「まずあたくしから言えることは一つ。
この星は、緑谷出久様。まさしく、あなたのための『舞台』なのです」
「それって、僕が漫画で言う『主人公』だから、ですか?」
「左様でございます」
イフさんの言葉に、僕は間髪入れずに問う。
かっちゃんは不満そうに「なんで俺じゃねぇんだコラ」と、僕の座る椅子の足をげしげしと蹴っている。
そういうところじゃないかなぁ…?
言ったら殴られるし、言わないけど。
イフさんは首肯すると、「わかっておられるなら話は早いですな」と付け足した。
「では、続いて。『時間は一方通行である』という事実はご存知ですかな?」
「……!?」
その情報に、がたっ、とあかりちゃんの腰が浮く。
セイカさんは今頃、スーパーでパートをしている時間帯なのだが、無理にでも連れてきたほうがよかっただろうか。
そんなことを考えつつ、僕は飛び出した情報とこれまでの情報を擦り合わせていく。
あかりちゃんたちは第三次世界大戦の起きた一千年先のはるか未来から、この時代に逆行してきた。
イフさんから飛び出した情報を擦り合わせると、その認識の間違いの可能性が高い。
彼女たちは過去にタイムスリップしたのではなく、本当は『遥か未来に来た』のではないだろうか。
そんな想像を肯定するように、イフさんは告げた。
「…ご存知ないようで。
でしたら、こちらはご存知ですかな?」
────『この地球』は、『78兆6598億3608万1936個目の地球』であることを。
天文学的数字が合わさった情報に、全員が唖然とする。
そんな中で、想定外の情報に耐性でも出来たのか、全然動じていない先生が口を開いた。
「つまり、この星が『生誕から滅亡まで無限ループしてる』ってわけですか?」
「ええ。その通りで御座います」
スケールが大きすぎて実感はないが、不思議と納得はできる。
ARIA姉妹が勘違いするのも無理はなかったのかもしれない。
体験した人生は異なれど、細胞の一片に至るまで、完全に同一人物なのだから。
「では、何故『るぅぷ』しているのか。
それは…『とある方』の個性が関係しております」
イフさんは言うと立ち上がり、「こちらへ」と、僕たちに移動を促す。
彼が黒の翼で指すのは、唯一自然に侵食されていない扉。
僕たちがそちらに寄ると、扉は静かに動き出し、ゆっくりと開く。
そこにあったのは、ガラス張りのリフト。
ガラスの奥には、血脈のように光が流動する夥しい数のケーブルが、地下へと伸びている景色が広がっている。
僕たちが足を踏み入れると、がこん、と音を立てて、リフトが地下へと向かう。
「…これ、生命維持装置…、あとは、個性抑制装置、かな?結構大掛かりだけど…」
「左様に御座います」
軈て、ガラスに映る景色が、無機質な壁に遮られる。
幻想的とは言い難い、悍ましさすら感じる光景が目蓋に焼き付いているかのような、そんな錯覚さえする。
と。イフさんはあかりさんへと視線を向けた。
「ここに繋がれているのは、あかり様。
あなた様の『母』にあたるお方であります」
「……お母、さん?」
「ええ。それだけでは御座いません。
全ての人工個性生命体は、彼女を大元にしております。
無論、このあたくしも…ね」
つまりは、万年開花や永遠咲も、ここに繋がれている誰かの細胞が元なのだろうか。
あかりちゃんのお母さんって言うくらいだから、きっと優しい人なんだろうな。
そんなことを思いつつ、僕はふと呟く。
「娘さんを僕にください…なんて言うには、ちょっと早いかなぁ」
「こんな空気で惚気んなクソデク」
かっちゃんに殴られた。痛い。
そんなやり取りをよそに、音も立てずにエレベーターが止まり、扉が開く。
イフさんに促されるがままに通路に出ると、先ほどの死した文明が広がる光景から一転、研究施設のような殺風景な空間が広がる。
眼前には、厳重に閉じられた、重々しい扉が僕たちを待ち構えている。
