聖女は剣聖と呼ばれて   作:星ふくろう

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第二話 この嘘が終わるまで

「多分、騎士というものは主君への忠誠や仲間への信頼、世間の名声よりも大事なものがあるのです」

 

 彼、アルベルト・シュバイエはそう誰が聞いているとも知れない教会の中で、隣に座る女性に告白していた。

 前にあるのは神の像とそこに奉られている花や奉納された品物が祭壇を占めている。

 そして、それらに取り囲まれるようにして棺があり、彼女は金色の長い髪をまるで小麦の穂が実った時期の畑のように広く黄金色の裾野を作り上げ、その上で眠っていた。

 戻ることのない、永遠の眠りについているのだ。

 

「そうですね、シュバイエ卿。

 ですが、あなたはこれからこの罪を背負って生きていかねばなりません。

 それはわたくしも同じですが‥‥‥」

「ええ‥‥‥もちろんです。

 ジルベール。

 あなたが幸せでいれるならば、僕のこの嘘は永遠に輝き続けるでしょう」

 

 シュバイエ卿は棺桶の中に眠る少女。

 かつては竜神の聖女だった物言わぬ死体になった彼女の棺に視線をやった。

 

「間に合えば良かった。

 あなたとアルバートが妹を殺すことを止めれれば本当はよかった。

 だが、もうなされたものは仕方がありません、ジルベール。

 あなたは恋愛という業火に心を焼かれて‥‥‥妹を。

 妹の婚約者と共に殺してここまで逃げて来たのだから。

 なぜ、死体をあの場に置いて行かなかったんですか、ジルベール‥‥‥。

 そうすれば、自分がその罪を被ったのに」

 

 シュバイエ卿は悲しみの余り、涙を流す気力もないようだった。

 それも仕方がない。

 彼が愛した女性はいま隣にいる彼女だ。

 妹を殺害した彼女とその恋人を裁くことは彼にはできなかった。

 

「出来ませんでした。

 いいえ、これは言い訳になりますが。

 彼の‥‥‥アルバートの発案なのです。

 この地まで逃れてしまえば、魔族によって殺されたと見せかけれる、と」

 

 少女は己の犯した罪をまるで悔やんでいないように告白する。

 愛というのはこうまで女を変えてしまうものなのか?

 その殺人の後始末に関わったシュバイエ卿ですら、ジルベールと呼んだ彼女の狂気にどこか空恐ろしさを感じていた。

 大きくため息をつくと、彼は愛した女性の長い腰まである髪をそっと手に取った。 

 

「本来、あの中に眠るのがシンシアです。

 漆黒の豊かな髪を持つ、竜神の聖女。

 そして、ジルベール。

 あなたは本当は豊かな金髪の持ち主だった。

 姉が金髪のジルベール。妹は漆黒のシンシア。

 妹を殺したあなたは、姉から妹に成り代わることになる。

 いまはあなたがシンシアで、棺の中にいるのがジルベール。

 そうでしたねー‥‥‥

 魔導で髪と瞳の色を交換したのですから‥‥‥ばれることはないでしょう」

「そうです、シュバイエ卿。

 でも、この計画は本当に完璧なのですか?

 本当に、これは嘘だとわからないのでしょうか?

 何よりも妹が討伐するはずだったあの魔王軍を、誰が討伐するのですか?」

 

 アルベルト・シュバイエ卿は二十代前半の刈り込んだ黒髪の中に、少年のような黒い瞳を持つ騎士だった。

 彼がジルベールと最初は呼び、シンシアと言いなおした少女はまだ若い十代前半の貴族の令嬢。

 彼が仕える侯爵の双子の令嬢の姉に当たる。

 驚くべきは、彼女と棺に眠る少女は‥‥‥見た目が瓜二つだという点だった。

 髪の長さ、体躯、そして、そのまつげの長い目の形まで瓜二つ。

 唯一の違いは、いまシュバイエ卿の隣にいる女性はどこまでも艶やかな墨にでも染めたような黒髪であり、棺の中の少女は金髪だということだけだった。

 

「シンシア。

 そう、不安にならないでください。

 あなたとジルベールの唯一の違い。

 それは髪や瞳の色ではない。

 竜神の聖女としての力を行使できるかそうでないかではないのです。

 生きているかどうか、ただそれだけです」

 

