「宝具、起動します! ポチっとな」
サンタプルートーはダンボールトラックの隠された機能を展開させた。秘密のスイッチを肉球でポチっと押せば、ダ・ヴィンチちゃん謹製のダンボールトラックはその真の姿を現すのだ。
ダンボールトラックはサンタプルートーを乗せたままパカっと展開図になり、ダンボールは急激に面積を拡大させる。床を覆い尽くさんばかりに拡大・膨張したダンボールは再構築され、今度はトラックではなくもっと巨大な乗り物にと変形して行った。
それは、ダンボール製と言うにはあまりにも精密すぎた。大きく、断熱効果に優れ、軽く、でもよく見たら所々継ぎ目が大雑把だ。形は水上艦艇と言うに相応しいが、実際のそれよりは小さく、黒猫のマークが描かれている。
ダンボール製のトラックは、ダンボール製の戦艦にメタモルフォーゼしたのだ。
「何それ!?」
「ライダーになったボクの宝具です。この戦艦の艦首大砲から発射されます。名前を付けるとしたら、そうですね……宅急戦艦ヤマ……」
「マスター! 巨大な雪だるまがこちらに向かって来ている!」
アタランテが遮ってくれなければ、色々とアウトなことになっていた気がする。
とにかく、バッドスノーマン進軍という現状を打破するにはサンタプルートーの宝具が必要だ。黒猫には自信があるらしい。自分の宝具がバッドスノーマンこと絶望の塊に有効であることを。
「しかしこの宝具、エネルギーチャージに時間がかかります。普通に発射するなら120%で可らしいですが、全力全霊でぶっ放すためにメーター振り切れチャージが必要だと、取説にあります」
「エネルギーって?」
「楽しいクリスマスの象徴。サンタが届けるプレゼントに満ちる、プレゼントエネルギーです! プレゼント工場が稼働率100%の状況なら通常よりもチャージは早いと思いますが、油断はできません。みなさん、猫の手に協力をお願いします」
「言われなくても」
「プルートーさん、お願いします!」
ダンボール戦艦を工場の正門まで移動させ、シャッターを開け放つ。オーロラがたなびく雪国の夜空の向こうには、こちらに向かって雪の山肌を滑り下りて来るバッドスノーマンとゴーストの群れ。
あのゴーストたちは悪性情報に引き寄せられた怨霊だ。
すなわち、リアルタイムでクリスマスに負の感情を溜め込む生霊の如き者たちである。リア充爆発しろとか、クリぼっち楽しー(空元気)とか、幸せな聖夜を過ごす者たちを目にしては血の涙を流す者たちがゴーゴーゴー!とバッドスノーマンにブーストをかけている。
クリスマスは楽しいもの。ならば、辛いクリスマスなど滅ぶが良い。クリスマスよ滅べ!
『クリスマスは家族で過ごす日だろうがカップルどもおぉぉぉぉぉ!!』
『今日、クリスマスイヴ? 嘘だーただの平日だー……何で残業してるんだーー!!』
『寂しくない、もん。1人、サイコー……ケーキ、美味しい……オイシイ……』
『クリスマス割引……ポッキリ、カワイイチャンネー揃っているよ……』
『うちは、サンタさんは来ない。だって、サンタさんの正体は親だから。うちは、サンタさんは来ない。パパはお酒を飲みに出てった。ママはテレビばっかり見て布団から出て来ない……ケーキもない、チキンもない。クリスマスツリーなんてものはうちにはない』
『サンタクロースなんて、いない……!』
ゴーストたちが各々の負の感情を滾らせればバッドスノーマンの速度が上がる。白いはずの雪肌には黒く靄がかった。
モミの木の林をへし折り、野生のトナカイの群れを蹴散らし、美しいオーロラの風景に唾を吐き捨てる。
楽しいクリスマスの象徴。貰って嬉しいプレゼントを生産する工場など、たった一夜の……一時的にぬか喜びをさせるサンタなどいらないのだ。
クリスマスへの怨念が近付き、強くなるに従ってクリスマス概念の消失も進行していく。既にカルデア内では、クリスマスに繋がる微かな存在さえも消失しかけていた。
