「3日前墜落した飛行機の事件について、エンジンのトラブルということが判明し…」
医者として病院に勤務していた男、竹岡一はすぐにそのニュースを流していたテレビを消した。
「くそっ!こんな事故の原因などどうでもいいというのに!」
この男の患者の中には、先のニュースの被害者の女性のその一人がいた。事故が起きて、運良く一命はとりとめたはずなのだが、彼女が目を覚さないことがどうしても彼には解せなかった。
「今西 沙那」
患者の名札を見ては、彼にはただ悩むことしかできなかった。
気がつくと言葉通りぼんやりしたところにいた。
輪郭とか色彩とか、いろんなものがぼんやりしていた。
私の最後の記憶は、乗っていた飛行機が墜落し、炎と悲鳴に囲まれたところだった。
大学へ入って3年、久しぶりに家族で旅行へ行くことになって、心躍っていた時、この事故に巻き込まれた。
今いる場所はきっと天国であればいいと考えながら、不思議と実体はあるらしいので、歩いてみることにした。
しかし、歩めば歩むほどやはり不思議な空間だった。
いくら歩いても疲れず、歩いている時も地面の感覚らしい感覚もない。
やはり天国なのかと思いながら、草原が広がっているところに行き着いた。
やはり感覚はなかったが、ぼんやりと太陽みたいなものが見えるところだった。
寝転がってみると、不思議と気持ちが良かった。
まるで本当に日向ぼっこをしているかのような心地よさ。
ここで今更ではあるが、頬をつねってみたのだ。
痛みはなく、やはりここは天国
そう思った時だった。
「ここは残念ながら夢の世界。天国じゃない。」
どこからか声が聞こえてきた。
その声の主は、まるで少年のような男だった。
少し幼さがあるかないかくらいの雰囲気で、でも大人らしくもある。
「あなたは…?」
その少年は、笑みを浮かべながら、
「そうだねぇー、名前かー。とりあえずKと、名乗っておこうかな。」
明らかに本名ではないのだが。
しかし、こちらも名乗っていない以上仕方がなかった。
「私の名前は、今西沙那。こっちは本名を名乗ったんだから、そっちも本名を教えてくれない?」
また少年は笑みを浮かべて、
「名乗ったのはそっちの勝手だろう?まあいいけど、本名ね、また後で明かすことにするよ。」
なんだそれは。そう言いたい気分だが、あちらの筋は通っていたので、大人しく引き下がることにした。
「ところで、ここが夢の世界っていうのはどういうことなの?」
「そのままの意味さ、ここは夢の世界で、君は死んでない。しかも、ここは君の夢であり、僕の夢でもある。こんなことが起こるものなんだね。」
「ちょっと待ってよ。ということは、私とあなたは同じ夢を見ているってことでしょ?そんなことって…」
「僕も不思議に思うさ、でも仕方ないじゃないか。認めざるを得ないんだから。」
もしこの話が本当なら、私はまだ生きているということか。
しかし、そうなると、おんなじ飛行機に乗っていた両親はどうなのだろうか。
とにかく、ここが夢の世界というなら、なんとか現実に帰らないと。
「どうやったら帰れるの?」
「どうやっても帰れないよ。頬をつねってみなよ。」
さっきつねったのでもういいと言おうとしたが、待てよ。
頬をつねっていたくなかったのに、夢は覚める気配はない。
意識ははっきりしている。
ということは…
「気づいたか?意識がはっきりしていても目覚めない以上、ここからはそう簡単に出れないってことだよ。全く不思議なところに来てしまったものだよ。」
ため息を漏らしながら少年は呟いた。
「どうせ出られないなら。話してみるのはどう?」
きっとここにあるのは退屈だと、そう直感した私は彼との邂逅を試みた。
「まあ、いいよ。話すのは嫌いじゃない。それで、聞きたいことはあるかい?」
さっきの本名のはぐらかし方から、いま本名について聴いても答えてくれそうにはなかった。
「あなたの年齢は?」
「22だ。」
年齢はあっけなく答えてくれた。