 少女、シンシアは棺に目をやり、そして沈黙と共に目を伏せてしまう。

 まるで、自分だけが何かの特権を得たことを恥じているような素振りだった。

 

「良いのでしょうか、本当に。

 神の御前での‥‥‥このような悪業など。

 許されると、あなたは思いますか、シュバイエ卿?」

「ええ、思いますとも。

 僕は片足が不自由な騎士です。

 しかし、このような僕を信じて雇い入れて下さったレントオール侯爵家。

 その双子の姫君を御守りすることこそ‥‥‥。

 我が使命であり、恩義を返せるのですから」

 

 そう、とシンシアは悲し気にその長いまつげを伏せてしまう。

 もうその片割れはいないわ、わたくしが殺したのですからと、彼女は寂し気に呟いていた。

 それは僕も同じですよ、シンシア。

 そう言うアルベルトは自分の恋心を打ち明けれないまま、犯罪の片棒を担ごうとしていた。

 いや、すでに犯罪にその身を染めてしまっていたのだから。

 彼は諭すように、シンシアに語り掛けた。

 

「良いですか、シンシアになったジルベール。

 あなたは金色のジルベールから漆黒のシンシアへと身を変えたのです。

 本物のシンシアは既に亡く、その身体だけは地上に。 

 魂は神の元へと天に昇ったことでしょう。

 ジルベールだけが生き残り、シンシアになるのです。

 そして、これからはあなたは自分の幸せだけを願いなさい。

 あなたは死ぬまでレントオール侯爵家第二令嬢シンシアを名乗るのです。

 永遠に。さて、こうやって話せる時間はもう残り少ないようだ。

 既に魔王軍の魔の手はそこまで迫っています」

「しかし、聖女は‥‥‥、竜神様の聖女は死にました、シュバイエ卿。

 あなたはどうやって魔王軍を止め、そしてこの犯罪を闇へと葬り去る気なのですか!?」

 

 少女は恐怖と、成し得ないと思える計画をシュバイエ卿から聞かされ、その計画をそのまま恋人に伝えていた。

 計画通りならばそろそろ、彼が迎えに来るはずだった。

 

「そこまでです。

 その聖女に今からあなたが成り変わるのですから。

 ただし、誰かのための聖女である必要はありません。

 あなたは、たった一人の為だけの聖女であって良いのです、シンシアお嬢様」

 

 そして彼は自分の席を立つと、剣を杖の代わりにして席を立つ。

 彼等が座る席はこの教会の最前列にあり、最奥が入り口になっていた。

 いま、その扉が静かに開き、夜半だというのに嫌に明るい満月に照らされて一人の青年が姿を現していた。

 シュバイエ卿が立たせたシンシアが、その青年の名を呼んだ。

 

「アルバート‥‥‥」

「シンシア、待っていた。

 いや、シンシアになったジルベール、そう言うべきか‥‥‥。

 済まない、僕のせいで」

「いいえ、それは――」

 

 しかし、恋人たちの慰め合う時間はシュバイエ卿によって遮られてしまう。

 もう時間がない、そう彼は急かすように二人を馬車に乗せると送り出した。

 教会が遠くになり、もうかなり離れたという頃。

 アルバートは揺れる馬車の中で一心地ついたかのように、大きく息を吐いてからぼやくように語り出した。

 

「やれやれ、どうしたものかと焦ったよ。

 しかし、これでうまくいくのかい? 

 国境に迫った魔王ルクスターの軍勢は‥‥‥いまやこの国の王都まで二日とかからない距離まで迫っているというじゃないか。

 僕たちは‥‥‥シンシア。

 なぜ、あんな国境沿いの魔王ルクスターの軍勢がすぐそこにいる場所に集まるなんてことにしたんだい?

 本当に、彼は信じれるのかい?」

 

 六頭建ての馬車は風を駆ける勢いで、王都アルサムへとひた走りに走っていく。

 先ほどの教会の灯りが見えなくなるところまできて、彼はそんな事を言いだしていた。シンシアは恋人の言いざまに今更、何を言うの?