「解凍中のターキーが! メインッディッシュのローストターキーになる前の食材が消えたぞ!」
「フォウフォウ、フォーウ!」
「ああ! ソース用にこっそりストックしておいたクランベリーまで! これヤバいんじゃないかい? あのダンボール戦艦で大砲など撃てるのかね技術顧問! 撃った衝撃で爆発などしないか!?」
「ダ・ヴィンチちゃん印のダンボールと立香君を信じたまえ所長!」
取り込んだサンタたちの権能を利用し、目隠しをされていた工場に辿り着いたバッドスノーマンは、ヒイラギとヤドリギで出来た簡素なアーチの前まで来てしまった。
正面に見えるのは、おもちゃたちが飾り付けた豪華なクリスマスツリー。エネルギー供給のアンテナが破壊されてしまえば工場が停止してしまう。それを知ってか知らずか、そもそも知能があるかどうかも分からないが、アーチを破壊して工場敷地内に侵入して来たバッドスノーマンはクリスマスの象徴に真っ先に狙いをつけた。
両腕のクリスマスツリー……というよりは、その残骸とも言える両腕をドリルのように回転させて、破壊活動を開始したのだ。
「どうやら貴殿は気付いていないのかな? 既に包囲されていることに!」
戦術を構築する時間はたっぷりあった。工場敷地内の地理もしっかりと把握済みだ。
積もった雪の下から海賊船が浮上する。幻影の船に搭載されている大砲が下からだけではなく、工場の建物の至るところから敵を狙い、更にはオーロラが降る空からも敵を捉えて離さない。
海賊史至上最大の船団の一斉砲撃が、バッドスノーマンを出迎えた。
「全砲門一斉掃射! 『
バーソロミューの宝具が発動した。天地上下左右からの砲撃はバッドスノーマンの身体を削り、群れるゴーストを蹴散らし、左腕のクリスマスツリーを破壊した。しかし、ゴーストの数が多すぎる。楽しい・幸福なクリスマスの概念が消失しているのに反比例して、クリスマスの悪性情報は活発になる。
ザマァ!!とテンションが上がるゴーストは元気と気合で砲弾を跳ねのけ、バッドスノーマンに発破をかけのだ。
「気合で跳ね退けるな! そのようなガッツは、宝かメカクレを前にだけ発動したまえ。申し訳ない麗しの狩人、略奪を任せよう」
「心得た!」
力の限り引き絞った一射をバッドスノーマンの頭に乗る聖杯に向けて発射するが、暴れるクリスマスツリーの右腕を削っただけで届かなかった。
「我が弓と矢を以って
アタランテが信仰する神へ、天へ向けて二本の
アタランテの宝具によってゴーストたちは射抜かれ、次々と消滅していった。
「マスター! 黒猫! まだか!?」
「プレゼントエネルギー充填100%……まだです、まだまだ!」
「なら……!」
「仕方ないわね!」
ブーストをかけるゴーストたちが消滅してもバッドスノーマンは止まらない。だが、エネルギーの充填にはまだ時間がかかる。
止まらぬバッドスノーマンを止めるべく、ジャンヌが旗を振った。
「溶けて、燃えて、蒸発してしまいなさい!」
炎の槍がバッドスノーマンの顔に突き刺さった。
火力を上げて温度を上げて、火刑に処すべく火柱を上げる。だが、胴体の雪玉は火柱を突き抜け、頭部の雪玉と切り離して胴体だけ突進してきたのである。
「分離するなんてアリなの!?」
「下がってください、ジャンヌ・オルタさん!」
「令呪を持って命じる!」
立香が令呪を発動した。サンタプルートーの宝具を200%……否、300%のエネルギーチャージで発射すべく、魔力ブーストをダンボール戦艦に与えたのだ。
あと少し、ほんの数秒が必要になる。ジャンヌの前に出たマシュが円卓の盾を雪の地面に突き刺し、バッドスノーマンの胴体を迎え撃った。
「其は全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷。クリスマスの夢は、破壊させません! 顕現せよ、『