「ところで、君はさっき現実に帰りたがっていたように見えたんだけど、もういいのかい?」
現実、あ、そうだ、両親の安否が知りたいんだった。
さっきは出れないことをすっかり受け止められてしまったが、思い出した以上、早く出たくなってしまう。
「そうだった、両親の安否を確かめないと…」
私の発言に少年は興味を持ったのか、こちらの顔を覗き込んできた。
「両親に何かあったのかい?」
「私、飛行機の墜落事故に巻き込まれたの。きっと今は昏睡状態。だから早く目覚めて、両親の安否を確かめたいの。」
すると、少年はぼそっと、
それでか…
と呟いて、こう答えた。
「残念ながら、君の両親はもうこの世にはいないよ。」
そんな簡単に吐き捨てる少年に、私は怒りを隠せなかった。
「なんでそんなこと言うのよ!」
すると少年はこの空間の上部を指差し、静かに。と告げた。
すると、こんな音が聞こえて来た。
「先日起こった、生存者が20代の大学生と、30代の男女2名、その他197名が死亡した事件について…」
明らかにそれはニュースの音声だった。
「きっと昏睡状態になって間もなかったんだろう?この空間に慣れてない時点で大体わかる。すると、このニュースがきっと君の身に起こった事件だろう。となると、君の両親は30代か?」
私はその場に崩れ落ちた。嘘だ。嘘だ。
そう思いながらも、ほとんど確定的な現実を突きつけられて、私はその場で泣きじゃくった。
「まあ、普通は辛いよな…」
男はそう呟き、私の背中をさすってくれていた。
両親が死んだと言うことを突きつけられて、およそ体感で1日は泣いていたのだろう。
かなり時間が経った気がしていた。
あの少年は…どこかに消えていた。
また一人になった。
そう思っていると、聞き覚えのあるあの声が聞こえて来た。
「もう泣き終わったか?」
「おかげさまでね。」
「まあ、気持ちの整理がここでできたのはいいことだな。これが現実に戻ってからだと、いろいろ大変だろうからな。」
間違ってもいないが、そんなことを少し得意げに言うかな…?
「どこへ行っていたの?」
「まあ、少し出口がないか探しにな。何をしても出られなくとも、きっと出口はあると思ってな。」
「やっぱりあなたも元の世界に戻りたいの?」
「いや、まさか。俺はお前のためにやっただけだ。俺は案外この世界気に入ってるんだ。」
は?この男が私のために出口を探していた?そんなこと何のために?
「そう不思議がるのも無理はないな。教えてやるよ。俺も両親を亡くしているんだ。」
そうして、男は語りはじめた。
「俺は赤ん坊くらいの頃に両親を亡くしたらしい。なんでも強盗に襲われたとかでな。母を殺して、その強盗は父親と相討ちになって死んじまった。それから伯母に預けられ育てられ、このことを聞いたのは高校生になった時ぐらいのことだ。当時の記憶なんてほとんど残っちゃいなかったがな。だから悲しくもなかった。それに、恨む相手はこの世に居ねえし、なんとも思わなかったんだ。だが、お前は違う。思い出がある。少なくともお前は必ず現実に戻るべきだ。だから探してやった。ま、何も見つからなかったがな。」
淡々と語る少年、いや男の言葉にまた私は涙を浮かべていた。
「おいおい、またかよ。」
違う。これは…
「違うの、嬉しいの。あなたがそんな人だったことが…」
男は首を傾げていたが、嫌そうにはしなかった。
ずっと寄り添ってくれた。その時、私は初めてこの男から暖かさを感じていた。
「さて、それじゃ行くぞ。」
「行くって、どこに?」
「出口に決まっているだろ。お前は必ず返すことにしたんだ。」
「なんで勝手に決めてるのよ。」
「帰りたくないのか?」
「いや帰りたいけど…」
こんなにこの男と会話が弾んだのは初めてだった。
そして私たちはとにかく歩いた。
きっと、現実なら世界一周を歩いた気さえするほど。
全く疲れなかったが、全く何も得られなかった。
そこで私は、ふとここが夢の中であったことに気がついた。
「ねえ、ここが夢の世界なら、私の望むように変えられないの?」
