推理小説における殺人とは科学だ。
どこを刺し、どこを殴り、どこを絞め、何を飲ませて人間を殺すか。
どう振る舞い、どこに視線を集め、どうやって人間を欺くか。
犯人は悪意を持って殺人に手を染める。悪意と殺意を伴って犯人と成る。まあ、時には自身が犯人という自覚のないまま犯罪に手を染めるモノもいる。
自覚のある者は、明かす者に解き明かされぬようにと散々頭を捻って
探偵の前では何もかもが無力だ。
悪は正義の前に敗れる、という一昔前の少年漫画の法則の話をしているのではない。探偵とは
隠し事は通じない。解いてしまう、導いてしまう。情報を精査し、理論を組み立て、科学的な証拠を突き付け、あらゆる可能性を真実へと変換する。
そのように創ったのだ。名探偵を―――
そのように創ったのに……何だよ、霊界探偵とか陰陽師探偵とか。後から出て来た後輩ら何なんだよ!!
ボクの名探偵こそ至高だからな!!
■■■■■■■■?の手記より
豪奢な調度品に囲まれた応接間の中央、大理石のテーブルの上に置かれたのは一枚の写真。写っているのは若い女性だ。
その写真が、此度の依頼人である『紋代造船』代表取締役社長、
「彼女の名は、
「調べてくださいって、彼女は一体?」
「……4か月前に亡くなった父、紋代立郎が愛人に産ませた子供です」
そう答えたのは暢の隣に座る弟であり、『紋代造船』の副社長である
どちらも、応接間に飾られている亡き父親に面持ちがよく似ている。特に暢は生き写しだ。充は、体格は違うが眼鏡の下の目付きがそっくりだった。
写真の女性は紋代氏の隠し子。つまり、彼ら兄弟の腹違いの妹ということになるが……どうにも、雰囲気が殺伐としすぎていた。
「彼女は父の葬儀に突然現れました。父と彼女の母親が共に写っている写真を手に、自分は紋代立郎の子だ、DNA鑑定をしてくれと。真偽の確認のために彼女のDNA鑑定を行い、父の実子であることが判明しました」
「それで」
「それっきりだ」
「それっきり……ですか?」
「あの女、それきり姿を現さない。遺産相続を主張することも、父のスキャンダルを公表されたくなかったら金をよこせという強請りも、何もないんだ。おかしいだろう!」
「は、はあ」
何もないなら特に追及することはないはずであるが、彼らにとっては沈黙が不気味だったようだ。
確かに、普通に考えてみるとこれは非常に美味しい話である。
愛人の子とは言え、世界的に有名な企業の会長が実父であり、亡くなったということはその遺産が手に入るチャンスが訪れたのだ。
片場も遺産目当てで名乗り出てDNA鑑定を望んだ。暢たちはそう確信したのに、彼女は何もアクションを起こさなかった。
なので、こうしてわざわざ名探偵を呼んだのである。
「お恥ずかしい話、父の隠し子が現れたのは今回が初めてではないんですよ。あの人は女に見境がなかった」
「養育費やら慰謝料やら強請りやら、色々ありました。その度に、私たちが
「おやめなさい。女子供の前で、はしたない」
実父の置き土産に息子たちは散々悩まされているようだ。だが、節操なく異母きょうだいを量産し続けていた故人への恨み言を嗜めたのは、応接間にやって来た恰幅の良い老婦人であった。
身長はそう高くないが、着物姿のせいかそれとも背筋が伸びた姿勢のためか、子供姿のコナンの目から見ると随分と大きく見えた。
「ご足労をおかけしました毛利探偵。この子らの母親で、『紋代造船』の現会長を勤めます、
「ということは、亡くなられた紋代氏の」
