は複列縦隊を組んで斜め左へと移動を開始した。最前は重装甲分隊。敵の最左翼に進出し、縦隊をそのまま横隊とし、左翼となった重装甲分隊が突出して片翼包囲、側面打撃を狙う腹だ。

すぐに小隊規模の敵が射程に入った。攻撃の余波から立ち直っていない。隊形を組みなおして、各員の異常の有無でも確かめているのだろう。

小隊はそのまま右を向いて横隊を形成、攻撃前進を開始する。班ごとに、射撃、前進。企図通り、重装甲分隊共は我々とは違う角度から攻撃を仕掛けている。

相変わらず、同じような規模であれば虐殺もいいところだ。すぐに次の一群へと向かう。敵が立ち直る前に、少しでも出血を強いねばならない。勝てるかどうかは分からないが、これが一番マシな筈だ。

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圏内機ハンガーは慌ただしかった。多くの機体が燃料や弾薬を補給、簡易な点検が行われ、アヴィエイターも食事と用便を済ませるとすぐに機体に乗り込んでいた。

準備が終わった機体から次々にレールに固定され、エアロックへと進入し射出される様子が、それに慣れている瑞鶴にも、相応の迫力を与えた。

瑞鶴は思う。全力出撃、出し惜しみなしという訳ね。腕が鳴るわ!

軽い被弾を受けた乗機の整備・再補給が終わるまでの間、邪魔にならないところに腰かけていた瑞鶴の隣に、加賀が近づき、腰かける。

両手には、コーヒーが入った紙コップを持っていた。「貴方、これでよかったかしら?」と、加賀。

瑞鶴同様にシャワーを浴びてきたのだろう。機械油と汗と戦いの空気に支配されたハンガーの中で、清潔感漂う香りが、ふわりと一滴注がれる。

少し緊張しながら、「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」コーヒーを受け取る瑞鶴。加賀さんの近くだと、なぜか、胸の鼓動が高まる。

「ひっきりなしの連続出撃だけど、貴方は大丈夫かしら?」と、加賀。寡黙な加賀が、ここまで水を向けてくることは珍しい。

瑞鶴は思う。確かに任務中のフォローは丁寧だったけど―――もしかして、

「確かに、きついですね。でも、下には水に浮かんでいる先輩方や戦ってる陸の人、敵だって沢山いるんです。休んでるのがじれったい位ですよ!」鷹揚に答えて見せる瑞鶴。

「立派ね。でも、身体には気を付けるのよ」ああ、やはり、―――瑞鶴は思った。この人は、任務以上に、個人的に心配してくれているんだ。

ここまで露骨ではないにしろ、こういう事はここ数日で二度、三度はあった。だが、これで確証は得られた。瑞鶴は思った。この人、私のことが"好き"だ。度合いや感覚は分からないにしても。

「そういう加賀さんは、最近どうなんですか?もしかして、加賀さんこそへばったりしてますか?」微笑み、からかうように聞く瑞鶴。こうした態度が、会った当初加賀をして生意気だと分類せしめたのだ。

だが、今では加賀も"分かって"いる。口元を緩めて答えて見せる。「そうね、私も正直身体には堪えてるわ」一息切って、続ける。「でも、私も貴方と同じように、陸で苦労している人たちを見捨てるつもりはない」

「機体、まだみたいね。一緒に、お食事でもどうかしら?」と、加賀。一瞬の間。「ええ、構いませんよ」と、瑞鶴。正直、ドキッとした。いけないいけない、私は翔鶴姉一筋なんだから。

2人は歩き、話しながら、近くの艦内食堂へと向かっていった。互いに、関係を持っている訳ではなくとも、陸に想い人がいた。

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すでに、殲滅した小集団は三つ、四つといった所か。敵の部隊は依然まとまりのないまま、各小隊~中隊規模で動いているようだ。

