犯罪多重奇頁 米花   作:ゴマ助@中村 繚

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始発点遊園地トロピカルランド01

 青々とした空の下、明るいビビッドカラーのスニーカーがコンクリートの地面を蹴る。荒い呼吸と共に黒髪のツインテールが揺れ動き、『毛利探偵事務所』の階段を駆け上った。

 

「早く出て、お願い……いないの?」

 

 探偵事務所のインターフォンを鳴らしたが反応がない。ドアノブをガチャガチャと回すが、扉は開かない……鍵がかかっている。留守なんだ。

 名探偵がいない。落胆と共に肩を上下させて息を整えると、ポケットから一枚のチラシを取り出した。それに書かれた住所は、ここからそう遠くない。

 くしゃくしゃになったチラシをギュっと握り締めると、意を決して走り出した。

 

「行ってきやすぜ、大将」

 

『米花いろは寿司』に身を置く流れの板前、脇田兼則が店を出ると、『毛利探偵事務所』から飛び出て来た小さな影とすれ違った。黒髪をツインテールに結った小学生ぐらいの少女だ。

 一見すると、毛利家の居候の友人かと思うが……あれは違う。あの切羽詰まった双眸の揺れは、精神的に逼迫している者だ。

 探偵へ助けを求める者、か。

 確か今日は朝から全員で出かけているはずだ。何か事件を抱えているのかもしれない。

 さあ、一体何が起きるのか。

 手にした寿司桶をバイクに乗せた脇田は、少女が駆けて行った方角とは逆方向へ出前へと出かけて行く。

 少女が向かったのはチラシの住所……『捜査解明機関カルデア探偵局』のオフィスが入るマンションだった。今度こそ、とインターフォンを鳴らすと、今度はすぐに扉が開かれた。

 

「はい……あれ?」

「……ハァ、ハァ」

「ええと、探偵のご依頼ですか?」

「……探偵、さん」

「はい。ようこそ、『捜査解明機関カルデア探偵局』へ」

「っ!」

 

 呼吸を整えてやっと声を出すことができた少女は、出迎えた彼――立香へと抱き着いて来た。

 

「……助けて! お願い、直桜(なお)を助けて! 妹が誘拐されたの!」

 

 立香に抱き着いて来たツインテールの少女――三谷(みつや)(りん)と名乗った少女は、大きな瞳を潤ませて探偵の助けを求めてきたのだ。

 

「大丈夫、落ち着いた?」

「……うん」

「では、話を聞かせてもらおうか。妹が誘拐されたという事件の概要を」

 

 正式に『カルデア探偵局』の依頼人として迎えられた三谷麟(8)は、余程慌てて、焦って、走って来たのだろう。荒れた呼吸を整えるのに時間を要し、出された麦茶を半分ほど飲み干してからやっと声が出るようになった。

 

「妹の名前は、細川(ほそかわ)直桜(なお)。年齢は6歳、小学校1年生」

「あれ、名字……」

「お父さんとお母さん、離婚しちゃったの。急に……それで、わたしはお父さんと、直桜はお母さんと一緒に暮らしていたの」

「そっか。ごめんね」

「ううん。でも、お父さんは離婚した後に事故で死んじゃって……わたしは今、お祖父ちゃんお祖母ちゃんと暮らしているんだ」

 

 しかし、離れて暮らしていた母親も半年前に亡くなってしまったのだ。急な病気で、麟が病院へお見舞いに行く暇もなく没してしまった。

 直桜だけが遺されたが、母方の祖父母も既に亡くなっていたため、彼女も三谷家へ引き取られると思っていた。そうなるはずだと、麟はまた妹と一緒に暮らせる日を楽しみにしていたが……直桜は、別の家に引き取られたのだ。

 

「お母さんがお願いしていたんだって。直桜はお金持ちの大きなお家で暮らすことになったから、心配しなくて良いってお祖父ちゃんが」

「お金持ちの大きなお家?」

「うん。アヤシロさんって家」

「……その家に引き取られた妹が、誘拐されたのか。何故、そのことを知った」

 