あそこに、あかりちゃんのお母さんがいるのだろうか。
「…では、ご紹介致しましょう」
がこん、と音を立てて、幾重にも閉じられた扉が開放されていく。
真っ先に目に映るのは、巨大なビルのように聳え立つ装置。
液体で満たされたその内部には、ケーブルに繋がれた胎児のようなシルエットが浮かんでいるのが見える。
イフさんはそのシルエットを指し、口を開いた。
「彼女の名前は『結月ゆかり』。
『3個目』の地球にて、個性特異点として覚醒してしまった少女で御座います」
♦︎♦︎♦︎♦︎
遠く遠く、最早影すらも見えないほどの過去に生まれたゆかり様の人生は、悲劇に満ち溢れておりました。
ある個性により、1個目、2個目の記憶を引き継いだ悪の帝王…オール・フォー・ワンによって引き起こされた『第三次世界大戦』。
彼女が生まれた日は、まさにその戦火が世界を包み込んだ日だったのです。
友と遊ぶこともなく、誕生日を祝われることもなく、学びを得ることもなく。
ただ泥濘の底を生きるだけであった、そんな人生を10になるまで歩んでおられました。
そんなある日。彼女は戦火に渦巻いていた悪意に巻き込まれ、語るも悍ましい傷を負ってしまったのです。
肉と骨の見分けすらつかないほどに損傷した傷を、元通りに治療したのは、無個性の医者でありました。
その名は『緑谷出久』。
『三人目』の彼は、悪の帝王の策謀により、オールマイトと出会わずして、ヒーローとなっていたのです。
彼女は人生ではじめて受けた愛に心を動かされ、半ば押しかけるように、世界を救う彼の旅へと同行しました。
あたくしが造られたのは『4回目』であります故、その旅路の詳細はわかりませんが、五年に渡った、とお聞きしております。
ですが。そんな日々は、長くは続きませんでした。
そう。彼女らをオール・フォー・ワンが襲撃したのです。
邪智暴虐の限りを尽くした悪の帝王。其れを前にして、彼らはあまりに弱かった。
それも無理はないでしょう。なにせ彼は、『オールマイトに力を託された緑谷出久』の活躍によって、野望を阻まれた記憶を有しております。
オールマイトに出会わなかった彼は…そうですな。『オリジナル』とも呼ぶべき緑谷出久の足元にも及びませんでした。
彼のあらゆる成長を否定し、ただ呼吸をするかのように常識を覆すその力は、最早ただの人間では足掻くことすらままならず。
結果。この緑谷出久は、四肢が爛れ、はらわたを抉られ…。世辞にも、『生きている』とは言えぬ姿と成り果てておりました。
それでもまだ微かに息のあった彼。
目の前で横たわる彼を前にして、彼女は絶叫と共に、自身ですら知らぬ個性を発動させた…。
それが悲しくも、3個目の世界の崩壊と相成ったのです。
彼女の個性は『ループ』。
直前の事情を繰り返すことを強いるだけの個性が、特異点となり暴走…。
場に居合わせたオール・フォー・ワンも、世界を救うほどの力を有したオールマイトでさえも、等しく世界を飲み込む奔流が、彼女を中心に巻き起こりました。
ですが…。奇跡的に個性の奔流から生き残った緑谷出久により、結月ゆかりの処置が施され、個性の奔流は止まりました。
ただ一つ。『個性によって滅びることが確約された地球を繰り返す』という条件と引き換えに。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…とまぁ。この悲劇こそが、『るぅぷ』の始まりで御座います」
「つまり、地球はその『緑谷出久』を中心としたループによって繰り返されている、というわけですか」
「ええ。ただ、彼は『るぅぷ』の要因として存在するだけの人間となり、『緑谷出久』という主人公ではなくなりましたがね」
イフさんが言うと、皆の視線が一斉に僕へと注がれる。
この地球の主人公として生まれたのが、他でもない僕なのだろう。
彼の話を鵜呑みにするなら、僕とは別に、『ループの中心として生きている緑谷出久』が存在しているわけだ。
