セックスしないと出られない部屋に拉致られた学生、小田君と佐藤さん。二人はなんとかして部屋から出られらはしないかと奮闘するけれど、小田君の方は一人で黙々と、的外れな思考を深めていくのだった……。
 救えない人間は、セックスしたって結局救われないと思います。

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セックスしないと出られない部屋

 目が覚めたら四角形の真っ白な部屋にいた。壁が白い、床が白い、天井が白い、ベッドが白い、その他もろもろこの場にある物の全てが白い。自分の着させられている服まで白かった。同じ濃さの白だ、目が痛くなるほどの白一色だ。

 洒落ではなく、俺の頭の中まで真っ白になった。何がどうして、自分が今こんな場所にいるのか、まったく思い出せない。昨晩は早めに布団に入って、普通に寝たはずだった。なのに、起きたらこうなっている。訳が分からない。

「んぅ……」

「!?」

 突然人の声がして、俺は野良猫のように飛び退いた。

 ベッドは二つあって、俺が寝ていた側ではない方の、その白いかけ布団がもぞもぞと動いている。動くまで、そこに誰かがいるかもだなんて考えもしなかった。

「…………どこ? ここ」

 ベッドの上で身を起こしたその人物は…………同じクラスの佐藤だった。同じ学校の、同じ学年の、同じクラスから二人が……拉致られた? この白い部屋に? なぜ?

「あ、小田君だぁ、おはよぉ」

「お、おっ、おは、おはよっ」

 佐藤はまだ寝ぼけているらしい。そのせいで俺の挙動不審具合は通常の三倍となってしまった。いや、だって、クラスの女子のガチ寝起きを見ることが普通あるか? いや、無い。落ち着いていられる理由も、無い。

 正直、俺は何か特別な、俺の人生にとって最も重要な何かが、今から始まろうとしているのではないかという気がした。何せ俺は……俺は佐藤のことが好きなのだ。誰にも言ってないけど。しかしだからこそ運命を感じる。

 俺たち二人がここへ拉致られてきたことは偶然じゃない。だとすれば、必ず何か重要なことが起こるはずだ。それは二人にとってのピンチになるかもしれないが、しかし吊り橋を渡った先には、きっとワンダーランドが広がっている。それならどんなピンチだって乗り越えられ。

「えっ、あれっ!? 何ここ!? ちょ、なんで小田君が!? え、何これ!?」

 事態の深刻さに気付き始めたらしく、佐藤が飛び起きてペタペタと周囲の壁を触り始めた。彼女も俺とまったく同じ白い服を着させられている。

 そしてしばらく辺りを触れて回った佐藤が、青ざめた顔をして俺を見た。

「うそ……。私たち、閉じ込められてる……?」

 その「うそ……」というのは、「小田と閉じ込められるとか終わった……」という意味なのだろうか。いや、佐藤はそんなことを言う人じゃない。だから好きなんだ。いやそりゃ顔とか声とかそういうところも好きな理由としては避けられないところがあるけれども…………いや待てよ? 人間の本性は極限状態になって現れると聞く。今がそうなんじゃないのか? 今以外にそれはなかったんじゃないのか? 俺は今初めて佐藤の本性を見て、それが「小田と閉じ込められるとか終わった……」と言うような、俺の憧れる物ではなかったということだったんじゃないか……? そうだとしたら俺は……俺は……。

「あっ! 小田君見て、あれ!」

 俺が思考の深淵に落ちている頃、佐藤が何かを見つけたようで、俺の背後にある壁の高いところを指さしていた。何かと思って振り返ると……そこには真っ赤な文字で一行、こう書かれていた。

「……セックスしないと出られない部屋!? あっ」

 思わず声に出してしまって、あわてて口をふさぐ。が、時すでに遅し。恐ろしくて恐ろしくて、壁の文字を見たまま、もう佐藤の方を振り返ることが出来なかった。

 小田と閉じ込められるなんておしまいだ。そう思われても甘んじて受け入れるしかない材料が、これでもかと揃ってしまった瞬間だった。

「セックスしないと出られない部屋って書いてあるね」

「!?」

 佐藤が、佐藤が、平然と「それ」を読み上げた!? あまりの衝撃に俺は振り返ってしまった。けろっとした顔の佐藤と目が合った。

 俺が知ってる佐藤は、仲の良い女子がいかにエグい猥談を繰り出そうとも、いつも愛想笑いで誤魔化しているような女の子だった。それが今、さも何でもないように「それ」を読み上げた……! これが、これが極限状態での本性というやつなんですか!? だとすれば、俺はそういう佐藤も好きだ!

