魔王ルクスターを討ち取ってから数十年後。
シュバイエ卿が使っていた剣は、意志を持ち聖剣シュバイエとなっていた。
そして、彼はぼやいてしまう。
主が死んだと考えよう、と。
その理由は、元の世界に戻っるとシュバイエ卿が言い出したからだ。
かつての異世界にいた時の仲間が、シュバイエ卿に助けを求めてやってきた。
それに応じて、戻るなんて言い出すのだから。
こっち側にくる時に、左足を失ったくせに。
あいつはまた世界を渡る、なんて言いだした。
まあ、こんどはあれだ。
かつての仲間で偉大なる退魔師様がついているだろうから、彼は完全な肉体を逆に取り戻すかもしれない。
しかし、酷いもんだ。
「済まないな、お前はこの世界で産まれた存在。
連れて行けば、その自我すら失う可能性がある。
許せよ?」
おいおい、そりゃないだろ?
せっかく、あの戦いの折り、数万の魔族の血を吸い上げて自我に目覚めたってのに。
子供を放りだしていく親のようなもんだ。
そして、あれから三百年が経過した。
まあ、彼の持つ力の全ては授かったし‥‥‥その意味じゃ、この世界の魔も神も。
ある程度までは、互角に戦える。
厄介なのは古竜だのはるかな太古の神々だが‥‥‥やつらは何かしなきゃやり返して来ない。
理由は簡単だ。
力のストックがない。
信徒がいない。
おさめるべき土地と守護すべき人民を失った。
だから細々と、まるで没落貴族のように生きていかないといけない。
なんとも因果なもんだ。
かつては世界を二分するような大勢力だった片方の陣営の主神が、いまじゃ単なる南方大陸に点在する人口数万の小国家群の中でしか、信仰されていないんだからな。
いわば、土着の信仰だ。
神としての力なんて、せいぜい、雨を降らせたり、少しばかり先の予言を下せる程度。
神罰??
そんなものはあり得ないよ。
だって、連中の力はもうすっからかんなんだから。
しかし、そんな神でも気まぐれに人に味方をする時があるらしい。
いや‥‥‥もしかしたら美味しい何かをかぎつけたのかもしれない。
この世界を去った主の伝記を日記代わりにつけてのんびりと世界を旅している、そんな時だった。
あの古き神に呼び止められたのは――
「じゃあなにかい、ディルムッド?
偉大なる預言の聖者様が、そのまま神様におなりあそばした割に、あの六柱の神との大戦に破れいまはこんな熱い大陸の密林の奥地で何やってんだか‥‥‥」
黒髪の剣士は、簡素な上下に革の鎧だけ。
その腰には大振りな剣があるが、誰もこれを本体だとは思わないだろう。
その彼は、いまは誰もいない。
供え物すらなく、神殿は荒れ放題。
しかし、時たまだれかが来てはそこそこの掃除はしているらしい。
そんな惨状を哀れだねえ、と揶揄する剣聖に神は頼みごとをしていた。
「だがなあ、そのなんだ?
真紅の魔女って名前がなあ。まるであの悪逆非道の魔女ミレイアを思いだす。
あれは真紅でもなく、黒髪だったが。
どうして助けたいんだ?
かつての六柱の神の一人の‥‥‥聖女だからか?
意趣返しでもするつもりか?」
その問いかけに対する答えは明白で、単純にこの古い神が人であった時の血に連なるから。
そういう理由だった。
しかし、聖剣シュバイエにはなんとも納得がいかない。
彼を呼び寄せたのは古き神であり、その所在はここ、南方の果てだ。
ところが助けてやって欲しい、そう言われた聖女の敵は、西と東の大陸の覇者、エルムド帝国だというじゃないか。
「だめだ、だめだめ。
相手がデカすぎる。
エルムド帝国なんて世界有数の大国だ。
それを守護する神だって一級神がどれだけいることか。
何より、その聖女は帝国と敵対する一地方の存在だろ?
神々が聖女を巻き戻し転生させて、魔族と戦わせその勝敗を競うなんてのはもうあれだ。
一万年前に禁じられたはずのことを、平気でやるような連中だぞ?
関わってこの魂まで削られたんじゃ‥‥‥」
そこで、彼。
聖剣とは名乗らず、元の主の名を使う事を好む、シュバイエ卿の文句は一段落した。
守るべき者の前世の名を知りたいか?