「…彼は彼女を救う方法を求め、足掻き続けました。
決して死ぬことの出来ぬ体を手に入れ。
自らの誇りであった善性を押し殺し。
あらゆる地球で、『緑谷出久』の壁として悪逆非道の限りを尽くしてきました。
全ては、結月ゆかりを救い、個性によって滅ぶ世界を救うことの出来る『緑谷出久』が現れることを信じて」
どくん、と心臓が跳ねた気がした。
欠けていたピースが、ピッタリとどこかにハマるような音がする。
その真実に辿り着いた僕は、わなわなと震え、その名を口にした。
────フィクサーは、緑谷出久だった。
その言葉に、皆が目を見開く。
僕だって、にわかには信じられない。
僕たちが一斉にイフさんを見やると、彼はくっ、くっ、と喉を鳴らし、天を見上げた。
「成る程…。彼自身に聞かされたのではなく、自らここに辿り着いたのですか…。
成る程、道理で…。
今まで出会った緑谷出久よりも、はるかに年若く、大所帯であるわけですか…」
「この島のことは、先日サードインパクトみたいなことやらかしかけた宇宙人から聞いたんですよ」
イフさんの口ぶりから推測するに、ここに辿り着いた『緑谷出久』は、過去に何人か存在していたということか。
今までの情報を鑑みると、フィクサーは僕…いや。『緑谷出久』そのものに固執していることがわかる。
いくら『緑谷出久』が世界の主人公だとして、そこまで固執する理由って何だ?
考察するのに夢中な僕に変わって、先生が答える。
「…その『さぁどいんぱくと』とやらはよく分かりませぬが…。
心当たりはありますな。
彼女らをここでもてなしたのは、もうどれほど前のことで御座いましょうか…。
なにぶん、あたくしは無駄に年月を過ごしてきたもんで、時間の間隔が曖昧なのでさぁ」
「ARIA姉妹のことも知ってるんですか?」
「ええ。一時期、この『あい・あいらんど』に滞在しておりましたとも」
「やっぱここ、i・アイランドなんですね」
「ええ。地球が崩壊した際に、星から島ごと脱出できる機能付きで御座います」
新しい情報がポンポン出るな。
どこか他人事のようにそんなことを思いながら、僕は考察を広げていく。
と。隣にいたかっちゃんの足が、僕の弁慶の泣き所を捉えた。
「あだぁっ!?」
「ブツクサうっせぇ。ちったぁ静かにしろ」
「いたた…。声に出てた?」
「無自覚かよ…。話が入ってこねーから口にガムテーム貼ってろ」
「そんなレベルで!?」
もうちょっと気をつけるべきかなぁ。
じんじんと痛みを訴える足をさすりながら、僕は広がる可能性に、開きそうになる口を無理矢理に閉じる。
そんな様子を見て頭痛がしたのか、かっちゃんがこめかみを押さえるのが見えた。
「取り敢えず、ループについては分かりました。
『転生』については…」
そうだった。まだ、先生たちの『転生』について、秘密が残っていたんだった。
僕としては、二度目の人生を送っていようがなかろうが、先生は「大事なことをたくさん教えてくれた先生」だから、どうでもいいんだけど。
こんなことを面と向かって言っても、茶化されるのがオチなんだろうけど。
「ソレも単純なことです。
結月ゆかりは、緑谷出久を永遠に生かすべく、星一つを生贄に捧げた。
では、その生贄には、『誰』が含まれていましたか?」
「……あっ!?」
きりちゃんが声を上げる。
結月ゆかりが取り込んだ星の中には、『一度目、二度目の人生の記憶を個性によって引き継いだ悪の帝王』がいた。
「ええ。…悪の帝王が宿していた全ての個性は、彼女の個性に食い尽くされた。
しかし。たった一つだけ、食われずに共存できた個性があったのです。
その名は『引き継ぎ』。前世の記憶を引き継げる個性です。
…それが、個性特異点と混じり合ったことで変質し、不規則に発生するようになってしまった…というのが、『転生』の真相で御座います」
「…つまり、前世の僕たちが生きていた世界は、『《僕のヒーローアカデミア》が漫画だった世界』ではなく。