「やってみろ。」
私は自分の家を想像した。
すると、本当にそこには私の家が現れた。
「これなら、無理やり出口を作り出せたりなんかしないのかな?」
そんなこと、思いつけば最初からできるはずなのに。
それに私が気がついたのを男も気がついたらしく、
「歩くぞ。」
その一言で私の思いつきはなかったことになった。
一応試してみたけれど、やっぱり無理だった。
何回か試して、姿形ははっきりしているものでないと具現化はできないらしかった。
夢ならなんでもできるって聞いたことはあるんだがなぁ…
「ところで。」
急に男が話しかけて来たので、変な声をあげてしまったが、男は何もそれには触れなかった。
「さすがに歩きっぱなしも精神的にくるものがあるはずだ。まだ10kmしか歩いていないと思うが、休息を取るのもどうかと思ってな。お前の家もあることだし。」
どうして他人の家に行くことに躊躇がないのか少し戸惑ったが、まあ、休みたかったので不問にした。
と言うか、まだ10kmしか歩いていなかったのか…
私はとりあえず紅茶を入れた。
ついでにいくつかお菓子も出すことにした。
基本食べ物はどこに何があるかは覚えていたのが幸いした。
椅子に腰掛け、ゆっくりと休みながら、無言なのもどうかと思ったので、質問してみた。
「数学とか得意なの?」
さっき10kmほどと言っていたが、体感でわかる、と言うにしても、彼からあんまり運動してそうな印象はなかったから、数学系の能力かなと思った。
「確かに得意だが、なぜわかった?」
「だってさっき…」
私は自分の思考回路をそのまま彼に話した。
すると、彼は少し笑って、
「どうやらお前にも人を見る目がないわけでもないらしい。」
「なんでそんなに上からなのかな。てか私に対する態度変わりすぎじゃない?最初確か一人称僕だったのに…」
「それはお前が初対面だったからだ。この見た目だと、一人称はそっちの方が社交的にもやりやすいからな。まあ、途中からなんかやりやすいタイプだとわかって、素で良いと思ったから、こう言う接し方をしている。」
「そんなのどこでわかったの?」
「まあ、あれだ。直感というやつだ。」
そんな話でそこそこ盛り上がったところ、カップの紅茶はなくなり、一区切りついたと言う感じだった。
「さ、また出発だ。準備はいいな?」
「うん。」
そうして、また長い旅が始まった。
そして、その途中のことだった。
「…初めてだ。」
「何が?」
「俺はほとんど人と関わってこなかった人間なんだ。例外は伯母くらいか。その伯母でさえ、ここまで打ち解けてはいなかった。だから、お前が初めてここまで俺に関わった人間と言って良いかもしれん。」
「ちょっと。何よそれ。私はそんなのになりたくないんですけど?」
「ま、この話はなかったことにしてくれ。気分を害したお詫びに、こんなのはどうだ?」
そう言うと、あたりの景色がはっきりと草原に変わった。奥には道路や森林が見えた。
「俺の住む近くを再現してみた。ま、それでも家よりかはまだ遠いがな。」
その時の男はすこし懐かしそうに、楽しそうに歩き始めた。
曇り空の下、草原。
なぜか悪い気はしなかったので、彼の進むまま私も歩くことにした。
彼に連れられ、森に入り、そしてしばらく歩いた頃。
私たちは一軒の古びた小屋のような建物を発見した。
「あれって…」
「ああ、俺の家だ。少しここで休憩しよう。」
そして家に入ると、そこは埃が舞うような、まるで何年も手をつけられていないようなところだった。
「ちょっと、あなたこんなところに住んでるの?」
「ああ、と言うのも少し違うな。ついてこい。」
そう言うと男は小屋の奥の部屋に案内した。
一見すると本当に何もない空き部屋で、窓くらいしかないと言ってよかった。
すると男は窓を開けて、
そこから飛び降りた。
一階建てなので、なぜそんなことをしたのかわからなかったが、彼を真似てみることにした。
