犯罪多重奇頁 米花   作:ゴマ助@中村 繚

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始発点遊園地トロピカルランド10

 気付いたのか、気付いてしまったのか。物語の枠を超えて気付いてしまったというのか。

 探偵とはやはり、そういう生命体だというのか。

 折角の舞台を――遊園地の真ん中で推理ショーを開催できる場を提供してやったというのに、気付いてはいけない真実の欠片を見付けてしまったのか。

 まだ気付いてはいけない。まだ、()()は終わっていない!

 まだ、この物語は続くんだ。探偵の物語は積み重なるんだ。こんなところで終わらせられるか、まだだ、まだだ!

 やはりこのエピソードはボツだ。さっさと終わらせようとしたが、このエピソード自体を無しにする!

 世界の異変に気付いてはいけないんだよ……工藤新一――

 

『……あれ、何で』

 

 直感的に、何かがおかしいと感じた。だが、何がおかしいのかは理解できなかった。

 こんな時にこんなことを感じるなんてどうかしている。黒の組織の正体に近付くための絶好の機会なのに、一体何に対して首を傾げているんだ、自分は。

 蝶ネクタイ型変声機を手にしたまま、1秒に満たないその疑問と空白が開けると……世界は変貌していた。

 周囲の噴水から噴き出る水が黒く染まった。ライトアップされて黒く照らされたのではない、万年筆のインクのような真っ黒な水が噴き出てレンガの地面を汚したのである。

 黒い水は生き物のように蠢き、渦巻き、人型になった。真っ黒なタイツを全身に着込んでいるような、目と口と鼻しかはっきりと顔が分からない全身真っ黒な不審者は、手に鉄パイプを握っている。

 

『っ! な、なんだこいつ?!』

「逃げろ探偵!」

「……ンが!」

 

 トロピカルランドのショーの登場人物か、何かのアトラクションか。否、そう思えない。無駄に良い歯並びを剝き出しにして手にした鉄パイプを大きく振り回すその異形は、殺意の塊に見えた。

 エドモンが張り上げた声で小五郎が起きた。藤絵と天木は清水に促されてその場から逃げ出し、柏木は悲鳴を上げて腰を抜かして動けなくなっている。

 振り上げた鉄パイプの一撃を避けたエドモンは、拳を黒い異形の顔面に叩きつけた。手応えはあまりない。殴られたところから黒い飛沫がレンガに飛んだ。すると、落ちた飛沫がどんどん広がって辺り一面をモノクロに浸食していったのだ。

 

「な、何だ? 何が起きているんだ?」

「い、今の内に……」

「っ、柏木が逃げる!」

 

 小五郎は寝起きで状況の把握ができていない。

 柏木はこのどさくさに紛れてふらふらと立ち上がり、逃げ出そうとしたが……コナンは目を疑った。黒い飛沫の浸食に追い付かれた柏木が停止したのだ。

 比喩ではない。本当に、まるで時間が停止しているかのように柏木が止まったのだ。逃げ出そうとして振り上げた腕も、脚も、タイピンから外れて揺れているはずのネクタイも。何もかもが、一枚の絵のように停止した。

 否、柏木だけではない。

 噴水から噴き出る黒い水に浸食されると、辺り一面は色を失ってモノクロになる。世界が停止する。一枚の絵のように、インクとベタで描かれた漫画の一場面のように、空を泳ぐ小鳥でさえ空中で停止しているのだ。

 

「蘭はどうした? おいコナン! お前は早く逃げ……」

「っ、おっちゃん!」

 

 モノクロの浸食が小五郎の右足を掠ると、彼も停止してしまった。

 あちこちで悲鳴が上がっている。この現象はこの場限りではない、五つの島全て、トロピカルランド全域に広がっているのだ。

 

「何だこいつら。どんどん増えてやがる?!」

 

 噴き出す黒い水から、人型の異形がどんどん量産され続けている。鉄パイプだけではなく、包丁やゴルフクラブなど、凶器のような武器のバリエーションが増えているではないか。

