閑静な住宅地のど真ん中で死体が発見された。
第一発見者の悲鳴を聞いたご近所の人々が家屋を覗き込んで野次馬の山と化し、立香の通報で警察と救急車が駆けつけた。
不審死の場合は自宅で発見されても、その死が他殺でも病死でも捜査一課が一度は捜査にやって来る。刑事たちを引き連れてやって来たのは、お馴染み捜査一課の目暮警部だった。
「亡くなっていたのは、
佐藤刑事の視線の先には、ランドセルを背負った少年少女。もとい、少年探偵団がいた。彼女の報告を聞いた目暮が、「またか」と言いたそうな視線をしている。高木刑事も同じだった。
「コナン君たち、何でここに?」
「近くの公園でサッカーの練習をしていたら、この人の悲鳴が聞こえたんだ」
「藤丸さんはどうして?」
「この近くで仕事があった帰りに、たまたまコナン君たちと出会って話し込んでいたら、やっぱり女性の悲鳴が聞こえたので」
「そして……貴方は?」
立香の隣にいる、身長2m以上はある大男へと警察の目が向けられる。
室内だというのにフルフェイスのヘルメットを被ったまま、濃い色のアイシールドで顔は見えない。ヘルメットと同系色のライダースーツを着ているが、立香を後ろに乗せてバイクで仕事に来たという訳ではないようだ。
見てくれは非常に怪しい人物である。
警察の視線に気づいたヘシアンが、ヘルメットを取る仕草も見せずにスマートフォンを手にして画面に色々と打ち込めば、甲高い機械的な音声が彼の言葉を代弁した。
『こんにちは。私はヘシアン・ウォーケンです。私はドイツ系アメリカ人です。私は怪我をしていて喋ることができません。私は日本語が理解できます。しかし、日本語は書けません』
「翻訳アプリ……」
「彼はうちの『カルデア探偵局』のスタッフです。頭と顔に酷い傷跡があって、あまり見られたくないのでヘルメットを被っています。なので、素顔を曝すのは勘弁してもらっていいでしょうか」
「まあ、そういうことなら」
「玄関先にいるのも、うちのスタッフで事務局の主であるロボです」
「あら、凄くイケメンな子がいると思ったら、探偵犬だったのね。とても利発そうな顔をしているわ」
玄関先で悠々と座っているロボに驚き、怖がる刑事もいたが、佐藤は彼を気に入ったようだ。だが、好意を向けられても当の本人……本犬は、我知らず・興味なしと言わんばかりにそっぽを向いた。
やはり、靡かない。
さて、現場の状況であるが、現場は1人暮らしの老人が住む一軒家。玄関には鍵がかかっておらず、室内は荒らされた形跡もなく、金品等もそのままになっている。
亡くなった相馬の様子であるが、亡くなってから数日経っているようで死後硬直も完全に解けており、死斑の様子も死後15時間以上を示していた。
そして、VRゴーグルを装着したまま亡くなっていた。
「ご遺体がかけている、このサングラスみたいなのは何だね?」
「VRゴーグルですね。バーチャルリアリティーの映像を楽しめるゲームです。ゲーム機の電源が入ったままになっていたので、ゲームの最中に亡くなられたようです」
「バーチャル、リアリティー?」
「実際に目の前にあるような立体映像が、あのゴーグルに映し出されるんですよ。相馬さんがプレイしていたのはテニスのゲームなので、ゴーグルをかければテニスボールが実際に飛んでくる映像を打ち返すことができるんです。最近、話題ですよ」
「悪かったな。最近の機械に疎くて」
未だにパソコンもスマートフォンも満足に扱えない目暮がそう漏らした。
老人が最新のゲーム機で遊ぶ光景は、彼にとっては珍しいのだろう。だが、現場となった相馬邸には最新の家電が多い。VRゲームだけではなく、リビングのテレビもHDが搭載された最新型だ。
「父の趣味です。元々、電器メーカーの開発部に勤めていたので、最新の家電やゲームに凝っていました。今年に入ってVRテニスに嵌っていて、あまりにも毎日ゲームに興じるものですから、一度喧嘩になったことも」
「今日は、お父様を訪ねる予定が?」
「いいえ。私は夫の転勤で関西に住んでいるんですが、所用で東京に来ることになったので父を驚かせようと、内緒で……お昼に電話をしたら反応がなくて、訪ねてみたら玄関に鍵もかかっていなくて……お父さん」
故人の娘が鼻を啜りながらたどたどしく証言した。よく見れば、リビングの壁には「VRテニスは1日2時間!」と、小学生への注意事項のような張り紙が貼られている。余程入れ込んでいたようだ。
