犯罪多重奇頁 米花   作:ゴマ助@中村 繚

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美天島聖剣伝説殺人事件05

「動かすな!」

 

 真っ先に動いたのはエドモンだった。

 人々の合間を縫って高速で円竜に近付いて脈を取り、心臓の音を確認する。

 続いて酔いが吹っ飛んだ小五郎が近付くと、2人で円竜の身体を仰向けに移動させて蘇生を試みたのだ。

 

「心肺停止の状態だ! オレは胸骨圧迫をする。毛利探偵は脈を」

「分った!」

「誰か、診療所へ!」

「でも、あの爺さんこの時間は寝ているぞ」

「叩き起こせ! 駐在もだ!」

「あ、あなた……どうしたら……」

 

 蘭堂が声を張り上げて、島唯一の診療所と駐在所に人を走らせる。

 エドモンと小五郎が交代で必死に蘇生を試みるが、円竜の心臓は再び動くことはなく呼吸も戻らない。診療所の医者が到着する前に、時間が来てしまった。

 エドモンが胸ポケットから懐中時計を取り出すと、時間を確認した。

 

「19時42分38秒……円竜勇朝、死亡を確認した」

「そ、そんな……!」

「う、嘘でしょ。父さん?」

 

 義乃が小さく悲鳴を上げ、萌華も顔を真っ青にして呆然としている。蘭は咄嗟に、隣にいた百華を抱き締めた。

 朝央も何があったか分からないと言いたげな表情をしていたのだが、島民の中で……誰かは分からないが、1人がボソリと呟いた。

 

「あの女のワインで、村長が死んだ」

「毒だ、あのワインに毒が入っていたんだ……花鞠が村長に毒を盛ったんだ」

「やっぱり、あの女は島に禍を呼ぶ花鞠だったんだ!」

 

 島民たちの視線が一斉に鞠菜へと向かった。

 誰が最初に言葉を漏らしたのかは分からない。だが、小さな呟きは刹那に周囲に伝染し、小さな火種は……刷り込み、埋め込まれた邪念は一瞬にして爆発したのだ。

 

「村長を殺したのはあの女だ!」

「花鞠だ! このままじゃ、みんな殺されるぞ!」

「まだ毒を持っているはずだ!」

「何を言っているんですか! 鞠菜がそんなことをする訳がない!」

「ヘシアン、2人をお願い。サリエリ先生、ジャンヌ! ヘシアンと一緒に彼らを連れて島を出てください。まだ最終便には間に合う!」

「……」

「承知した」

「ええ!」

 

 このままでは鞠菜の身に危険が及ぶと判断した立香は、彼らだけでも島から脱出させるために指示を出す。

 3人に付き添われた朝央も鞠菜の背中を押して、島民たちの罵声を受けながら急ぎ屋敷を出た。口撃は止まないが、実際に手を出してくる者がいなかったのは幸いだ。そして立香は、持って来た荷物を手にエドモンと合流する。

 

「朝央さんと鞠菜さんは、ジャンヌたちに」

「屋敷の外は?」

「ロボに任せている」

「的確な采配だ。円竜氏は恐らく毒殺。口を付けたナニかに毒物が混入されていた可能性が高い」

「毒の種類を調べる」

「あんたたち、毒の種類って……分るのか?」

「はい。調べられます」

 

 驚く小五郎の前に広げられたのは、立香が持つ小ぶりなトランクケース……魔術礼装『カルデア式探偵七つ道具』だ。

 ダ・ヴィンチちゃんが言っていた探偵道具が、英霊たちの技術をも織り込んで実現したのである。その中には、毒物を検出しその種類を特定するキットも入っている。

 投入するのはこの事件が初めてだが、まさか早速使用するとは思っていなかった。

 

『ミスター・ダンテス。胸部圧迫の指示は見事でした。貴方が蘇生を試みなければ、私がカルデアを破壊してでもそちらに向かうつもりでした。残念で仕方がありません。しかし、毒を飲んだご遺体に触れましたね……ご冥福をお祈りした後、触れた貴方の手を早急に殺菌・消毒をするのです! あちらのミスターも! マスター! 貴方もです! 手袋を忘れず装着してください!』