 訳が分からない。非現実的だ……まるで、仮面ヤイバーの敵役にトロピカルランドが乗っ取られたようなものだ。

 早く蘭と合流しなければ。蘭を捜して走るコナンだったが、背後から近付く黒い人型に気付かなかった。両手で鉄パイプを頭上に振り上げ、コナンへと振り下ろそうとしたのである。

 

「―――ガンド!!」

「っ!」

「魔力の気配を感知……やっぱり、ココに何かがある」

 

 コナンに攻撃しようとした黒い人型が液体に戻って飛散した。ナニかで撃ち抜かれたのだ……立香が放ったナニかで。

 いつの間にか、彼の姿が変わっていた。カジュアルなジャケットから、ベルトポーチを巻き付けた黒い服装になっている。足元も底の厚い軍用ブーツのようなそれだ。

 そして、より一層コナンの目を惹いたのは、両手に嵌めている黒いグローブ。右手は甲が見えるデザインになっており、そこには……赤い、タトゥーのような紋様が刻まれていた。

 

 

 

***

 

 

 

 モノクロの浸食はトロピカルランド全域に広がっていた。

 一般客は新しいショーか何かかと思って面白がったが、すぐにあちらこちらで悲鳴が響き渡る。何かがおかしい、常識では考えられない事件が起きている。

 

「こいつら、全身黒タイツ! 何でこんな白昼堂々と……っ」

「下がってオルタちゃん! せやっ!」

 

 鉄パイプを振り回し始めた黒い人型――そう、立香が(仮称)全身黒タイツと名付けたエネミーの前に蘭が颯爽と躍り出ると、手に蹴撃を入れて鉄パイプを蹴り落し、流れるように体勢を変えて得意の後ろ回し蹴りで全身黒タイツを蹴り飛ばしたのだ。

 だが、次々と湧いて出て来て終わりがない。蘭も次々と攻撃するが、謎の敵役を相手にする彼女の動揺は見て分かる。

 

「ぐ……!」

「下がって、蘭ちゃん!」

 

 蘭に攻撃してきた全身黒タイツが薙ぎ払われた。

 ナニかがおかしい……否、特異点だから最初からおかしかったのだ。事件の発生数も、積み重なる日付も、探偵たちが集まるこの街も。

 その()()()()が、今までにない変化を見せた。何かが起きている。特異点そのものを揺るがす何かが。

 

「……オルタ、ちゃん?」

「まったく、焼きが回ったかしら。まあ、楽しかったわよJK生活……ゴメンね、蘭ちゃん。ありがとう」

 

 旗を顕現させたジャンヌは、蘭の目の前で女子高生の仮面を脱ぎ捨てる。黒い鎧と炎を纏った竜の魔女――ジャンヌ・ダルク・オルタの姿へ戻ると、サーヴァントとしての能力を解放したのだ。

 旗で薙ぎ払った全身黒タイツを焼き尽くす。それと同時に、蘭の肩をポンと押し、彼女を浸食するモノクロの領域へと踏み込ませた。

 

「オルタちゃ……」

「さっきから見ていると、こいつらは動きを停止した人々には攻撃して来ない。止まっていた方が安全みたい。大丈夫。次に動き出した時には、彼氏が迎えに来ているはずだから」

 

 ジャンヌに手を伸ばしたままの体勢で蘭は停止した。全身黒タイツが停止した彼女に目もくれなくなると、ジャンヌは剣を抜く。

 あちらからは、高速で疾駆しながら全身黒タイツの首を狩るヘシアン・ロボ。そちらからは、慟哭外装を纏って灰色の男たちを侍らせるサリエリ。どうやら、サーヴァントはモノクロの浸食の中でも動くことができていた。

 

「アンタたち、この状況について何か知っているのか?!」

「(仮称)全身黒タイツは知っているけど、人々が停止しているこの現象のことは分からない! でも、何かがあるはずなんだ……ここ、トロピカルランドに!」

 

 黒いカルデア制服に瞬間チェンジした立香は、コナンに詰め寄られていた。

 そりゃそうだ。科学の発展した世界で非現実的なことが起きている。ゼロに近かった魔術的反応がトロピカルランドを始発点にして米花市全域に上昇していると、カルデアから通信が入っている。