目下の混乱状態が、いつまで続くかはわからなかった。ここまで長引くようだと、もしかしたら、第一波の核攻撃で、上級司令部が壊滅してしまったのかもしれない。

部隊全体の残弾数、装甲服のバッテリー残量に基づいて、木曾は再編成を行う。

普通科部隊には、服務小隊の枠組みの中で組まれる分隊と、現場で組まれる分隊がある。コンバットというやつだ。

今木曾がやろうとしているのは、残弾数の多い方から順に二個分隊を主力とし、一個分隊を予備とする編成だった。

火力発揮と重装甲分隊二個の管理は、霧島二曹に一任している。彼女らがあれば、三分隊を火力支援や側面攻撃に回す必要はない。

「ワカヤマ、こちらタカチホ、部隊掌握完了。送レ」「ワカヤマ、こちらも異常なし。先ほどと同じやり方で、掃討に入る。終ワリ」

ワカヤマは木曾の呼び出し符丁、タカチホは霧島隊の呼び出し符丁だ。

いずれにせよ、矢尽き刀折れるまで、戦い続けるだけだ。全員の覚悟は決まっていた。

その時だった。友軍のIFFが近くに発信されている。事前に聞いていない。敵の欺瞞か?

当たり前だが、重装甲服や装甲服のそれは、戦闘機と同じように向いている方向しか索敵できない。陣形を組みなおしている間など、穴だらけで辺りの見当など目視でしかつかない。

「所属不明部隊へ、ワカヤマ、官名ト所属ヲ報告セヨ。二度目ハナイ。送レ」木曾は強い声音で発する。もし、敵の電子戦技術の基礎研究が進んでいたとしたら?その応用が現れたとしたら?

「…こちらは独立第332連隊、特別編成第15中隊、長門三佐である。現在、二小隊と重装甲分隊一個を連れている。諸君ラノ餓エヲ満タス必要ハ非ヤ?送レ」

敵を騙すにはまず味方から、というのは軍事的常識だ。敵が電波を傍受できると分かっている以上、むやみやたらと発振するわけにはいかない。大方、近づいてからIFFを出したというところだろう。

返答前からその方向を向いていた木曾にはわかっていた。あれは外側に大量の弾薬とバッテリーを満載した"我々の兵隊"だ。

「テンジョウ、ワカヤマ、先ホドハ失礼シタ。我々ニハ給糧ノ要アリト見込ム。サリナガラ、戦場ノ主役ハ先ニ舞台ニ上ガッタ我々デアル。僭越ナガラ、"食ベ過ギ"ニツイテハ自重サレタシ。送レ」

「ワカヤマ、テンジョウ、了解シタ。ソチラヘ接近、補給スル。"御馳走"ニツイテハ、早食イ競争ヲ申シ入レル。終ワリ」

ともあれ、救出隊の指揮権は、思わぬ長門中隊長の出現により、完全に長門に移行した。一個小隊と一個重装甲分隊が合流した程度で量的不利は覆らないが、各個撃破の効率は上がるだろう。

長門は戦況をデータパッドで俯瞰し、木曾と全く同じ感想、方策を思い浮かんだ。宙自も軽圏内機で手あたり次第の攻撃をしているようだし、急いで敵戦力の漸減を図り、もって決戦に備えなければならない。

やがて補給を終え、増強を受け、元気いっぱいの"中隊主力"は、先ほどと同じく、各個撃破・掃討へ移行した。

敵がここまでそうしてきたようにまともな軍隊なら、指揮系統が復活し、"決戦"が訪れるのは必然だ。敵の持ち駒を少しでも減らす事が、最善の行為である。

撤退?論外だ。経済性がそれを許さない。こんな浅海域で大規模に撤退して戦略級の核弾頭を使用すれば、その後の殲滅・掃討と合わせるとテラフォーミングのスケジュールが狂うに違いなかった。

いずれにせよ、事象の地平線を越えてしまった今、最善へ向かって歩き続けるしかない。もはや、この戦いには作戦次元での意義があった。救出が成ろうと成るまいと、敵の野戦軍に、多大な出血を強いることができる。

ここで勝てば、あやふやな補給計画にも前進が見られるかもしれない。中隊全体の命運がかかった戦いが始まろうとしていた。

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いい加減艀の揺れにも慣れて、吐き気もしなくなった熊野は、火器管制コンピュータ、砲列、対砲兵レーダーの指揮装置等が所狭しと並んだ艀の一角で、重迫小隊の指揮をとっていた。

