「午後五時三十分。夕闇迫る。我等、旦に紙を飛ばさんとす。つってね」
習ったばかりのことを使いたがるのは学生あるあるだ。
「旦に~す、ってどういう意味だったっけか」
雄太はそこまで成績が良くないので教えていると時間ばかりが過ぎていく。
「帰ってから体系古典文法読んで」
僕はそう言い放ち、窓を開ける。
南を向いた我が家は台風が来るとしばしば二階のベランダに近隣から物が飛来する。つまりは風の強い日にベランダから物を飛ばせばそこそこの距離までは飛ぶということだ。あとはそれを拾ってはその場所から風に乗せ、を繰り返すだけだ。
「寒くね?ちょっと学ラン取ってくる」
雄太がシャツをまくった袖から出た腕をさすりながらリビングへと降りていく。僕は一つ名案を思い付いて紙に一工夫加える。
「よし」
ちょうど出来上がったころに雄太がどたどたと階段を上がってきた。
「ん?あれ、紙は?」
「あ、こうしてみた」
僕は右手を背中の後ろから出して四、五回折った紙を雄太に見せた。紙飛行機だ。
「やっぱ頭いいな」
「僕の頭がいいのか雄太の頭が悪いのかは知らないよ?」
「ひでえ……」
あまり言うと雄太がかわいそうなのでこのくらいにしておく。
「とりあえず飛ばしてみよう」
僕はベランダに出て突き刺さる空気の冷たさを感じる。
「着陸を見届けてから取りに行ったほうがいいよな」
雄太が薄暗くなりつつある風景を見ながらそう呟く。
「まだ見える明るさだから、それでいいと思う」
僕はそう返して、紙飛行機を持った右手を上にあげる。
「よしっ」
一声放ち深呼吸。右手を一度後ろへ引き、勢いよく前へ。右手が伸び切る直前、親指を伸ばして紙飛行機を手から離す。
紙飛行機はピンと張りつめた空気を切り裂いて進んでいく。風に乗りながらも少しずつ高度を下げてついに地面に下りた。
「よし、行くか」
雄太が先陣を切って階段を駆け下り、その勢いのまま靴を乱暴に履いて玄関の扉を開ける。
距離にしておよそ百メートル弱。勉強の代わりに運動のできる雄太はどんどんスピードを上げてあっという間に紙飛行機のもとへたどり着く。僕は五秒ほど遅れてゴールイン。
幸いなことに紙飛行機に目立った損傷はなく、二回目もしっかりと飛びそうな雰囲気を出していた。
「だいたい町外まで五百メートルだからあと四回やればいい」
雄太がそう言ってもう一度構える。
「いや、けどさっきは二階から飛ばしたから百メートル飛んだだけで、次は恐らく飛んでも五十メートルだと思う」
僕はしれっと訂正し「よし飛ばそう」と促す。
「うおおおおお!飛べー!!」
雄太は無駄に力を入れ、紙飛行機は無事、足元に落ちた。
「貸してごらん」
僕は雄太から紙飛行機を取り上げ右手をすっと動かす。
紙飛行機は空気中を滑るように飛んでいき、少し前に着陸した。