1人暮らしの老人がVRゲームの最中に亡くなった。歳が歳であるし、ゲームに興奮した心臓発作の自然死とも見えるだろう。だが、死体の様子に引っ掛かるところがあった。
「ねぇ、目暮警部。相馬さんの遺体に妙な傷があったんだ」
「妙な傷?」
「うん。遺体の右手の、人差し指の付け根と第二関節のちょうど真ん中ぐらいに、針で刺したような小さな傷があったよ」
「はい。確かに小さな傷がありました。今、ご遺体を検死に回していますので、何かあったら連絡が来るでしょう」
目暮と検視官に、自分の小さな掌を見せて傷の位置を指し示した。
最初に死体を発見して死亡確認をした際に引っ掛かったのはその傷だ。外傷は見られない死体にある唯一の傷跡。小さな赤い点のような、針で刺したかの傷にコナンは注目した。
彼が目暮たちへ自分の意見を告げたのを皮切りに、少年探偵団の少年少女たちは次々と捜査情報を警察へと説明して来たのだ。彼らは警察が来るまでの間に、悲鳴を聞きつけて集まって来たご近所の人々に、色々と訊き込んでいたのである。
「亡くなられた相馬さんは、機械に詳しかったそうです。ご近所で家電の設置やパソコンの設定をよくやってくれて、とても評判の良い方でした」
「お隣の
「毎日顔を合わせていた隣人がいない間に亡くなって遺体の発見が遅れるなんて、都合の良すぎる突然死ね」
「それと、美味そうな匂いがよくしてたってよ。飯を作りに来てくれる姉ちゃんが、凄い料理上手だって自慢してたって」
「通いのヘルパーさんですね。父は家事を一通りできるんですけど、料理だけはからきし駄目で。それで、知人の紹介でここ1年ほどヘルパーさんに料理の作り置きをお願いしていたんです」
「キッチンにも最新の料理家電がたくさんありましたけど、お父様は料理ができなかったんですか?」
「はい。あの家電は料理好きだった母のために父が揃えましたが、母が急な事故で亡くなってしまって……ずっと動かさずに埃を被っていたのを、そのヘルパーさんが上手に使ってくれていたみたいです。父もその人のことを気に入っていました」
警察が臨場するまでの間、立香とヘシアンは家の中を見回っていた。他に人がいないか、もしかしたら暴漢が隠れているかもしれないとのことだった。
その時に彼らは家の中の様子を目にしていたが、亡くなった相馬氏の家電好きは筋金入りだったようだ。脱衣所には使い込んだドラム式洗濯機と乾燥機が並び、除湿機能付きの空気清浄機が寝室に設置されている。
キッチンには全自動食洗器だけではなく、スチームオーブンに電子圧力鍋、ハンドブレンダー、調理もできる炊飯器、ホームベーカリー、低温調理器まで揃っていた。確かに、料理ができないのにこれらの家電は宝の持ち腐れである。
「そのヘルパーさんは?」
「
「目暮警部、その女性が来ています!」
見張りの警官に連れられてやって来た蔵田令子(29)は、長い髪を一本にひっつめて眼鏡をかけた、地味な印象の女性だった。彼女が相馬氏が周囲に自慢していた料理上手なヘルパーさんらしい。
「菊美さん、相馬さんが亡くなったって、本当ですか?」
「ええ、リビングで倒れていて……」
「蔵田さん、今日は何故この家に?」
「私、家庭の用事でしばらくお休みをいただいていたんです。今日は、お土産を渡しに寄ったんですけど……嘘でしょう、相馬さんあんなに元気だったのに」
「亡くなられる前の相馬さんにどこか変わった様子はありませんでしたか?」
「相馬さんとは先週会ったきりですが、特に変わったところはありませんでした」
「貴女の代わりのヘルパーさんは訪問していなかったんですか?」
「はい。先週、いくつか作り置きを冷蔵庫に入れていきましたけど、相馬さんが1週間ぐらい外食でなんとかするとおっしゃっていたので、紹介所から代わりの者は来ていませんでした」
蔵田も目を潤ませて時に鼻を啜りながら刑事たちの質問に答えていた。
親族が遠方に住んでいる1人暮らしの老人が、隣人や通いのヘルパーが不在の時に孤独に亡くなった不運な話だ。このまま、自然死で片付けられたのならば。
コナンの推測では、相馬氏の死は自然死ではない。指の傷……あの傷ができる針のような物は、家中どこを探しても見当たらなかった。
「目暮警部! ご遺体の指の傷から、高濃度のニコチンが検出されました!」
「何だって?!」
『やっぱり!』
やっぱり、これは他殺だ。ニコチンを塗った針による毒殺事件だったのだ。
小学生が事件の聞き込みをするのに、誰も突っ込まない世界線でお願いします。