本日の午後の予定は、先日の放火事件の報告のために阿久津氏を訪ねた後に物資の買い出しである。
サリエリと影の中のアンリマユと共に仕事を終え、買い出しのために街をぶらついていたら、下校途中のジャンヌと清水――家茂と出会った。
「あれ、2人で下校って珍しいね」
「偶然、校門前で会ったのよ。今日、蘭ちゃんは部活だし、園子ちゃんも世良ちゃんも用事があってすぐに帰ってしまったから」
「マスターとサリエリさんは、買い出しでしたね。お荷物、持ちますよ」
バイト高校生としては非常に気が利く発言であるが、上に立つ者としては恐れ多い申し出である。
ブレザーの制服に身を包んだ小柄な少年が、かつて日本を治めた徳川将軍が1人であるとは誰が思うだろうか。真名を取り戻した家茂は、自身が徳川将軍であるということをはっきりと自覚したが為政者として振舞うことはなかった。
今でもきちんとバイトの立場に重んじて、清水慶として高校生活を送り、こうして立香のサーヴァントとして活動している。
「何だか、上様にエコバッグを持ってもらうのは恐縮だな」
「今はマスターのサーヴァントであり、アルバイトの立場ですから。今までと変わらず、お茶も淹れますしエコバッグを持ちますよ」
「為政者としては褒められぬが、若輩者としては殊勝な態度だな」
「本当にコイツ、教科書に出て来る将軍なのかしら」
「僕は将軍としては何もできずに没しましたから、精神性が若い未熟者のままなのでしょうね。これで長生きをして、老獪さでも身に付けていればもっと為政者然とした行動も取れたかもしれませんが」
「いや、家茂君はそのままでいい。そのままでいて」
「はい」
若く、優しく、勤勉な少年将軍としての彼は、「清水慶」であった時とあまり変わりがない。
ある意味、これが民衆が望む英霊としての「徳川家茂」像なのだろう。真名を忘却していた頃と本質は変わらないのだ。
買い出しのために米花町商店街を歩いていると、ジャンヌが雑貨屋の前で足を止めた。可愛らしいファンシー雑貨を揃える店先にはプリクラの機体が設置されている。女子高生で賑わう時間帯のはずだろうが、特に誰も並んではいなかった。
「これは……殆ど世代交代して、逆にレアになった二世代前の機体! 地方のゲーセンぐらいでしかお目にかかれない物が、まさか米花町に?」
「レアなの、これ?」
「この世代だけのレア背景があるのよ」
「プリクラ、詳しいね」
「当たり前よ。こっちは潜入調査とは言え、全力でJKやっているんだから! 撮った数なら、あのケモノ耳自称JKやキラキラパリピギャルにも負けないわ。アイツだって、ここまでJKライフを満喫できないでしょうに」
「撮って来なよ」
「アンタも一緒よ! 天下のJK様に1人で寂しくプリクラを撮らせる気?」
「え? なら、みんなで一緒に……」
「結構だ」
「お邪魔しませんので」
ジャンヌは財布の中の小銭を確認しながら立香の腕を取る。サリエリや家茂を誘ってみたが、丁重にお断りされたのでジャンヌは立香を引っ張ってプリクラの中に消えた。
「すっげ! 今のプリクラって、スマホに送れるの? SNSにもアップできるんだ。盛り凄! 逆に怖くない? この黒目の大きさ……!」
「この間まで高校生だったのに、知らないの?」
「卒業式とか行事の打ち上げに撮りに行くってタイプじゃなかったから」
「なら、今度は最新の機種をレクチャーしてあげる。ちょい盛りモードにしましょう。たっぷり盛って楽しむのは友人同士で撮る時だけよ。自分の似顔絵を似ているとか可愛いとか、そんな風に盛り上がるために小顔にしたり目を大きくしたりするの。ああ、でも、マスターのその短い脚は長くしてあげる」
「俺の脚、こんなに長くなるの? エドモンにも負けてない!」
背景は、この世代だけに搭載されているレア物こと、事件現場の背景だ。コンクリートの地面には白い線で人型が描かれ、KEEP OUTの黄色いテープが縦横無尽に伸びている。
ちょい盛りモードでも実物より目を大きくして肌を白くして脚を伸ばして、ついでに顎をシャープに加工してくれる。更に、撮ったプリクラをスタンプやメッセージでデコり、顔にはチークやメイクを施せるらしい。
二世代前の機体でこれだけ至れり尽くせりなのだから、最新機体では一体どうなってしまうのか?
