「私が、犯人?! 言いがかりだ! 私は原稿を回収してすぐに帰っている! 料理をする時間なんてなかった」
「いいえ、テーブルの料理は殺害当日に作られた物ではない。そもそも、貴方が那須野さんを訪ねたのは水曜日ではなく、別府さんが帰られた午後4時以降から夜にかけての時間帯だ。恐らく貴方は、火曜日の夕方以降に那須野さんを訪ねたが、そこで何らかの言い争いになり弾みで那須野さんを突き飛ばした。那須野さんは後頭部をテーブルにぶつけ、そのまま亡くなってしまった。那須野さんの遺体を前にして怖くなった貴方は、そのまま帰ったんだ」
「な、何でそうなるんだ! 私は水曜日の朝に……」
「火曜日の夜に、那須野さんの自宅で何が起きていたか知っていますか」
「何が、って」
「火曜日の夜、群馬県周辺は雷を伴った大雨に襲われ、一部では落雷による停電があった。そうですよね、別府さん」
「はい。でも、そんなに酷いものではなく、ブレーカーが一瞬落ちた程度のものと聞いています」
「そう、ブレーカーが落ちたんですよ、那須野さんの自宅も。落雷でブレーカーが落ちたことにより、冷蔵庫の電源が切れて中の食材が腐ってしまったんだ!」
「!!」
小五郎の推理を聞いた根岸は明らかに動揺した。
そう、火曜日の夜に那須野の自宅を始めとした山の周辺は停電に見舞われていたのだ。ブレーカーが落ちてしまったら上げるはず。だが、停電の時間帯はすでに那須野は亡くなっていたため、ブレーカーを上げることはできない。
根岸は殺害後に那須野の自宅に戻ってきている。恐らく、彼の死体が発見されたという知らせがないため心配になったのだろう。そこでブレーカーが落ちていることと、冷蔵庫の食材が腐っていることに気付いたのだ。
「腐った食材をそのままにしておけば、那須野さんが停電前に亡くなったと分ってしまう。貴方は焦った。那須野さんは水曜日の朝にイビキをかいて寝ていたと、編集長の井本さんに言ってしまったのだから」
「な……何で食材が腐っていたからって、料理を作らなければならないんだ! 腐っているなら、棄てればいいだろ!」
「え、えーと……それは」
「単純に腐った食材を棄ててしまえば、冷蔵庫が空の理由を警察も怪しむと考えたのでしょう。だからと言って、別な食材を詰めようにも自宅周辺には店もなく、すぐに代わりの食材を用意することもできなかった」
「おまえは苦肉の策として、腐った食材を調理したのだ。食事のために冷蔵庫を空にしたならば、少なくともただ棄てるよりは怪しまれないと考えたのだろう……だが、腐ったレタスでサラダは作れない。腐った食材は全て加熱調理をした。火を通せば、傍目から見れば食材が腐っているかなど分らん。ただ見栄えだけ騙せればよかったのだ、味など関係ない。誰も口にする者はいない……死者は、食するために口を開くことはないのだ」
「そ、その通りだ!」
逆ギレと言わんばかりの根岸の反論に小五郎が言い淀んだが、横から口を挟んだ安室に論破される。更にエドモンが間に入り、推理は補強され根岸の逃げ場はなくなっていく。
追い詰められた犯人はどうするのか。醜く、往生際悪く、頑なに罪を認めずに暴れることも辞さないか。それとも、良心の呵責の耐え切れず、故人の怨霊に怯えるかのように震えて懺悔の自白を始めるか……根岸の反応は後者であった。
脚を震えさせて尻もちを着き、観念したように声を絞り出した。
「わ、私が……やりました」
その後、根岸は通報された目暮警部を始めとした捜査一課に連行された。取り調べで自白したところによると、那須野殺害の動機は連載中のエッセイだった。
実は、那須野が毎月連載していたエッセイは、半分以上が根岸による改稿がされていたのである。号によっては、完全な別物になっている物もあったが、当の那須野が自身の文章に無頓着のため今まで発覚はしていなかった。
しかし、遂に本人の目に触れることとなり、怒った那須野は連載を打ち切り、編集長にも報告すると根岸に伝えた。それを止めるために揉み合いとなり、反撃された根岸は怒りに任せて那須野を突き飛ばしたところ、那須野はテーブルの角に後頭部を強打して死亡したのである。
怖くなって逃げ出した根岸だったが、那須野の死体がなかなか発見されないことが気になり金曜日の夜に犯行現場に戻って来ていた。後は推理通りの展開だ。
来週発売される最新号に掲載されているエッセイも、全て根岸が書き、捏造したものであったのだ。
「よーし! これで一件落着だ!」
「お見事です、毛利先生。実に勉強になる事件でした」
「いや、もう一つ解決せねばならぬ事件がある」
根岸が連行され、これにて全て解決かと思いきやエドモンが口を開いた。コナンが思わず声を上げた。