そうして出たところで、彼は落ち葉をどけて、何やらボタンのようなものを露呈させた。
「これは?」
「見て驚くなよ。」
男は変則的なリズムでボタンを押した。
すると、地面が起き上がって来たのだ。
そして、その下には通路があった。
「これって隠し通路?」
「ああ、やっぱこういう乗って良いと思わないか?」
やっぱりこんなの誰でも憧れる。
私はドキドキしながら、彼の進む隠し通路を進んだ。
その先は何やら研究所のような雰囲気があった。
「もしかしてあなたって…」
「ああ、研究をしていた。今はずっとあの部屋で寝ているがな。」
男はそうして左にある部屋を指さした。そこは、まるで廃墟のようなところだった。
「もしかして、まだ進むの?」
「そうだ。」
実際は、探検しているようで結構楽しかったけど。最初はやっぱり気が引けた。
そうして廃墟を抜けた先に、ごく普通の部屋があった。
どの家庭にもありそうな書斎のような場所。
「あの椅子で、俺は寝ている。」
男はそう言うと、中央にある。机のそばにある椅子を指さした。
あの椅子で寝ているらしい。
「俺はずっと、寝ていて起きることができていないんだ。」
「それってどれくらい?」
「ちなみに聞くが、今西暦何年だ?」
「確か、2020年たったと思うけど…」
「それなら、俺は3年眠りっぱなしってことになるのか…」
「へぇー3年も…ってえ?!3年!?」
「ああ、おれは過去に1年程眠り続けたことがあってな、その時はまだ伯母のもとで暮らしていたから良かったが。また同じことが起こらないとも限らないから、基本的に数年寝続けてもいいように点滴はしてある。だが、あと2年も続けるとさすがにそろそろやばくなってくるな。」
「3年も、孤独だったの?」
「ああ、だから、お前が久しぶりの人だったんだ。だからかな、こんな自分の秘密基地でさえお前に明かしてしまえるのは。」
「じゃあ、あなたも現実に帰らないと!」
男は首を横に振って、
「いや、もういいんだ。どの道、俺はもう生きる目的もない。この夢見心地のまま死にたいんだ。」
「でも…」
「大丈夫だ。お前だけはきっと現実に返してやるから。」
でも、きっと本当はそうおもってないんじゃないか。
私は確信していた。
でも、それを言うのはどこか違う気がしたので。
私はその確信を胸の奥に隠しながら休息をとることにした。
「さて、それじゃあ出発しないとな。」
「でも、行くあてはあるの?」
「いや、今のところないが、抜け出せはするはずなんだ。事実、俺が過去に抜け出したのは、その出口を見つけたからだからな。」
なら、どうしてその出口を具現化しないのか。
その答えは2つほど浮かんできた。
この男がそれをしない、または出来ない理由は、
「あなたが帰りたくないからか、それとも出口がどんなのだったか思い出せないのか。ってこと?」
「成長したな。そういう事だ。ただ、ひたすらに進んだことは覚えている。まだその時はこの世界を知らなかったからな。」
「どういうこと?」
「その時は、この世界が夢の世界で、俺はどれだけ長く感じても、目覚めれば一瞬だと思っていた。だが違った。だから、少しその時は後悔したよ。夢の世界を気になって探検した結果、俺は楽に死ねる方法を失ったんだから。…少し空気を悪くしてしまったな。済まない。だが、出口はきっとある。だから進み続けなければ行けない。ちなみに、さっきの答えは前者だ。後者だとしたら、それでも俺はお前を助ける為ならそれくらいやってやる。」
やっぱりどこか違和感がある。
さっきから彼の言っていることは少し矛盾みたいなものを含んでいる。
ただ、それは今明かすべきではない。
ベストなタイミングは、出口を見つけた時。
私は、そのメモを付け足した手帳を、また心の奥に封印した。
「分かった。とにかく行きましょうか。」
「その意気だ。」
そして、私と彼はその場を去ったが、私はその道でできるだけこの光景を頭に焼き付けた。
そうしてまた歩いてしばらく経った頃。
「ところで、あなたの本名ってなんなの?」
