『科学と宇宙の島』には、トロピカル城と並ぶシンボルの巨大観覧車がある。ロケットや最先端の科学技術アトラクションにと、他の島とは雰囲気が違う近未来的な景色がこの島の特徴だ。
この島に出没するトロッピーは、宇宙飛行士のようなヘルメットを被った衣装を着ている。立香とジャンヌは観覧車の近くでそのトロッピーを発見したが、周囲に集まる人々の中に蛇浦と直桜はいなかった。
「もう他の島に移ったかな?」
「ねえ、それよりも……あの話、本当なの? 犯人があの奥様だって」
「それは間違いない。でも、藤絵さんはこの“誘拐事件”の犯人じゃない」
「罪の臭いはしましたが、時間が経っていたので気付くのが遅れてしまいました。申し訳ないです」
立香の肩の上に、ひょっこりとプルートーが顔を出した。トロピカルランド内は盲導犬以外のペットは入園禁止のため、霊体化してこっそり近くにいたのである。
黒猫プルートーは罪の臭いが分る。その罪の鮮度も分る。
犯罪行為に手を染めてからそう時間が経っていなければ、臭いは色濃く残りプルートーも敏感に犯人を告発する。だが、犯人を犯人に至らしめる犯罪行為からそれなりの時間が経過していれば、それなりに薄まったりもするとのこと。
藤絵からは確かに犯人の臭いがした。だが、犯行からは時間が経っている……彼女は、現在進行形で行われている誘拐事件の犯人ではない。
「直桜ちゃんの部屋は荒らされていたけど、あれは犯人が
「何のために?」
「直桜ちゃんがいなくなったのを、“誘拐事件”にするために」
「なるほど。直接的な罪を犯していないから、ボクの宝具に引っ掛からなかったんですね。ちょっとムカつきます」
そもそも、一体誰が“誘拐事件”と言い出したのか?
直桜の部屋に残されていた玩具のスマートフォンは、どうしてあのタイミングで麟に繋がったのか?
答えはもう出ていた。後は証拠だけ……あの時、紋代家の離れで語った探偵の推理通りならば、現状を誘拐事件へと昇華させるために直桜と蛇浦が危ないのだ。
「ほら、そろそろ霊体化しなさい。遊園地は猫禁止よ」
「ちょっと味気ないんですよね。猫だって遊園地にはワクワクするのに……じゃあ、人間になりましょうか?」
立香の肩から飛び降りたプルートーは「変化」のスキルで人間に化けた。初めてカルデアに接触して来た時の、眼帯とマフラーを身に着けた中性的な姿である。
これなら遊園地の中を闊歩しても良いですよね。と、疲れるからあまり二足歩行はしたくないと言っていた黒猫は、浮かれながらくるりとターンした。
「いやでも、コナン君たちと合流した後の理由付けが面倒だから、やっぱり霊体化のままでいて」
「そうでした。彼とは一度、この姿で遭遇したことがあったのでした」
「そもそも、アンタの分の入園料、払っていないし」
「既に1人分詐欺ってるからな~」
アンリマユは影に紛れて不法入園しているので、入園料を払っていないのだ。
人々が見ていないところで、プルートーは再び霊体化して姿を消す。そこで、カルデアから通信が入った。あちら側の観測で蛇浦と直桜を見付けたとの連絡だった。
『蛇浦さんと直桜ちゃんは、科学と宇宙の島から出発するクルーザーに乗船しています』
「クルーザー……これね! ここから出発して、行き先は野生と太古の島よ!」
「先回りしよう! コナン君にも連絡する」
ジャンヌが持っているトロピカルランドのパンフレットには、クルーザーの運航ルートが記載されていた。『科学と宇宙の島』を出発し、『冒険と開拓の島』を通り過ぎて原始林の合間を抜けると、近未来の世界から恐竜たちの世界へと導かれるのだ。
立香は、偽りの理由をつけて2人の移動ルートをコナンへと連絡をする。
今回、麟から助けを求められたのは『カルデア探偵局』であったが……彼らが真実へ到達する前に名探偵によって犯人は暴かれていた。既に、
「もしもし、コナン君? キャストの人が2人を覚えていたよ。蛇浦さんと直桜ちゃんは、科学と宇宙の島から出発するクルーザーで野生と太古の島に向かっている」
『分った! ありがとう、立香さん』
『野生と太古の島』には、現在地に隣接する島を経由しなければならない。パンフレットに記されたクルーザーの寄港地までは結構距離がある、急がなければ。
別行動中のエドモンと家茂にも『野生と太古の島』へ向かうように伝えるが……どうやら彼らは、クルーザーの行き先の島で別の人物を発見したようだ。家茂の使い魔が見付けたその人を問い詰めに行くと、2人の保護を立香に任せたのである。
浮遊する金魚たちが見付けたその人物は、『野生と太古の島』にある太古の地層を模した壁の隙間に、身を隠すように潜んでいた。
年代に合わせた化石のオブジェが埋め込まれた壁を眺められる位置に、休憩用のベンチが設置されているが、その人物は化石を眺める余裕もなく俯きながらスマートフォンを握り締めていた。
「蛇浦、私よ。野生と太古の島に到着したわ……ええ、化石の壁で合流しましょう。直桜ちゃんは私が……っ!」
「……蛇浦の共犯者はおまえだったか。天木南実」