「何なの? もう一つ解決しなきゃならない事件って」
「的場さん、那須野氏の口座から多額の引き落としがあったと仰っていましたね」
「え、ええ」
「那須野氏は一世一代の高い買い物をしていたのです。その買い物とは……これだ」
そう言ってエドモンが見せたのは、スマートフォンに送られて来た一枚の画像だった。送り主はヘシアン……この画像を確認するために、ヘシアン・ロボにはひとっ走り行って来てもらったのだ。
双子の山に沈む夕日が美しい景色の荒れ地に『売約済み』の看板が立ち、一画を囲むロープが張られている。看板に書かれた購入者の名前は、「那須野様」だった。
「土地……あの子、この土地を。それに、ここはもしかして」
「的場さん、その土地は私と尊史が育った栃木県の村の跡地です」
「っ、やっぱり。母さんの故郷ね。でもあそこは、もう他人の土地では?」
「それを、私が伝手を頼って売ってもらったんですよ。尊史に頼まれて」
那須野と紺野が育った村は、人口減少の憂き目に合い廃村となった直後、リゾート施設建設のために某企業の持ち物となった。しかし、バブル崩壊の煽りでリゾート施設の計画は頓挫し、何十年も放置されたままだったのだ。
那須野が紺野に用立ててもらったことというのは、この土地を買い取ることだったのだ。
「那須野氏は、幼少期を過ごしたこの土地を終の棲家にするつもりだったのだろう。妻と共に」
「……私と?」
「そうだよ。尊史は、ひとみさんと一緒に暮らすと言っていたんだ」
「……きっと、那須野さんは貴女と1日でも多くの時間を過ごしたかったんだと思います」
立香の目が真っ直ぐにひとみを捉えた。
彼の頭の中で星のように瞬くのは、超小型通信機から聞こえた彼女の声……とても素敵な真実はきっと、故人が最愛の人に遺した答えなのだ。
「那須野さんは、今までもお医者さんにお酒を控えるように何度も注意されていたけれど、やめることはなかった。でも、今回はワインを全て処分してきっぱりとお酒を断っている。年齢差はどうやっても縮まらない、絶対に自分がひとみさんより先に逝ってしまうと考えて、一緒に1日でも長生きしたかったんじゃないでしょうか。貴女と一緒に、人生を歩むために」
それは、愛し、愛されたものたちに裏切られても尚、愛するものたちの繁栄を願った王妃の言葉だった。
その言葉でひとみの眦からは雫が落ちた。止まらぬ雫は彼女の頬を濡らし、顔を覆った両手では拭うことができないほどの涙となる。
そんなひとみに寄り添い、そっと絹のハンカチを差し出したのは淑子だった。
弟が生涯をかけて愛そうとした女性。弟の死の真相を突き止めるために行動した女性。彼女の肩を、義姉はしっかりと支えたのだ。
『先輩。最後の先輩の言葉は、ひとみさんと淑子さんを救ったと思います』
「俺の言葉じゃない。
これで本当に一件落着だ。
毛利探偵事務所の一行と別れ、『カルデア探偵局』も帰路に着く。栃木県まで走ってくれたヘシアン・ロボも、東京に向かっているとのこと。
「我らがカルデア探偵局の最初の殺人事件は、結構な難事件だったね」
『先輩、ミスター・ホームズからです。「この程度は探偵入門編だ」とのことです』
「これで入門編?!」
「確かに、情報を集めて整理して行けば解けた事件よね」
『モリアーティさんは先輩を大絶賛しています。ベタ誉めです! あ、ついでにミスター・ホームズにちょっかいを出し始めました』
「ダディ何やっているの!?」
「でも、これでうちの探偵局の名声も少しは広まったんじゃないの」
「魔女よ」
「何?」
「潜入捜査をしたがっていたな」
帰りの車の中で、運転席のエドモンと後部座席のジャンヌの視線がミラー越しにかち合った。
それから2週間後。米花市にある都立帝丹高校2年B組にて。
「蘭~! 今日ね、うちのクラスに転校生が来るんだって!」
「世良さん以来だね」
「へえ~どんな子なんだ?」
「まだ、男子か女子かも分からないわ。わたしはイケメンな男子が良いけど」
クラスの者たちは、園子と同じように転校生の話題で盛り上がっている。
HPの鐘が鳴り、担任教師に連れられた転校生が教室にやって来た。帝丹高校に新設された留学生制度を利用して来日したフランス人の女子高生が、丁寧な日本語で自己紹介をした。
「初めまして。フランスから来ました、ジャンヌ・エリス・オルタと申します」
Q.元ネタは?
A.『探偵学園Q』のコミック5巻『Q対A』です。結構みなさん覚えている。
Q.オリ鯖は?
A.次のエピソードでちらっと出す予定。予定は未定。
Q.帝丹高校に編入させる必要はあったのか?
A.JKライフを満喫する邪ンヌちゃんが書きたいんや。