 立香が魔術礼装にチェンジしたと同時に、エドモンもサーヴァントとしての姿に戻り、霊体化していたプルートーも顕現していた。家茂も金魚の使い魔を操り、全身黒タイツを堰き止めている。

 アンリマユは……うっかり混ざらないように、立香の隣にいる。

 そう言えばさっき、家茂は何かに気付いたかのような反応を見せていた。

 何かがおかしいと言いたそうな表情で、『科学と宇宙の島』の噴水広場の真ん中で立ち竦んでいた……彼の役目は、世界を開くための舵を切らせること。探偵を真実へと到達させるための目撃者、証言者。

 

「……もしかして。コナン君、何か気付いていない?」

「何か?」

「トロピカルランドの中で、何かおかしいところはなかった?」

「……ああ、そうだよ。漠然と何かが()()()()と疑問が出て来るのに、一体何が()()()()か分かんねーんだ! 頭にモヤがかかっているみたいに! クッソ!」

「もしかして」

 

 ここなのか。閉じられた世界を開くための起点は、トロピカルランドなのか?

 

「家茂君!」

「はい!」

「い、家茂?」

「今だ! 世界を開く!!」

 

 探偵が絶対とされる特異点ならば、世界を開くのもきっと探偵のはず……立香は残り二画の令呪の内、一画を使用した。

 

「令呪をもって命ずる! 世界を開くための船を出航させよ! 徳川家茂!」

「蒸気を熾せ、帆を張れ! 世界はここで、今……開かれる! 『出航せよ、順動丸』!」

 

 令呪の魔力がパスを通じて家茂に流れ込む。彼が目にした兆し(ヒント)を探偵へと証言する。

 家茂が解放した宝具の兆しは、トロピカルランド内のある一点から光の柱を出現させた。あちらは、『科学と宇宙の島』の方角だ。

 ついさっき、風船を配るトロッピーを追いかけてトロピカル城から走ったあの噴水広場だった。

 

「あそこは、噴水……!! な、何で? 何で忘れてたんだ!」

 

『科学と宇宙の島』の広場は、奇数の時刻になれば広場一面に噴水が噴き出す仕組みになっている。中央に立てば水の壁に包まれ、頭上に虹が浮かぶ人気スポットだ……本来ならば、午後3時にそうなっていた。

 本日の午後3時に噴水は起こらなかった。何かがおかしい……否、噴水の存在を忘れていたのがおかしいのではない。

 

「何で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 コナンは――新一はあの日、トロピカル城の塔で双眼鏡を覗いていた蘭にコーラを買ってきた。彼女の手を引っ張ってあの広場の中央にやって来て、水の壁に囲まれた中で空手の都大会優勝の祝杯を上げようとしたら、コーラが噴き出して2人の顔を濡らしたのだ。その様子を見て、お互いに笑い合った。

 コナンの中で、その記憶だけがすっぽり抜けていたのだ。

 事件解決に思考が占められていたから?

 違う。

 あの噴水の後に起きたジェットコースター殺人事件に記憶が塗り潰されてしまったから?

 違う、違う……蘭との想い出を忘れたりはしない。あり得ない。

 

「何なんだ、何が起こっているんだ! 何かがおかしくなっている!!」

 

「探偵」の口から、現場がおかしいと指摘された。そう、これは事件なのだ。聖杯によって世界が本来の歴史から狂い始めているという、とんでもない事件だ。

 さあ、捜査を始めよう。真実を明かすために舵を切るのだ。

 

「コナン君!」

 

 立ち上る光の柱は、目を開けられないほどの眩しい輝きを放ちながら遊園地全域を包み込んだ。コナンの腕を取った立香は彼と共に光に飲み込まれ、視界は真っ白に染まった。

 

 

 

犯罪多重奇頁 米花

~積み重なる頁からの脱出~

 

 

 

 世界は開かれる、事件は動き出す。

 謎解きを始めよう。




「さっさと終わらせるために巻きで行く」
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