中世ヨーロッパのお話。
宮廷道化師のスタンチ青年は、王様や貴族など、高い身分の人たちに楽しい芸事を披露し、周囲に喜ばれていた。
ある日、そんなスタンチの下に王女が現れ、「自分の部屋に来て、歌や踊りを見せて欲しい」と頼まれる。

元々、自分が臆病者であることを隠すために道化師になったスタンチは、王女のすぐ傍で芸を披露することによって、そうした事実が知られるのではないかと不安になり、彼女の申し出を断ってしまうのだが・・・。

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昔、書いた小説です。
児童文学を書くつもりが、全然違う方向に行ってしまいました(´・ω・`)
当時は、精神的に疲れ切っていたせいか、その心境が作品にも出ているような気がする。

ちなみに主人公のスタンチ青年は、15~16世紀頃にポーランドに実在した宮廷道化師スタンチクをモチーフにしています。


ジェスター・スタンチの木

 ヨーロッパのとある草原に、二本の幹が絡み合うようにして立っている不思議な木があって、「ジェスター・スタンチの木」と呼ばれていました。

 ジェスターと言うのは、宮廷道化師のことで、その昔、お城の中で暮らしながら、王様や貴族など、高い身分の人たちに楽しい歌や踊りを披露していた人々のことです。 

 今から何百年も前のこと。

 この草原には、小さなお城が建っていました。

 お城には、王様や家来、兵隊などが暮らしていましたが、そんな中にもちゃんと、宮廷道化師がいたのです。

 彼の名前は、スタンチと言いました。

 スタンチは、てっぺんがとがって二つに折れ曲がったヘンテコな帽子に、全身にぴったりと張りついた、真っ赤なつなぎの衣装を着ていました。

 そんな、周りの人たちとまるで違う格好で、彼は毎日のように歌ったり踊ったり、時には芸ごとをして、みんなを楽しませていたのでした。

「スタンチの芸は、いつ見ても面白いなぁ」

「本当、本当。歌を歌っては、心にしみわたるキレイな音色。ダンスを踊れば、みんな楽しく愉快な気持ち。彼はなんてすばらしい道化師なんだろう」

 こうして、みんながスタンチのことを愛していました。

 けれども、スタンチ自身は、いつも寂しい気持ちでいっぱいでした。

「みんな、僕のことをほめてくれるけど、本当は僕は、いくじなしで、カエルひとつさわれない臆病者さ。みんながこのことを知ったら、きっとがっかりするだろうな」

 スタンチは、みんながほめてくれるのは、自分が道化師になっている間だけとわかっていましたから、いくじなしの自分を絶対に知られないようにしよう。

 そう、心に決めていたのでした。

 ある日のことです。

 この日はお城で舞踏会が開かれていました。

 スタンチは、いつものようにみんなの前で楽しい歌や踊りを披露したあと、中庭にある池のほとりで休んでいました。

 と、その時。

 彼の背後から、若い女の人が話しかけてきました。

「もしもし、道化師のスタンチさま。どうか私の話しを聞いてくださいまし」

 振り向いたスタンチは、声の主を見てびっくりしました。

 その女の人とはなんと、スタンチが仕えている王様の娘。つまり、お姫さまだったのです。

「スタンチさま。私はあなたの歌や踊りをいつも見てきました。あなたのおかげで、私は退屈な城の生活を、ずっと楽しく過ごすことができたのです。私はあなたのことが好きです。どうか一度だけ、私の部屋に来て、歌や踊りを披露していただけませんか」

 お姫さまのねがいに、スタンチは悩みました。

「私も、お姫さまのことが好きだ。でももし、お姫さまの目の前で踊ったなら、彼女は本当の僕が臆病者でいくじなしであることを見抜いてしまうかもしれない」

 スタンチはしばらく考え込みましたが、やがてお姫さまに向かって、こう言いました。

「お姫さま。私のような者に、そのようなもったいないお言葉をかけていただき、感謝いたします。しかし、あなたもご存知のとおり、私は宮廷道化師でございます。道化師というのは、偽りの姿を見せて相手をだましたり、間の抜けたことをしでかしては、呆れ笑いを誘うのが生業。そのような卑しい立場の者が、お姫さまのためだけに歌や踊りを披露するなどおこがましい。私にはとてもお受けすることはできません」