 そんな顔をして答える。

 

「なぜ、と言われても。

 本当は聖女が迎え撃つはずだったのに‥‥‥。

 妹を、あの子をあなたとわたくしは――」

「ああ、シンシア。

 頼む、それは言わないでくれ。

 本物のシンシアは、あの棺に入った君の妹は‥‥‥独占欲があまりにも強すぎた。

 魔力も、そして、頭も女性とは思えないほどに冴えていて。

 騎士団が総出でかかってもかなわない女傑だったよ。

 あの腰の細さでどうしてそれほどまでに戦えるのか、そう言いたくなるほどにね。

 でも、君はおしとやかで彼女とは正反対だ。

 レノア公爵家の第一令息として、どちらかを選べと言われた時。

 僕は間違いを犯した。

 選ぶべきはー‥‥‥君だったのに」

 

 シンシアにジルベールとややこしいな。

 彼、レノア公爵令息アルバートはそう苦笑いをしていた。

 本当に欲しい女性が君で良かった。

 そう言われても、シンシアになったジルベールは何故か、以前のように胸がときめかなくなっていた。

 

「そうね、アルバート。

 でも、あの子はあなたを慕っていたわ。

 そんな妹を、手にかけたのはわたくしとあなただけど。

 でも、あなたもその罪を背負うべきだわ

 あの竜神様から託された聖剣で、妹を刺し貫いた時にあなたもいたのだから」

「そう‥‥‥だな。

 この罪は永遠に背負うことにしよう。

 だが、それも魔王軍が撃退されてこの国がまともな状態に戻ればの、話だけどね」

 

 アルバートは冷たく笑って見せた。

 それを見てシンシアは自分の決断は正しかったのかと不安を感じた。

 この人は愛を手に入れる為ならば、人殺しをした女でも満足するんだ。

 そう理解した瞬間、シンシアは心になにか冷たいものが吹き込んできた気がした。

 本当に、彼を選んで良かったのだろうか、と。

 そう思ってしまったのだ。

 

 妹は不老不死と言われた聖女だ。

 それを殺害する為に、一番効果があるからとアルバートはある提案をした。

 竜神の御使いから預かった魔を滅する聖剣で、無防備な妹の心臓を背後から貫いたのは、彼と自分の二人でやったことなのに。

 この罪を彼はどこかで漏らすかもしれない。

 その時は‥‥‥自分たちは永遠に救われないだろう。

 去り行く馬車の中でもう見えなくなった、妹の遺骸とそこに残った一人の騎士の姿を求めてシンシアは後方を見たがそこには闇しかない。

 

「いつか、この嘘が終わるまで‥‥‥世界が許してくれるまで。

 それまでは幸せでいましょう、アルバート」

「もちろんだとも、僕のシンシア。 

 邪魔な本物のシンシアはもういない。

 大丈夫だ。

 しかしー‥‥‥」

 

 ふと、不思議なようにアルバートはどうするつもりなんだろう、と言い出した。

 

「彼だよ、シュバイエ卿。

 左半身が麻痺して動かないのに、馬にも乗れないのに、彼はどうやって守り抜く気なんだ?

 あの教会を?

 もし、魔王軍に見つかればー‥‥‥」

「そうね、アルバート。

 でも、その心配はいらないわ。

 ほら、見てー‥‥‥もう、シュバイエ卿が火を放ったみたい。

 あれで竜神の聖女の遺骸は焼けて灰となるでしょうし‥‥‥」

 

 なるほど、そうか。 

 アルバートはまずいぞという顔をしていた。

 何か疑問が心にわいたらしい。

 

「魔王軍があれを見て押し寄せればー‥‥‥彼は死ぬがその後は!?

 王都までは二日とないんだぞ!?

 僕たちは助からない」

 

 慌てふためくアルバートを見て、やはり、シンシアの心は冷たさを増していく。

 ああ、なんでこんな情けない男を愛してしまったんだろう、と。

 でも、この嘘は死ぬまで演じなければならない。

 そうしなければ‥‥‥国王陛下はわたくしたちを八つ裂きにするだろう。

 魔族に協力した、反逆者として。

 

「大丈夫よ、アルバート。

 すでに竜王様が援軍を出されたと‥‥‥あの子が死ぬ数時間前だから、一昨日のことね。

 そう言っていたわ。

 だから、明日の朝には王都まで援軍が来るはず。

 わたくしたちは、それを目指して逃げれば良いのよ」

 

