風を切り、雪を掻き分け、サンタの胸元のベルを鳴らしながらソリが走る。サンタプルートーが乗るダンボールトラックが運ぶのはプレゼントではなく、立香とサーヴァントたちの乗る巨大なソリである。
ダンボール製とは思えぬ馬力で巨大なソリを引っ張り、彼らが向かうのはサンタ村から北へ300km先、ラップランドにあるコルヴァトゥントゥリだ。
『コルヴァトゥントゥリの山中に、微かだけど魔力の反応がある。北緯68度に位置するそこは、サンタクロースの住処と言われているんだ』
「またサンタに関わる場所ですね」
「やっぱり、クリスマスに関係する場所が襲われているのかな」
「人間もサンタも消えたのって、あの雪だるまたちの仕業なの?」
「吾々を襲って来たところから見るに、間違いはないだろう。しかし、雪の上にも下にも死体がないのは腑に落ちない」
「では、連れ去られたということかな」
「急カーブ右折します。しっかり捕まってくださーい!」
ライダークラス2騎によって巨大なソリは雪道を滑るように進んでいく。ちなみに、このソリはサンタ村の建物から掘り出した物である。バーソロミューに言わせてみれば略奪……もとい、そこら辺に落ちていたから拾った物だ。
恐らく実際に乗るソリではなくディスプレイ用だ。もしかしたら観光客のための写真スポットだったかもしれない。
「そう言えば黒猫。アンタ、何で猫のままサンタをやってんのよ。人間に変化した方が猫の手よりも役に立つでしょうに」
「実は、サンタの霊基になって「変化」スキルを失いました。人間に変化できなくなりましたが、さっきみたいに大きさは自由自在です。猫の姿を保ったままなら、みょーんと長~くもなれますよ」
「それはいつもと変わらないような……」
「天才さんが言っていましたが、今のボクは普段より
黒猫は魔術と密接な関係があり、世界各国で様々な伝承が囁かれている。本来は幻霊であるはずの黒猫プルートーは、この世界各国に散文している「黒猫の伝承」やその他の要素を統合することによりサーヴァントとして成立していた。だが、サンタサーヴァントになったことにより『黒猫』よりも「黒猫の伝承」の方が濃くなっている。
黒猫を見かけたら不幸になる、黒猫は魔女の使い魔、黒猫は悪魔の化身……マイナスの伝承もさることながら、それとは真逆の福を招く「黒猫の伝承」も世界中に分散されているのだ。
近代以前の日本では、黒猫は福を招く福猫として大切にされていた。商売繫盛の黒い招き猫が存在しているのがいい例だ。黒猫は魔除け厄除けになり、黒猫が前を横切ると賭け事に勝ち、黒猫を飼うと結核が治り、黒猫は恋煩いを治してくれる。
かの夏目漱石の飼い猫も黒猫だった。その猫をモデルに書いた小説『吾輩は猫である』が大ヒットし、一躍人気作家の仲間入りとなったため福猫として可愛がられていたという。
他にも、イギリスでは黒猫が横切ることは吉兆の前触れであるとされた。ニュージーランドでは、結婚式の日に黒猫と出会うとそのカップルは幸せになれるなど伝えられている。
これらの福猫としての黒猫の側面が大きく出たサンタプルートーは、人間に福を運ぶ存在となった。つまり、貰って嬉しいプレゼントを運ぶサンタとは、その一点で親和性があったのだ。
「今のボクなら、このトラックでプレゼントも幸福も何でも運べる気がします」
「これは良い。最高の船乗り猫だな、君は。航海にも猫は不可欠だ。ネズミを退治して食糧を守り、時刻も教えてくれる。極寒の夜には湯たんぽにもなる。飲んだくれで役に立たない
「そんなに褒められたら、喉がゴロゴロ鳴っちゃうじゃないですか」
確かに、いつもより幼い……と言うよりも、反応が普通の猫に近い。バーソロミューに褒められて喉がゴロゴロ鳴った。被害者である復讐者の成分が控えめということである。
福を運ぶ存在だと強く自覚した黒猫の使命感は、炬燵で丸くなる本能に抗い、猫を雪原に走らせるほどなのだ。
ダンボールトラックに牽引され、雪道と思えぬスピードで走ることそれなりに。立香の状態を慮って途中で休憩を入れつつ、一行はコルヴァトゥントゥリの山中へと到着した。
が、何もない。野生のモミの木が鬱蒼と生い茂る林が、雪混じりの風に浚われているだけだった。
『う~ん……現場にやって来たけど、魔力の反応が途切れ途切れだ』
『目隠しの魔術が掛かっているようですね。綻びが出ているようですが、そこまでは感知できません』
「この山のどこかに、何かがあることは確定か」