ディルムッドと呼ばれた神は思念でシュバイエ卿に語り掛ける。
あの聖女、エレーナの前世はお前が愛して殺した女。
竜神の聖女、シンシアだとしたら?
と。
「そんな馬鹿な。
シンシアの魂は霧散した。
もう消滅したことすら、俺の主は確認していたんだ。
あの罪をお前が知るのも大したもんだがな。
俺が手を下した訳じゃない。そこは間違いだ」
いやいやそちらではない。
そう、ディルムッドは再度、分かりやすく語り掛ける。
シンシアになったジルベールだと言えば、分かるか? と。
「お前は預言の神らしいが‥‥‥俺からすれば最低の神様だ。
この場で打ち滅ぼしてやりたいくらいだがー‥‥‥」
いつの間にか、神殿の入り口から注がれている視線が一つ。
まだ若い、亜人のものだ。
信徒がいるのにその前でどうこうは‥‥‥できないな。
まったく、なぜ今更になってその名を出すんだ!?
あれからもう三百年は経過しているのに。
ディルムッドに心で文句を言うシュバイエ卿に、預言の神はにたりと笑ったような思念で答えた。
たまには良きこともしようかと思ってな。
そのエレーナは、同じく竜神の聖女として幾度か巻き戻し転生のゲームに使われている。
たまたま、だ。
彼女の心理に触れた時、お前の名前を聞いた。
さあ、どうする、かつての雇い主の娘を殺すことに共謀した男はどう動く?
そう、ディルムッドは面白そうに問いかけていた。
「だから、それは俺じゃない。
俺の主様のされたことだ。
しかも、主様‥‥‥ややこしいな。
異世界に戻られたシュバイエ卿は実際には、シンシア殺しには関わっていないんんだ。隠ぺいには関わったがな。
だがまあ、主の不始末は俺の不始末、か。
本当に嫌な奴だよ、ディルムッド。
あんな過去の思い出を蒸し返すなんて。
はあ‥‥‥。
で、どこなんだ、その聖女がいるという帝国と対立している国は?」
エルグランデという古い森の中の王国だと、ディルムッドは伝えた。
またとんでもない遠隔地だ。
ここまで来るのに数か月かかっているのに、また半年はかかる。
そうぼやくシュバイエ卿にディルムッドはそっとささやいた。
わしの先読みをする神の力をやろう。もう、持っていても仕方がない。
それと急いだ方がいいぞ、シュバイエ卿。
処刑はー‥‥‥翌週だ、と。
「まじかよ!?
あーあ、こんなトンデモない能力の代わりがこれかよ!!
空、駆けていくしかないか。
それとも、虚空から行くか?
どちらにせよ、また神や魔にばれるなあ。
あのシュバイエが、再臨したぞ。
神殺しの再臨だ、ってさ」
黒髪の剣士はそうぼやくと、まぼろしがそこにあるかのように姿をかすませてゆき‥‥‥やがてその場には誰もいなくなった。
神殿の奥から珍しく声がすると思い覗いていた亜人の少女はそれを目のあたりにして恐ろしくなり、そのまま家に一目散にかえってしまった。
* * * * *
前回は目の前で両親が婚約者である王子に殺されて、自分はそこで魔女になった。
彼女、竜神の聖女エレーナはその記憶を持ったまま、新たな人生を歩んでいた。
今度は王子から婚約されないように、あらかじめ冒険者になることにした。
これまでは何度も何度も、魔女になった自分を殺しに来た勇者一行。
彼等の仲間になり、冒険に同行した。
そして、エレーナは竜神の聖女の称号を冒険中に授かった。
これで仲間がいれば、あの恐ろしい断頭台にはいかずに済む。
そう思い、数年。
英雄は‥‥‥勇者を魔王の玉座の間へと行かせるために、勇者と同じだけの能力を持っているのに――戻らぬ人になった。
聖騎士は英雄と共に死に、賢者はすでに魔王軍の幹部数人を相手にしてこの場にはいない。
竜騎士はどこに行ったの?
彼の能力ならば、まだ勇者を助けに行けるはず!!
