翌日、7月2日。
美天島付近に居座る強風は昨晩よりも勢いを潜めたが、未だ海を荒らして外部の侵入を阻んでいる。
駐在の話によると、夕方頃に風が弱くなる予報となっているため、そのタイミングで県警がやって来るとのこと。
天候不良により、『美天島聖剣祭り』のメインイベントである聖剣の引き抜き大会は延期された。天候を見て、明日からのお披露目だ。
あの剣を見事に引き抜けた者には、賞金100万円と共に美天島の王の称号……という名誉島民の証書が贈られるが、観光客の殆どの目当ては賞金だけである。そりゃそうだ。
聖剣以外の名物と言えばワインと海の幸であるが、他に観光名所も娯楽施設もある訳でもなく、悪天候でレジャーもできないということで、殆どの観光客は宿に籠っているようである。
この日、『毛利探偵事務所』の一行は、美天島の役場へとやってきていた。
昨晩の事件で、ワインが注がれたグラスを持って来た蘭堂に話を訊くためである。
「こちらの絵巻物屏風は、昔から島に伝わる物です。聖剣伝説が四つの場面で描かれています」
「うわぁ……何だか怖い絵柄」
「伝説に出て来る鬼の正体って何なの? まさか、本物の鬼じゃないよね」
「鬼の正体は、本土から島に攻め入った戦国大名と言われています。鬼の財宝はその大名が持っていた軍資金ですが、現在の価値もその正体もまだ分かっていません」
美天島役場には聖剣伝説を描いた絵巻物屏風が展示されている。観光地らしい観光地はここぐらいらしい。
島を巡るなら案内すると、円竜家の次女・栄華が教えてくれたのだ。
「ありがとうございます、栄華さん」
「いいえ。私も、屋敷の外に出ていた方が気も紛れますし……あの、蘭さん。私たち、同じぐらいの年齢じゃないかしら。私は先月16歳になりました」
「それじゃあ、わたしが1歳上ですね。高校2年生です。この島には高校がないって聞きましたけど、栄華さん高校はどうされているんですか?」
「通信制の高校を利用しています。私、幼い頃から身体が弱くて。それを心配した父が、島を出て1人暮らしをすることを許してくれなかったんです。高校がない島だからみんな進学のために一回は島を出るんですけど、私は同級生もいなくて同年代の友達も少なくて……それで、ですね。もし、蘭さんが良かったら……この島にいる間だけでも、お友達になってくれませんか?」
「島にいる間だけじゃなくて、これからも友達でいましょう」
「っ、本当ですか!?」
「ええ。あ、敬語もなしね」
「ありがとう!」
栄華は悦びを隠せないと言わんばかりに白い肌を赤く染めて蘭の両手を握った。よほど嬉しかったのだろう。
病弱な深窓の令嬢を体現したような彼女だが、蘭と並ぶと結構上背があるのが分る。東京や島の外に出れば、モデルとしてスカウトされそうなスレンダーな体型をしていた。
コナンを蚊帳の外にして友情が育まれたタイミングで、蘭堂に聞き込みをしに行った小五郎が帰って来た。だが、様子を見るに収穫は芳しくなかったようである。
「警察の正式な捜査じゃないなら答えないの一点張りだよ。仕事が忙しいって、追い出されちまった」
「村長が急に亡くなったから、助役の蘭堂さんが何とかしなきゃいけないもんね」
「オマケに、役所に来ていた島民に蘭堂さんの話を訊いてもはぐらかされて何も答えねえ」
「それって、10年前のことも?」
「あ、ああ」
10年前、蘭堂の娘が亡くなったと聞いた島民たちの様子が明らかにおかしかった。つまり、事件の鍵が10年前にある可能性が高い。
「栄華さんは、蘭堂さんの娘さんのことで何か知っていることはない?」
「ごめんなさい、何も聞かされていません。10年前は、私がこの島にきたばかりの頃ですし」
「栄華さんって、この島の出身じゃないの?」
「実は私、お姉さんやお兄さんとはいとこ同士で、両親が事故で亡くなって円竜の養子になったんです」
「そうだったんだ。ごめんなさい」
「いいえ。でも、お姉さんなら何か知っているかもしれません。今の時間なら、二階のオフィスにいるはずです」
役場の二階は、萌華が麓人と共に経営している会社『ルビー・キャメロット』のオフィスになっていた。
仕事の内容は、美天島への企業誘致や経済活動を促進しての雇用拡大。それに伴い、移住者を募って人口流出を防ごうとしているらしい。
リゾート開発で金を落とす観光客を増やそうとした父に対し、娘は移住者を増やして島を立て直そうとしていたのだ。