「この場合は正妻と言った方がよろしいかしら。本当に、男としてはどうしようもない人間でしたよ夫は。しかし、わたくしたちは夫の隠し子を憐れむ気はありません。ましてや、紋代家に迎え入れる気もございません。当然、遺産を与えるつもりも……まったく、図々しいったらありゃしない」
紋代氏の遺産は、個人資産だけでも10億円は下らなかったらしい。それを、妻の藤絵と正妻の子である2人で相続し、他所で作った隠し子たちにはビタ一文与えない。
実父に金があると理解して、いけしゃあしゃあと恥ずかし気もなく金を要求する隠し子も元愛人にも、ことごとく嫌気がさしていたと藤絵は語った。女子供の前でと窘めたはずなのに、彼女が一番我慢ならなかったようである。
「沈黙を続ける片場希海は、もしかしたら何かを企んでいる可能性もあります。彼女の正体を、名探偵の慧眼で暴いてください。勿論、くれぐれもご内密に」
「ま、まあ。何とか調べてみましょう」
「そこで、謝礼の方は……」
「大変だーーー!!」
「何ですか、騒々しい!」
充の声を遮って飛び込んできた大声に藤絵が顔を顰めた。咄嗟にソファーから飛び降りたコナンは応接間の扉を開けて廊下に顔を出すと、眼鏡の中年男性がバタバタと足音を立てながらこちらへ駆け込んで来たのだ。
「ゆ、誘拐だ! 奥様、直桜さんが誘拐されました!」
「な、なんですって?」
「誘拐!?」
「誘拐って、どういうこと?」
「直桜さんの姿が屋敷のどこにも見えません。お部屋も荒らされているんです! 今朝から誰も彼女の姿を見ていないと……!」
紋代家で暮らす幼い女の子が忽然と姿を消した。
タイミングが良いのか、それとも悪かったのか。名探偵が居合わせた現場で白昼堂々、いなくなってしまったのである。
姿を消したのは細川直桜(6)。亡くなった前会長が縁あって引き取った孤児であるが、紋代家とは養子縁組などの法的な繋がりはない。勿論、遺産を相続した訳でもない。
「直桜……あの子は半年前に、父が引き取りました。シングルマザーの母親が本社ビルの清掃員をして、父のお気に入りだったんだ。父は可愛がっていたが、その後すぐに床に伏せてしまって」
「確か、インフルエンザを拗らせて亡くなられたんでしたね」
「ああ。年の終わりに罹ったインフルエンザを長引かせて、最期は肺水腫で。歳も歳だったからな」
「引き取った張本人が死んだからと言って、施設に放り込むこともできませんわ。世間体が悪い。最低限の衣食住と教育を与えて、家に置いていました」
「そんな……」
コナンにしか聞こえないほど小さな声で、蘭が呟いた。本当に最低限。しかも、屋敷の人々には構われてはいなかったのだろう。
そろそろ12時になる。こんな時間になるまで姿を見せない幼子を誰も心配せず、気付いた時には行方不明となっていた現状に、彼女は怒りにも似た感情を抱いているのだろう。
余りにも広い屋敷で、荒れ果てた部屋から幼い女の子が姿を消した。
直桜が誘拐されたと騒いだのは、亡くなった紋代氏の第一秘書を務めていた
「もし本当に誘拐事件だったとしたら、直桜さんの身が心配です。警察に連絡をして……」
「警察は駄目だ! 大事にするんじゃない!」
「で、でも……」
警察には通報しないと、暢が声を上げた。
警察に連絡したら子供の命はない。と、よく誘拐犯が語る脅しであるが、そのようなコンタクトはまだ来ていないのに紋代家の人間はだんまりを決め込むようだ。世間体の方が大事なのである。
荒らされた直桜の部屋を発見してから、念のためにと広い屋敷の隅から隅を探し尽くしたが直桜は見付からない。あれから1時間以上経つ……犯人からの要求などの連絡も、未だ来ていない。
そもそも、いつから直桜がいなくなったのかも分からないのだ。
