けれども、当初から決めていたし、そもそも殺人事件を題材にするならば必ず死傷者が出るのでその時点で私は死神だった。
私は死、我は死。
異変は、夜9時頃に姿を現した。
「すいません、萌華……妻を見ませんでしたか?」
「萌華さん、ですか。いいえ、私たちは見ていませんが。どうかされたんですか?」
「実は、萌華が見当たらないんです。スマホは自室にあって、車も車庫にあるのでオフィスから帰って来たと思ったんですけど、屋敷にいなくて」
困惑する麓人に嫌な予感がした。
それはコナンだけではなく、ワインで酔いが回っていた小五郎も同じのようで、一瞬にして酔いが醒めていた。
円竜に届いた脅迫状の内容……『円竜の一族に滅びあれ』。標的は円竜勇朝だけではなく、円竜家の全員なのだ。
「蘭姉ちゃん、栄華さんは?」
「少し前に、お風呂に行くって」
「百華ちゃんは?」
「百華は、疲れたみたいでもう眠って……」
「パパぁー」
「百華ちゃん!」
「ママは? さっき、ママがお部屋に来たのに見つからないの。でもね、このお手紙があったの」
「貸して!」
寝ぼけ眼を擦りながら百華がとことこと麓人を追って来た。その手には一枚の封筒が握られている。
コナンがその封筒を受け取ると、中には手書きの便箋が。コナンの横から小五郎が取って目にすれば、そこには萌華の署名があったのだ。
「……『父・円竜勇朝を脅迫し、殺害したのは私です。美天島や私たち家族に対して悪逆の限りを尽くして来た父をこのまま野放しにしておけば、島は滅ぶと感じたからです。朝央の恋人の鞠菜さんに罪を着せようと、彼女が持って来たワインに毒を盛りました。しかし、こんな私が島を繁栄させることはできないでしょう。私は島を去ります、探さないでください。円竜萌華』……何だって?! 萌華さんが?」
「萌華が?!」
「蘭姉ちゃん、オルタさんの電話番号を知っているよね」
「え、ええ」
「『カルデア探偵局』にも協力してもらって、萌華さんを捜そう!」
屋敷のどこを捜しても萌華の姿がない。
スマートフォンや財布などの荷物は自室にあり、車も車庫にあるが、萌華の靴が消えている。
蘭がジャンヌへと連絡して、そちらに萌華は来ていないかと訊いたが、答えは「否」であった。
『島を出るって言ったって、今日もフェリーは運休よ』
『なら、まだ島内にいるかもしれない。蘭さん、俺たちも萌華さんを捜します!』
「はい。オルタさんたちも捜してくれるって」
「私は、商工会のみんなにも手伝ってもらうように連絡します。明日の準備で、まだ役場にいるはずですから!」
「……どうしたの?」
「百華、栄華ちゃんと一緒にお留守番をしているんだ。良いね!」
「……うん」
まだ半分眠っている百華を栄華に任せ、コナンたちは懐中電灯と傘を手に萌華を捜しに出た。
一時よりは収まったとは言え、まだ風は止まず雨も降り続いている。悪天候の中で萌華を捜し歩いていると、蘭の携帯にジャンヌから萌華を見つけたと連絡が入った。
場所は島の西側にある展望台。展望台とは名ばかりで、見晴らしの良い崖に柵を設置しただけの景観所だ。
同じく連絡を受けた立香とエドモン、朝央の3人と合流すると、西の展望台にはジャンヌとサリエリが待っていたが、見つけたはずの萌華の姿はない……否、彼女は
柵を越えた崖下の岩場。そこに、雨と波飛沫に打たれる萌華の姿があったのだ。
***
萌華が、自分が円竜殺害の犯人であるという告白文を残して姿を消したが、そちらを訪ねていないか。蘭からその連絡がきた時、『カルデア探偵局』のみならず朝央や鞠菜もその場にいた。
真っ先に言葉を失ったのは朝央だったが、すぐに否定の言葉が出て彼は「何かの間違いだ」と叫ぶ。だったら、萌華は何故姿を消したのか……立香の胸中がざわざわと嫌な予感が走った。
鞠菜と護衛のヘシアン・ロボをコテージに残し、二手に分かれて萌華の捜索に当たる。
立香とエドモン、朝央は港の周辺を。ジャンヌとサリエリは、鳥に変化した灰色の男を島中に飛ばして全体を俯瞰すれば、死神の目が萌華の姿を発見した。
『立香、ミセス・萌華を発見した。場所は西側の崖の下……残念だが』