しかし、彼は忽然と姿を消していた。
女魔法使いと、精霊使いの巫女はすでに力の蓄積を使い果たしていたし、こうなると頼れるのは自分だけ。
「竜神アルバス様、どうか御加護を‥‥‥」
おかしい。
なにも発動しない。
防御結界も、聖なる光も、竜の英霊を召喚するための魔導も‥‥‥何もかもが無力化されている。
「どういうこと?
これは魔族の力なの!?」
でも、魔族にこんな力があるなんて聞いていない。
傍らにいる、魔族から離反した女魔法使いに確認をするが、彼女は首を横に振った。
これは魔族の力じゃない。
もう、魔王様すらも――あと少しで死ぬ、と。
魔族である彼女は主の死を感じてエレーナにそう伝えていた。
「ならなんで!?
それよりもー‥‥‥魔王が死んだのになぜ魔族の統率が失われないの?」
魔女は答える。
人間と魔族に大差はないのだ、と。
「それは仕方ないわ。
魔王はあくまで力の象徴。
生き延びた彼等が、人間に復讐を誓いうのはー‥‥‥当然だもの」
「なら、勇者は?
竜騎士は!?」
女魔法使いよりも先に、精霊使いの巫女が悲し気に予見した。
いや、能力を使い先読みをして見たことをそっと話した。
「竜神アルバスは我等を見限りました。
竜騎士はすでにこの魔王城におらず。
神封じの結界が張られ‥‥‥勇者は――」
光の牢獄へと永遠に幽閉されました、と。
つまり、魔族の大勝利?
いやそんなことはない。
魔族も魔王を失ったのだ。
だけど、神が勇者を封印した。
と、いうことは‥‥‥?
精霊使いの巫女は悲し気に語る。
「生き残りはわたしたちだけです。
そして、言いたくありませんが奴隷となるか、食糧となるか。
そのどちらかでしょうエレーナ。
まだ、女魔法使いは助かるかもしれませんが」
彼女は魔族だから情けをかけて貰えるかもしれない。
そう思っていたことを甘い認識だったと、精霊使いの巫女は改めることになる。
女魔法使いは最後まで勇者一行の仲間だった。
わたしは仲間を裏切るような真似はしない!!
そう叫ぶと、女魔法使いは最後の手段に打って出た。
少しでも仲間を生還させるために‥‥‥その命をかけて敵を道連れに爆散して果てた。
残るは二人。
できることはただ一つだけだった。
精霊使いの巫女は自身の命をかけた大魔法を行おうと宣言する。
「エレーナ。
光の精霊様のお力であなたを少しばかり、過去に戻します。
どうか、このことを過去のわたしたちにーっう‥‥‥!?」
そこで、彼女の声は途切れた。
どこからか飛んできた、巨大な槍がその全身を深々と貫いていたからだ。
エレーナはその持ち主を知っている。
彼は、行方不明になっていた竜騎士だった。
「あなたもー‥‥‥やはりあの地獄を、あの惨劇を、あの悪夢を。
わたしに見せるためにいるのね‥‥‥」
竜騎士は楽しそうに笑い、槍を引き抜いた。
「当たり前だろう、お前は単なる駒。
我が主が、他の神々と楽しまれるゲーム盤をにぎわすための、一つの華に過ぎん。
いま、その光の精霊の力で過去に戻られては色々と不都合が出るのでな。
さて、戻ろうか出発の地へ。
お前が魔王を殺した勇者を‥‥‥殺したんだ。
そういう筋書きなんだよ、エレーナ。
その命を、竜神様に捧げるといい。
仲間殺しの汚名を背負って断頭台に立つんだ。
なんという尊い犠牲。
俺はお前と仲間であったことを生涯誇りに思えるぞ?
まあ、世間にはお前は大逆の聖女、いや魔女としか映らんがな???」
竜騎士は面白そうに高笑いをする。
まるで、この茶番をすべてその筋書きを書いて動かしたのは自分だといわんばかりに、その場を楽しんでいた。
「そんな、そんな!!
ここまで戦わせておいて、最後はまた同じ事の繰り返し!?
わたしには神なんて要らない!!
竜神なんてもう必要ない!!」
エレーナはその場に座り込み、魂から叫びを上げていた。
誰か助けてください。
世界におられる神でも魔でもいい。
この狂った人生を、非道なる神々に罰を与える力を‥‥‥どうか与えて下さい、と。
「そうか、しかし、誰も助けには来ないな?