宵闇の中で、モニターの光に照らされて、熊野の疲労に歪んだ上品な顔立ちが照らされている。熊野は、救出隊と火力を連携させることを、端から諦めていた。

大規模な群れが出現した時点で、現場の指揮官が誰にせよ、戦闘指揮に手一杯で、火力を要求している場合ではない筈だ。

だから、阻止攻撃に徹するつもりだった。宙自から送られてくるデータを元に、敵の指揮系統、集結地点を推測し、射撃する。

熊野は思う。数世紀に渡って砲兵戦を磨き上げてきた人類と比べましても、奴らの砲兵運用は児戯に等しいものですわね。

そう思われるのも無理はなかった。そもそも、調べがつく限りでは、まず水中以外で発揮できる火力がないのだ。

データリンクにあったようなカミカゼタコヤキの多連装砲架のごときは、司令部直轄で集中運用するのではなく、大隊か中隊規模で少量ずつ運用した方が致命的であったかもしれない。

もし戦闘が起こる各所でいちいちアレを放たれれば、死傷者が沢山出たことだろう。

魚雷のようなものを装備している部隊があるとも報告が上がっていたが、例え誘導弾だったとしても、常に水上に有り続ける我が部隊、また向こうも半潜であったり水上戦闘を強いられている中で、こんな大規模部隊に水上に適応したシーカーを用意してやることは不可能であろうし、弾頭も我々が好む破片効果弾ではなく、爆圧オンリーの危害半径に乏しい弾頭であろう。

そうした中でも、熊野は全く楽をできていなかった。財閥のお嬢様がしてはいけないような眼光でモニターを睨みつけ、とても優雅とはいえない手付きで誘導砲弾にデータを入力していた。

散り散りになってしまった大部隊の中から、統制を取り戻しつつある所を見抜いて、誘導砲弾を以て再び混乱の渦に叩き込まなければならない。熊野の血統書付きの頭脳であっても、それは多大な集中力を要する仕事であった。

やがて第何波かわからないデータ入力が終わると、各砲に砲弾を分配し、射撃の指示を出す。そうして後は部下の仕事だとばかりに盛大にため息をつき、煙草に火をつけ、吸い込む。ささくれ立った神経の毛並みを整える手段の一つ。

今一つは、コーヒーの入ったカップを抱えてやってきていた。「よーっす!お仕事、ひと段落ついたみたいだね!ヘイ彼女、お茶しない?」「もう、部下の前で…少しは慎んでくださらない?」「はいよ~」鈴谷二曹。高校の同級生。熊野が道を誤った原因の、三割は彼女にあるだろう。

煙草も、彼女が教えてくれた文化だった。こうして小隊付陸曹として鈴谷がやってきたのは、全くの偶然だった。とはいえ、同期や先輩、後輩の中に、学生時代見知った者がいるというのは、よくある話であった。

仕事上の立場があるというのに、平気でタメで話かけてくる。古い付き合いがあるし、場数も踏んでいるとはいっても、幹部と曹だ。何度言ったって治らないので、ほとんど諦めている。

熊野が通っていた金持ち向けのド進学校において、鈴谷のような生き物は全くの異端であった。しかしそれ故に、とびきり家柄の良い自分に対して、打算や諂いでなしに絡んでくる彼女に惹かれてしまった。

映画やアニメでしか見たことがなかった世界を、手を引いて案内してくれた。遠ざけられていた文化に触れる機会を与えてくれた。良い出会いだったと自認できる。

今でも、昨日のことのように思い出せる。進路について思い悩み、相談した時、彼女はまるで旅行でもしに行くかのように、「ジエータイ!」と、一言。

金のかかるその進学校で、その発言は、両親を殺すと言うに等しかった。別に、彼女の過去や家庭について詮索したことはなかった。互いの、口に出さずとも決まっていたルールだった。

だが、まさか防大に入るのではなく、一般曹候補生で入るとは思っていなかった。考えてみれば当然だった。自分では冒険したつもりでいたが、その点でも、彼女に一歩先を行かれたようだ。

「何か、問題がありまして?」「まさか!ただの陣中見舞いだよ」他人事のように、歌うように喋る鈴谷。熊野は思う。全く、貴方も渦中の人ですのに…

熊野の複雑な胸中をよそに、鈴谷は多数あるモニターの一つを指さす。その先には、宙自からのデータリンクで、水上にある限りの敵情が映し出されていた。

「ほら、ここ!せっかく集まってる連中が、また散り散りになってるじゃん!熊野はやっぱいい仕事してるよ」と、鈴谷。見れば分かる事でも、あからさまに褒められると悪い気はしない。

