プルートーの尻尾がボワっと膨張して太くなった。表立って威嚇はしていないが、彼の様子には明確な敵意がある。
エドガー・アラン・ポー――江戸川乱歩には非ず。そのペンネームの元となった、19世紀初頭の小説家であり、詩人である。
代表作は『モルグ街の殺人』、『黄金虫』、『大鴉』、『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』。そして、『黒猫』……そう、彼は黒猫プルートーの創造主だ。
そして、『モルグ街の殺人』は世界最古の探偵小説。彼が執筆したオーギュスト・デュパンは、創作物の世界においての最初の名探偵だ。
彼が探偵小説、ひいては推理小説という、現代においても拡大と膨張と進化をし続ける小説ジャンルを生み出した功績は座に招かれるに相応しいだろう。その彼は、己の作品の登場人物、もとい登場猫であるプルートーにあからさま敵意を注がれている。
尻尾を太くした黒猫を一瞥したポーは、幼い少年然とした姿に見合わない表情で鼻を鳴らした。
「エドガー、アラン・ポー……あの、エドガー・アラン・ポー本人なのか? 何で子供?」
「おまえの、「江戸川」の名の元か。サーヴァントは全盛期の姿で現界する。あの姿は、ポーの全盛期の一つなのだろう」
「違うよ。ボクがこの姿になったのは、
「シャーロック・ホームズとモリアーティ教授に干渉できる存在は、お前しかいないと思った。最初は、彼らの作者であるコナン・ドイルかと思ったけど、違うんだ。ドイルでは、ホームズは止められない」
「っ!」
コナンが驚いたように立香の顔を見た。
そう、応えは既にコナンが出していたのだ。紋代邸の離れで問いかけられた答えこそ、立香が黒幕の正体に気付いた根拠だった。
ドイルは一度、シャーロック・ホームズを作中で殺したが、復活せざるを得なくなった。創造主であるドイルの意に反して、名探偵は世界に求められてしまった。最早、ドイル1人の手ではホームズを描き切れなくなったのだ。
掌から飛び立ってしまった名探偵は、創造主だろうともう止められない。シャーロック・ホームズを止めたいならば、“名探偵”という概念そのものを歴史から消すしかない。
「エドガー・アラン・ポーは、世界最古の名探偵を生み出して、探偵小説を生み出した。ポーが小説を書かなかったら、探偵小説が生まれることはなかった」
「成程、素人探偵にしては良い推理じゃないか。ああ、そうだよ。
ポーは小さな手を叩くと、パチパチと軽い拍手の音がした。
シャーロック・ホームズとモリアーティ教授の存在証明に関わり、彼らをいとも簡単に門前払いすることのできる者。名探偵を止められなかったドイルは、概念的に犯人ではない。なので、黒幕の正体は一択しかなかったのだ。
「で、アンタの目的は一体何なの? 事件を重ねて、探偵に延々と謎を解かせて。名探偵を創り出した作者は、サーヴァントになってまでも書き足りないとでも言いたいのかしら」
「そうだよ。ボクは書き足りない……探偵を求めているんだ!」
行儀悪く机の上に座り込んでいたポーが、身の丈に合わない書斎椅子に身を沈めた。それと同時に、彼の書斎とも言うべき空間が蠢き始める。本棚から落ちて来たハードカバーの本たちは、生きている二枚貝のようにページを開き、水面の下に密集する頁が塔のように隆起したのだ。
「ボクは元祖だ、始祖だ、オリジナルだ、名探偵という概念の創造主だ! だから、創造主らしく、後の世に出た後輩どもの前に立ち塞がってやったんだ。ボクの持つ『究極の謎』! その謎を解かせてやるための予選会場! それが、この米花市だ!」
「予選……まさか、今までの事件は全て
「ご名答。探偵の役に収まってくれただけのことはあるな、巌窟王」
積み重なる頁の山は、ポーが執筆した物語――蒐集した犯罪その物だ。
並行世界から数多の犯罪を、事件を、謎を蒐集し、「犯人」は「探偵」に暴かれるという
季節が巡ってもその先には進まない。それは、
数多の歳月を経て、探偵たちは多くの事件を解決した。だが、それは全て、ポーが蒐集して用意した試験課題にすぎなかったのだ。
課題を出されては解き、また課題を出されては解き、作者のお眼鏡に叶う探偵が選抜されるまで延々と犯罪多重現象が繰り返される。積み重なった頁は、並行世界を超えて立香たちの世界にも浸食し、特異点と化した。