「書いてるなぁ……うん」

「だよね」

「…………」

「……………………」

 それ以上会話が進まなかった。

 実際笑えない話で、佐藤にとってこれは極限状態以外の何物でもない。ここに閉じ込められたまま野垂れ死ぬか、俺のような醜い男とセックスするのか、どちらにせよ「最悪」と呼ぶにふさわしい選択肢しか残っていない。なのに一方で俺は、佐藤とセックスしてここからも脱出出来るという、美味しすぎる選択肢がある。だからこそ佐藤にとっては地獄だ。

 向こうもそれが分かっているはずだ、だから俺のことが恐ろしい野蛮人に見えるだろう。この狂った密室の中の同居人に、いつ襲われるかも分からず怯えながら生きていく一分一秒の重さは、男の俺には到底理解など出来ない物だ。俺にとってここはせいぜい吊り橋だったとしても、佐藤にとってはこの世の生き地獄だ……。

 好きな人がそんな地獄の中にいると知っていて、隣にいるのに何も出来ないだなんて、俺は無力だった。

「……ど、どうする?」

 佐藤が切り出す。

「え? どうするって?」

「セックス…………する?」

「…………えっ!?!?」

 今耳に入った言葉が聞き間違いではないか、勘違いではないか、スーパーコンピューター並の速度で俺の脳が瞬時に一億回反復して確認した。……セックスをするかどうか聞かれたと考えて間違いないと思われた。

 なぜ!? なぜ俺に聞く!? 選択権が俺にあるというのか!? 俺が「したいしたい!」と言えば、二つ返事で了承されるのか? そんなわけがない。確かに俺が佐藤から「したい」と言われれば光より速く了承するだろうが、逆の場合はそうではないのだ。そうではないからこそ、この世には女性とのそういった行為に飢えた男たちが五万といる。俺だってそうだ。佐藤とはしたい、超したい、けれどそれが叶わないのは、佐藤が俺なんかとはしたくないからじゃないか。じゃなかったらこんな部屋に来なくたってとっくにしている!

 ……いや、本当か? それは俺がそうおもいこんでいるだけじゃないのか? だって実際俺は、佐藤にそういうことがしたいだなんて言ったことがないし、好意を伝えたこともない。当たり前だ、そんなことしたら跳ね除けられて辛くなるだけだから。……けれどそれが俺の思い込みだったとしたら? それが俺の思い込みだったからこそ、今佐藤は「する?」と聞いてきたのではないのか? 佐藤は……俺とするのが実は嫌ではない……?

 …………いや、待て、落ち着け、そんなわけはない。危ない、危うく俺は人間特有の「物事を、見たいようにしか見られない」という性質に飲み込まれてしまうところだった。そうだ、普通に考えろ、佐藤と俺では豚と真珠だ。俺の好意が受け入れられることは絶対にないし、セックスなんかなおさらのことだ。

 ならなぜ佐藤は俺に選択を迫ってきた? ……答えはそう、試しているんだ。俺は今試されている。その人間性を、危険度を、野蛮度を、試されているのだ。ここで「する!」と答えれば、俺は危険人物だと判断されることになる。

 そう判断されたらどうなる? 佐藤は何をするために俺を試している? ……そんなの決まってる、危険人物を早々に抹殺するためだ。佐藤が「小田とセックスすること」より「ここで野垂れ死ぬこと」を選んだ場合、しかし佐藤は今後この部屋でずっと、いつ俺に襲われるかを警戒しなければならなくなる。それはそうだ当然だ、元々佐藤とのセックスを拒む理由がない俺は、野垂れ死にに近付けば近付くほど、さらにセックスをする動機を強めていくのだから、それを警戒されないわけがない。

 だから危険そうならあらかじめ今のうちに殺しておく、そうでないならもうしばらく考える。佐藤はそういう考えのもとで、俺を試しているんじゃないか。優しい佐藤のことだから、いきなり殺すようなことはしないんだ、「試してくれている」んだ。よかった、俺はそれに気が付くことが出来た。

 そう、佐藤にとってここは地獄だろうだなんて、そんなことを言っている場合ではない。ここはいつでも、今すぐにでも、俺にとっての地獄に変わる可能性だってある場所なのだから。男だからというだけで主導権を握ったつもりになるなんておこがましい。

「さ、佐藤さん」

「うん?」

「俺はそんな、こんな状況だからって、そんなこと出来ないよ。佐藤さんだって嫌だろう? どうにか他に外へ出る方法を探して」

「でも、セックスしないと出られない部屋って書いてあるよ?」

「書いてあるけど! だって」

「佐藤君は私とするの……いやなの?」

「いや! あっ、違う、今の「いや」はそういう意味じゃなくて、いやそんなわけないだろうのいやなんだけど、あのだからともかく……俺は野蛮人じゃないんだ。こんなところに閉じ込められて、あんな文字が出たからって、それでその、そういうことをするようなことは」

「……私は小田君となら、いいかなって思ったんだけど」

「!?!?!?!? な、何がなにが何がなにが!?」

 童貞丸出しの反応をしてしまった瞬間、そのコンマ数秒後に、「しまった!」と気付いた。今、今まさに俺は、試された末に本性をさらけ出してしまったのだ。なるほど確かに今のは極限状態だった。