「ありがとう。でも、私一人ではなく、小隊の皆の仕事でしてよ。その調子で、各分隊も励ましてくださいまし」と、熊野。「はいよ!じゃあね!」踊るように離れていく鈴谷。

一抹の寂しさ、心の疼きを覚えつつ、モニターに顔を戻した熊野は思った。気休めですわね。モニターに表示されている赤い光点は、左翼の普通科部隊と右翼の航空攻撃に追い立てられ、徐々に密集していた。

熊野の軍人としての部分が、決戦が生起しつつあると警告していた。

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相も変わらず、視界いっぱいに広がる灰色の海、そして白く浮き上がる敵、味方。海洋型惑星が生み出す単純な地理的事情と、高性能な赤外線視界装置の賜物だった。

「中隊長、これは手のつけようがありませんね」と、足柄。士気を下げぬよう、誰にも聞こえぬよう、データリンクを切ったレーザー通信で、数十メートルを隔てて長門に耳打ちする。

「ああ。圧倒的数的優勢を利した、分厚い両翼包囲。逃げ出せば、仲間は見殺しになる」と、長門。口に出してみても、仕方のないことだ。自嘲の気持ちが胸へと込み上げた。抑えきれず、鼻で笑う。

喋りながら考える。我々は、ベストを尽くした。勝ち過ぎた。今更撤退しようと言って、この兵士というよりも人として気持ちのいい部分を持った我が部下たちの、一体誰が納得するというのか?

"地獄への道は善意で舗装されている"。中隊の戦術的成功、各位の能力と努力、そしてこの磯臭いクソ共の悪運の強さが作り上げた、最悪のドツボがそこにあった。

これが地獄というなら、彼我の間にある海は、さしずめ三途の川といった所だろう。ああ、土をいじっていた頃が恋しい。死ぬ前に一度、また陸に上がりたいものだ。

今や木曾から長門が率いるようになった増強救出隊は、合流した後も、多数の敵部隊を殺してきた。特に、重装甲分隊の働きは顕著であった。

元々、対戦車ミサイルのプラットフォームとしては重厚に過ぎ、さりとて火力では戦車や装甲戦闘車に及ばないこの兵科は、主に背広組の連中によって、遠からず整理の対象となるだろうとされていた。

しかし、現実に、水棲異星人を虐殺することにかけては大きく活躍していた。

重器材の運用が困難な密林に覆われた島嶼を拠点とし、歩兵にもかかわらず水上戦闘を行うハメとなった彼女らにとって、まず第一に直援火力・対空火力となり得るのは、通常よりも堅牢かつ膂力に余裕がある重厚な装甲服を纏い、装備の柔軟性に優れた重装甲小隊隊のみであった。

対戦車班よりもアテになり、戦車や装甲戦闘車よりも融通が利くことを、これまでの働きで完膚なきまでに証明していた。

三尉に任官してから運用訓練幹部となるまでの間を重装甲小隊長として過ごしてきた長門には、それがどんな勲章や戦功よりも誇らしかった。

きっと、良いデータが取れているに違いないな。重装甲隊の征く先に、名誉と栄光のあらんことを。長門は現実逃避気味にそう考え、今もその様子を見ている連中がいるであろう空を何気なく見上げるなり、目を見開き、動かなくなってしまった。

そばで中隊長の乱心を訝る足柄も、同じように空を見上げ、絶句した。

流れ星と形容するには"デカすぎる"、アイロンの底面のような物体が、敵と味方との間に落下しようとしていた。

見殺しにすることもあるまいと考えていたが、まさか、これは。続けざまに長門は考える。百数十メートル、部隊を下げる必要がありそうだ。私は、共に戦う奴らの勇気を見損なっていたのかもしれない。あるいは、正気を信じすぎたか。

「救出隊、ワレ中型水上護衛艦"くろひめ"。我等ハ来タリ。ソシテ見タリ。誓ッテ共ニ勝タン。送レ」その言葉は、魔法のように、レーザーや電波ではなくエーテルを伝ってきたかのように、その場にいる全員の胸に響いた。

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