工場全てを覆い隠して守護するかのように、白亜の城が、マシュの意志が顕れた無敵の要塞が巨大な雪玉を受け止めた。進撃は止まらず、黒い靄を纏いながら回転を加えてマシュを押しのけようとする。クリスマスを消滅させようとする執念は、クリスマスの悪性情報に宿った執念そのものだ。
だが、マシュの護りは揺るがない。
クリスマスを恨む者・妬む者が大勢いるように、彼女のように、クリスマスを楽しみに心を躍らせて、ワクワクしながら待ち侘びる者も大勢いるのだ。
マシュの宝具に押し返されるバッドスノーマンの胴体が揺れた。白亜の城に弾かれて傾いた巨大な雪玉は、青黒い業火に襲われる。雪に宿った憎悪も飲みつくさんばかりの炎と共に、雪国の空にエドモンの外套が舞った。
「アンタ! 手伝うなら最初からやりなさいよ!」
「マスター! プルートーさん! 今です!」
「稼働電力シャットダウン、再起動非常電源スタンバイOK! ターゲットロックオン、回路開きます! プレゼントエネルギー充填300%! 最終セーフティ解除……」
サンタプルートーは発射レバーに首のモール飾りを伸ばすと、隣で立香も一緒にレバーを握った。
狙うは聖杯の突き刺さったバッドスノーマンの頭部。これで全てを終わらせる。楽しいクリスマスを迎えるために、黒猫は幸福をお届けするのだ。
「宝具発動、撃ちます! 『
「メリー・クリスマーーース!!」
「ニャーーーン!」
1人と1騎により発射レバーが降ろされる。
主砲から発射されたのは、キラキラを詰め込んだ夢の色。パステルピンクとミルキーホワイトと、クリームイエローが絡まり合ったトリコロールに、星が散りばめられたエネルギー砲こと波贈砲が見事バッドスノーマンに炸裂した。
宝具が命中したバッドスノーマンは溶けた。暖房の効いた温かい部屋のアイスが溶けるように、ジュースに乗せた綿あめが溶けるようにほわほわとした光に包まれて一瞬で溶けてしまった。憎悪の顔がぐるりと180度回転して、笑顔になって溶けたのだ。
「悪魔と同一視された恐怖装置の黒猫が、あろうことか真逆の存在に反転した。殺人犯を処刑台に送った黒猫が幸福を贈る黒猫とは……いつからあいつは
「
「未満児向けのクリスマス絵本のようなただ可愛い存在になってしまった黒猫……その宝具の真価は、反転に非ず。自身の現状を対象に
アンデルセンが語るには。
恐怖装置として描かれた黒猫プルートーが、クリスマス聖杯によって福猫の伝承が色濃く出てしまったサンタ化は確かに反転した現象である。だが、宝具が秘めた力は反転ではなくその結果の放射にある。
サンタからのプレゼントを待つ人々の、楽しいクリスマスに胸をときめかせる人々のワクワクとドキドキの感情を一気にぶっ放す宝具は、黒猫が幸福を運ぶように対象に届いてしまう。この宝具を受けた者たちは幸福な感情で満たされ、憎悪など遥か彼方へと消失してしまう。
聖夜の奇跡を実現させる。奇跡を強制させ、強制的に幸福をお届けするのだ。
なので、宝具を受けたバッドスノーマンと、それを動かしていたクリスマスの悪性情報は聖夜の奇跡によって幸福をお届けされてしまった。
「とんだ強制ハッピーエンド侵食ドリーミー砲だ。児童向け優しい世界展開装置とも言うか」
「ハッピーエンドは素敵よ。優しくてふわふわした、誰でも夢見る楽しい物語。子供たちが最初に出会う絵本は、素敵な世界でなくちゃ」
「何でもかんでも優しくマイルドにされてたまるか。近年は、赤い靴の紐だけ切るような神業を持つ木こりが何の脈絡もなく登場するんだぞ。が、しかし……あの黒猫が、ハッピーエンドを運び届ける存在になってしまったのも仕方がないことか。アイツは、
アンデルセンとナーサリー・ライムが言葉を交わす間も、プレゼント工場はクリスマスに向けてフル稼働を続けていた。
Next Epilogue