 エドモンの問いかけに、麟はポケットからスマートフォン――否、スマートフォン型の玩具を取り出した。

 最近の玩具は随分とハイテクになっている。スマートフォンを持ちたくとも持てない子供たちのための疑似的なそれは、ゲームもできるし赤外線でメールも出せるし、Wi-Fiが繋がっていればその玩具間だけであるが通話ができるし、メッセージのやり取りもできるらしい。

 二個セットのそれを、麟は離れて暮らす直桜へと預けていた。その玩具に着信があったのだ。

 

「急いで電話に出たんだけど、直桜の声がしなくて……そうしたら、電話の向こうから、男の人の声で「誘拐だ!」って。直桜が誘拐されたって、声がしたの。それでわたし、探偵さんに助けてもらおうと思って」

「そうだったんだ」

「アヤシロ……その名を持つ裕福な家は、恐らく『紋代造船』だろう」

「『紋代造船』……世界的にも有名な造船メーカーですね」

 

 家茂がタブレット端末を操作すると、巨大な豪華客船をメイン画像に添えた『紋代造船』の公式HPが表示された。

 資産は簡単に億を超え、この家の子供なら例え引き取られた孤児でも十分な身代金を請求することができるだろう。誘拐の信憑性は高そうだ。

 

「お願い、直桜を助けて。お金は……これしか、ないけど」

「大丈夫! うち、小学生以下は無料だから」

 

 麟が差し出したお年玉のぽち袋を押し戻し、小さな依頼人が持ち込んだ誘拐事件の捜査が始まった。

 

「ヘシアン、車を用意して。サリエリ先生とジャンヌは、麟ちゃんを家まで送って」

「嫌! アヤシロさんの家に行くんでしょ、わたしも行く!」

「え、でも……」

「じゃあ、探偵さんたち直桜の顔分かるの? 写真もあげないからね。わたしも行く!」

「ええー」

「これは、連れて行くしかなさそうね。こんな風に頑固な堅物は、絶対に曲げやしないわ」

 

 結局、麟を連れての捜査になってしまった。そもそも、紋代家の住所だって彼女がこっそり持って来た祖父母のメモを頼りにしていたのだから、仕方がないところもある。

 

「直桜、怖がっていないかな。あの子は人見知りだから……」

「直桜ちゃんと、仲が良いんだね」

「うん。離れて暮らすようになる前は、ずっと一緒だったんだ。みんなからは、正反対だねって言われるけどすっごい仲良しなの!」

「ニャー」

「正反対、ですか?」

「うん」

 

 車での移動中、家茂と立香(とその肩に乗るプルートー)に挟まれた麟は無邪気に妹との想い出を語り始める。両親の離婚で離ればなれになってしまったが、本当に仲の良い姉妹だったのだろう。

 姉妹だけど正反対。彼女たち姉妹は外見も性格もあまり似ていないらしい。麟は活発だが、直桜はおっとりとした人見知りだと語った。

 

「わたしはお父さん似で、直桜はお母さん似。性格も同じで、何でも半分こなんだよ。直桜はお母さんと同じO型で、わたしはA型でお父さんと半分同じなの」

「っ!」

「え」

「ミャーオ」

 

 紋代家の屋敷は東京郊外にある。そこには、偶然か必然か、既に探偵が訪れていた。

 遡ること2時間前。『毛利探偵事務所』にて。

 

「『紋代造船』って、豪華客船とか造っている大きな会社よね」

「ああ。そこの代表取締役社長から、直々に依頼が来たんだ。きっと、深刻な難事件が俺を待っているはず」

「単なる浮気調査だったりして」

 

 コナンが週刊漫画雑誌を読みながら茶々を入れると、上機嫌になっている小五郎に睨まれた。

 このパターンは結構多い。著名な人物からの依頼で、何か重大な事件かと意気揚々と赴くが実際は初恋の女性探しだったり、子供の恋人の身辺調査だったりと、ある意味真っ当な探偵の仕事のパターンが多いのだ。

『紋代造船』……確か、4か月ほど前に会長が病死していたはず。よもや、亡くなった前会長の隠し子の調査ではなかろうか。

 コナンとしてはあまり心惹かれない。黒の組織の情報を得ることはできないだろうと、ギャグ漫画の(ページ)をペラペラとめくっていると、小五郎が不意に口にした。

 

