「死亡したのは、
「死因は、転落死ではなく絞殺です。首のスカーフの下に絞め跡と吉川線が確認されています」
「絞殺された後に、噴水に落とされたか……で、何でまた君たちがいるんだね。阿笠さん、蘭君。そして、コナン君」
「あはは……」
通報により警視庁捜査一課の目暮班が臨場する。
高木刑事と検死官の報告を聞くと同時に、現場に居合わせたという見知った顔……元部下の娘と友人、発明家と彼を慕う子供たち。そして、齢にそぐわぬ事件遭遇率を持つこの少年。
呆れる目暮に対し、少年ことコナンは苦笑いを返すしかなかった。
「死体を噴水から引き上げたのは君たちが?」
「いや、そこのカフェの従業員たち。死亡した女性の同僚じゃよ」
「その時、カフェの人たちもピアノを聴きにお店の外からホールを覗いていたみたいで。落ちて来た女性を見るなり、慌てて走って噴水に入って行きました」
「ピアノ?」
「はい、あちらの方が」
阿笠と蘭の証言を聞き取り、ピアノを弾いていた外国人の男性へと目をやる。死体が落ちて来た現場だというのに慌てる様子なくピアノの傍に佇み、どこか空虚を見つめていた。
「失礼ですが、お宅は? 日本語は通じますか?」
「グリジオ・サリエリだ。日本語は、日常会話なら話せる」
「お国はどちらでしょうか?」
「生国はイタリアだが、仕事で長いことウィーンに住んでいる。そこの大学で作曲や声楽、ピアノの演奏などを教えている。日本へは、日本の伝統的な音楽を学びに来た。パスポートはこちらに」
「拝見します。今日、こちらには1人で?」
「いや、連れがいるが……」
「おじ様!」
目暮から返却されたパスポートを受け取るサリエリ。彼の発言を遮った声は、若い女性のものだった。
野次馬の人だかりの向こうから、シルバーブロンドの少女と日本人の少年が人を掻き分けながらこちらへとやって来た。
「おじ様! 勝手にどこかに行かないでよ、探したじゃない!」
「サリエリ先生、何かあったんですか?」
「我がピアノに引き寄せられ、弾いている横に死体が落ちて来た」
「いや何で事件と遭遇しているんですか?! ってか、ピアノに引き寄せられないでください!」
「あのー……お2人は?」
「姪と友人だ」
恐る恐る間に入る高木に気付くと、少女はしゃんと姿勢を正し新品のアウターの裾を揃えて名乗った。
「失礼しました。フランスから来ました、ジャンヌ・エリス・オルタと申します。こちらのサリエリおじ様に付いてきて、日本に遊びに来ました」
「俺は藤丸立香です。海外の大学に通っています。今は、ジャンヌとサリエリ先生が来日するので案内役で一時帰国しています」
身分証として2人のパスポートを見せてもらったが、何ら怪しい点はない。現場に居合わせた無関係の人物と思われる。
ならば被害者の同僚というカフェの従業員に話を聞いた方がいいだろう。蘭の話によると、噴水に落ちて来た被害者を引き上げたのは3人だった。
「はい、よく見たら姥沢さんだと気付きました。あの派手な花柄のワンピースは、よく着ていましたから」
真っ先に駆け寄ったのは、
「今日は本来、姥沢さんシフトが入っていたのですが、始業の直前に体調不良で休むとメールがきまして。まさか、上から落ちてくるなんて驚きましたよ」
女性の力では上手く引き上げられなかったのだろう。噴水に入って死体を引き上げたのは、店長の
「姥沢さんが抜けたシフトを埋めるために、今日は休みだった私が急遽入ったんです。私も姥沢さんだと気付きましたよ、あの人の服はいつも派手でしたから」
男手が欲しいからと、清藤の手を引いて駆け付けたのは
証言のとおり、被害者が来ているロングワンピースは大きな花柄の派手な物だ。首のスカーフも真っ赤な生地にラメが入っている。横で園子が呟いたが、どれも良いブランドの物のようだ。
「人の恨みを買いそうな人ではありましたよ。嫌味ったらしいし。それに」
「それに?」
「以前勤めていた人が、姥沢さんに投資の話を持ち掛けられてお金を預けたら大損したって言っていたんです。なのに、姥沢さんは反省とか、そんな気配を見せていなくて。朝村さんも誘われましたよね、確か」
「ええ。でも、私は乗りませんでした。胡散臭かったし、普段の姥沢さんを見ていたら何だか信用できなくて……あの人、ここ以外にバイトとかしていないって言っていたのに、持ち物は高級ブランド品ばかりでした。詐欺かと思って」
「勤務態度は、まあ普通でしたね。頼めば早朝からシフトにも入ってくれましたけど、田島さんが言ったようなトラブルもありましたし」
順番に、田島、朝村、清藤の証言である。
どうやら被害者は詐欺紛いの行為を行っていたようだ。怨恨の線で殺害された可能性が高い。
