美天島と円竜家を取り巻く人間関係は、思っていたよりもずっと複雑なものだった。
ランチを終えて『毛利探偵事務』と別れた『カルデア探偵局』は、借りているコテージに戻り事件の概要を今一度整理する。ヘシアン・ロボは、朝央と鞠菜の警護のために隣にある彼らのコテージに在住していた。
「まず、円竜家内部の様子。亡くなった円竜さんと長女の萌華さんは、島の在り方について激しく対立をしていた。朝央さんや加恋さんの話によると、一時は本当に殺し合いをするんじゃないかってほどに関係が悪化していた」
「しかし、萌華はワインにもグラスにも手を触れてはいない」
「そもそも、萌華は陰湿に毒殺をするタイプかしら。私は栄華が気になるわ。彼女だけ養女なんでしょう。それに……さっき、私が毛利さんとデザートのことで話していたらとんでもない形相で睨みつけてきたの。毛利さんは気付いていなかったようだけど」
ランチのデザート二種類のうち、どちらが良いかと悩んでいた蘭にジャンヌが話しかけた際の出来事だった。
ジャンヌは自家製キャラメルシフォンケーキが美味しかったと勧めた。ついでに、美天島に来る前に寄ったカフェの外観が素敵だったと、2人でスマホの写真を見せあいながらはしゃいでいたら、憎悪にも近い感情が籠った視線がジャンヌに突き刺さったのだ。
「友人になったって言っていたけど、友情にしては粘ついた視線だったわね。しかもあの女、話の途中で割り込んできたし……私が毛利さんと話していたのに!」
「友を取られた嫉妬か」
「ちーがーいーまーすー!」
サリエリに図星を突かれて声を荒らげるジャンヌは、あの時の栄華に比べたら可愛いものだった。
栄華はジャンヌの声を遮って彼女たちの間に入って来た。蘭を独り占めしようとするかのような行動は、少なからず苛つきはした。
「栄華が島に連れて来られたのと同じ時期に、円竜氏は義乃と再婚をしている。栄華の母親代わりだというのが建前だが……義乃は、元は聖剣を管理していた
「聖剣の管理者だった寧井田家は、聖剣祭りの開催に一番反対して、村長の怒りに触れて島で暮らせなくなった。義乃さんだけは村長に
「若い女を差し出し、権力者の怒りを収めようとしたか。強制的に歳の離れた男の所有物とされ、血の繋がらぬ娘の母とされ、一族には見捨てられた。義乃にも円竜殺害の動機はある」
栄華が円竜の実子ではないことは、朝央からの話で『カルデア探偵局』も既に知っていた情報だった。
彼女は亡くなった円竜の歳の離れた妹の娘で、朝央や萌華との関係は従妹にあたる。
彼らの叔母である栄華の母親は、高校進学で島を出てからは音信不通状態で朝央も会ったことはなかったらしい。彼女は10年前に、円竜と当時の秘書だった荒倉の父に連れられて美天島へとやって来た。
そして、ほぼ同じタイミングで義乃が嫁入りした。彼女は聖剣を管理して祠を建てた家の出身だが、彼女以外の一族はみんな島を出た……否、円竜によって追い出されていた。
蘭堂との不倫に走ったのも、円竜への反抗か当てつけか。淑やかな物腰で義理の息子たちを出迎えた姿の裏には、積年の憎悪が隠れていたのかもしれない。
他、事件に関わる人々の情報は以下の通りである。ほとんどが加恋とのお喋りで得た情報だ。
萌華の夫である麓人は、島の人間であり婿であるため義父に反抗するどころか反論することもできなかった。
小五郎を連れて来た鳥栖は、7年前に島に移住して聖剣祭りの運営に積極的に参加している。島に来る前は、東京の大学院で民俗学を研究していたという。
荒倉は、代々円竜家に仕える家臣の家系だ。だが、元を辿れば円竜の始祖に退治された鬼――島に攻め込んで来た戦国大名の配下の子孫らしい。加恋の話によると、この荒倉も怪しいところがあるようであるが……。
「荒倉さん、萌華さんは「お嬢さん」で朝央先輩のことは「坊ちゃん」って呼ぶのに、栄華ちゃんは「栄華さん」って呼ぶのよ。あの齢で独身なのも怪しいと思うの! ねぇ、何か関係あるかな?」
「……って、言っていたね」
「あの強面秘書が薄気味悪くなって来たわ」
現状で、最も怪しいのは蘭堂と義乃である。
2人で共謀して円竜に毒を盛って殺害した。前者は娘の復讐と女との愛憎のために、後者はその身を取引の道具とされた憎悪のため。
『一族のために愛なき結婚を強いられた悲劇の美女、禁断の関係……私の推理でも、蘭堂が犯人と出ています』
『義乃が臭ェ。クソババと同じ匂いがしてやがる……あの女と浮気野郎の2人が犯人だ』
『私も、ランスロ……蘭堂が犯人だと思います、マスター』
『島の王の妻と不倫をしていた蘭堂が犯人です!』
『兄様、みなさん……ランスロット卿が部屋の隅で悲しんでおります!』
通信機の向こうで好き勝手する円卓の騎士+マシュの発言で、元ネタもといランスロットがダメージを受けているようである。ガレスだけが味方なのは幸いだが、マシュまで頑なに「蘭堂犯人説」を推してしまっている。
『……殺害された円竜の長女・萌華。私は彼女が引っ掛かります。結婚を反対された後継者は島を出ると口にしていた、その現状で当主が亡くなれば唯一の子である萌華が次の当主になるでしょう。島を手に入れるために、萌華が父親を手にかけた可能性もなくはありません。よもや、萌華と義乃の共謀である可能性も』
「アルトリアの話も一理あるよね……あー、駄目だ! 考えれば考えるほど分からなくなってくる!」