会話中に背後から肩を掴まれて反射的に振り返ると、そこにいたのは丸眼鏡の探偵……エドモンに肩を掴まれた共犯者――天木は、酷く狼狽えながら通話を切った。
「あの姉妹に倣ったのか。考えたな。蛇浦との連絡だけならば、その玩具で事足りる」
「その玩具のスマートフォン、通話履歴が残りませんよね。トロピカルランド内にはWi-Fiが通っています。スマートフォンが壊れた蛇浦さんとのやり取りは、それで行っていたんですね」
天木が手にしていたスマートフォンは本物ではない。麟と直桜が持っていた玩具のスマートフォンと同じ物だ。
二機一組のそれを蛇浦と天木がそれぞれ持ち、Wi-Fiを利用してお互いに連絡を取り合っていたのである。しかも通話履歴が残らないので、秘密のやり取りをするのには十分すぎるアイテムだったのだ。
「少々、腑に落ちない点があった。何故、直桜嬢は姉との繋がりであるあの玩具を置いて出かけたのか。必要なかったからなのだろう……姉に会いに行くから」
「そうです。蛇浦は、トロピカルランドの帰りに麟さんに会いに行こうと言って直桜ちゃんを連れ出しました。計画を立てたのは私です! 蛇浦を利用して……」
「真実は、
「!!」
「名探偵の推理ショーの始まりだ!」
***
「ありがとうございましたー! 足元に気を付けて下船してください」
「明紗ちゃん、恐竜大きかったね」
「本当、急に出て来てビックリしたわ。直桜ちゃん……私、あっちに行ってみたいの。一緒に来てくれる?」
「うん」
蛇浦は直桜の手を引いてクルーザー船を降り、『野生と太古の島』へとやって来た。
この後、天木と合流して彼女に直桜を預ける。直桜を保護すべく二組の探偵がトロピカルランドに来ているというのだ。
その内の一組は、あの名探偵毛利小五郎だという……テレビや雑誌で何度も顔を見たことがある。確か、安物のスーツを着たヒゲの中年のはずだ。
「いたー!」
「っ!」
「貴女、蛇浦明紗さんですよね!」
「直桜ちゃん!」
「え?」
安物のスーツを着たヒゲの中年――テレビや雑誌で見たことのある名探偵が、こちらに駆け寄って来るではないか。
小五郎の姿を目にした蛇浦は、直桜を抱えて本来の目的地とは逆方向へと駆け出した。小五郎もそれを追う。
天木は言っていた。蛇浦が誘拐犯だと疑われている、彼女のグループウェアアカウントで直桜の身代金を要求する脅迫状が届いたと。
探偵に捕まったら犯人にされる。
逃げなさい……天木からの連絡に従い、蛇浦は直桜を連れて逃げたのだ。
人の合間を縫って逃げる蛇浦は、橋を渡って『幻想と怪奇の島』へと足を踏み入れた。
事件が起きたとかで休止中のミステリーコースターの前を通り過ぎ、噴水広場までやってきた。島の雰囲気に合わせ、クリスタルを模したオブジェに囲まれたRPGのセーブポイントのような噴水が中央にある広場だ。
確か、偶数時刻になれば色のついた水が噴き出す演出があると、ガイドブックで読んだことがあった。だが、今の蛇浦にとってそんなこと関係ない。
「おじさーん!」
「蘭、コナン! 蛇浦さんと直桜ちゃんがいたぞ!」
「っ! 挟まれた?」
「明紗ちゃん、あの人たち誰なの?」
挟まれた。正面からやって来た子供と少女が行く手を塞いだのだ。
「名探偵の、毛利小五郎……ち、違う! 私は誘拐なんて……」
「蛇浦明紗さん、直桜ちゃんを解ほ……はにゃっ?」
小五郎が妙な声を出して身体を傾かせた。酔っぱらったように千鳥足でふらふらと広場のベンチにどっかり腰を下ろす。コナンが背後に回り込んで、腕時計型麻酔銃で眠らせたのだ。
俯き、眠ったような体勢で真実を明らかにする……名探偵・眠りの小五郎の登場だ。
「蘭! 蛇浦さんと直桜ちゃんを連れて今すぐ逃げろ!」
「え?! どういうこと、お父さん?」
「本当の
コナンは蝶ネクタイ型変声機を使い、小五郎の声で蘭に指示を出した。彼女だけではなく、蛇浦も直桜もよく分かっていない。
彼らが蛇浦たちを発見してしばらく、立香とジャンヌも『幻想と怪奇の島』の噴水広場に合流した。ジャンヌはそのまま蘭の手を引き、蛇浦と直桜をその場から退散させた。
立香が眠りの小五郎……ではなく、ベンチの後ろに隠れるコナンに対してアイコンタクトを取ると、2人は揃って小さく頷いた。
「蛇浦さんと直桜ちゃんは彼女たちに任せてください。真実を話してもらいましょうか……紋代藤絵さん」
小五郎の声に導かれ、クリスタルのオブジェの陰から藤絵が現れる。部屋で休んでいると言って屋敷に籠っていたはずの彼女までもが、トロピカルランドを訪れていたのだ。
藤絵は屋敷で見た時よりは大人しい柄の着物に着替えているが、威厳のある佇まいは崩さず、探偵の追及にも眉一つ動かしていなかった。
「真実とは、一体何を話せばよろしいのでしょうか?」
「単刀直入に言いましょう。紋代立郎氏は病死ではない……貴女が殺したんだ!」
一度、人間態で遭遇してその容姿から「まさかラムか?!」と疑われた黒猫。
もし人間態で会わなきゃならない時は、ぐだ男君のいとこの「藤丸