「そういえばはぐらかしてたな。名乗る必要もないと感じていたが、まあ、名乗ってもいいだろう。高槻賢正。それが俺の本名だ。」
「賢正ね。覚えたわ。それじゃ、賢正。前にあなたが夢の世界に迷い込んだ時のこと、できるだけ教えてくれない?」
「まあ、いいだろう。そうだな、あの時もこことそこまで変わらなかったな。ぼんやりとした輪郭、色彩。そして不思議と心地良さがあった。で、その時はここが夢の世界と何となく分かって、とにかく前に進んだ。途中で色んな物を具現化して食べたり、遊んだり、色々しながら歩いていると、出口があったそして、それに触れると現実に戻れた。」
「でも出口がどんなんだったかは分からないと…」
「そういう事だ。」
「とにかくじゃあ、ここからまっすぐ、まっすぐ行くことにしましょうか。」
「まあ、それ以外に方法はないからな。そうする他ないだろう。」
そうして、私たちはまっすぐ、ひたすらにまっすぐ進むことにした。
それは途方もない道のりだったが、なぜだか間違っている気はしなかった。
確実に出口に近づいている。そんな予感があった。
そして、どれくらい歩いたのだろう。1週間歩き続けたような、そんな気がする。
そして、ついに見つけた。
それは扉の形をしていたから、きっとこれが出口だと、私も彼も確信した。
「それじゃ、ここでお別れだな。」
「どうして?」
「どうしてって…言っただろ?俺はここから出る気はないと。」
「あのね、ずっと思ってたんだけど…」
「なんだ?」
ずっと思っていた疑問。
そして、それは確信を持って言い出せた。
「あなた、本当は生きたいと思ってるんじゃない?」
その一言に、彼は今までにない動揺を見せた。
「そ、そんなわけないだろ。なんでそんなことが言えるんだ。」
「だって、あなたわざわざ自分の家の周辺を見せたじゃない。あれって、普通はやらないと思う。特にあなたのような人なら。」
私は、彼のあの行動を彼の現実で見つけて欲しいというメッセージだと直感していた。
「そして、あなた自分から点滴で生きながらえようとしてることを言ったよね?あれって、本当はまだ生きる望みがあるかもしれないと、そう思っていたからじゃないの?つまりあなたは、心の底から死にたいとは思っていない。違う?」
その一言に、彼はやれやれと言いたげに
「ああ、その通りだよ。全く、もう戻らなくてもいいと思えていたのに。だが、このままじゃ俺は戻っても生きる意味はない。結局死を選ぶ方がいいと思わないか?」
「じゃあ、私が見つけ出す。」
「なんだと?」
「元々そのために、あの景色を見せたんじゃないの?まあ、友達にくらいはなってあげられるからさ。」
彼は少しうずくまって、これまたこれまでにないくらい大きな声で笑った。
「ははは!友達になってやるだと?全くお気楽なやつだな。だが、それもいいかもしれない。確かに今のお前なら、俺も心を許せるというものだ。」
「じゃ、あなたも帰るということでいいね?」
「ああ、おれはあの小屋で待つ。俺がくたばらないうちに来るんだな。」
そうして私たちは、そのドアをくぐり抜けた…
体が重く、目に入る光は少し痛く感じた。
どうやら本当に起きられたらしい。
ちょうど目の前に看護師の人がいて、大慌てで出ていった。
おそらく主治医に報告に言ったのだろう。
そして予想通り、主治医らしい男がやってきた。
「初めまして。竹岡一と申します。これまで今西さんの主治医を勤めていました。と、いっても半年も寝ていらしたので、治療はほとんどすんでいます。今日にでも退院手続きをしていいくらいです。一応検査等はさせていただきますが…」
「できるだけ早くお願いします。」
そう、早く彼を探さないと。
さすがに夢の記憶なだけあって、そう長くは覚えていられそうになかった。
すなわち、夢での記憶の消失が、そのまま彼の消失。
「分かりました。それでは、早速ですが…」
そうして、いくつか検査が始まった。
血圧を測ったり、歩けるかどうか試して見たり。
