今までで最も大きな爆発が起きた。
嵌め殺しの窓ガラスが吹き飛び、ビルの中からは黒煙と共に炎が噴き出てくる光景に小五郎は絶句した。
「警部! まさか蘭は!?」
「落ち着け毛利君! あそこは蘭君のいるところとは違う場所だ!」
「……安心しろ。アンタの娘が吹っ飛ぶまであと15分もある」
「貴様ぁ!」
爆発の現場に連れて来られた森谷は、この凄惨な光景を目にしても怯みもしなければ罪の意識に苛まれる様子もない。ただ、爆発が起きる度に愉快そうに喉を鳴らすだけだ。
当然、小五郎が問い詰めて爆弾の停止方法を聞き出そうとしても、決して口を割らなかった。
「あれは特殊な爆弾でな。例え解体できても、最後の一本が運命を分ける……最後の一本が、な……っ!?」
森谷が殴り倒された。
殴ったのは小五郎ではない。肩を震わせて両の瞳に怒りの炎を宿すジャンヌに殴られたのだ。平手ではない、拳である。
サリエリに宥められていなければ、更に何発も殴りかかってきそうな気迫だった。
「本当は! こんな一発じゃ気がすまないわ! 心ゆくまで
「落ち着けエリス!」
「よくも、立香を巻き込んでくれたわね! あの子の邪魔をしてくれたわね!」
「……ふっ、ふふふふふ……父親の愛、友人の愛。愛ほど、不確かで揺らぎ易いものはない。愛が存在したら、完璧な美は損なわれてしまう」
左右対称の美しさを理解せず、土壇場になって暖炉の増設を要求してきた。
いつか息子家族に屋敷を譲り渡すまで住み続けられる屋敷にしてくれ、デザインは二の次だと言っていた。
やはり父親の方が良かったと、吐き捨てられた。
子供たちのために要らない柱とテラスを増やしてくれと言ってきた……愛する家族のため、愛しい日々を刻む背比べの柱なんぞを作れと言ってきた。
親だから、愛しているから、貴方のことを想っているから口を出す。親しかお前を窘めることはできないのだ。
愛は美しくも醜い。
不完全で、不安定で、不規則で、何もかもがあやふやで曖昧だ。愛しているから、家族だから、大切だからと、中身のない言葉を延々と繰り返している様は愛という言葉に気持ち良く酔っているだけだ。
勿論、恋もそうだ。
均衡を崩す、完璧な人生を狂わすバグにしかならないのだ。
「建築には、美には、愛は必要ないのだよお嬢さん……人生にもな」
ジャンヌに殴られた頬を痛がる素振りも見せず、都会の夜空を見上げる森谷はそう呟いた。小五郎とジャンヌを嘲笑しているのか。それとも、哀れと思っているのか……愛を抱かぬ犯人が、恋人たちを引き裂く
広場に立つ時計塔の針は、もうすぐ午前0時に到達する。
爆弾のカウントダウンに振り回される時計じかけの摩天楼では、黒いコードが切られようとしていた。
「よし、何とか間に合いそうだ。後は残りの黒いコードを切れば、タイマーは止まる」
「黒いコードね……し、新一! 黒いコード切ったけど止まんないよ、タイマー。そ、それに……コードはまだ二本残ってるよ! 赤いのと、青いのが」
「な、何だって?!」
設計図を何度確認しても、赤と青のコードはどこにも書かれていない。コナンの手にある設計図では、先ほど切った黒のコードで最後のはずだ。
まさか、わざと設計図を奪わせたのか?
工藤新一を罠に嵌めるために、設計図には二本のコードを
「どうする? 二本とも切っちゃう?」
「バカヤロー! 片方はトラップだ! 切った瞬間に吹っ飛んじまうぞ!!」
「そ、そんな……!」
赤か青か……一体、どちらを切れば爆弾のタイマーは止まるんだ?
もう、時間がない。
コナンが焦りながら設計図の隅から隅まで凝視していると、広場の時計塔が午前0時を告げた。クラシカルな低い音を響かせながら、日付が変わったことを知らせたのだ。
爆発まで、あと3分。
『あと3分か……くっそォ! どっちだ? どっちなんだ!?』
「……新一」
「あん?」
焦りの余り乱雑な返しをしてしまった。だが、蘭の声は、この切迫した状況の中でいやに落ち着いていて、穏やかな声をしていた。
否、無理に落ち着こうとしているだけだった。
この瞬間に言いたかった言葉。これが、最期なら……どうしても伝えたかった言葉を、新一に心配をかけさせまいと無理に絞り出したのだ。
「ハッピーバースデー、新一」
5月4日は、新一の誕生日だから。
「だって、もう……もう、言えないかもしれないから」
祝福の言葉。
誰かを想う言葉。
それは、最期の愛の告白よりもずっと、ずっと愛しい……何物にも替えられぬ、蘭からのメッセージ。
また、どこかでビルが崩れた。五階のフロアが揺れ、天井からはパラパラと土煙が落ちて来る。
膝を付き、歪んだ非常ドアに背を預けたコナンは、新一として蘭への言葉を絞り出す。
彼は、この瞬間……一体、何を思ったのか?