『個性発現の預言書として、《僕のヒーローアカデミア》という漫画が描かれた世界』…というわけですか?」
「左様で御座います」
イフさんの言葉に、先生ときりちゃんが深いため息を吐く。
成る程。先生たちが言った『決められたレール』から外れまくるわけだ。
出揃った情報は、あまりにスケールが大きく、受け入れるのに時間がかかる。
あまりの情報量を前に、脳がパンクしてしまいそうだ。
僕は頭痛から目を背けるように、母親を見上げたままのあかりちゃんへと目を向ける。
その顔は何を思っているのか、ひどくもの悲しく、淋しげだった。
「……あかりちゃん」
僕が声をかけようとした、まさにその時。
イフさんの皺がれた手が、僕の手を掴んだ。
「イフさん…?」
「この地球の緑谷出久様。
全ての真相を知ったところで、ご決断頂きましょうか」
イフさんはガラスの奥にある何処までも無機質な瞳で、僕を見つめる。
背筋が凍る、などと言う表現では表せないほどの、緊迫感が僕の体を包み込む。
ぞあっ、と冷や汗が噴き出ると共に、毛穴が一つずつ閉じていく感覚さえ伝わってくる。
動悸が早まる。彼から目を離せない。
僕がスーツを纏い構えを取ると、イフさんは告げた。
「この世界を救うお覚悟は、出来ておりますかな?」
「もう、とっくに!!」
あかりちゃんを救った時から、ずっと。
悍ましい気を発する彼に負けないように、僕は震えようとする体を無理矢理に押さえつける。
「……良き覚悟です。では、まずはこの方との決戦に臨んでいただきましょう!」
イフさんが翼を広げると、機械に囲まれた空間が一変、僕だけが暗闇に包み込まれる。
気が狂いそうな程に真っ黒な世界。
その中に、一人の人影が立っているのが見えた。
「……やぁ、はじめまして」
「……僕?」
緑のヒーローコスチュームに身を包んだ、僕とは似ても似つかない筋肉質な体。
しかし、僕のトレードマークであるそばかすと縮毛が、目の前の存在が『緑谷出久』であると訴える。
「彼はあたくしが取り込んだ『10個前の主人公』…。
オールマイトから個性を受け継ぎ、悪の帝王を倒してみせた『一個目』の彼に限りなく近い『緑谷出久』で御座います。
まずは、彼を超えてもらいましょうか!!」
イフさんの言葉と共に、黒の奔流が僕へと襲いかかった。
3個目の地球のオール・フォー・ワン…全部コイツのせい。コイツが余計なことをして結月ゆかりを刺激したせいで、この作品のトンデモ時空やら転生システムやらが完成した。フィクサーは転生システムを利用して、創作物でよく見る『特典』の付与を行なったが、結果があまりにも芳しくなかったのでやめた。
フィクサーもとい3個目の地球の緑谷出久…フィクサーの敵名は自虐。愛する人を救えなかったばかりに、悲劇の渦の中心になるしかない人生を永遠に送ることになった。この世界で起きている悲劇全てが自分のせいだと思い込んでるので、原作闇堕ちデクよりもメンタルがズタボロ。もはや傷つく心すらないので、他人の気持ちがわからなくなってしまった。言ってしまえば『常時SAN値0』。はっきり言うと、救いがなさすぎるのでARIAに救われた方が遥かにマシだった。
ブラックボックスもとい???個目の地球の緑谷出久…フィクサーの過去に同情して協力している人。まだちょっぴりSAN値が残ってるので、他人を憐れむことが出来る。この陣営にいる限り救いがないので、ARIAの救いは寧ろばっちこいだった。
結月ゆかり…クソ重い人生の中で、やっと見つけた愛する人を目の前で殺されかけ、挙句個性が大暴走した人。眠っている間も意識があり、生誕と終末を繰り返す地球で巻き起こった全ての情報を有している。精神は崩壊寸前だが、フィクサーとなった緑谷出久との再会を夢見ているので、ギリ正気を保っている。こちらもやっぱり、ARIAに救われてた方が遥かにマシだった。