雑多に積み重なった危なっかしい世界の均衡の中で、ただ1人、ポーだけが楽しい執筆作業だったのだ。
「ボクが見出した探偵の中で、お前が一番の注目株だったんだぜ、工藤新一」
「……お前がやっていることは分かった。だけど、オレから蘭との想い出を消す必要はあったのか? それに、今日の事件……あれも、お前が?」
「消したのは、ボクの書斎への出入り口になるあの噴水広場での出来事だけだ。そう、
コナンの問いかけに、ポーはいけしゃあしゃあと答えた。
そして、手にした黒い羽ペンをゆらゆら揺らし、隆起した頁の山から一枚引っ張り出して読むと、あからさまに顔を顰めたのだ。
「それに、ボクだって調子が悪い時もある。時には駄作も書いてしまう。蒐集した犯罪のタイミング? が合わなかったり、まあ食べ合わせが悪いとも言うかな。今回は駄作だった。気に入らなかったから、なかったことにしようとした」
でも、未完のままじゃボクの主義に反するから、とっととさっさと終わらせてからボツにしようとしたんだ。事件を締めたら、この原稿はシュレッターにでもかけるつもりだったよ。
ポーのその言葉に、コナンが大きく声を上げた。
「なかったことにするって、じゃあ! あの子たちはどうなるんだ!?」
「最初から、何もなかったことになる。そう言っただろう。事件が起きる前に戻るだけさ」
「そんなことしたら、直桜ちゃんは麟ちゃんと一緒に暮らせなくなるじゃないか!」
「いいだろう、別に。元々は君たちに関係ない並行世界の事件だ。遭遇したかもしれない、ただそれだけだ」
「この野郎……!」
「今更、人情派探偵でも気取るつもりか? 名探偵に憧れ、貪欲に事件を、謎を、犯罪を求めるお前は探偵としての一番の逸材だ。だから、最初のエントリーはお前にしたんだよ、工藤新一。なのに、なのにさぁ……毒物を飲まされて、え? 身体が縮んで子供になった!? 何をやってくれたんだ、お陰でボクもこの有様だ!!」
ポーは手にしていた黒い羽ペンを机に叩きつけた。肉体年齢に見合わぬ形相でコナンを睨みつけ、短い両腕を広げて悲観に暮れるようにブルネットの髪を振り乱した。
『……そうか。まさかとは思うが、そういうこともあるのか。エドガー・アラン・ポー、君は元々その姿ではなかったのか』
「ダ・ヴィンチちゃん、どういうこと?」
『さっきコナン君に向かって言っただろう。この姿になったのは、
「ああ、そうだよ! よくもボクが幼児化させたとか、好き勝手推理してくれたなカルデアの連中め! 冤罪だ、濡れ衣だ! ボクだって被害者だ! まさか科学的な要因で縮むなんて誰も分らんわ。伏線を張れ! この
ダ・ヴィンチに指摘された真実にポーは喚き散らす。その様子は姿相応だ。癇癪を起した子供のようだ。精神は(恐らく)大人のままのはずだが、無意識に肉体年齢に引っ張られているのだろう。
工藤新一が江戸川コナンに縮んでしまったのに引っ張られ、ポーの霊基も同じ状態になってしまっていた。本来ならば大人の姿で立香たちの前に立ち塞がるつもりが、子供の姿で現れるしかなくなってしまっていたのだ。
「腱鞘炎になる前に筆を置いたらどうかしら。子供らしく、ルビ付きのコミカライズでも読んでなさいよ!」
「ハっ! 吼えるな、贋作の聖女よ。でも、この
ポーが短い指を鳴らすと、大量の本が一斉に口を開けた。開いた二枚貝の中からぬるりと這い出て来た黒い粘液は、散々目にしたどす黒いインクだ。そのインクは(仮称)全身黒タイツの姿を取り、いつもの凶器を持った犯人たちだけではなく、早々と竜種の姿を取ったそれも顕われる。
モニターの向こうで、ダ・ヴィンチが焦った声を出した。霊基反応……エドガー・アラン・ポーは、キャスターではない。
『立香君……フォーリナー反応だ!』
「お前たちカルデアでは、この霊基をこう呼ぶようだな。改めて名乗ってやろう。「
ポーのそばに佇む竜種モドキが、「テケリ・リ、テケリ・リ」と不気味に鳴いた。
4.5章が配信された時、冷や冷やしたよね。
身体が縮んだことにより、霊基がキャスタークラスから変化した。だが、最初はそのエクストラクラスが何なのか分からなかったのだが……。