プリクラの進化が止まらない。
甲高い音声に従ってカメラの前でポーズを取る。散々悩み、迫る時間に焦った立香が決めたポーズは……『
「さーて、どれだけ脚が長くなったかしっかりと拝んでやりま、しょ……」
「後ろのコレ何?!」
2人で並んで『
ちょい盛り機能のはずなのに機体が頑張って仕事をしてしまったのか、デフォルメされたように大きくぱっちりとした目に盛られてしまったアンリマユまでもが、同じポーズで写っていたのである。
「何でアンタが写ってるのよ!!」
「え~! だって、マスターごと引っ張り込んだじゃんか~! てっきり、3人で仲良く盛るのかと」
アンリマユをぺいっと追い出して仕切り直し。最初のプリはボツである。
「うっわ! 脚長いし肌白いし目がぱっちりしているし、これでちょい盛り?」
「更に面白くしてあげるわ。事件現場の背景ですから、泥棒ひげのスタンプよ!」
「本当に、全力で楽しんでいるね。JK生活」
「何よ、唐突に。そうよ、
「……良かった」
2人で撮ったちょい盛りのプリクラをスマホに送るだけではなく、シールにして印刷すれば立香が良く知るプリクラだった。顔には泥棒ひげのスタンプが押されてしまったが、日本人離れした長い脚の加工はちょっとだけ気に入っている。
この脚なら、パンツの裾の直しが必要ないはずだ。
ジャンヌのプリクラコレクションが増えたところで、本来の目的であった買い出しを終えてから早々と帰宅する。冷蔵庫で待っている特製ドーナツの生地を揚げて、エドモンの淹れたコーヒーを楽しみにしていたのだ。
「た、大変だーー!
「ななな、何だってーー!? アンリマユ、ちゃんと探した?!」
「冷蔵庫から消えてたぞ!」
「キッチンにあったフライヤーがまだ熱を持っています」
「使用した形跡がある。エドモン……何か知らない?」
「伯爵、我が買い置きしていたバニラアイスも消えているのだが……」
「……」
「……」
「……」
「……」
ロボは我関せずを貫いている。
ヘシアンは少々オロオロしている。
エドモンは煙草を吹かしている。
プルートーはちゅーるをペロペロと舐めている。
「アンタ、このちゅーるどうしたの? いつもと違うフレーバーみたいだけど」
「……ニャ~~オ」
「可愛い子ぶるな!」
近所のコンビニで、新発売のささみチーズ味ちゅーるを購入する丸眼鏡の美形が目撃されていた。
***
「……で、ドーナツとコーヒー牛乳をご馳走になって帰って来たと。お前ら、何しに行ったんだよ」
翌日、帝丹小学校1年B組の教室。『カルデア探偵局』へと突撃して行った子供たちから事の顛末を聞いたコナンは、呆れながらそう返した。
「すっげー美味いドーナツだったんだぜ! あのクハハ怪人の兄ちゃん、見た目はちょっとこえーけどそう悪い奴じゃなかったぜ」
「ボクたち、見た目で判断しすぎました」
「お前ら、それ餌付けって言うんだぜ」
知らない人からおやつをもらってはいけませんと、先生がよく注意しているではないか。
この場合は知らない人ではないが、つい昨日まで横取りしたとかライバルとか、怪しいとか言いがかりをつけていた人にすっかり絆されている。激しい掌返しである。
「見て見て、哀ちゃん。猫ちゃんの写真、いーっぱい撮ったんだよ。コナン君も見て」
「この子が、『黒猫』のプルートーね」
「うん! すっごく可愛かったんだ~」
成程、おやつと猫で絆されたか。
歩美が無邪気にスマホを見せて来ると、昨日撮ったプルートーの写真がズラーっと並んでいる。どの黒猫もカメラ目線だ。プルートーは写真が好きな猫なのかもしれない。
キャットタワーで遊んだり、猫じゃらしに反応しながら腕を伸ばしたり、歩美の膝の上で円くなったりと、写真集が一冊できそうな写真が大量に撮られていた。
「……あれ?」
【次回予告】
『捜査解明機関カルデア探偵局』最後の事件―――
「……助けて! お願い、
立香の脚にぶつかってしまったツインテールの少女――
「紋代って言ったら、世界的にも有名な造船メーカーだ。最近は、有名自動車メーカーの一部門を吸収しただろ。ほら、杯戸シティホテルで起きた火事で会長が亡くなって切り売りされた……」
「っ!」
雪の積もる冬の頃、映画監督・酒巻昭を偲ぶ会が行なわれていたその会場で、収賄疑惑の渦中にいた政治家がシャンデリアの下敷きになって死亡した。更には、旧館の酒蔵の火事に巻き込まれて、偲ぶ会の参加者が
自動車メーカーの会長、枡山憲三――コードネームはピスコ。
「紋代立郎といえば、ピスコとも並ぶ経済界の大物ですよ。まさか、彼も組織の人間だったとは」
「ええ、『紋代造船』は組織のフロント企業。資金源の一つよ。ただそれだけの存在。亡くなった前会長は、執拗にコードネームを欲しがっていたようだけど」
「ああ、成程。あの方のお眼鏡に叶おうと、必死に足掻いていた下っ端でしたか」
「分かったぞ! 直桜ちゃんがいる場所は、『トロピカルランド』だ!」
そこは、夢と冒険の幻想に包まれた色彩の楽園。
かつて、黒の組織の取引が行なわれた場所。
工藤新一がジェットコースター殺人事件を解決した場所。
全ての始まりの場所―――
始発点遊園地トロピカルランド
「……ねえ、コナン君。君は、何者なんだい?」
「……江戸川コナン、探偵さ」
Coming Soon……