「目暮警部。噴水の中に被害者のスマートフォンが落ちていました。被害者のポケットに入っていた物が、落下の衝撃で落ちたと思われます。殺害の際には随分と抵抗したようです。首の吉川線だけではなく、額には生活反応のある打撲痕が見られます。それと、被害者はコンタクトレンズをしていたようですが、右目のレンズが入っていませんでした。水の循環を止めてもらって噴水の中を探していますが、まだ見付かっていません」
「目撃者はいたのか?」
「それが、誰も」
目暮がホールの吹き抜けを見上げると、4階建てのショッピングモールの内、3階まではこちらを覗き込む野次馬が見える。4階は本来屋上駐車場の出入り口になっているが、今はフロアの改修中のためガラスの柵にブルーシートがかかっている。
殺害した被害者の死体を上階から落とした犯人がいるはずだ。人目のある2、3階では落とすことはできない。なら、出入り禁止になっている4階から1階の噴水に落とされたのだろう。
「……音がした」
「サリエリさん、何か気付いたことが?」
「我が彼女のリクエストに応えて讃美歌を演奏している最中に、上で布を引き千切るような音がした。音がして直ぐに、彼女が落ちて来たのだ」
「サリエリ先生は耳が良いんです。遠くから来る足音を聞き取れるぐらい」
「布を引き千切る音ですか」
「これじゃない?」
いつの間にか、死体の傍にコナンがいた。びしょ濡れのワンピースの腰の部分、小さな指が示す布のベルトの糸が解れて真っ二つに裂けている。
「このベルトの穴、被害者のウエストに合わないよ。それに、半分ぐらい刃物で切られた跡がある。きっと、被害者の死体は4階のブルーシートの下に吊るされていたんだよ。それなら、下から見ても気付かないしね。布のベルトを手すりに通して切れ目を入れて吊るしておけば、被害者の重さに耐えきれなくなって自然と破けて犯人がその場にいなくても噴水に落とすことができるよ」
「こら、コナン君! 勝手に現場に入らないの!」
「確かに君が言ったトリックで遺体を落とせるが、何故そこまでして噴水に落とす必要が?」
「それは……」
確かに。そこまでして何故、噴水に死体を落とさなければならなかったのか?
蘭に抱き上げられて現場から摘まみ出されながら、その点についてはまだコナンの中で答えは出ていなかった。
「コナン君、また抜け駆けですか!」
「手柄を独り占めしようとしてんだろ」
「コナン君ずるーい! 歩美たちみんなで少年探偵団なのに!」
「少年探偵団? 君たち、探偵なの?」
コナンが子供たちに一斉に非難されている中に入って来たのは、藤丸立香だった。
「そうだぜ。オレたち、少年探偵団だ!」
「今までも数々の難事件を解決しているんですよ!」
「そのバッジ、シャーロック・ホームズだね。ベイカーストリート・イレギュラーズかな」
胸を張って自慢した元太の少年探偵団バッジ。バッジに描かれているホームズの姿を見て、立香は慣れ親しんだように世界一有名な探偵の名を口にした。
「お兄さんもホームズ好きなの?」
「“も”ということは、君はホームズファンかな。名前が「コナン」だもんね。コナン・ドイルはホームズの作者だ」
「うん。お父さんがホームズのファンなんだ。それでボクも」
本当は、名字も江戸川乱歩から取りました……とも言えない。
「いくつかは読んだことがあるよ。後輩が大のシャーロキアンで、色々と教えてもらっているから自然と覚えちゃったんだ」
「それ分かります。訊いてもいないのに、延々とホームズの話を続けるホームズオタクが隣にいると、嫌でも覚えちゃいますよね」
「……だ、そうよ。ホームズオタクさん」
『悪かったな、ホームズオタクで』
蘭の発言と、こっそり告げられた哀の言葉に再びコナンの顔に苦笑いが浮かぶ。
「でも、後輩のお陰で色々知識が増えたから今では助かっているよ。それに、彼女が好きなものを楽しそうに語っている姿を見ていると、こっちも楽しくなるしね」
「へぇ~……だってよ、蘭」
「もう! そんなんじゃないわよ」
どうやら、立香の後輩は女の子のようだ。それもただの後輩ではない気配がする。
さて、ここで謎が出て来た。
何故、犯人は被害者の死体をわざわざ吊るしてまで噴水に落としたのか?
吹き抜けの4階フロア。死体が吊るされていたと思われる、ブルーシートに囲まれて立ち入り禁止の空間に、1人の男がいた。
テイクアウトのコーヒーを片手に、丸眼鏡の下で手すりを観察すると千切れた糸の破片が付着している。吹き抜けを見下ろせば、噴水とピアノと集まっている人々が見えた。
「なるほど。この世界は、“探偵”を求めているということか」
男はポークパイハットを被り直し、苦いコーヒーを口にした。
最後の男、一体ナニモンなんだ……?