「向こうから招いてくれませんかね。宅急便でーすと言えば、軽率にドアを開けてもらえますけど。ぴんぽーん! お届け物です」
サンタプルートーがインターフォンを(口で)鳴らした。するとどうだろうか、モミの木の林の風景にはザザザと砂嵐が走り、
魔力はこのカーテンの向こうから微かに漏れていたもの。その出所は、広大なモミの木の林に偽装されていた謎の施設――雪の積もったレンガの屋根にいくつもの煙突が伸び、灯が消えたイルミネーションに飾られた巨大な施設だったのだ。
「本当に入れちゃいました」
「一体、この施設は何なのでしょう?」
「捜索してみよう」
ヒイラギとヤドリギで出来た簡素なアーチを抜けて敷地内へと入れば、施設の正面に立つ巨大なモミの木が凍りついている。建物自体は、搬入口と思われるシャッターがいくつもあるが全て施錠されていた。何かの工場のようにも見える。
申し訳なく思いながらも正面入り口の鍵を壊して建物内へ侵入すると、薄暗いホールに出た。高い天井には大小様々な大きさの球体型電灯が下げられており、拾ったオーナメントに似ていると立香は感じた。
「誰もいないわね。それに、建物内なのに雪が」
ジャンヌが手に灯した炎を頼りにホールを見渡すが、人の気配はない。それどころか床には雪が落ちている。
無人かと思われたが……背後でギギギという音がした。
マシュが構えた盾の向こうに見えたのは、半開きのドア。ネームプレートには、フィンランドの言葉で『正面警備室』と書かれている。礼装の効果で読むことができた。
「何者かがあの部屋にいる」
「どうします、マスター?」
「……入ろう。この建物について何か分るかもしれない」
「では、私が。さて、メカクレが出るか蛇が出るか……」
銃の撃鉄を上げたバーソロミューは『正面警備室』のドアノブに手をかけると、立香とのアイコンタクトの後に勢いよくドアを開けて室内に銃口を向けた。
確かに、室内には人がいたのだ。
八畳ほどの部屋の片隅に倒れているその人は、赤い服を着ている。白いファーの付いた温かそうな赤い防寒具に黒いブーツ、ふくよかな体型。傍らには同じカラーリングの帽子が落ちていた。どう見ても、この人は……否、帽子が脱げた頭が白髪交じりの黒髪バーコードハゲである以外は、正にあの人なのである。
「こ、この方は、サンタクロース!?」
「いや、どう見ても日本人のオッサン!」
「なんて哀れな前髪なんだ……!」
どうやら気絶しているらしい。ゴロンと身体を転がして仰向けにすると、四角いフレームの眼鏡をもかけていた。レンズにヒビが入っている。
サンタの衣装は着ているが、白いヒゲもなければフィンランド人でもない。どう見てもサンタの衣装を着た日本人のオッサンなのだ。
「クリスマスの繁華街でポケットティッシュを配ってる呼び込みのオッサンかしら」
「ちょっと早い忘年会の余興で、サンタ役になった係長かもしれない」
「何で気絶しているんでしょうか? えい!」
「う~ん……はっ!」
サンタプルートーが肉球の手でオッサンの顔をぺしっと叩くと、オッサンは目を覚ました。
「え、え……っ! ひぃぃぃぃーーー!! 猫?! 誰?!」
「それはこちらの台詞でもありますが、わたしたちは敵ではありません」
「汝の正体次第では、敵になる可能性も無きにしも非ずだが」
「わ、私は、プレゼント工場勤務のサンタ№4113です!」
「やっぱりサンタなの?! プレゼント工場?」
「あれ、もしかして君、日本人?」
「もしかしなくても、貴方も日本人ですよね」
「はい、日本人です。元は調理器具メーカーに勤めていまして、2年前に脱サラしてサンタやっています」
「脱サラしてサンタになれるのね」
「君たち、どうやって入ってきたの? ここはサンタしか見付けることができないはずなのに」
「それは、ボクがサンタだからです」
「なるほど。黒猫君に反応して目隠しをされていた建物が姿を現したのか」
かくかくしかじかでこちらに敵意はないと伝えると、オッサンことサンタ№4113はまだ少し混乱気味にこの建物のことを説明し始めた。
「ここは、サンタクロースが子供たちに配るプレゼントを作るサンタ直営のプレゼント工場です。私は主に設備管理に関わるサンタです」
「子供たちのためのプレゼント工場だと! 本当にそのような場所が存在したのか!」
「しかし、サンタ№4113さんだけでこれだけ広大な工場を運営している訳ではないですよね?」
「山田で結構です。私、本名は
