本日のカルデアのおやつは、パンケーキである。
パンケーキを焼くにはコツが要る。例えば、フライパンに油を引いてしまうと焼き目が斑になってしまうし、火加減を気を付けないとすぐに焦げてしまう。しかし、そこは歴戦の台所の守護者……見事な焼き加減で、ふっくら柔らかい真円のパンケーキを焼いてみせた。
まずは子供サーヴァントたちから。トッピングは、クリームにアイスクリームにフルーツとお好みで。小豆と抹茶アイス、黒蜜で和風に仕上げても勿論美味しい。
「では」
「いただきます」
「いただきます!」
立香のパンケーキはブルーベリーソーストッピング。マシュの物は、フルーツトッピング。そして、家茂のは苺を乗せた和風トッピングだ。
みんなでテーブルを囲み、手を揃えてから各々ナイフとフォークでパンケーキに取り掛かる。エミヤによって見事なふっくら食感に焼かれたパンケーキは勿論、好きなようにドレスアップしたトッピングは素朴な生地を際立たたせる。
一口食べれば幸福で表情が綻び、ナイフとフォークが止まらなくなるのだ。
「~~! 美味しいです!」
「新所長特製のスフレパンケーキも美味しいけど、エミヤの作ってくれるパンケーキも美味しいね」
「はい。本当に美味しいです!」
「そのように、幸せそうに食してくれるなら作り甲斐があるものだね。君のようなかつての将軍にそう言っていただけるとは、光栄だ」
「いいえ、そんな。今は徳川将軍ではなく、立香さんに仕えるサーヴァントですから」
先日、カルデアに徳川家茂が召喚された。和風トッピングのワッフルや、小豆系の甘味を触媒として用意してみたら応えてくれた。
どうやら彼は、微かではあるが先の特異点の記憶があるようだ。その証拠に、召喚された家茂は帝丹高校の制服を着ていたのである。
彼曰く、とても思い入れのある物。自身に刻まれている記録の中で、朧気な記憶を呼び起こさせる制服なのだと語っていたのだ。
ステータスなども、徳川システムによって歴代将軍たちのバックアップを受けた状態で安定している。家茂だけではなく、彼の背を押す徳川将軍たちにも感謝が尽きなかった。
「もう一枚、おかわりはいかがかね?」
「おかわり!」
「エミヤさん、一枚お願いします」
「お願いします……と言いたいところですが、僕はそろそろお暇します。僕が食堂に長居してしまったら、茶々様にもご迷惑が掛かりますから」
「……ごめん、家茂君。考えなしに
「いいえ。僕が徳川である以上、仕方のないことです。それではマスター、マシュさん。エミヤさん、ごちそうさまでした」
家茂が召喚されると同時に、当然というか何というか、ぐだぐだ組に変化が起きた。
坂本は平身低頭で家茂を出迎え(とばっちりで以蔵も頭を下げさせられた)、沖田だけではなく土方までもがどう接したらいいか分からないと言わんばかりに対面できずにいた。上様パワー凄い。ちなみに、魔人さんこと沖田・オルタは特に反応はなかった。
信長(+信勝)はいつも通りだ。知人の親戚の子と久々に会ったら、随分デカくなったな~という空気で家茂を出迎えた。彼女らが知る徳川家康には、あまり似ていないらしい。
が、問題は茶々だった。彼女の憎悪と怨嗟の対象であるピンポイント徳川である。
これが、二代将軍に嫁いだ彼女の妹の系譜ならまだしも、家茂はその系譜が途絶えた後の血筋のため手加減などない。徳川死すべし、慈悲はない。
なので、家茂はカルデア内でできるだけ茶々と遭遇しないようにしている。彼にしてみれば、戦国乱世を生きた先人として敬服すべき対象であるが、相性が悪いものは仕方ない。現行でカルデア内に召喚されている生前の因縁があるサーヴァントたちと同じように、組織内での殺し合いはご法度で過ごしてもらうしかない。
パンケーキを食べ終わった後の食器をタマモキャットへと返却した家茂は、早々と食堂を後にした。茶々と鉢合わせをしないように注意をしているのもそうだが、実はこの後、用事があったのだ。
「家茂殿、こちらだ」
「ラーマ殿。一体、何の集まりなのでしょうか?」
「それは、主催者から説明してもらおう。まあ、一度顔を出してみてくれ」
サーヴァントとしての家茂とそう年齢の変わらぬ少年――その頃の姿で現界しているインド叙事詩『ラーマーヤナ』の英雄、ラーマに声をかけられた時は本当に驚いた。
何でも、サーヴァント同士の集まりがあるので参加してみないかと誘ってもらえたのだ。だが、一体なんの集まりなのかは聞かされていない。
ラーマに案内されたのは、いくつかあるカルデアのシミュレーターのうち、立ち入り禁止になっている一室。何でも、
ラーマに招かれてシミュレーターへと入室すると、そこに再現されていたのはかつて存在した砂漠の大神殿。燦々と降り注ぐ太陽を浴びる壮麗なるテラスには、何名かのサーヴァントが集まっている。
その中で、黄金の椅子に鎮座するのはこの集まりの主催であり、家茂を招いた張本人……疑似再現された太陽よりも偉大なるファラオであった。
「お招きいただき、心より感謝申し上げます。ファラオ・オジマンディアス」
「来たか、極東の将軍よ。この場は、余の、余による、余が直々に見初めた勇士の語らいの場。ファラオ主催! カルデア愛妻家倶楽部である!!」
参加者は、ラーマにエイリーク・ブラッドアクス、オデュッセウス、項羽と、主催であるオジマンディアスが見初めた愛妻家たちである。生前、妻を愛し、慈しみ、更にはこのカルデアで再会までも果たした、奥さん大好きサーヴァントたちが揃っているのだ。
