本編は下になります。どうかお楽しみ下さい
私には1つの部屋が充てがわれた。アハトはどうやら私を見るなり「そいつを敵に回すな」と警告をしたらしい。腐っても御三家と言った所か。それなりに人を見る目はあるらしい。
部屋は埃1つ残さず掃除されていた。ベットはホテルの様に寝転がれば底無し沼の様に沈むベットだった。余程私の機嫌を損ねたく無いらしい。正直なことを言えば、今すぐにでもこの城位なら消し飛ばすことは出来る。彼としてもしょうもないことで城を吹き飛ばされるのは避けたいのだろう。
部屋に防音結界を貼った。内部の音の一切を外部へ通すことは許さない。これでゆっくりと出来る。
「間桐は全員私が殺った」あんなことを言ったが実際の所、あそこから1匹だけ持ち帰った物がある。
リュックの中に手を入れる。
「ねぇ?マキリ?令呪を私に渡す気になった?」
取り出した四角い半透明の白い結界の中には黒い汚い蟲が1匹。握れ潰せば今にも死にそうな弱々しい存在。
「貴様あの男が欲しいのだろう?ならば幾らでも協力する」
その時、私の中で何かが切れた。
「それは……」
「魅力的であろう?分かったなら早くこの結界を―――」
今切嗣を穢そうとしたわね?
私は無意識の内に魔術を展開させた。その魔術は―――
「何だこれは?!体が重い。小娘貴様何をした!」
「さぁ?自分の胸にでも問い掛けたらどうかしら?当然の報いだと思わない?私がこの世界で誰よりも敬愛し、尊敬し、幸せを願う切嗣を穢そうとしたのよ?今貴方が感じているのはその罪の重さ」
「重力操作だと?貴様ァァァ」
「さぁ?反省して心身を捧げる覚悟で切嗣に詫びなさい」
「貴様を苗床にしようとしなければこんなことにならなんだのに、鶴野め。巫山戯たことを言いおって」
何でも聖杯を調べに行った時に鶴野とか言う穢らわしい女の敵が「爺さん、アレを俺にくれよ」と私を御所望したらしい。正直14歳、否体の年齢的に12歳に欲情して恥ずかしく無いの?と甚だ疑問である。
「そうね。確かにその鶴野とか言う奴が私を欲しがらなければこんなことになって無かったかもしれない」
結界に魔力を流し内側に針を作る。その針は徐々にその蟲を追い詰めていく。
同時に結界は私の手を離れ私の顔へと近づく。
「でも、どの道貴方は侵入者の私を始末する予定はあったでしょう?だからこれは貴方の力不足。全て貴方の所為?分かる?貴方が大人しくあの家でご隠居していればこんなことにならなかった違う?」
勿論、どの道何処かの御三家から聖杯戦争の情報を奪う為、何処かの家を襲撃するかもしれなかったが。
「小娘がァァァァァ」
蟲は精一杯声を張り上げるが何も出来ずにただ飛ぶだけ。
「ほら?早くしないと針がその体を貫くわよ?ね?だから早く私に貴方の家の令呪を渡しなさい。そうすれば聖杯戦争が終わるまでの命だけは保証してあげる」
その瞬間地獄に糸を垂らされた罪人が糸に縋る様に声を上げた。
「分かった。大人しく提供する。だから命だけは」
必死に懇願する。間桐も衰退した物だ。何の細工無しに永く生きれば魂は腐る。
「分かったはそうね。令呪は切嗣と同じ右手の甲にしようかしら。あぁ、でもいけないわ。私みたいなのが切嗣と並ぶ何て烏滸がましいにも程がある」
令呪。それは切嗣と一緒に
「胸に?いやだ。私ったら破廉恥だわ。切嗣にはアイリが居るのに」
その妄想は止まることを知らない。いや、仮にどんな刺客を送り込んだ所で止めることは出来ないだろう。
「小娘貴様魔術を解け」とボヤいて居る羽蟲が居たので魔術を解いたが、その過程で一切彼女は妄想を止めなかった。彼女にとって魔術は人で言う呼吸に過ぎない。
そして、童話においてお姫様を夢から覚ますのは王子様である。
ノックの音。彼女もこの時点では気付いて居なかっただろう。だが、彼女にとって次の情報を聴き逃す訳が無かった。
「ヌル。居るか?」
「切嗣ッ!?」
私は手を滑らして羽虫の入った結界を落とした。
いけない。こんな物を見られては趣味を誤解されてしまうかもしれない。蟲を飼う何て少女らしからぬ趣味を持っている等彼女自身が認めない。
「寝ているのか?泣いていたし疲れたのか?」
大急ぎで結界をリュックに放り投げ、リュックのチャックを閉じた。