「っ、そっちに向かいます。ジャンヌは毛利さんたちに連絡を!」
「西側の崖……観光マップの展望台か!」
「ここからじゃ距離があります。祐川さんから車を借りてきます!」
焦る朝央を宥めながら、祐川から借りた車で島の西側へと急行する。
残念だが……その言葉の通り、萌華の身体は崖下で動かなくなっていたのだ。展望台の柵から下を覗き込んだ先にある小さな岩盤に投げ出された華奢な身体は、下半身が海に浸かりかろうじて引っかかっているという様子だった。
頭は黒く染まっている。闇夜と距離でよく見えないが、あれは血痕だ。
展望台の入口で、麓人が運転する車に乗った小五郎たちと合流した。連絡を受けて、鳥栖や荒倉たちも集まってくる。彼らも促されて崖の下を覗けば、麓人が悲鳴を上げた。
「萌華! 萌華ぁーー!!」
「波が荒い。このままじゃ海に落ちるぞ! 梯子はありますか?」
「役場に行かなければ……」
「急げ!」
「固定した。風が強い、ゆめゆめ気を抜くようなことはするな!」
「ジャンヌ、お願い」
「ええ!」
「っ、オルタさん?!」
立香は、『探偵七つ道具』のトランクケースの中からセーブ・ワイヤーを取り出した。エミヤ・オルタからもらったそれを車に結んで固定し、ジャンヌのベルトに引っ掛けて命綱とした。
ピアス型の通信機を彼女の右耳に装着すると、仰天する蘭の悲鳴を背中に受けてジャンヌは崖を飛び降りる。何度か岩肌にヒールをぶつけ、落下の勢いを殺しながら
「胸にナイフが刺さっているわ。いるんでしょう、医者。モニター越しだけど、検死をしなさい」
『左胸部心房損傷。所謂、心臓を一突き。ありふれた死因だ。ナイフの柄のサイズから刃渡りは8cm程度、即死状態のため
「殺されてから放り投げられたって訳ね」
『頭部の出血の状態から見ても、間違いないだろう。ごく普通の、殺意を伴った殺害方法だ』
通信機の向こうから、アスクレピオスの淡々としたリモート検死結果が聞こえる。実際に遺体を
手袋をしたジャンヌが萌華の下半身を海から引き上げると、右足だけ靴を履いている。左は海に流されたのだろう。雨でぬかるんだ地面を歩くには不釣り合いなオフホワイトのヒールだ。服装もカジュアルオフィススタイルと言ったラフな物で、とてもこれから失踪しようとした者には見えない。
所持品も、バッグの一つも見つからない。靴と同じで海に流された可能性もあるが……。
「魔女よ! ブルーシートを投げ落とす。遺体を乗せろ、引き上げる!」
「分かったわ!」
ジャンヌの頭上から四隅にロープを結んだブルーシートが投げ込まれ、萌華の遺体が引き上げられる。
変わり果てた妻と対面した麓人は膝から崩れ落ち、人目も気にせず萌華に縋り付いて大声を上げた。
「嘘だろ、萌華……萌華あぁぁぁ!!」
「まさか、萌華さんが自殺を?」
「そんな訳ないでしょう! どう見てもナイフで心臓を刺されて殺されているじゃないの!」
「萌華を殺害して遺体を崖下に落とした。遺体を海に沈め、萌華に円竜氏殺害の罪を着せたまま行方不明にするつもりだったのだろう……幸運にも岩盤に落ちたことで、真犯人の描いたシナリオに狂いが生じた。円竜家の人間2人を殺害した者は、まだ息を潜めているぞ!」
立香の中に怒りが込み上げる。
日中に一緒に遊んだ百華は、仕事に熱中してかまってくれない母に小言を言うことがあった。それでも、帰って来るのを毎日心待ちにしながら母を慕っていた……犯人は、そんな少女から母親を奪ったのだ。
実父殺害という罪を着せ、彼女の名誉をも傷つけるというスケープ・ゴートとして。
萌華が残したという告白文を確認するため、立香たちもその足で円竜家の屋敷を訪れる。百華がいる屋敷に遺体を運び込めない。再び診療所の医者を叩き起こし、萌華の遺体を安置しておくことにした。
「これが、萌華が残した手紙か。手書きだな」
「手紙に触れたのは、オレとこの坊主。封筒の方は百華ちゃんが触れている」
「立香」
「うん。指紋を採取させてもらいます」
『カルデア式探偵七つ道具』No.1指紋採取キット。ダ・ヴィンチちゃん監修、スプレーシュっとひと吹きするだけで、はっきりしっかり指紋が浮き上がるそれを手紙と封筒に噴射する。