「あ、愛妻家倶楽部……」
「そうだ。この場で、余たちは妻との生前の想い出を語り合いながら、妻との再会を願っている。名誉会員である項羽殿のように、カルデアで再会できる可能性も無きにしも非ずだ。余は待つぞ、シータが実装されるその日を……!」
「そう畏まらないでくれ。ここは楽しいぞ。思う存分、妻の自慢ができる場だ」
本当はシグルドも招かれていたのだが、一度語らいに参加した後に丁重に辞退された。
曰く、「霊薬による姦計が原因と言えど、当方は我が愛を裏切り、別の女人を娶っている。我が愛への想いは貴殿らと劣らずに満ちる物であるが、愛妻家と名乗る資格はない」とのこと。
その代わり、自身の末裔であるエイリークが推薦された。ラーマと共に家茂へフランクに話しかけてくれた彼は、いつものように狂化状態ではない。愛妻家倶楽部ならば、グンヒルドも嫉妬することなく正気の振る舞いができるそうだ。
「しかし、僕のような近代の人間が、このような英雄たちの語らいの場に招かれるなど……」
「徳川家茂。貴様、婚姻の際に妻へ平伏したそうだな」
「っ、はい。彼女は今上帝の妹君。幕府への降嫁により内親王となりましたが、僕よりも地位が上でしたから」
征夷大将軍と内親王では、後者の方が地位は上である。そのため、家茂とその妻の婚姻は、妻が上座の主人であり、家茂が客分として執り行われた。通常は立場が逆転する。家茂自身は抵抗なく妻を上座の主人とし、自身は下座で平伏したが、それが後になって江戸城内での対立の尾を引くこととなった。
新たにカルデアに召喚されたサーヴァント。生前の家茂のデータに目を通したオジマンディアスの目についたのは、彼とその妻たる皇女との記録だった。望まぬ婚姻、何もかもが異なる東国、豪華絢爛悪徳腹芸の蔓延る大奥。諍いの渦中に放り込まれた皇女を慈しみ、最大の味方となったのが、彼女が嫌がった婚姻相手である家茂だったのだ。
「良い! 妻を尊ぶその姿勢、気に入ったぞ徳川家茂! 余の倶楽部での語らいの誉を与える!」
「ですが、僕が愛妻家と問われれば素直に頷けません。彼女とは、所謂政略結婚。江戸の生活も大奥での確執も、彼女に無理をさせていましたし……それに、後世では、僕は側室を持たない一途な夫として描かれています。しかし、実際のところ、実子を得るために側室の話が確定していました。その側室と会う前に、僕は大阪で没してしまいましたが」
「子を成して血筋を残すのは為政者の務めの一つである。余も生前は幾人もの妃を持ったが、現代の価値観ならば妻は最愛たるネフェルタリのみだ。余が貴様を招いたのは、妻を敬愛するその姿勢よ」
「聞けば、故郷を遠く離れた妻を気遣い、微かな暇ができれば妻のもとへと通っていたというではないか。俺の妻、ペーネロペーも故郷のスパルタを離れてイタカに嫁いできてくれた。今思えば、あの頃の俺はペーネロペーを妻にできた歓喜に満ちていたが、彼女の気持ちは蔑ろにしていたかもしれない。貴殿のような妻への細やかな心遣いは、そう真似できるものではない」
妻子と離れたくがないために狂人のフリをして、妻と再会したいがために十年間も放浪し続けて故郷に辿り着いたギリシャの英雄、オデュッセウスにそう告げられてしまうとは恐縮してしまう。
徳川家茂は愛妻家だと、面と向かって語られれば照れてしまう。妻は自分と一緒で幸せだったかと尋ねられれば返事を濁してしまう。しかし、家茂自身の答えははっきりと言葉にできる。
夫亡き後も故郷に戻らず、徳川家の存続のために心を砕き、隣に骨を埋めてくれた。これが感謝を言わずに何と言うか、愛しいと言わずにはいられないではないか。
「僕は……確かに彼女を、和子を愛していました。僕の妻はとても華奢で、色白で、凄く可愛い人だったのです」
「妻が可愛い、か。私にも覚えがある……特にカルデアに招かれてからは、淑やかな妻が可愛らしい
「はは、今日の項羽殿は饒舌だな。私のグンヒルドも、他の女性と言葉を交わせば嫉妬に駆られてしまうが、その嫉妬も愛おしいというものだな」
「良い良い! 皆の者、存分に語るが良い!」
カルデア愛妻家倶楽部の活動。もとい、各々のよる最愛の妻への惚気語りは、家茂の呼び出し放送があるまで続いたのだった。
「和宮」とは幼名であり、内親王の地位と共に賜った名は「
誕生前に父親である先帝を亡くし、兄である孝明天皇に庇護された皇女は幼い頃から有栖川宮熾仁親王と婚約をしていた。
しかし、婚約を破棄して幕府への降嫁に伴い、兄から出された条件は二つ。降嫁するか、もしくは出家するか。皇女は前者を選んだ。危険な江戸になど行きたくはなかったが……。
彼女の生活様式を変えぬようにと、様々な条件を飲ませて公武合体政策による政略結婚は実現した。江戸へと向かう際には3万の人員が50kmもの行列になっていたという。
が、同い年の将軍徳川家茂は無害貴公子であった。
妻へ細やかな心配りをし、金魚やかんざしなどの贈り物をして、時間が空けば妻を訪ねて言葉を交わした。彼女を生涯の伴侶とした。
「和子」という呼び名は、彼が与えてくれた唯一の名前。
皇女の遺体は写真乾板を抱いて眠っていた。写真には幼さを残す青年が写っていたらしいが、劣化のため姿は消えてしまい、彼女が誰を抱き締めていたのかは不明である。