「……切れよ」
「え?」
「おめーの好きな色を切れ」
「でも、もし外れてたら……」
「かまやしねーよ。どうせ時間が来たらお陀仏だ。だったら、おめーの好きな色をさ……」
「で、でも……」
「心配すんな。おめーが切り終わるまで、ずっとここにいてやっからよ……」
それは、最期の愛の告白よりもずっと、ずっと愛しい……何物にも替えられぬ、新一の覚悟。
「死ぬ時は、一緒だぜ」
「新一」
二人を隔てる一枚の扉。江戸川コナンという偽りの姿に、阿笠博士が発明した蝶ネクタイ型変声機。
そんな壁があるはずなのに、確かにこの瞬間……2人は繋がっていた。新一を想う蘭の言葉と、蘭を信じる新一の覚悟は、たとえ触れ合えずとも確かに通じ合っていたのだ。
前座の爆弾が、最後の爆発を起こした。残るはトリだけの言わんばかりの爆発で五階フロアの天井が大きく崩れて瓦礫が落ちると、非常ドアの前にいる2人を引き離してしまった。
爆弾と携帯電話だけを手にした蘭は瓦礫から逃れ、残り2分を切った爆弾を見下ろした。瓦礫に埋もれて、新一の声が聞こえない。電話も鳴らない……自分の手には、ハサミがある。
彼は、赤い色が好きと言っていた。
今月は、2人とも赤がラッキーカラーだった。だから、赤い糸を題材にした映画に決めた。
蘭の視線の先にある紙袋。友人たちが一緒に選んでくれた、誕生日プレゼントの赤いポロシャツ。
「……うん」
決めた。
赤か青、どちらを切るか決めた。
一方コナンは、瓦礫の雨から退避した際にスマートフォンを紛失してしまっていた。蘭の声も聞こえず、されど時間は刻々と迫っている中で、救助隊がやっと五階に到達したのだ。
「駄目だ。削岩機の用意だ!」
「はい!」
「今日は結婚記念日だってのに……こりゃ、ゆっくり味わえそうにないな」
「え?」
救助隊員の呟きに、森谷の言葉が脳内に繰り返される。
3分間作ってやった。そうだ、何故、午前0時3分という半端な時間を爆発の時刻に設定したのか。日付変わって本日は、新一の誕生日だ。たった3分間の誕生日を味わえという意味だったのだ。
『待てよ、確かあの時……』
ガーデンパーティーでギャラリーに招待された際に、森谷は蘭の口から新一の誕生日を聞いていた。だからこそ、あの爆弾を作製したのだろう。
でも確か……あの時の蘭は、他にも何かを言っていなかったか。
「彼、わたしと同じで赤い色が好きなんです。それに、5月は2人とも赤がラッキーカラーで……」
ラッキーカラー。
幸運の色。
身に着けていると幸運が訪れる。いざという時に、選ぶ色。
『ヤ、ヤバい!!』
赤と青。どちらかを選ぶとしたら……。
「らあぁぁぁん!! 赤は罠だ! 青を切れ! 赤を切っちゃいけねぇ!!」
森谷はここまで想定していたのか。設計図にないコードの出現に、新一は蘭にどちらかを選ばせると読んでいたというのか。
赤は蘭の好きな色だ。そして、彼女と新一のラッキーカラーだ。
赤と青、蘭はどちらを選ぶのか?
あまりにも厭らしい、蘭の尊厳を踏みにじる
爆発まであと1分もない。
再び瓦礫の雨がコナンに襲い掛かり、小さな身体は救助隊員に抱えられて無理矢理避難させられる。声の限り叫び、蘭の名前を呼んでも崩壊の轟音にかき消されてしまった。
爆発まで、残り30秒。
蘭はハサミを手に、赤と青、どちらかのコードを切るか決めた。
爆発まで、残り20秒。
ゆっくりと腕を伸ばし、一本のコードにハサミの刃を添える。
爆発まで、残り10秒。
大きく息を吸って、目を閉じて……最後のコードを切った。
『さよなら……新一……!』
「蘭っ……!」
パチン―――
時計の針が、午前0時3分を刻んだ。
深夜の空に一瞬の静寂が走る。
サイレンも、消火の水流も、燃え続ける爆炎も、残された者たちの悲鳴も、あらゆる音が消失したかのような静寂が続き……午前0時4分へ、時が進んだ。
爆発は起きていない。最後の、高校生探偵への最期の誕生日プレゼントになるはずだった悪趣味な花火は、打ち上がらなかったのだ。
「……あ、ああ……ば、馬鹿な……!」
絶句する
蘭が解体した爆弾は、爆発まで残り2秒でタイマーが止まっている。真っ直ぐ残るのは赤いコード。彼女が切ったのは、正解の青いコードだったのだ。
「蘭ちゃん!」
「オルタちゃん」
「怪我していない? 無事?!」
「うん、大丈夫よ」
午前0時21分、蘭を始めとした人々は崩壊した米花シティビルから救出された。
