それは、無惨にも殺害された被害者の悲鳴であり、憎悪を滾らせて復讐のために蘇った悪魔の産声。
黒猫プルートーは、己を殺害した犯人を絞首台へと送るため、死体の在処を明かす者へと告発した。壁の向こうから現れた死体の上の
プルートーの宝具に加えて、ポーが敷いた米花市の
そういう物語なのだ。ポー自身がそう書いたのだ。
「……は? ボクが、犯、人……? そんなの、ある訳がないだろ!!」
「創造主すら「探偵」の推理の前では「犯人」に成り下がる。あの黒猫は、
「往生際が悪いわよ! さっさと結末を受け入れなさい」
黒猫の首が発する濁った悲鳴を振り払うように、四本の異形の腕が振り下ろされる。聖杯からのリソースの影響で桁外れのパワーと耐久を得ていたはずの腕は、憎悪の炎を宿したエドモンの拳によって受け止められ、黒い斬撃によって切り裂かれた。
一本、落とした。
次、もう一本……ジャンヌの剣が筋肉繊維のように絡みつく黒い触手を切り捨てる。再生が遅い、プルートーがまき散らした宝具が効いている。「犯人」の弱体化が進んでいる。
ジャンヌの剣よりも速く、高速の獣が飛び出した。その牙をもって嚙み千切り、異形の腕をただの頁へと戻す……否、ロボの牙によって貫かれ、既に頁とは言えない代物に成り下がる。
人型の
1体も残すことなく、逃がさず、丁寧に、荒々しく。咥えた剣で、刃へと変化したヘシアンの外套で夜鬼たちの首を狩り取り続ける。
余りの猛攻に、ポーはそれ以上手を出せなかった。本当の意味で、残る二本の異形の腕を動かせずに、ただただ「犯人」が殲滅されていくのを眺めるしかできなかった。
夜鬼の生産速度が落ちていたのだ。
「回復が遅い、夜鬼の生産が間に合わない。これも、黒猫のせいか……!」
ポーの髪が、白髪からブルネットへと戻っていた。
響き続けるプルートーの声……忌々しい。飼い犬ならぬ、飼い猫に手を噛まれたどころか、散々引っ掻かれたのだ。
タイミングが良すぎる。「探偵」が登場したあのタイミングで、まるで狙ったかのように鳴いた。何でそんなに空気を読んだんだ、あの猫!
と、ここまで思考して気付いた。「犯人」と「証言者」の連携、まるで図ったかのようなコンビネーション……そうか、あのサーヴァントが持つスキルか。
順動丸の主。攻撃を仕掛けるサーヴァントたちに絶妙なタイミングで金魚を放っては、立香たちの足場となる場所へ西陣織柄の壁を展開し続けるライダー――徳川家茂。
米花市……否、東京そのものに召喚されたとも言える第十四代徳川将軍。ポーの執筆する物語には必要のないキャストに「
挙句の果てには、ポーの書斎への道までを
「ああ、やっぱりお前は邪魔者だったんだな……徳川家茂!!」
残る二本の腕のみならず、海面からも湧き出て来た黒い触手が順動丸に襲いかかる。
狙いは家茂だったが、ポーが興奮状態故に狙いは定まらない。順動丸に乗船するコナンや立香をも巻き込む攻撃は、西陣織柄の壁に阻まれ、マシュによって薙ぎ払われる。
「下がっていてください、ミスター・コナン! はぁ!!」
「狙いは僕ですか? それともマスターですか? コナン君ですか?」
「お前だ! お前だよ、徳川家茂! 昔の将軍か何か知らないが、ただの
振り下ろされる異形の腕に、イソギンキャクのような黒い触手。家茂を擂り潰し、刺殺せんと順動丸を侵略しにきた攻撃はマシュの盾に弾かれ、家茂が操る金魚の使い魔たちによって受け流される。
徳川家茂というサーヴァントそのものの戦闘能力は低いが、周囲へのサポート能力は有能だ。ポーが創造した頁の海に浮かぶ陸地としての順動丸も西陣織の防御も鬱陶しい。
だから、ポーは家茂を先に潰そうとした。しかし、家茂自身がそれを許さない……そもそも、彼はポーを除するために他の将軍たちの援護を受けて米花市に召喚されたのだ。
「高校生の役は、正直楽しいものでした。学校、クラスメイト、授業……今となっては非常に感慨深い。貴方が僕に与えてくれた「清水慶」という物語そのものには、感謝しましょう。しかし、その口の利き方……
「何が言いたい?」
「余は、徳川幕府第十四代将軍なるぞ」
後輩然とした姿に不釣り合いな、為政者としての、統治者としての“威”を孕んだ声色にポーは気圧された。その一瞬だけ動きを止めた攻撃は、
サリエリの慟哭外装が、更に化け物染みた形状に変化していた。首元から伸びた弦を弾いて奏でられた斬撃は、積み上がった本の上に座るポーを狙って飛んで行く。
死因になるほどの攻撃ではないが、弱体化の進む今のポーの小さな身体は膝を着いて倒れ込んだ。しゃんと背筋を伸ばして、将軍として振舞う家茂を前に平服した体勢になっていたのだ。
「将軍の御前である。頭が高い」
「……らしくないですかね、サリエリ先生」
「不敬な子供にはきちんと教育を施してやるものだ。徳川将軍よ」
「子供って言うなよ……好きで子供になった訳じゃないんだよ!!」
子供故の沸点の低さ、子供故のわがままな言動。子供故の、熱に充てられた狂気。
