「ただいま~」
部活をしている雄太は僕より二時間くらい遅く家に帰ってくる。
「おかえり~」
母親は夜遅くまで仕事だ。冷蔵庫から適当におかずを取り出し、温めて食べる。テレビの中では芸人さんがドッキリを仕掛けられている。
「そういや今日、えぐくってさ」
鶏の照り焼きに箸をのばしながら雄太が口を開く。
「ん?何が」
「六人に告られた」
なんと。
「それ記録タイじゃない?」
雄太は口をもぐもぐさせながら頷く。心なしか困ったような表情をしている。
「三年ぶり二度目、っていってところかな……」
これがモテる男の苦しみか……。
「で、どうしたの」
「もちろん丁重にお断りしたよ」
鶏の照り焼きがまだ口に入った状態なのに雄太は間髪入れず、そう答えた。
「まあそりゃそうだわな」
「明莉を越える人なんていないよ」
そう、雄太には当然のごとく彼女がいる。完璧すぎるくらいの彼女が。
「明莉さんを越えたら相当だよ、確かに」
雄太がこれまでに告白された回数は僕が知っているだけでも五十回以上。その中で唯一選ばれたのが雪科明莉さんというわけだ。
「ところで栄太は?」
僕は麦茶に手を伸ばす。
「何が?」
「好きな人まだできないの?」
「ぐっ」
飲みかけていた麦茶を無理やり喉に押し込む。
「だからそれは前にも言ったろ?」
「少し気になったとしても好きになる前に諦めちゃうって話でしょ?三千回くらい聞いた――ごちそうさまでした」
「そういうことだよ」
すると雄太は食器を台所に運びながら言った。
「それがだめなんだって。言霊ってあるじゃん。それと同じで望んでるのに思ってないことは現実にならないって」
待ってくれ。日本が難しすぎる。
「つまりは?」
「イケメンだと思ったらイケメンになれるし、モテると思えばモテるってこと」
「イメージトレーニングをするってこと?」
「そうとも言う」
水の流れる音がリビングダイニングに響く。
「そういえばあれだね」
このまま雄太の恋愛指南を受け続けるのもなんだか癪なので、話を変える。
「お母さんの前でこういう話したらよく怒られてたよね」
「そういえばそうだね。なんだろう、お父さんがナルシストだったのかな」
「無きにしも非ず」
そう、僕らの父親はもういない。僕らが三歳の時に両親が離婚したからだ。だからお父さんの話をするときは確定で過去形の予想になる。最近習ったばかりの文語助動詞で言うなら過去推量と言ったところか。
「思ったもん、さっき」
「ナルシストじゃんって?」
雄太は僕の言葉の続きを引き取る。
「そうそう」
「いやいや。ナルシストは望んでいるんじゃなくて、勘違いしてるだけだから。言うなれば現実逃避の一種?」
ああ。そう言われると違うかもしれない。
「なるほどね」
雄太大先生にはいい話を聞かせてもらった。
「じゃあお返しに数学のテスト解説しようか?」
「ぎゃっ」
勉強の話となるとこいつは途端に弱くなる。そこがまた面白いところではあるのだが。