そして彼女はベットから転移でドアに向かった。
「居るわ。少し荷物を整理していたの!」
「そうか」
「立ち話も疲れるし、ベットに座って話さない?」
「遠慮するよ。妻子持ちがそんなことをする訳にはいかないからね」
そうか。なら、こうすればいい。
「少し待ってね」
私はベットに向いリュックに手を入れる。中から折り畳み椅子と、折り畳み式の机を取り出した。
「これでどうかしら?悪いけど茶菓子は無いから話すだけだけど」
「分かった。それなら僕も部屋に入ろう」
私はベット側の奥の席。切嗣はドアの前の手前の席に座った。
「早速だが、君は何者何だい?ハルモニアなんて家名は聞いたことが無い。それにそんな魔術が有るのならアハト翁は僕では無く、君を雇う筈だ」
「流石切嗣ね。鋭い所を突く様だけど私はフリーの魔術師よ。ハルモニアなんて名乗っているけど生家の名前は愚か、出身地も知らないわ。だって両親の死体すら見た事も無いし」
私は他人事の言うようにペラペラと言った。この世界にもハルモニアは確かに存在する。だけど、こちらでは4代前に封印指定を受け、協会から追われた結果子孫を残せず途絶えている。
「それは悪いことを聞いた」
「気にしないでいいわ。もう14年も経つ話よ。今更聞かれた所で心に響く物は無いわ」
それに、私に親として呼べる人は居ない。居たとしたら私を育ててくれた切嗣ただ一人だろう。
「他に気になることは無いの?私に答えられる限りで何でも答えるわよ?」
「何故僕の味方をする。君なら単独でも聖杯を獲れる筈だ」
確かに、私なら英霊を倒すことも可能だろう。だが、違うのだ。私が欲しいのは切嗣の幸せ。だけど、その未来を得る為にはあの聖杯では不可能だ。
私は知っている。あれは汚染されている。仮に汚染を除去しても、あれは第三魔法の再現に特化している。切嗣の願いを叶えるのは不可能だろう。
私は切嗣に掌を向けて答える。
「切嗣の為よ?それ以外に何があるの?」
「それだ。その起点になる物が何か分からない。僕が知りうる限りにおいて君との面識は無い」
……残念ながら、この世界の切嗣とは私は面識が無い。
「そうね。確かに切嗣は知らないでしょうけど私は貴方が居なければここに存在して居ないわ。心を持つことも無いわ。きっと意味の分からない実験にでも使われて死んでるわ」
「なら、これは君の僕への恩返しの一種とでも言うべきなのかい?」
「そうよ。これは私の勝手な恩返し。貴方は偶然強力な武器を手に入れたのよ。おめでとう切嗣」
恩返し。そんな綺麗な物では無い。これは私のエゴの暴走だ。結局、私は普通の人間にはなれない。
「そうか。なら、君は僕の言う通りにするのかい?」
「そうよ?貴方が死ねと言えば今すぐにでも死ぬし、生きろと言えばどんな状況でも生き残ってみせるわ」
「そうか。なら、一つ命令していいかい?」
「如何様にもどうぞ」
「なら、自分を道具呼ばわりするのは止めてくれ」
その声は何処か怒りに震えていた。全く優しい人だ。切嗣は切嗣。その優しさは決して変わることは無い。
「分かったわ。じゃあある程度単独行動してもいいかしら?」
「分かった。許可しよう。僕達に害が出ないのなら好きにすると良い」
安心して良いわ。私は貴方に害成す全てを払う。例え世界が貴方の敵になっても私だけは貴方の味方で居続けるわ。と言ってもこんな小っ恥ずかしいこと言うことは出来ないけれど。
「分かったわ。あと、一つ質問していい?」
「構わない」
私は深呼吸をして、再度切嗣を見る。今は特に心臓が高鳴ることは無かった。
「何故私が私を道具呼ばわりすることについてあんなにも否定的に発言したの?あぁ、勿論貴方は否定するでしょうけどね。私は少なくとも貴方の感情の機微は貴方以上に分かるから」
「強いてその原因になる物があるなら、昔僕は意志のある者を道具呼ばわりする馬鹿に怒ったことはある」
「そう。分かったわ」
「僕はもう行くよ。アイリとイリヤを待たせているからね」
切嗣は立ち上がり部屋から退出した。二人が羨ましいな。私はそこに居られない。そこに居てはならない。
「切嗣は叶うならアイリさんと暮らす未来を見てみたい?」
「出来るなら見てみたい。けど、それは難しい話だね」