いや、その側にある剣だけか?
お前に残された戦力は?
ならば、それを叩き折り連れ去るとしよう」
竜騎士は槍を構える。
だが、エレーナには隣に剣があるなんて、記憶になかった。
なぜ、こんなに都合よくこの場に剣があるの???
でもいまはー‥‥‥この剣を引き抜くしかない。
例え、竜騎士に敵わないとしても!!
その心意気に応じたのか、剣はあっさりと抜けた。
そして、エレーナの脳裏にはこの剣の辿ってきた過去と、この場にある理由が脳裏に入り込んできた。
なんて不思議な剣‥‥‥驚きを隠せないまま、エレーナは剣が教える過去を知ると嘆き悲しむのをやめてしまう。
そしてなぜか怯える気配を無くした聖女に、竜騎士は不穏な空気を感じたのか高笑いをやめた。
同時になぜか、竜騎士の心はざわついていた。
圧倒的優位のはずなのに、本能が危険を告げている。
俺はどこかで、はるかな過去のどこかであの剣を見たことがある。
そうだ、あの時ー‥‥‥信じられない魔王の大軍をたった一人でほふった異形の勇者。
偉大なる剣聖の‥‥‥剣!?
それがなぜここに――???
竜騎士は、思わず後ずさりをしていた。
そして、不審なのは聖女エレーナも同じだった。
やがて、剣は語り掛けて来る。
その心の中に。
(聞こえているなら返事しな。
ただし、心でだ)
(なっ!?
剣が喋った!?)
エレーナの驚きがそのままダイレクトに伝わって来て、聖剣シュバイエはなかなかにこの会話を楽しんでいた。
(いいか、竜神の聖女。
勇者や英雄の死にざまを見たな?
聖女はその守護する神に対して、信仰心を集めて神の力を集めるのが役目だ。
これは神々や魔の代理戦争。
単なる盤上のゲームなんだよ。
信じるか?)
(信じるも何も、いまとなっては疑う余地など!!)
(そうか、なら話は早い。
どうする?
まだ聖女は続けるか?
同じような繰り返しの断頭台の人生を送るか?)
(嫌です!!
そんなこと、あんな苦しみなんて絶対に――)
(そうか。
なら、どうする?)
「どうする、とは?」
しまった。
ついつい、言葉が口を突いて出ていた。
エレーナの紅く腰まである長い髪はまるで血の大海のように地面に広がっていた。
座り込んだままの彼女には、いまは立ち上がる気力すらないのは明白で、竜騎士はまた死地を迎えて心を狂わせた人間が何かを叫んでいる。
そう思いこみ、せせら笑っていた。
あの剣は剣聖の剣なんかではない。
単なる見間違いだ。
そう、思いこむことで本能が告げる危険だという声を聴かないようにしていた。
聖剣はエレーナに告げる。
(聖女はやめるか?
なら、剣聖になればいい。神も魔もぶった斬れ。
理屈なんかいらねーよ。だが、汚名は背負うんだぜ?
俺と俺の主が在りし日に行った事を罵られた、汚名を背負う覚悟があるならな?)
再び問いかけられる質問。
(汚名とはなんですか!?)
エレーナの質問に対して、聖剣は答える。
その回答は明確だった。
(神殺しの二つ名を背負うことだけだ)
「なら、それをなせる力を‥‥‥剣聖の聖剣様!!」
「よし、承った!!」
そして、その場に浮かび上がる一人の男性。
人間だ。それも若い、黒髪の剣士がそこにいた。
彼は聖女の二つ名を棄てたエレーナをそっと抱き上げると、何もないようにただ剣先を一閃させた。
その一撃で竜騎士は消滅し、魔王城は半壊してしまう。
「なんという‥‥‥」
あまりのすさまじさに、エレーナそれしか言えなかった。
そして、シュバイエ卿はにこやかに、それでいて覚悟を持てと言わんばかりの目つきで少女に自分の剣を手渡した。
「聖女は終わりだ。
これからは剣聖を名乗れ。
神殺しの剣聖、真紅のエレーナ。
いい名だ」
こうして、剣聖と呼ばれた少女の物語が始まった。