三本目の異形の腕はサリエリに落とされた。残る一本に、残る黒い触手や今まで生産し続けた頁を幾重にも巻き付けて振り下ろす。
船を移動させるか、マシュの盾で防ぐのか。順動丸よりも大きく肥大化した拳を叩きつけたが……ナニかを潰した。
甲板に飛び出した黒い人型は、取り零された夜鬼か。と思ったが、違った。
真っ黒な英霊。『空蝉の袈裟』を纏ったこの世の全ての悪が潰されていたが、致命傷にはなっていなかった。
「やばいっすわー! 袈裟なかったら即死だったわ!」
「何だこいつ……!」
「うん、オレはアンタの作品嫌いじゃないよ。結局、生きている人間が一番怖いんだよな~! で、質問。アンタ、
「さあ、いちいち数えてないよ。誰も一つ一つ文字数を数えたりはしないだろ」
「だったらさぁ、死因ごとに数えてみたら? もし、この最弱英霊の宝具が、今まで書かれた被害者の死因とかを溜め込むとか、そういうことができたらさ……今までアンタが
『空蝉の袈裟』を纏っているからと言っても、正直、潰されたアンリマユは息絶え絶えである。順動丸の甲板が蜘蛛の巣状に凹んでいる。
だが、戦闘不能になっていなければ、そのまま返せる。
薄暗い書斎に慣れてしまった目に刺さる、眩くもおどろおどろしい不気味な光。異形の腕の下から這い出て来たアンリマユからは影が除かれ、あどけなさを残す少年の顔を持つ身体には青白い紋様が刻まれていた。
「人だから書けたんだろ。人であるアンタが書いた小説だから、ここまで進化し続けたんだって。創造
自業自得。あまりにも原始的な犯行動機、受けた瑕疵をそっくりそのまま返す「報復」の呪いは、人であるポーにはよく刺さる。
「『
アンリマユの姿がイヌ科の獣人にも似た化け物に変じる。その身に受けた攻撃を、そっくりそのまま相手の魂に写して痛みを共有する。全身から放たれた赤黒い波動が異形の腕を導火線にして全体に、異形の腕が生える本の戦車にも伝わり、子供の創造主を乗せた玉座の崩壊が始まった。
初撃は『空蝉の袈裟』で無効化し、それ以降の攻撃も底上げした防御で何とか耐えたが、それなりに痛かった。ポーが人である限り、外宇宙の存在の能力を得ているとは言えアンリマユの宝具は通用する。本の上に乗るポー本体にも、大ダメージを負わせたのだ。
「後は任せた。オレ、退場!」
「な、何で……っ!」
ポーが抱いた疑問が解決する前に、何とか立て直した小さな身体に投擲された旗が突き刺さった。ジャンヌの持つ黒い竜の紋章がはためく旗が、ポーの薄い身体に収まる霊核に突き立てられた……何で、『
「ジャンヌ!」
「了解よ! マスター!」
竜の魔女の威光に屈服した竜種の夜鬼たちが、喜んで彼女の足場となる。黒いインクで出来た背を渡って使ってジャンヌはポーの懐に乗り込んで来る。
あの瞬間に目にした、
「はぁぁぁ! せやっ!!」
「がっ……!」
霊核が激しく損傷している。普通なら、この時点で既に宝具が発動しているはずだ。
心臓を一突きの死因なんて、ありきたり過ぎて飽きるほど蒐集した。霊核に刺さった凶器が、ナイフか剣か、旗かの違いだ。なのに、宝具が発動できない。
「どう、して……?」
「おまえが、この死因を蒐集していないからだろう。エドガー・アラン・ポー」
既に立香の魔術が発動していた。
サーヴァントの位置を入れ替えるオーダーチェンジで、ジャンヌとエドモンの位置を入れ替えたのだ。
ポーの正面に現れたエドモンが語る。ポーが『
「想定していたのか?
「あ……」
「全て、おまえが書いた
「そ、そんな訳、ない……! そんな死因、ある訳ない。蒐集なんてしていない! ボクは、ボクは創造主だぞ! おまえたちは、探偵は! ボクの……!」
「「探偵」という生き物は、おまえの小さな手には余る存在だ。だからこそ、繁栄し続けた! ポーよ、おまえの書く物語は名探偵にとって狭き世界だ。既に名探偵は創造主の手から羽ばたいている。我々も、おまえの
それは、積み重なる
ポーが書く物語の中だけでは、探偵たちの舞台が不足している。ポーから始まって欧州へ、コナン・ドイルへ、日本へ、江戸川乱歩へ。
数多の作家たちがポーの創造した世界に魅せられた。数多の読者たちが、ポーの系譜から進化を続ける探偵たちに魅せられた。
世界は膨らみ、探偵は誕生し、
「巌窟王エドモン・ダンテス――宝具、発動!」
エドモンの宝具は、
彼がこの特異点で探偵役を演じることができた超高速思考を肉体に反映し、超高速移動を実現させる。ポーを取り囲むエドモンの分身たちがその手に宿すのは、暗黒の炎として放出した魔力……犯人を処刑するための恩讐の炎だ。
「我らが往くは、開かれた世界の先にある新たなる事件! 『
「……嫌」
「探偵」……否、「名探偵」によって「犯人」と暴かれた創造主は、復讐者たちの手によって処刑された。
黒猫の声が鳴き止んだ書斎には、青黒い火柱が轟々と音を立てて立ち昇っていた。
探偵は、作者の手から羽ばたいて行く。