「ふぅ……」
落ち着け……。落ち着け、自分。
僕は数年前からずっと明莉さんというちょっと控えめで照れ屋さんの女子に片想いをしている。好きだという気持ちには気づいていたけれど、どうすることもできないまま一年が過ぎ、二年が過ぎ、あっという間に小学校を卒業するタイミングがやってきた。
明莉さんは周りの人たちに比べて飛び抜けて良い成績で、噂どおり私立の中学校に行くそうだ。
卒業三ヶ月前、友人からその話を聞いたとき「あ~やっぱり。逆に行かなかったらもったいないよね」なんて、平然とした表情を貼りつけて相槌を打ったけれども、内心ではかなり焦っていた。
でも……。自分に自信も無ければ、勇気も無い僕は一歩を踏み出すことができなかった。教室の黒板にかけられたクラスメイト全員で手書きした日めくりカレンダーの枚数はいつの間にか残りわずかになっていた。このままのらりくらりの自分の心に嘘を吐きつづけてもいいのだろうか。僕は脳を捨て、心で考えた。
「あのさ、今日の放課後ちょっと来てほしい場所があってさ」
そう明莉さんに告げたのが四時間前。
授業が終わってすぐ、僕は自転車に乗って坂道を登った。
もうすぐ授業が終わって五分が経つ。そろそろ明莉さんが来る頃だろう。
学校の西側にある小高い丘は知る人ぞ知る夕日スポットで仕事帰りに立ち寄る、なんて人もいる。そこまでメジャーな場所ではないため、ほとんど過疎っているが、それでも良いロケーションであることに変わりは無い。
「あ、先来てたんだね」
振り返ると自転車を押して上がってくる明莉さんがセミロングの髪を夕方の風になびかせていた。
「ご、ごめん。急に呼び出しちゃって」
「いいよいいよ。で、どんな用件?」
明莉さんのふわりとした微笑みを夕陽が照らす。
「じ、実は……」
膝が震えるのは気温のせいだろうか。
「前から明莉さんのことが好きです!僕と……その……付き合ってくれませんか?」
頭を下げると同時に目を固く瞑る。
「えっと……。実は別に好きな人がいて……。ごめんなさい!」
「……僕の方こそ、ごめんなさい」
目を恐る恐る開けてそう言うと明莉さんは慌てて手を動かした。
「いや、別に気持ちはすごく嬉しかったんだけど!!」
「いや、いいよ。明莉さんも頑張ってね」
僕は最後の力を振り絞って、明るく演じた。
家に帰ると雄太はまだ帰ってきていなかった。いつも授業が終わると同時に廊下をダッシュして家に帰るのに。
「ただいま~」
玄関の扉が開く音と共に雄太の声が聞こえてきた。
玄関の扉がバタンと閉まるや否や雄太はリビングに飛び込んできた。
「聞いて聞いて!!俺、ついに彼女できた!!」
……。
雄太は僕の様子にも気づかず喋り倒した。
「栄太のクラスに雪科さん、雪科明莉さんっているじゃん?前々から好きだったんだけど、さっき告ったらOKされたんだよ!」
え……。明莉さん……。
「雪科さんもなんか前々から好きだったらしくって、泣きながら『私も好きです』なんて言われちゃってさ~、ははは──ん?」
そこまで走り続けていた雄太が僕の様子に気づき急停止する。
雄太のとぼけた、でも整った顔が急に憎たらしくなって僕はその頬に開いた手を打ちつけた。