夢の中での歩行と違って重力があったが、元々そうだったので割と直ぐに慣れることが出来た。
そうして退院手続きまである程度済ませられたのは、結局翌日だった。
私は直ぐに家に帰り、支度を済ませながら、彼がどこにいるか調べようとした。
しかし、何を調べればいいのか分からなくて、どうしようか悩んでいた時、
「地図を使え、頭を使え。」
そんな彼の言葉が頭に浮かんできた。
言われたことはないけど、きっと言うだろうな。
そう思いながら、地図をとって、彼が居そうなところという直感と、あの記憶を頼りに探してみた。
すると、それらしい場所はいくつか絞り込めた。
しかし、そのいくつかのどれにいるかまでは分からなかった。
そうして思い悩んでいた時、あることを思い出した。
彼は両親を殺されているのだ。
そして、私はネットであるニュースについて調べ始めた。
そう、彼の両親が殺されたというあの事件。
さすがにニュースにはなっているはずだと思っていたが、大当たりだった。
そこに書かれていた場所と、私がそれまで絞り込んだ場所の中に、1箇所だけ一致しているところがあった。
私はその場所を目指して出発した。
目覚めると、夢の中で1度見た天井が見えた。
ああ、戻ってきてしまった。
少し後悔があったが、それよりも期待の方が大きかった。
さて、一体どれくらいでここまで来るのか。
半年後くらいか、いや、意外と1週間で着いてしまうのか。
とにかく、起きなければ。
ゆっくりと重力の戻った体を起こして、俺は点滴を外し、立ち上がれることを確認して、地下室を出た。
ついでに掃除もしてみるか。
そんなことを思い、期待を胸に準備を始めたのだった。
バスや電車を乗り継いで、ようやくあの草原へとたどり着いた。
しかし、流石に夢のことであったから、森の進み方は覚えていなかった。
あれから3日、急がないとまた彼があの夢の世界へと行ってしまうかもしれない。
焦りながら考えるが、意味はないと悟り、結局とにかく突っ込んで見ることにしたのだった。
久しぶりに掃除してみて、案外小屋が綺麗に片付いたので、少し機嫌が良くなっていた。
それにしても、一体いつ来るんだろうか。
すると、何故か彼女が近くにいるような、そんな気がしていた。
いやまさか、そんなに早く来るはずがない。
しかし、昔から感がよく当たる自分を疑いきれず、なんだかんだ1度外へ様子を見に行くことにした。
とりあえず森へ入ったはいいけれど、全くどこに進めばいいか見当がつかなかった。
直感で彼がいそうな方向へ進む。
急がないと。
その思いが私を動かした。
彼が私を救ってくれた。
今度は私が救わないと。
「あいつ、この森の進み方とか覚えてるのかな?」
あまりに不安で、つい独り言が漏れてしまった。
森の出方と入り方はよく覚えているので、あいつがいるとしたら…
そんなことを考えながら森を歩いていた。
そして、信じられない事がおこった。
目を疑った。
あの夢の世界で見た彼女が、今本当に目の前にいたのだ。
感を信じて進んでいると、とうとう私は彼を見つけた。
まさか出てきているなんて、いやそれよりも
私は彼を見つけて走り出して、抱きついた。
「賢正!」
「沙那!」
私たちは涙を浮かべながら互いに抱き合った。
そしてしばらくして、
「本当に来たよ。」
「まさかこんなに早く来れるとはな。」
「よかった、少しでもおくれたら、賢正がまたあの夢の世界に行くんじゃないかって…」
「さすがに半年は待つ予定だったぞ。本当に自分の感が怖くなるよ。」
そうしてしばらく笑い話をして、とりあえず小屋に行くことにした。
そして、私は自分の思いを伝えた。
「私と結婚してください。高槻賢正さん。」
彼は驚いて、直ぐにこう返してくれた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。今西沙那さん。」
お読みいただきありがとうございました。またいつかどこかでお会いしましょう。