 それを聞いたアルバートの顔が先ほどの青から歓喜の赤へと変わるのを見て、シンシアは愛想が尽きそうになっていた。

 これならまだ、自分に愛を告白しようとして黙ってしまったあの身体の不自由な騎士を選ぶべきだったかもしれない。

 そんな浮気心さえ、彼女の中にこの短い時間で感情が生まれては消え、生まれては消えを繰り返していた。

 

「しかし、あれだね。

 シンシアは女傑だったけど、君はまったくの武芸なんてできない。

 さて、どうしたものかな。

 こうなってみると、どうにも説明がつかなくなるね。

 君は何もできない‥‥‥」

「え?

 ねえ、アルバート?

 それはどういうー‥‥‥」

 

 いやだからね、と公爵令息はシンシアが、いやジルベールが妹のシンシアの命を奪った聖剣を、馬車の片隅から取り出していた。

 

「これでシンシアを殺したわけだろ?

 でも、君は本当はジルベールで‥‥‥シンシアではない。

 聖女の能力も魔力もない。

 単なるか弱い貴婦人だ。

 これは‥‥‥宜しくない」

「宜しくないってあなた、だからどうしてその聖剣を??

 どうするつもりなの!?」

 

 うーん、どうしようかなあ?

 アルバートは思い悩んだふうに数分考えて、ふと閃いたらしい。

 

「よし、こうしよう」

「待って!!

 何を――!?」

 

 その悲鳴は、アルバートの片手によって口が塞がれたために外には漏れなかった。

 そして、アルバートのもう片方の手はシンシアになりすましたジルベールの胸板をやすやすと貫いていた。

 

「おや、絶命かい?

 あっけないものだね。

 まあ、いいよ‥‥‥これなら聖女殺しの犯人を討ち取ったって報告ができる。

 次は誰がいいかな?

 第二王女なんて‥‥‥いいかもしれない。

 聖剣に、聖女殺しの犯人の遺骸に。

 ああでも、彼はどうしよう。

 あいつ、シュバイエ卿?

 もし、生き残ったら‥‥‥??」

 

 そんな可能性は万に一つもないか。

 アルバートはそう決めつけると、シンシアの遺骸を床に放り出して手に付いた血糊を彼女のドレスで拭き静かに夜景を楽しむことにした。

 

 

 

「さて‥‥‥。

 竜神の聖女様を殺した女主人、か。

 上手く逢瀬を楽しんでくれればいいが。

 あの魔族の大軍をどう破るべきかな」

 

 彼は燃え盛る教会を背に、小高い丘に陣取り迫りくる敵の影を数えていた。

 自分の放った火は猛火となり、教会はすでに焼けおちそうになっている。

 本物のシンシアの魂が救われることを祈り、彼はそれまでの彼ではない。

 本来の、アルベルト・シュバイエとしての顔を見せ始めていた。

 

「いやあ、まずいね。

 数万は下らない。

 この地に来るために左半身の自由を失ったが‥‥‥。

 剣よ、あれだけの魔族の血を吸えばもしかすればお前も聖剣になれるかもしれんな?」

 

 神であれ、人であれ、魔であれその血に関係なく。

 数万の血を吸い、長く使われた剣には魂が宿るという。

 それは聖剣や魔剣、神剣などと呼ばれるが大差はない。

 ただ、自らの意思を持ち、中には人に姿を変えて社会に溶け込んで生きているそんな剣もいると聞く。

 

「もし、お前がそうなれたら俺の名をやろう。

 聖剣シュバイエ、か。

 いい名前だ。

 さて‥‥‥あの世界を捨てて、この異界に来るために力を使い過ぎたなあ。

 やはり、異世界転移は壁を越えるのに代償が伴うのは嫌なもんだ」

 

 どうしたものかなあ、そう若き騎士はぼやいていた。

 彼はこの世界の生まれではなく、はるかな異世界に生まれた存在だ。

 異世界の最高神が伝えたとされるある能力。

 それを教える学び舎で幼い頃から異世界に憧れて育ち、能力を習得した。

 そして、いざ異世界に渡ろうとしたがその方法は不完全だったらしい。

 世界と世界の壁を乗り越える力が足らず、こうして片足の自由を失い、今に至る。

 

 さて。

 故郷の異世界で学んだあの力。

 全異世界の神々の中でも最強と謳われた、万騎の王の子孫から習ったあの力。

 この世界でも、通用するだろうか?