「蘭堂さんの娘さんが亡くなった事件? 私、その頃は東京にいたから詳しくは知りませんけど……確か、父が原因とは聞きました」
「亡くなった円竜さんが?」
「確か、そうよね」
「聞いた話だけど。ただ、暗黙の了解で箝口令が敷かれていて、誰も口にはしたくないんですよ。亡くなった村長を悪く言うのもアレですけど……村長に逆らったら、島で暮らせなくなりますから。かと言って、島を捨てて本土で生活できる保障もありませんし」
夫の麓人も10年前は島を出ていたので詳しく知らないそうだ。
婿であり島の人間でもある彼は、村長が原因にあるという事件の詳細に首を突っ込めなかったのだろう。きっと他の島民も同じだ。村長が亡くなっても、そう易々と口にできないという意識が根付いてしまっているのだ。
「蘭堂さんと朝央の恋人が容疑者ね……でも、動機だったら私もあるか。殺せるもんなら殺したかったわ、あのクソ親父」
「萌華」
「昨日も言い争っていましたが、お父さんとはトラブルが?」
「トラブルだらけですよ。こっちは島の存続のためにコツコツやっているのに、目先の利益だけに食い付いて全部台無しにして。本来なら島の外に出して放っておく娘が帰ってきて、島に口を出し始めたから面白くなかったんですよ。私は所謂、目の上のタンコブってこと。円竜家にとって、家督を継ぐ長男以外は邪魔者なのよ」
円竜家は長男のみが家督を継ぎ、分家もなく本家のみで長年存続してきた。その通例に従った現代においても、後継ぎは朝央のみで娘である萌華は用無しということらしい。
彼女たちの父親は「昔からそうやって円竜家が繁栄してきた」その一点張りで、カビついた風習を改める気はなかったのだ。
「ボウヤ、コナン君だったかしら?」
「うん」
「百華と仲良くしてやってね……あの子、友達がいないのよ。この島では、百華が一番若い島民なの」
「百華ちゃんが?」
「来年は小学生になるのに同級生は0人、学校は小中学校合わせて10人足らずで同年代の子はいないわ。可愛がってはもらっているけど、周りは大人ばかり。子供がいないのよ……この島は」
萌華の言葉でコナンは納得がいった。何故、百華はあんなにも自分に懐いてきたのか……百華よりも小さな子供がおらず、同年代の子供もいないこの島で出会った歳の近い子供だったからだ。
萌華がコナンと目線を合わせて屈むと、フワリと品の良い香水の匂いがした。服装やメイクは派手めで、父親と言い争う苛烈な面もあるが、彼女は誰よりも故郷と娘のことを思って行動していたのだ。
「島に常住して目を光らせても、父によって私の計画はことごとく潰されたわ。腸が煮えくり返るほどの憎悪が原因なら、私も円竜勇朝殺害の動機があります」
「も、萌華……お前、まさか」
「でも、私は殺してないわ。むしろ、殺してくれた誰かに感謝したいくらい」
現時点で自分も殺害の動機があると、萌華は小五郎を前にしてそう宣言した。
「百華ちゃん、本当は寂しかったんだね」
「萌華さんは仕事で忙しくて帰って来ないって百華ちゃん言っていたけど、その仕事も百華ちゃんのためだったのね」
「……ん、もうこんな時間か。どおりで腹が減る訳だ」
小五郎が役場の時計を確認すると、時刻は既に1時半を過ぎていた。
昼食を取るなら良い店があると言う栄華に案内され、彼らは港近くにある『K’s TABLE』という名のロッジ風の外観のレストランにやって来た。
「島で唯一のお客様向けのレストランです。島の時期は、ヒラメ料理が美味しいですよ」
「あ、中からコーヒーの良い香りが」
「こりゃ、食後のコーヒーも期待できそうだな」
店の外にも香るコーヒーの匂いに引き寄せられるように店内へ入れば、店内には先客がいた。食事を終えた客がカウンターの向こうでコーヒー豆を挽き、淹れ立てのコーヒーを店員に提供していたのである。
「これ、同じ豆ですか? いつもの何倍も美味しい!」
「豆の挽き方だ。この店の設備では、豆を中細挽きにした淹れ方が最も香りと旨味を引き出すことができる。粗挽きではない、中細挽きだ。細心の注意を払い粒の大きさを揃えるのだ」
「『カルデア探偵局』!」
「昼食か、毛利探偵事務所。食後はコーヒーで良いか」
何故か店員にコーヒーを振舞っているエドモンを始めとした『カルデア探偵局』の面々が、食後のデザートとコーヒーを楽しんでいた。
まあ、狭い島だから仕方がないのである。
怒涛のドロドロ人間関係判明の連続がはーじまーるよー!