手紙と封筒には、それぞれ二種類の指紋が検出された。封筒には小さな指紋が二種類、これは百華とコナンのもの。手紙には小さな指紋と大人の指紋、これはコナンと小五郎のものだ。
「おかしい、萌華さんの指紋がない」
「贖罪のために失踪しようとしている人間が、わざわざ手紙と封筒の指紋を拭き取る手間はかけん」
「でも、ワープロ書きじゃない手書きの文書だ。犯人が萌華さんに書かせたっていうのか?」
「確かに、姉の筆跡に似てはいますが……」
『立香君、代弁してくれ。その手紙は一見手書きに見えるが、よくよく調べれば……』
「この手紙、一見すると手書きに見えますけど、跳ねや払いの部分に違和感があります」
『お手本を見ながら真似したような文字ばかりだ。恐らく、彼女の直筆文書などを片手に筆跡を似せたんだ』
流石万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチ。
筆跡に違和感があると鑑定してみたところ、すぐに偽造されたものだと看破したのだ。
偽造の告白文を残して萌華に罪を着せ、殺害して遺体を処分して失踪させたことにするのが真犯人の計画だったのだろう。だが、指紋を消すといういらぬ工作と、遺体が海に落ちなかったという幸運により明るみに出たのだ。
じゃあ、円竜と萌華を殺害した真犯人は一体誰なのか?
「パパー」
「も、百華」
「ママは見つかったの?」
「っ! マ、ママは……急なお仕事で、本土に行ったんだ。ちょっと帰って来るのが、遅くなるって」
「……うん。もー、良い子で待ってるね」
麓人が震える声を必死に隠しながら、百華にそう伝えた。
立香の背後で、ドン!と鈍い音がした。誰にも気づかれてない廊下の隅で、コナンが顔を俯きながら悔しそうに、それでいて怒りを隠せずに壁を殴りつけていた。
気持ちは同じだ。大人も子供も関係ない。
犯人を必ず、突き止める。
魔術礼装『カルデア式探偵七つ道具』のトランクの中には、七つ道具以外にもサーヴァントたちが入れてくれた「いざという時に役立ててくれ」アイテムがぎっしり。
でも、重火器とか弾丸とかナイフとかはお断りした。この特異点で「犯人」にはなりたくない。
そして、ここまでが中編です、
・円竜朝央(28)
『カルデア探偵局』の依頼人であり、美天島を治める円竜家の長男。恋人の鞠菜を父に紹介するが、猛烈に反対される。「アーサー王」
・花井鞠菜(26)
『カルデア探偵局』の依頼人であり、朝央の恋人。結婚を考えている。美天島の伝説にある花鞠の生まれ変わりだと吹聴される。「マーリン」
・円竜勇朝(65)
美天島を治める円竜家の当主兼同島の香女路村の村長。脅迫状が届き、鞠菜が伝説にある花鞠だと思い込み息子の結婚に反対するが、毒殺される。「ユーサー王」
・円竜義乃(38)
円竜の後妻。生々しい色気の美人。実は蘭堂と不倫関係にあった。「ギネヴィア」
・円竜萌華(33)
円竜家の長女。父とは島の在り方について対立しているが、それは娘のためでもある。「モルガン」
・円竜百華(5)
萌華の長女で円竜の孫。コナンに懐く。一人称は「もー(もも)」「モードレッド」
・円竜麓人(31)
萌華の夫で百華の父。婿養子。「ロック王」
・円竜栄華(16)
円竜家の次女だが、養子。大人しい性格で蘭とは友人になった。「ガウェイン」
・鳥栖匠海(30)
『毛利探偵事務所』の依頼人兼美天島商工会の役員。元は島の人間ではなく、移住組。「トリスタン」
・荒倉兵輔(41)
円竜の秘書。ボディーガードのようにガタイのいい男。10年前は彼の父が秘書であった。「アグラヴェイン」
・蘭堂督郎(50)
美天島の助役。10年前に娘の茉由が亡くなっているが、円竜に遠因がある。義乃の不倫相手。「ランスロット」
・祐川加恋(24)
美天島のレストラン兼コテージホテル『K's TABLE』の看板娘。朝央の後輩。亡くなった蘭堂茉由とは親友だった。「ガレス」
・祐川敬太(51)
美天島のレストラン兼コテージホテル『K's TABLE』のオーナーでコック。加恋の父。「ケイ」