「もう少し離れておくか……」
俺はそう呟きながら角を左に曲がる。どこに行こうか思案しながら曇天の空の下に足を回す。さすがの男たちも疲れの色を見せている。気配が少し遠ざかる。右手に最大手のコンビニがあることを思い出し、ギアを一つ上げる。瞬発力に重きを置いた男たちは持久力が足りない。その点、自慢になってしまうがシャトルランで百五十回をとったことのある俺に、この追いかけっこは分がある。なおも追いすがってくる男たちをさらに自転車のギアを上げて振り切り、コンビニに入った。
「あっ、やっと見つけた!!」
コンビニの敷地に入るなりアニメ声とでも言うべきか特徴的な声が耳に入る。俺の彼女――だったはずの人だ。もう彼女“役”でしかないことは分かっている。
「どうした?」
自転車を降りて店内に入るよう促しながらそう尋ねる。すると明莉は肩を寄せてきた。これまで幾度となく触れてきた明莉の肩。でも今日はこれまでのどんな時と比べても冷たく感じた。
静かにモーター音を鳴らす透明な扉を超えていつでも明るい、その場所に入る。
「あのね、実は私とある実験に参加していて……」
実験。
「これまで言うなって言われてたけど、さっき言いなさいって連絡があったから……」
「いや、いい。その実験については兄から聞いた」
すると明莉は目を見開いて「栄太くんが……」と呟いた。
「明莉が俺と付き合ったくれたのも、その実験の一部だってことも聞いた」
手のひらが、痛い。でも決めた覚悟は貫かなきゃ。それが漢ってもんだろう。
「もう、無理して俺と付き合わなくて……いいんだ」
躊躇いながら一つずつ言葉を渡す。明莉は静かに俯いた。天井の真っ白な照明に目が眩みそうだ。
「あのね……」
顔を上げた明莉は目の奥に強い光を宿していた。
「ちょっと前まで、演じてた。雄太君の彼女役になってた。でもね」
そう言ってまた俯く。さっきと違うのは少し髪の毛の隙間から見える耳が赤くなっていることくらいか。
「雄太君のことが本気で好きになっちゃったの」
何かでぼやけた視界の左端から緑色の制服を着た店員さんが出ていく。堪えきれない。
「っ!ゆ、雄太君っ!?」
「明莉と離れたいわけがない!」
力強く、でも優しく明莉を抱きしめる。明莉も遅れて俺の背中に手を回す。明莉の綺麗で髪の毛からいい香りがする。
「えっと……」
どれくらいそうしていただろうか。明莉の戸惑ったような照れたような声で我に返る。
「ほかの人もいるし、ちょっと恥ずかしいかな、って……」
身体を離すとさっきの比じゃないほど耳を、そして頬をも赤らめていた。
しばらく俺たちはお互いの目を見つめあっていた。
でもそんなロマンチックな時間は長く続かない。
自動ドアが開く音、つづいてどたばたという足音。俺たちがいる菓子パン売り場の前に足音が近づいてきて俺は思わず明莉を背にして足を大きく開く。
通すものか。