「
「本当は、製造部門だけでも千人近くのサンタが勤務しているんですが……みんな、いなくなってしまったんです」
サンタ№4113改め、山田サンタは順を追って説明し始めた。
異変が起きたのは昨日。クリスマスを控えたプレゼント工場は毎日フル稼働していた。そんな中で、お菓子系プレゼントを製造するための巨大オーブンが故障してしまい、温度が下がらなくなってしまった。設備管理担当サンタも忙しく動き回っていたため、山田サンタが1人でオーブンの修理をしている最中、同僚たちの悲鳴が聞こえたという。
「何が起きたか分かりませんでした。同僚たちの悲鳴が、ゴゴゴという地響きと共にずっと聞こえて来て……私、もう怖くて怖くて。悲鳴が聞こえなくなった後も、引き籠っていたオーブン室から出ることができず、出て来たのは異変が起きてから半日以上も経ってからです。工場の隅から隅まで探しましたら、私以外のサンタがみんな消えていました。他のサンタたちがいなくなり、途方に暮れていた矢先……今度は、トントゥたちが暴れ始めました」
「トントゥ?」
「サンタの手伝いをしてくれる小人です。プレゼント工場で一緒に働いているんですが、サンタがいなくなったせいで彼らに賃金として支払われるお菓子が支給されず、ストライキを起こしていたんです」
サンタたちがいなくなった後も課せられた仕事を黙々と進めていたトントゥたちだったが、休憩時間に振舞われるお菓子がなかったためキレた。妖精とは危うい存在なのである。
山田サンタを見付けたトントゥたちはお菓子を要求して暴れ、襲いかかってきた。興奮して暴徒と化したトントゥを工場の外に出すことはできない。山田サンタは命辛々『正面警備室』に逃げ込んで工場全ての出入口を封鎖し、それから立香たちに発見されるまで気絶していたというのだ。
「トントゥたちは主電源室に立て籠もっています。あそこの炉を動かさなければ、工場が稼働しません。サンタたちがいなくなったのも大事件ですが、元々ギリギリでやっていたプレゼント製造がクリスマスまでに間に合いません!」
「マスター! プレゼント工場が稼働しなければ、子供たちにプレゼントが届かない。これは由々しき事態だ」
「サンタが大量に消えたのは、クリスマスの消失に関係がありそうね」
「工場を再稼働させれば、また何かが起きるかもしれない。プレゼント工場を動かそう」
「プレゼントも手に入りますね!」
目指すはプレゼント工場の最奥、ストライキを起こしたトントゥたちが立て籠もる『主電源室』だ。
オレンジ色のサンタ帽子を被った二頭身の小人たち。本来は、サンタの仕事を全面的にバックアップする働き者の小人であるが、お茶の時間にお菓子と言う名の賃金が支給されなかったのでキレて仕事をボイコットし、暴徒と化した。
元は善良な小人であるため、何とか興奮を鎮めることができたなら工場再稼働のための心強い味方になってくれるはずだ。
「ぴんぽーん! お届け物でーす」
「誰だ!」
「誰だ!?」
「ハンコかサインお願いしまーす」
「何だ、宅急便か」
「いや、騙されるな! この臭い、サンタだ!」
「無賃金労働をさせたサンタめ! 我々は断固抗議するぞ!」
「すっかりサンタ不信になっていますね」
「ちょっと手荒だけどこじ開けよう。バーソロミュー」
「撃つよー」
バリケードで『主電源室』の入り口が塞がれているので吹っ飛ばすしかない。
ちょっと手荒に大砲がぶち込まれて入り口のドアが崩壊し、トンカチやノコギリなどで武装したトントゥたちがわらわらと飛び出して来たのだ。
「賃金を払えーー!」
「トントゥのみなさん、落ち着いてください!」
「この度は、賃金の支払いが遅れましたことを陳謝します! こちらも非常事態ですのでいつもの物とは異なりますが、臨時給付をお持ちしました!」
マシュがトントゥたちの攻撃を防ぐ後ろで、立香は声を張り上げた。サンタプルートーが牽引するソリには、先ほどカルデアから送ってもらった彼らへの臨時給付がある。
つまり、運よく消失から免れたクリスマス菓子である。
「シュトーレン、ミンスパイ、パンドーロ、ジンジャーマンクッキーなどなどです。お受け取りのサインかハンコお願いしまーす」
こうして、無事に
祝いの席で提供される小豆もとい餡子と同じ色だということで、黒猫は「餡子猫」と呼ばれていた。
ちなみに、結核と患った沖田さんが黒猫を飼っていたという話は、子母沢寛の創作の可能性もあるとかないとか。