「奥様。音楽家の先生が、打ち合わせのためにといらっしゃっております」
「音楽家?」
「来月の、母さんの誕生日パーティーのオーケストラじゃないか? 今は取り込み中だ、帰ってもらえ」
「あ、あの……実は」
実は、もう上がり込んでいる。メイドが暢にそう告げようとした矢先に、コナンたちが集まっている広間に突如訪問した音楽家一行が現れたのだ。
「失礼。火急の用のため、上がらせていただいた」
「っ、『カルデア探偵局』!」
「ああ、またしても居合わせたか名探偵……なるほど、此度も難事件のようだ」
訪問者の音楽家の先生とはサリエリであった。が、彼よりも先に広間に姿を現し、手にしたポークパイハットを被った丸眼鏡の探偵――エドモン・ダンテスは、
彼らに続くように、立香とジャンヌと、すっかりお馴染みとなってしまった『カルデア探偵局』の面子がぞろぞろと現れる。しかし、サリエリが手にしている巨大な楽器ケースは見慣れない。形からして、コントラバスのようだが。
「お前たち、一体何者だ!」
「突然の訪問は謝罪します。誘拐犯に監視されている可能性を考えて、身分を偽らせていただきました」
「ミャー」
頭を下げた立香がコントラバスのケースを開けると、中から黒猫がするりと抜け出した。中に隠れていたのはプルートーだけではない。清水ともう1人……彼に手を引かれて大きなケースの中から現れたのは、黒髪をツインテールに結った幼い少女だった。
「俺たち『カルデア探偵局』は、三谷麟さんの依頼で妹の直桜ちゃん誘拐事件を解決しに来ました」
「直桜は? わたしはっきり聞いたの! 誘拐って!」
コナンたちの知らないところで事件の情報が錯綜している。
沈黙する隠し子、消えた少女、音沙汰のない誘拐犯。そして、探偵に助けを求めた消えた少女の姉。
複雑に絡まった情報を一本一本、糸玉の中から一本の緋色の糸を見付けるかの如く、解き明かそうではないか。
「すると、毛利探偵は紋代暢氏、充氏の依頼で屋敷を訪れた。そして1時間ほど前に、直桜嬢の姿が見えないのに気が付いた」
「麟ちゃんの玩具のスマホに着信があって、「誘拐だ」という声が聞こえてきたのも同じ時間……だよね」
「そうよ! 男の人の声が聞こえたの」
「きっと、直桜ちゃんの玩具のスマホはまだ部屋にあるんだよ。何かの拍子に電話がかかっちゃって、直桜ちゃんがいなくなったって叫んだ柏木さんの声が聞こえたんじゃない?」
「それで麟ちゃんは『カルデア探偵局』に助けを求めたのね」
「警察に連絡したら、直桜が危ないと思って。ドラマでもよくあるでしょ、警察に連絡したら人質を殺すって」
麟が探偵に助けを求めたのは、今考えれば賢明な判断だった。交番に駆け込んで妹が誘拐されたと主張しても、子供のおふざけと判断されて叱られた可能性もあったのだ。
眠りの小五郎だけではなく、『カルデア探偵局』までもが事件の渦中に踏み込んで来た。しかも、依頼人は誘拐された少女の実姉だ。被害者家族となれば無碍にはできない。
犯人は誰か分かっているのか、どうすれば直桜を返してもらえるのかと、麟が矢継ぎ早に質問攻めにする中で犯人が動きを見せた。ドラマでよくある犯人からの金銭要求がやって来たのだ。
「っ! 社内グループウェアの兄貴のアドレスに、誘拐犯からの要求が……身代金、10億だって?!」
『少女は預かった。無事に帰して欲しければ10億円を支払え。拒否した場合、少女の父親をマスコミに公表する。支払い方法は追って連絡をする』
遂に、事件が廻り始めた。
子連れ&学生連れ&猫連れの集団は流石に謎なので隠れて訪問。
ヘシアン・ロボは車で待機中。