犯罪多重奇頁 米花   作:ゴマ助@中村 繚

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作品への感想をどうもありがとうございます。
この場で失礼しますが、ネタバレやオリ鯖当てなどの感想には返信しない旨をここで連絡させていただきます。

だってね、当たっていたら「おおおおぉおう!」的な反応しかできないからね……。


死者の食卓04

 次に話を訊いたのは、編集者の根岸浩樹だ。彼は編集長である井本(いもと)と共に偲ぶ会に参加していた。

 

「私は水曜日の朝……ええと、8時を少し過ぎた頃に先生の自宅へ伺いました。連載の原稿を受け取りにです」

「何故、直接受け取りに? パソコンでデータのやり取りはしていなかったのでしょうか」

「先生の自宅はインターネットが整備されていなくて、パソコンもお持ちではなかったので。いつもはFAXで原稿を送っていただいていましたが、FAXが故障してしまい私が直接」

 

 安室の質問に根岸は記憶を掘り起こすようにゆっくりと答えた。

 根岸は神経質そうな面持ちの背の低い男だった。隣の井本もその日のことを覚えていたらしい、編集部に戻った根岸から聞いた那須野の状況を思い出していた。

 

「確か、先生とは直接会えなかったんだよね、根岸君。訪ねたら寝ていたと」

「はい。チャイムを押しても反応がなくて、家の鍵がかかっていなかったので失礼したら寝室で大きなイビキをかきながら眠っていました。幸いにも、リビングのテーブルの上に原稿が入った封筒があったので、それをいただいて失礼しました。自宅を出たのは8時半で、そのまま東京の編集部に出勤しました」

「これが、受け取った原稿が乗った来週発売の最新号です」

「ほう……ところで、テーブルには封筒以外の物はありましたか?」

「いいえ。テーブルの上には原稿だけでした」

 

 根岸の話が本当なら、那須野の死と大量の料理は水曜日の8時半以降にもたらされたこととなる。

 井本が見せてくれた那須野のエッセイが掲載されている美術雑誌は、彼の特集が大々的に取り上げられている。殆ど根岸君が主導して企画してくれたと、井本は自慢げに部下を持ち上げるが当の根岸は恐縮しっぱなしだ。

 謙虚なのか、それとも那須野の死を売り上げに利用した罪悪感でもあるのか。

 最後は、レストランオーナーの別府時哉だ。

 

「火曜日の午後ですね。自家用車で那須野さんの自宅に、時間は……いつ着いたかははっきりと覚えていませんが、夕方前だったので恐らく3時頃だったと思います」

「那須野さんを訪ねた目的は?」

「那須野さんのワインコレクションを譲り受けに。彼は素晴らしいワインを何本も所有していたのですが、処分したいと仰っていまして、うちの店で引き取らせていただきました。今日も何本か、那須野さんが好きだった銘柄を持って来ています」

「何故、那須野氏はそのような素晴らしいコレクションを処分する気に」

「医者に酒を止められたそうです。今までも止められたことはありましたけど、今回は相当きつく注意されたのかもしれませんね……全部持って行けって、たくさん積み込まれましたよ。その日は、日が暮れる前に急いでお暇しました」

 

 別府はお洒落で洗練された男であった。

 軽食を運ぶウエイターを呼び止めて、自身が持って来た那須野のワインをエドモンに一杯差し出したが、彼は丁重にお断りをした。じゃあ俺が、と小五郎が手を伸ばそうとしたら蘭に止められた。

 この親父油断ならねぇな、とコナンが陰で苦笑いをする。

 

「ところで別府さん。貴方、レストランのオーナーですが、ご自身は料理を?」

「はい。元はいち料理人でしたからね。今でもたまに厨房に立ちますよ」

「なら、冷蔵庫の中の材料を全て使って大量の料理を作ることも可能という訳ですね」

「は、はあ」

「別府さん……犯人は、貴方だ!」

「え?」

「ええ?」

「恐らく那須野氏は、ワインを手放そうとしたが土壇場で惜しくなってしまった。しかし貴方は那須野氏のワインコレクションがどうしても欲しい! そこで、料理で那須野氏を満足させられればワインを譲ると条件を出されて……」

「と、いうのは冗談ですね、毛利先生。翌日、水曜日に訪ねて来た根岸さんの証言では、テーブルの上に料理はありませんでしたから」

「それに、テーブルの上の料理には手をつけた形跡がない。舌を満足させるために料理を拵えたのなら、食べなければ意味がないのではないだろうか、毛利探偵」

「……そうそう、冗談。ほんのジョークです!」

 

 安室とエドモンに挟み撃ちにされておどけた小五郎だったが、きっとこのおっちゃんは本気で推理してこの結論なのだ。実情を知っている者からしてみれば、呆れるか別府のようにポカンとする反応をするしかないのである。

 

「別府さん、急いで那須野氏の自宅を出たと言っていました。何故?」

「空模様が怪しくなってきていましたから。その日は、長野から群馬にかけて大雨警報が出ていましたからね。7時ぐらいから大粒の雨が降って来て、雷で停電した地域もあったみたいです」

「ありがとうございました」

 