「メルセデス、今はそんな場合ではない」

「マシュ、『探偵七つ道具』のオペレートをお願い」

『了解です! 毒物の検出は、No.3の検出紙を使用します。そちらをリトマス試験紙のように毒物と思われる物に浸してください』

 

 ナイチンゲールの注意事項をしっかり守り、立香は使い捨てのゴム手袋を装着してから『No.3』と書かれた筒の中から白く細長い紙をピンセットで摘まんだ。それをテーブルに零れたワインに浸すと、白い紙はワイン色には染まらず、中央部分に黄緑色の線が、右端に黄色い線が色濃く浮かび上がった。

 

『『カルデア式探偵七つ道具』No.3毒物検出紙は、浮かび上がった線の種類で毒物の成分を判断します。毒の含有量が多いほど、線の色が濃く出ます。成分の主な説明は、検出紙の開発監修を担当したパラケルススさん交代します』

『マスター、パラケルススです。検出紙に出現した線の色の組み合わせは、別紙の成分相対表に記載しています。その検出紙の反応は、コンバラトキシンですね。青酸カリ以上の猛毒です』

「毒物は、コンバラトキシン」

「コンバラトキシン?」

「それって、スズランに含まれる毒だよね!」

 

 いつの間にか、コナンが小五郎の隣にいた。探偵たちに与えられた知識だろうか、彼は毒の出所をしっかりと理解している。

 白く小さい可憐な花を咲かせるスズランの花であるが、実は自然界でも指折りの猛毒を持っている危険な植物だ。

 

『自然界の毒と言ったら、オレの領分っスよ。マスター、返事は良いから聞いてください。スズランの毒は実にお手軽な毒だ。ケシみたいに植えるための制限もない、その癖に花粉を吸い込んだだけでも容赦なく中毒に繋がる。確か、盛られたおっさんは心臓発作で倒れたことがありましたねぇ。スズランの毒は心臓の弱い人間によく効く。水にも溶けやすいし、病気の人間に一服盛るならこれ以上の物はありませんよ。スズランを活けた花瓶の水を飲んだ子供が急死したってのも、よくある事件ス』

 

 通信機から聞こえるロビンフッドの説明の中で気になったのは、「水に溶けやすい」という点だ。

 円竜はワインを口にして苦しみ始めた。ならば、毒はワインに溶けていたということか……口にして毒が混入されているのに気付いて吐き出そうとしたが、手遅れだったということだろうか?

 

『でも、一つ気になるコトが……スズランの毒は、あんなに苦しむほど味があるもんじゃないはずですけどねぇ』

『葡萄酒で毒殺するには、いかにして美味な毒を盛るかだ。いくら強力な毒であろうとも、飲み干せなければ毒の意味がない』

 

 ロビンフッドの他に聞こえる妖艶な声はセミラミスだ。流石、実際に毒殺をしていた人の意見には説得力がある。

 彼女の言う通り、飲食に毒を盛る場合に毒の存在に気付かれて吐き出されてしまったら意味がない。ワインに毒を盛るなら不味い毒より美味い毒だ。

 しかし、ロビン曰く、スズランの毒はあんなに呻き声を上げるほど不味い物ではない。

 そこが少々、引っ掛かった。

 

「ん、ちょっと待て! ワインに毒が混入されていたなら、同じワインを飲んだ蘭堂さんは……!」

「……私は平気です。実は、ワインを飲んではいませんでした。飲んだふりをしていたのです」

 

 小五郎が焦るが、当の本人の体調に異常はない。

 聞けば、蘭堂はワインどころか酒の一滴も飲めない下戸であるとのこと。それを知ってか、村長が毎回アルハラ紛いの無茶振りをしてくるので、今回も波風を立てぬようにと飲んだふりでやり過ごしたらしい。