「紋代って言ったら、世界的にも有名な造船メーカーだ。最近は、自動車メーカーの一部門を吸収しただろ。ほら、杯戸シティホテルで起きた火事で会長が亡くなって切り売りされた……」

「っ!」

 

 小五郎のその言葉で、コナンは記憶の奥に埋もれていたニュースを思い出した。

 雪の積もる冬の頃、映画監督・酒巻昭を偲ぶ会が行なわれていたその会場で、収賄疑惑の渦中にいた政治家がシャンデリアの下敷きになって死亡した。更には、旧館の酒蔵の火事に巻き込まれて、偲ぶ会の参加者が()()()している。

 自動車メーカーの会長、枡山憲三――コードネームはピスコ。

 黒の組織の一員であった彼の者が暗殺任務のミスと、裏切り者(シェリー)の始末の失敗を理由に自身が始末された。その後、ピスコの自宅は全焼し、会社は解体されて各々売却されている。

 その一部門を吸収したのが『紋代造船』だったのだ。組織のコードネームを持つ幹部の会社を手に入れた、世界的に有名な企業。

 もしや……コナンは漫画雑誌を閉じてソファーから飛び降りた。

 

「ボクも行く!」

「コラ! 遊びに行くんじゃないんだぞ!」

「おじさんズルーい! 紋代さんって大きなお家でしょ。大きなお家の、美味しいご飯を1人で食べて来るつもりなんだ~。ね、蘭姉ちゃんも行こうよ~」

 

 無理に蘭を巻き込み、小五郎の仕事に同行できることになった。

 果たして……紋代家では何が起きるのか。

 

 

 

***

 

 

 

紋代(あやしろ)立郎(たつろう)といえば、ピスコとも並ぶ経済界の大物ですよ。まさか、彼も組織の人間だったとは」

「ええ、『紋代造船』は組織のフロント企業。資金源の一つよ。ただそれだけの存在。亡くなった前会長は、執拗にコードネームを欲しがっていたようだけど」

「ああ、成程。あの方のお眼鏡に叶おうと、必死に足掻いていた下っ端でしたか」

 

 白のRX-7が首都高を走る。助手席に座るのは、世界的に有名なアメリカ女優クリス・ヴィンヤード。

 彼女が乗る車を運転する安室は、傍目から見れば恋人とでも勘違いされるかもしれない。しかし、彼女とはそのような蜜月を紡ぐ関係ではなく、針の筵で出来たベッドの上に押し倒されているかのような現状だ。

 つい先日、組織の資金源の一つであったゲーム運営会社に警察の手が入った。瞬く間にトカゲの尻尾のように切り捨てられ、ダメージを負うことも組織に辿り着くことさえもできなかったが、何かとフロント企業が途絶えるとクリスが呟いたことから2人の間で会話が交わされた。

 紋代立郎――4か月前に病死した『紋代造船』の会長だ。よもや、彼が組織の人間であったとは。

 組織の闇に心酔して金を貢ぎ、コードネームを欲していた。だが、ピスコほどあの方の寵愛を受けてはいなかった。ただの使い捨ての駒。俗な言い方をすればただの金づるであったのだ。

 紋代氏が亡くなり、会社を継いだ子息は組織の欠片さえも父親から知らされていなかったようである。前会長の死により、紋代と組織は切れた。解体された(バラした)ピスコの会社の一部門を吸収したが、それも組織にとっては些細なこと。

 紋代は組織にとってそこまでの存在ではなかったからだ。

 

「紋代に替わる資金源は?」

「もう確保しているそうよ。じゃあね、バーボン。送ってくれてありがとう」

 

 クリス――否、ベルモットは車を降りて、現在の根城である高級ホテルへと消えていった。活動休止中の有名女優のお忍びバカンスにはふさわしい場所だ。

 まだしばらく、この国でゆっくりするらしい……まだしばらく、バーボンは彼女の運転手として使われるようである。




組織からコードネームをもらえる条件って何なん?
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