 また、こちらの神々にもお叱りを受けないだろうか?

 異世界の力を勝手に使ったと。

 悩みは色々と思いつくが、いまは忘れることにした。 

 

「まあ、いいや。

 シンシアお嬢様が戻られるころには、竜王様の軍勢が王都を越えてこちらに向かっているはず。

 中間地点で会った時に、あらかじめ決めていたことを言ってくれればそれでいい。

 魔族は、シンシアお嬢様が討ち果たしました、と。

 そうすれば、竜神の聖女の名目は保たれる‥‥‥さて、いくかな」

 

 彼はそう言うと、不自由なはずの左足を動かし始めた。

 不自由な片足?

 そんなもの、あの力を用いればどのようにでもカバーできる。

 その左手に剣を持って神速と呼べる速さで群がる魔王軍の先鋒へと荒野を駆け抜けていった。

 

 

 

 そうして、翌朝。

 アルバートが乗る馬車は国王軍と竜王軍の連合軍と合流し、仔細を聞いた両軍はすさまじい緊迫感に襲われていた。

 竜神の聖女が唯一の救いだったのに、それを実の姉が殺し、その姉を妹の婚約者が討ち取るなんて。

 こんな最悪の事態、誰も予想していなかったからだ。

 最低だと誰かが叫び、味方の士気はだだ下がりの中‥‥‥進軍を続けた彼等は、その翌日。

 信じがたい光景を目の当たりにすることになる。

 アルバートが案内したあの教会は燃え尽きてしまい、焼け跡にはもはや人なのか何なのか分からない遺体が数体あった。

 

 斥候に出た兵士たちは、はるか遠方から聞こえてくる剣戟の音に耳を澄ませ、大地を覆いつくす魔王軍の兵士の遺体を発見し、それを報告する。

 まだ誰かが戦っている。

 それも、数万の魔王軍を壊滅に追いやるような誰かが、いや。

 途方もない数の味方が、援軍がいるはずだ。

 彼等はそう信じて戦地を駆け抜けた。

 

 あまりにも多すぎる魔族の死体から流れ出した青い血が、大地を青く染めて中、魔王と対峙する一人の若き騎士を見た時。

 従軍していた、シンシアとジルベールの実の父親であるレントオール侯爵は息を呑んだ。

 そこにいたのは戦鬼と見まごうべき恐ろしい剣気を放ち、魔王と互角かそれ以上に強い力で戦いを挑む家臣の姿があったからだ。

 そして、ようやくやって来たかと味方の軍勢の中にレントオール侯爵を見かけ、その隣に立ち聖剣を構えるアルバートを見た時。

 シュバイエは悟ってしまう。

 

「シンシア‥‥‥。

 なにがあった?!

 アルバートめ、寝返ったか‥‥‥!!」

 

 軍勢の最中にアルバートを見つけると、シュバイエはシンシアになったジルベールに授けた策が徒労に終わったことを知る。

 シンシアは死んだのだろう。

 生きていれば、あの中で一番先頭に立っているはずだ。

 それだけは、なぜか確信できた。

 こうも虚しい奉公があるとはな‥‥‥

 もう、戦う意義すら、見えなくなってきたとシュバイエは思い始めた。

 さっさと終わらせてしまおう。

 やがて、彼は魔王を一撃のもとに討ち取ると、その首を連合軍に向かい放り投げ、どこかへと姿を消してしまう。

 そして、アルバートの心には忘れ得ない恐怖だけが残った。

 

 

 

 後世において、彼の伝記にはこう記されている。

 

 我が名はシュバイエ。

 ほらふき、あるいは嘘つき、あるいは剣聖と呼ばれた男。

 この嘘が終わるまで、我が愛はただ、聖女の為に咲く。

 

 ‥‥‥と。

 

 また、この伝記を記した男は若く黒髪の男性で、左半身が不自由だったという。

 アルベルト・シュバイエ卿の墓は、いまでこそ人に知られているが‥‥‥その中に共に納められた剣は、いつの間にか消えてしまっていたと、彼の墓を調べた後世の歴史家は記している。

 

                                      

                                  

 

 

 

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