 そのお陰で、彼は毒を飲むことはなかった。立香が蘭堂のワインに検出紙を浸すと毒が検出された。ボトルに残っていたワインもまた、同じだった。

 

「毒はワインに仕込まれていた。このワインは、花井さんが持って来た物……だとしたら」

「いや、違う。このワインに毒を盛る手段はない。コルクには注入の疵はなく、蘭堂氏に開封されるまで硬く口が閉ざされていた」

「毒を入れたのは鞠菜さんじゃありません」

 

 コルクで封がされたワインに毒を混入するなら、注射器か何かでコルクを刺し抜かなければならないが、エドモンが拾ったコルクにはオープナーの穴しか空いていない。勿論、貫通もしていない。

 一見すると、鞠菜が持って来たワインに毒が混入されたように見える。だが、実際には毒を混入した形跡はない。

 断言する。花井鞠菜は犯人ではない。

 

『……先輩? どうしましたか、バイタルが激しく波打っています』

「……聞こえないんだ」

『え?』

「猫の声が、聞こえない」

 

 ボソりと、マシュにだけ聞こえる声で立香はそう零した。

 円竜が倒れ、エドモンと小五郎が蘇生を試みている間に広間を見渡した。鞠菜の姿も目にした。

 だが、誰からも猫の声が聞こえない……犯人を告発する声が、聞こえなかったのだ。

 犯人はこの場にいないのか。それとも、何か別のからくりが働いているのか。

 逆説的に考え、鞠菜から猫の声が聞こえないのなら彼女は犯人ではないと、激しく鼓動する心臓を落ち着かせるように自分に言い聞かせる。

 その時、ポケットのスマートフォンが鳴った。ジャンヌからの連絡だ。

 

「ジャンヌ! 出航できた?」

『……ごめんなさい、立香。強風で波が高くなってしまって、最終便が欠航になったわ』

「え」

「なにぃー! 県警が来られない?!」

「何でも、本土の方が悪天候で船も出せないしヘリも飛ばせないって」

 

 定年が近い島唯一の駐在警察官が、冷や汗をかきながら小五郎へそう伝えた。

 夕方から風が出てきていたが、夜に近付くにつれてそれは嵐と差し支えないほどの強風をもたらし、本土には豪雨に見舞われていた。

 

「Closed circle. 閉じ込められたか、謎解きの舞台に」

 

 それはまるで、探偵たちを孤立させるための天の演出のようであった。




一旦切ります。
ここまでで前編部分、次は中編となります。

・円竜朝央(28)
『カルデア探偵局』の依頼人であり、美天島を治める円竜家の長男。恋人の鞠菜を父に紹介するが、猛烈に反対される。「アーサー王」

・花井鞠菜(26)
『カルデア探偵局』の依頼人であり、朝央の恋人。結婚を考えている。美天島の伝説にある花鞠の生まれ変わりだと吹聴される。「マーリン」

・円竜勇朝(65)
美天島を治める円竜家の当主兼同島の香女路村の村長。脅迫状が届き、鞠菜が伝説にある花鞠だと思い込み息子の結婚に反対する。「ユーサー王」

・円竜義乃(38)
円竜の後妻。生々しい色気の美人。「ギネヴィア」

・円竜萌華(33)
円竜家の長女。父とは島の在り方について対立している。「モルガン」

・円竜百華(5)
萌華の長女で円竜の孫。コナンに懐く。「モードレッド」

・円竜麓人(31)
萌華の夫で百華の父。婿養子。「ロック王」

・円竜栄華(16)
円竜家の次女。大人しい性格。「ガウェイン」

・鳥栖匠海(30)
『毛利探偵事務所』の依頼人兼美天島商工会の役員。「トリスタン」

・荒倉兵輔(41)
円竜の秘書。ボディーガードのようにガタイのいい男。「アグラヴェイン」

・蘭堂督郎(50)
美天島の助役。円竜とは何か確執があるようだが……?「ランスロット」
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