 終わった、殺されるんだ。でも佐藤がそうしたいなら、俺は死んだ方がいいのかもしれない。そうだついさっきにも、何も佐藤の力になれないと嘆いたところだったじゃないか。俺が死んで、佐藤が安心できるなら、それが俺に出来る唯一のことなんだ。

 好きな人に殺されて死ぬなら、本望じゃないか。よく考えたら俺は、仮に佐藤とセックス出来るのだとしても、佐藤の泣いてる顔なんて見たくはない。ならこの結末こそ、最もマシな終わり方だと言えるじゃないか。

「小田君……」

 佐藤の顔がものすごく近かった。髪からいい匂いがした。

「その……優しくしてね?」

 漫画で見た女暗殺者が、ベッドの上で男を殺すシーンを思い出した。俺は今からあれになるんだ。

 

 

 

 

 

 この部屋には時計がなかった。ブザーが鳴って、壁の一枚が裂けるように開いた時に、そのことに気が付いた。

 俺は、気付いたら童貞を卒業していた。いつ殺されるのか、いつ殺されるのか……と身構えていたら、全て終わっていた。この部屋はコンドームまで白色だった。

「気持ちよかったね……」

 うん、と答える自分の声が、他人に操られて出した物なのではないかと感じてしまうほど、俺の意識は上の空だった。

 セックスをした。画面の中には何百回と見た、頭の中では何千回と想像した、けれど実際に見たことは一度もなかったそれが、様々な生々しい全てが、自分のこととして起こったのだ。……なのにそれは、気が付いたら終わっていた。何が起こったのかは間違いなく全て覚えているのに、意識だけが取り残されてしまった。

 服を着た佐藤が、もたもたと準備する俺を待ってくれて、その手を取ってくれる。「行こ?」と言われて俺は立ち上がった。

「さ、佐藤さん」

「うん?」

 俺の声はひどく小さな物だった。セックスする前までは、あんなに大きな声で話していたのに。

「何で、俺に聞いたの?」

「何を?」

「その……するかどうかってこと」

 口に出して、俺は気付いた。

 そうか、佐藤は、彼女は優しい普通の女子高生だ。人の痛みが分からない野蛮人でもなければ、暗殺者でもない。人を殺すことなんてきっと出来なかったんだ。どれだけ自分が恐ろしい状況に置かれてしまっても、クラスメイトを手にかけるなんてことは出来なかったんだ。

 ならどうして彼女は俺を試した? ……あれは試したわけじゃなかったんだ。佐藤は、全てを諦めていた。佐藤の意思には関係なく、小柄な佐藤に比べて腕力だけは無駄にある俺が、結局は全てを決めてしまうのだと。どんなに嫌でも力ずくで来られては抵抗のしようがないから、だから初めから全てを諦めていたんだ。

 あの「する?」という言葉は、佐藤が覚悟を決めるためにあったやり取りだったに違いない。……それを「なぜ聞いたの?」なんて尋ねてしまった俺はクソだ。地獄を生き抜いた彼女に追い打ちをかけるような真似をしてしまった。けれど一度口にした言葉をなかったことには出来ない。

 佐藤は何でもなさそうな風に……優しい彼女はきっとそんな風をわざわざ装ってくれて、俺の質問に答えた。

「なんでって、私だけの意思でするわけにいかないでしょう? エッチはお互いの同意がないと」

「…………」

 愕然とした。ド正論だった。そのド正論が、彼女から言われるまでついに頭の中に出てこなかった自分に愕然とした。

 ……俺はクズだ。本物のクズだ。仮に俺が野蛮人ではなかったとしても、クズであることには変わりなかった。

 佐藤は俺のことを助けてくれた。この部屋から出られるのも、俺が童貞を卒業できたのも、全部佐藤のおかげだ。なのに俺は……意識を上の空にしているだけのクズ野郎だった。

 部屋を出た先にある世界が、今までのように佐藤へ密かな好意を抱くような、何も変わらない日常の世界であるのなら。今は、そんな世界が俺には、過ぎた物であるようにしか思えなかった。

「……てくれ」

「え?」

「ころしてくれ……」

「えっ……!? な、なにどうしたの急に、せっかく出られたのに」

「俺はクズだ……」

「えぇ……」

 横にいる佐藤を困らせてしまっているのに、俺は明るく振る舞うことが出来ない。落ち込みたいのは佐藤の方であるはずなのに。

「そ、その、ごめんね? 小田君の初めて、私なんかがもらっちゃって」

「こっちこそ、なんて謝ったらいいか……」

「いやいやいや! 小田君となら全然よかったよ。それにほら別に、私は初めてってわけでもなかったしさ」

「……え?」

 その言葉が、また俺の意識の全てを上の空へ飛ばした。

「あ、コロシテと言えばさ、見た? 大阪万博のロゴのやつ! あれ見た友達がさ〜」

 あれだけ付き合うことを夢見た女子が、俺の隣で笑っている。けれども彼女が何を話しているのか、その内容は耳の中を右から左へと抜けていってしまって、俺は相槌一つ打つことが出来なかった。

 


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