 これで生前の那須野を訪ねた3人の証言は全部だ。

 ひとみの後の来客順は、紺野→別府→根岸で、それぞれが那須野から物品を受け取って持ち帰っている。

 

「魔女よ、探偵助手よ、3人の証言を時系列に整理して書き出してくれ」

「はいはい。ちょっと待ってね。何か紙とペンをもらって来るわ」

 

 エドモンに指示されたジャンヌは、紺野邸のスタッフに話をして小さめのホワイドボードを引っ張って来た。

 来客たちの証言と時系列、それぞれが持ち帰った物品を、デフォルメした当人たちの似顔絵付きで丁寧に書き出していく。似顔絵がなかなかに上手い。

 

「オルタさん、日本語を書くのもお上手なんですね」

「ええ、勉強しました。日本の漫画やアニメでね」

「勉強家なんだ。手伝います」

「どうもありがとう」

 

 蘭も加わり、ホワイトボードの上には様々な情報が書き連ねられていく。

 一方コナンは、少々気になったことを調べるため、立香のジャケットの裾を引っ張って子供らしい声を出した。

 

「ねえ、立香さん」

「どうしたの、コナン君?」

「何でエドモンさんは、あのお姉さんを「魔女」って呼んだの? お姉さんの名前って「ジャンヌ」だよね、だったら……」

「ジャンヌだったら、聖女と呼ばれた方が正解と言いたいの?」

「っ!」

 

 コナンの疑問を、いつの間にか彼の背後に現れたジャンヌ本人に言い当てられてしまった。

 

「う、うん。ジャンヌ・ダルクって、聖女って呼ばれた歴史上の偉人なんでしょう」

「確かに彼女は「ジャンヌ」だけど……コナン君は、シェイクスピアって作家さん知っている?」

「うん、学校の図書室で読んだことがあるよ」

「そのシェイクスピアの作品に『ヘンリー六世』っていう劇があってね、その作品には魔女のジャンヌ・ダルクが登場するんだ。ジャンヌは以前、その劇で魔女のジャンヌ・ダルクを演じたことがあってね。それがあまりにもはまり役だったから、エドモンは彼女をあだ名で「魔女」って呼ぶんだ」

「へ~そうなんだ」

「「聖女」と呼ばれるよりずっと素敵な呼び名だわ。私は聖女なんて性格じゃないもの。ほら、できたわよ」

 

 咄嗟に無知を装ったが、イギリスの敵として描写されたジャンヌ・ダルクが由来なら、確かに「魔女」と呼ばれるのも納得できる。

 ジャンヌ・エリス・オルタはフランスからやって来たと言っていた、エドモン・ダンテスも恐らくフランス人……日本に来る前から、2人は面識があったのか。

 少しの探りを入れたところで、本題に移ろう。

 

〇月曜日

紺野大策(那須野の幼馴染、実業家)

・滞在時間:午後2時過ぎ~午後3時

・那須野に呼び出され、お礼として彫刻を受け取っている

・来る途中に参道ひとみの車とすれ違った

〇火曜日

別府時哉(レストランオーナー)

・滞在時間:午後3時頃~日が暮れる前

・那須野からワインを譲り受けた

・大雨を警戒して日が暮れる前に山を下りた

〇水曜日

根岸浩樹(編集者)

・滞在時間:午前8時を少し過ぎた頃~午前8時半

・那須野のエッセイ原稿を回収した

・那須野は寝室で寝ていて、テーブルの上には原稿だけ置いてあった

 

『ん……っ、そうか! だからあの人は料理を並べたのか』

 

 コナンの中の記憶と、ホワイトボードの情報が合致して一つの真実が構築される。

 やはり那須野の死は他殺だ。犯人は殺意を持って那須野を突き飛ばし、テーブルの上に料理を並べたのだ。

 ちらりと視線を移して周囲を確認すると、安室もこの事件の真実に気付いたように笑みを浮かべている。エドモンは煙草を咥えながらスマートフォンを手に、何かを確認しながら立香と話をしている。

 この場にいる探偵たちは、既に真実にたどり着いたのだ……ただ1人を除いて。

 

「うーむ……まさか、根岸さんが見た那須野氏さんは犯人の偽物で、根岸さんが帰った後で料理を……」

『駄目だこのおっちゃん。全然気付いてねぇ。いつもなら麻酔銃で眠らせて、眠りの小五郎にするところだけど……』

 

 今日は安室がいる。

 黒組織が一員、探り屋・バーボンこと安室透。

 またの名を、公安警察の潜入捜査員、降谷零。

 彼の前で「眠りの小五郎」を登場させればコナンの正体に気付かれる恐れがある。

 それに今日は安室だけではない。『カルデア探偵局』……正体の分らぬ組織がいる場で、コナンが推理するにはリスクが高い。

 

『こうなりゃ、ヒントを出しておっちゃん本人に気付いてもらうしかねーな』

 

 見た目は子供、頭脳は大人な名探偵も大変なのである。

 




某赤のキャスター
「何ですと、吾輩の作品になぞらえて爆弾の犯行予告の暗号文が作られたと……なにそれ、超面白い」
※コミック71巻参照

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