切嗣の目は何処か遠い所を眺めていた。それはきっと在ることの無い
そして、切嗣はドアを閉めて去って行った。
私がやることはさっきの切嗣の言葉で決まっていた。
「何の様だ?不満があったのか?ヌル・ハルモニア」
深夜の工房には一人の化け物と年老いたゴーレム。だが、その化け物の目は光が無い。体の所々が僅かに発光している。その光は魔術師なら誰もが知っている物だ。
化け物は少女らしい小さな歩みでアハト翁へと向かう。
「貴方は過去にアイリに無理難題を課した。そうよね?」
「何の事だ?」
その瞬間空気が凍った。試液は凍り、アハトの眉は凍り付いた。一帯が、外とは違う非生物的な銀世界に変化した。アハトは感じた。今自分は踏んではいけない地雷を踏んだのだと。
「経年劣化?それとも巫山戯ているの?悪いけど、私は今冗談を聞き入れてあげられる程余裕が無いわ」
アハトは確信した。答えを間違えれば自分は破壊される。思考しろ。人間はどういう時に怒る?そう言えば衛宮切嗣がかつてアイリスフィールを外に放り出した際に激怒していた。
「外に出して帰って来る様に命令したことか?それは耐久性の実験で―――」
「あら、分かってたんじゃない。だったら私がどうして怒っているか分かるわよね?」
確か、衛宮切嗣はアイリスフィールを外に放り出した際に何を怒っていた?
「アイリスフィールの尊厳を侵害したことか?」
「そうよ。物分りが良いのは良いことよ」
「何でもするだからこの工房だけは破壊しないでくれ」
アハト翁にとってこの工房は自らの存在意義。自らの命以上に大切な物。「守れ」と製作者に命じられ、先代から受け継ぎ続けた命令。
「条件は簡単よ。アイリとは別の聖杯の器を使用すること。器は私が用意するから鋳造しなくて大丈夫よ?」
「分かった。その条件を飲む。だが、器は何を使う気だ?」
アハト翁はかつて黄金の器を使い失敗している。
「貴方が第三次で使った物と同じ無機物の器よ」
「それで破壊されたのだぞ」
アハト翁は叫んだ。だが、化け物はそれを耳を塞ぎうるさいと言葉を使わずに語った。
「あら?そんなに私が用意する器が不満かしら?」
「前回失敗したのだ。信用出来る訳が無い」
化け物はアハト翁の肩に手を置いた。だが、それは優しい抱擁の様な安心感を齎す物では無い。むしろ、獣が獲物を喰らうために抑え付ける死の宣告の様な冷たさを持っていた。
「安心なさい。勿論外部にはしっかりと防御魔術を貼るからそう簡単に破壊されることは無いし、しっかりとサーヴァントの魂は回収出来る様に術式も組むわ。だから貴方は私の言う通りにすれば良いの」
アハト翁は化け物の背後に大量の魔法陣が展開されているのを視認した。そして、これが放たれることになればこの工房は崩壊すると。
「分かった。言う通りにする。アインツベルンの悲願は第三魔法の再現だ。アイリスフィールをどうしようと貴様らの勝手だ」
「一応、
そう言うと化け物は自己強制証明とペンを目の前に出した。そこには既に
束縛対象:ヌル・ハルモニア
ハルモニアの刻印が命ず。
各条件の成就を前提とし、制約は戒律となりて、例外無く対象を縛るものなり。
制約
ヌル・ハルモニアはアインツベルンの工房への故意の如何なる破壊行為全てをを禁則とする。
条件
・ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンはアイ
リスフィール・フォン・アインツベルンに自ら一生干
渉しない
・ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンは小聖
杯の器が如何なる物でも同意する
・ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンは今後
第四時聖杯戦争終了後、衛宮切嗣とその関係者に近寄
らない
アハト翁は急いで書き上げた。これで化け物に工房を破壊されるリスクは無くなる。これで安心出来ると。
「はい。良く出来ました。あとは好きにしていると良いわ」
そう言って化け物は魔術を解除し、静かに去って行った。
皆様お楽しみ頂けましまでしょうか。出来れば感想等を書いて頂けると幸いです。では、また次回お会いしましょう。