「倒れた名探偵は、何かヒントとか残さなかったの?」
『ミスター・ホームズが最後に遺された言葉は、「明白な事実ほど、誤られやすいものはない」……『ボスコム渓谷の惨劇』に登場した、シャーロック・ホームズの台詞です』
「どういう意味だろう?」
「明白な事実……まだ、その言葉の意味は解明できん」
コテージの窓ガラスを雨粒が叩く。風の他に雨が出て来たようだ。
小休止。
しようと思ったが、謎と激動は探偵たちを待ってはくれない。天候が崩れたタイミングで朝央から電話が入った。
今後のことを相談したいから、円竜家の屋敷に来てくれと義乃からメッセージが届いたのである。
***
「鞠菜さんからいただいたワインは、どこに置いていたか……ですか? あのワインは、宴の時間まで主人のワインセラーで冷やしておりました」
「そのワインセラー、見せていただけますか?」
「はい。こちらです」
円竜家の屋敷に戻った『毛利探偵事務所』は、当日の屋敷の様子を調べることにした。まず、鞠菜から義乃の手に渡ったワインが、宴で封を切られるまでどこに保管されていたのかを義乃へ聞き取りをする。
彼女の案内でワインセラーを見せてもらうことになった。どこかに設置してある家庭用の機械かと思ったが、案内されたのは台所に隣接している地下室への階段だ。
階段の先にある湿度と温度の高い倉庫の白い扉、年代物の冷蔵室がそこにあった。
「昔は、食材の保存庫として使用されていた冷蔵室です。今は主人のワインコレクションの保管庫になっています。鍵はありませんので、誰でも開けることはできます」
「場所を知っていれば、誰でも入ることができたという訳ですな。宴で出されていたワインもここに?」
「いいえ。ここにあるのは、主人が買い集めた有名なワインばかりで……私にはその価値は分かりませんが。今、開けます」
義乃がハンドルを引いて冷蔵室を開けると、冷気がフワリと漏れ出した。中には棚に並べられたワインと、中央に座る百華がいたのだ。
「百華ちゃん! 冷蔵室に入っちゃ駄目って、何度も言っているでしょう」
「だって、ここ涼しいもん」
「ワインが落ちてくるかもしれないのよ。万が一閉じ込められでもしたら……とにかく! 入っちゃ駄目!」
「……はーい。いこ、コナン君」
「え、うん」
どうやら冷蔵室は百華のお気に入りの場所だったようだ。
危険だからと何度も注意しても、何度も侵入しているのだろう……何度目かに分らぬ注意に不貞腐れた百華は、コナンの腕を引いて地下倉庫を出て行ってしまう。
「義乃さん、キライ」
「でも、お祖父さんの奥さんなんでしょ」
「おじいさんもあんまり好きじゃないんだ。今はいないから、ちょっと楽だよ」
百華には祖父が亡くなったことを伝えてはいなかった。宴の日で倒れて、そのまま本土の病院に運ばれたということになっているが……もしかしたら、薄々感づいているかもしれない。
祖父と母が最悪の関係を築いていた家の中は、彼女にとって居心地のいい空間ではないのだろう。秘密の場所を作ってそこに隠れているのも、自分だけの場所が欲しいからだ。きっと。
コナンと手を繋いでバタバタとお行儀悪く廊下を走る百華だったが、前から来る人物を見つけて一気に加速して突っ込んで行った。
「ヒロくん! お帰り!」
「ただいま、百華」
「ヒロくん、お家に帰って来たのに全然もーと遊んでくれないんだもん。また、ママたちと難しい話しているの?」
「うん。またちょっと、難しい話をすることになったんだ」
「ふーん。そっちのお姉さんは? こんにちわー」
「こんにちは」
円竜家の相続と家督についての難しい話をするためにやって来た朝央と、彼について来た『カルデア探偵局』。そして、一緒にやって来た鞠菜に百華は元気に挨拶をしたのだった。
~10年前に美天島で起きたこと~
・村長が『美天島聖剣祭り』を計画する
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・聖剣の管理をしていた寧井田家が大反対する
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・寧井田家が村長の逆鱗に触れる
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・栄華の両親が亡くなり美天島に連れてこられて本家の養子となる
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・寧井田義乃が円竜家に嫁ぐ
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・寧井田家が島を去る
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・蘭堂が医療の充実を提案するが、予算がかかりすぎると村長に却下される
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・ゴリ押しで『美天島聖剣祭り』が開催される
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・蘭堂茉由が観光客同士の喧嘩に巻き込まれて大怪我をし、本土の病院に運ぶ最中に亡くなる