 そう言って、スタンチはお姫さまの申し出を断り、あろうことか、そのまま立ち去ってしまったのでした。

 それからというもの。

 スタンチは、相変わらず王様や貴族の人たちに芸や踊りを見せていましたが、なぜか、あの日以降、お姫さまの姿を見ることはなくなりました。

 一週間、また一週間。

 何日経っても、お姫さまはやっぱりスタンチの前に現れることはありませんでした。

「もしかして、僕が願いを断ったことを怒ってしまったのだろうか?」

 スタンチは少し不安になりましたが、それ以上は気にしませんでした。

 心の中では、誘いを断ったことよりも、いくじなしの自分を知られずに済んだことへの安心の方が、ずっと勝っていたからです。

 それから、一ヶ月ほど過ぎたある日のことでした。

 いつものように、スタンチが中庭で休んでいると、彼のところへ王様の家来がやってきました。

「スタンチよ、残念なお知らせだ。昨日の夜、お姫さまが亡くなられた。あのお方は、生まれた時から重い肺の病気をわずらっていて、いつ死んでもおかしくないお体だった。しかし、お前の歌や踊りを見ることで勇気をもらい、なんとか生き続けることができたんだよ」

 家来の話を聞いたとたん、スタンチは悲しみのあまり、その場に崩れ落ちました。

「ああ、そんな。何ということだ! お姫さまは、自分の命がもう長くないことを知っていて、それで僕に逢いにきてくれたのだ。それなのに僕は、自分の臆病でいくじなしの心を知られたくないばかりに、お姫さまの大切な願いを叶えてあげることができなかった!」

 たとえ亡くなっていてもいい。今すぐお姫さまにお逢いしたい。

 そう思った時、スタンチは立ち上がり。中庭からお城の中にある、お姫さまの部屋へと駆け出しました。

「お姫さま、今すぐお迎えにあがります」

 そう言って、彼は大きく重々しいドアを開け放ちました。

 部屋の中には、何人かの家来に見守られながら、ベッドの上に横たわる、お姫さまの亡骸がありました。

 お姫さまは、まるでスタンチが来るのを待っていたかのように、優しい顔で眠っていました。

「お姫さま、遅ればせながら、スタンチが参りました。さぁ、私と一緒に二人だけの宴を始めましょう」

 そう言って、スタンチは深く一礼したあと、お姫さまの亡骸を抱え上げました。

そして、家来たちが止めるのも聞かず、部屋を飛び出しました。

 彼は城門から外へ出て、城の裏に広がる野原にやってきました。

 空は少し曇っていましたが、ほんの少しの風に揺られた草木が、二人を出迎えてくれました。

 スタンチは、物言わぬお姫さまの身体を横たえた後、さっそく彼女が楽しみにしていた歌や踊りを始めました。

「お姫さま。僕が間違っていました。あなたにとっては、道化師の僕が本物かどうかなんて関係なかったのですね。あなたにとって、僕は自分を楽しませ、一日一日の生きる希望を与えてくれる存在に違いなかった。それならば僕は、この身体が朽ち果てるまで、あなたのために歌い踊り続けようではありませんか」

 眠り続けるお姫さまに、スタンチは優しくほほ笑みかけながら、踊り続けました。

 と、その時です。

 ふと、空にかかった雲の間から、ひときわ明るい光が差しました。

 スタンチは、その光で自分の身体が白く輝いていることに気づきました。

 お姫さまの身体も、同じように光り輝いています。

 スタンチは思いました。

「ああ、これはきっと神様のお力だ。神様が、僕たちに祝福の手を差し伸べてくれているに違いない」

 やがて、二人を探していた家来たちがやってきました。

 この時にはすでに、空からの光はおさまっていました。

 家来たちは、野原のあちこちを探してみましたが、どこを見ても、スタンチとお姫さまの姿はありませんでした。

 でも、家来たちは、それ以上心配はしませんでした。

 なぜなら、二人の姿は見当たらなかったものの、代わりに二つの幹が絡み合うように生えている、一本の木を見つけたからです。

 そしてその根本には、スタンチがいつもかぶっていた二本のとんがり帽子と、お姫さまが舞踏会に出る時、必ず身につけていた髪飾りが落ちていました。

「そうか。二人は互いに木になることで、ずっと愛し合うことを選んだのだ」

 以来、その木は城の人たちによって「ジェスター・スタンチの木」と名付けられ、大切に育てられることになりました。

 それから何百年経ったあとも、一度も枯れることなく大地に根を張り続け、今もなお、時々訪れる人たちを温かく見守り続けるのでした。

 

おしまい



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