蘭が無事に救出されると、真っ先にジャンヌが駆けよって彼女の無事に安堵の声を漏らす。小五郎も思わず号泣していたが、今はマスコミに囲まれて立派に「名探偵」をやっている。眠りの小五郎が矢面に立ってくれれば、この事件に工藤新一の名前が大々的に出ることはないだろう。
新一は――コナンは、今日で17歳になる。が、身体は小学生のままだ。蘭が抱き締める赤いポロシャツがぶかぶかのままである。
「コナン君!」
「え……立香さん! 清水さんも。無事だったんだね」
「うん。安室さんが助けてくれたんだ」
「良かった」
「コナン君は、1人?」
「さっきまで新一兄ちゃんがいたんだけど……いつの間にか、いなくなっちゃったんだ。また事件を追って、どっかに行っちゃったんじゃないかな」
「ニャー?」
「安室さんも、いつの間にかどこかへ行ってしまいました。まだ、お礼を言っていなかったのですが」
偶然にも巻き込まれた『カルデア探偵局』の2人も、怪我もなく無事に救出されていた。プルートーを肩に乗せたエドモンに付き添われた被害者たちは、まさか自分たちが調べていた屋敷の建築家が犯人だとは思っていなかったようである。
風見を始めとした公安の刑事たちに連行される森谷を――目の焦点が合わずに、呆然とした抜け殻でパトカーに押し込められる犯人の姿を目にした立香が、先ほど驚きのあまり絶叫していた。
「コナン君、立香さん! みなさん、新一を見ませんでしたか? 折角プレゼントを買って来たのに、いなくなっちゃって」
「さっきまでいたんだけどね。どっか行っちゃったんだ」
「もう! あいつったら」
「そういえば。新一兄ちゃん、不思議がってたよ。蘭なら絶対赤いコードを選ぶと思ってたのに、何で青いコードを切ったんだろうって」
「……だって、切りたくなかったんだもん」
蘭は『赤い糸の伝説』の看板を見上げる。オールナイトで観るはずだった映画の看板は、奇跡的に無傷の状態で残っていた。
「赤い糸は、新一と繋がっているかもしれないでしょ?」
照れ臭そうに立てられた右手の小指には、当然、何も繋がってはいない。でも本当に、目には見えない運命の赤い糸があるのだとしたら……蘭の小指と繋がる赤い糸は、一体誰に、繋がっているのか。
新一の右手の小指に、繋がっているのか。
「……ハハハ、クハハハハハハハ! 知人の作家に事の顛末を語れば、彼らは一体どう評するだろう。甘ったるい陳腐だと一喝するか、
愛とは、恋とは、完璧な人生を狂わすバグである。その通りに、蘭の恋心が犯人の完璧な計画を狂わせたのだ。
恋とは、美しくあり醜くあり、眩しくあり愚かであり、悦びであり哀しみであり、快楽であり苦痛であり、満たされるものであり渇くものであり……様々な矛盾した概念に溢れた混沌乱雑な感情である。
それ故、誰も予測も観測も、何もできない。対策もできないし、ましてや出し抜こうなんてことだってできない。
乙女の恋心なんて。無敵の恋する乙女に勝つことなんて、できるはずがないのだから。
【個人的改変点】
その⑨(続き)
駆け出しの新人の頃。名も売れておらず、この人ならシンメトリー!という評価もない。
ちょっと賞を取っただけの建築家。
若さ故に仕事を選べず、場数を踏むしかない。場数の中で、様々な依頼人の要求を飲んで、自尊心に唾を吐き捨てられて、最も嫌悪する家族愛なんぞに完璧なシンメトリーを崩された。
挙句の果てには、父親と比べられた……。
映画本編のおっちゃんの推理はへっぽこ推理扱いされていたけれど、実は両親に手をかけたのは真実だったのでは?という考察があるのを踏まえ、立派な両親との間に何かがあったのかもしれない。
それこそ、人生に愛など不要と言い切るほどの何かが。それを踏まえて、不気味な犯人を演出してみました。
でも、そんな犯人が敗れたのは、よりにもよって一番嫌悪していた愛……巌窟王の言った通り、蘭の恋心に完全敗北したのです。
誰かの感想でも目にしたのですが、この映画自体が新一(コナン)と蘭の最大級のラブコメと語られていました。やはり、コナンは基本ラブコメ。ラブコメしか勝たん。
恋する乙女は最強なのです!
と、いうことで!長々と続きました『時計じかけの摩天楼』編、もとい原作介入編の読了どうもありがとうございます!
本当、原作沿い苦手マンなのによくやったな!私!
至らぬところもありましたが、新一と蘭とラブコメと、あのタイミングで米花のライダーの覚醒をやれて満足です!やっと真名判明したよ……時間かかっちゃったな。気付いたら100話到達しちゃいました!
この後、後日談を書きたいと思っていますので、それに続いて米花のライダーのマテリアルを投稿予定です。
ありがとうございました。