7月3日――昨夜からの雨は鎮まりを見せ、風は海面を撫でるほどに落ち着いた。
悪天候で延期されていた『美天島聖剣祭り』は開催され、宿に引き籠っていた観光客たちも島内へと繰り出し始める。彼らの目当ては勿論聖剣……を抜いた者に与えられる賞金だ。
我こそはと、力自慢や動画投稿者などが聖剣に触れるが動くことはない。聖剣を引き抜いた者が手にするという財宝にも、手が届かなかった。溶接されているから難しい。
そして、朝一の船で石川県警の刑事たちがやって来た。最初の殺人があってから2日、遺体は一つ増えてしまっている。
第一の殺人:円竜勇朝(65)
・円竜家への怨念を綴った脅迫状が届く
・花井鞠菜が持って来たワインを、蘭堂督郎が持って来たグラスで飲み苦しんだ
・苦しみの中で水を求めたがそのまま亡くなる
・死因は毒殺、ワインとグラスからはスズランの毒(コンバラトキシン)が検出された
・殺害の動機はありすぎて分からない
第二の殺人:円竜萌華(33)
・自分が円竜勇朝殺害の犯人だと告白する手紙を残して姿を消す
・島の西側の展望台の崖の下で遺体が発見される
・死因は刺殺、ナイフで心臓を一突きにされた上で崖下に放り投げられた……つまりは自殺でなく他殺
・殺害して海に投げ捨てて遺体処分し、失踪させた体にして罪を着せようとした
2人の遺体は司法解剖のため本土に運ばれた。百華には、母が亡くなったことを未だ伝えられていない。
これから、円竜の屋敷にて関係者たちの事情聴取が始まる。
「あの女が島に来てから死人ばかりだ」
「やっぱり花鞠の生まれ変わりじゃないの?」
「朝央坊ちゃんが島を出て行くとか。円竜の後継ぎが、無責任な」
「親父さんの尻拭いもしないで」
「島はお終いじゃ。このままでは滅んでしまう……朝央坊ちゃんのせいで」
「……っ」
コテージを出た朝央を待っていたのは、島民たちの邪険な視線だった。頭ごなしに指を差したりはしていないが、彼に聞こえる音量の罵倒が聞こえて来る。
最初は、彼らの隣にいる鞠菜への非難だったが、彼らの怒りは次第に朝央へと移っていく。
朝央が島を出る、家督は継がないと宣言したことはすっかり島中に知れ渡っていた。島を治め、発展させていくための円竜家の後継ぎが島を捨て、島民を見捨てて女を選んだ。
閉鎖的環境と、ここ数日の不安と恐怖のストレスは、この島で最も地位のある者へとぶつけられている。
「朝央さん、早く行きましょう」
「いえ、言わせておけばいいんですよ。どうせ、俺にはもう関係なくなるんですから。真正面から親父に反抗できなかったから、今まで溜め込んでいた不平不満が爆発したんでしょう。親父が今までやっていた不正も悪事も、俺が償わなければならないという決まりもない。性格悪いでしょう、俺。親父の生前はできなかった嫌がらせを、死後に全力でやろうと思ったんですよ。島の金の横領だけじゃない、茉由の死も栄華が高校に行けなかったのも、母が倒れたのだって元はと言えば親父の横暴のせいだ。円竜の一族と一緒に、この島も滅んでしまえばいいんだ」
朝央もまた、今までのストレスが爆発したかのようだった。
円竜は島の独裁者として、それなりに悪事に手を染めていたようだ。朝央がその開示を求めたことにより白日の下へと曝され始めたが、朝央に飛び火が降り始めている。
このまま島の人口が減り、誰もいなくなってしまえば美天島は滅んでしまうだろう。侵略による滅びではない、人間たちが見限ったことによる滅亡だ。
立香はいたたまれなくなった。朝央たちを促し速足にその場から立ち去ろうとしたが、鞠菜が朝央の隣から離れつかつかと足音を立てながら島民たちも前に立ったのだ。
「あの」
「鞠菜!」
「私への非難はいくら言っても構いませんが、朝央君へは止めていただけませんでしょうか」
「な、何だこの女」
「そもそも、島を出るというのは朝央君が決めたことです。彼の人生を他人が決めないでください。私にも原因はあります、朝央君は私を選んでくれたのは嬉しく思います。なので、原因となった私をどうぞ存分に非難してください。全部、私のせいですので!」
島民たちに対して、鞠菜はそう言い放った。『カルデア探偵局』の前で円竜殺害を否定した時のように、毅然とした態度で真っ直ぐにそう告げたのだ。
自身に対する罵詈雑言は耐えられたが、朝央に対するそれは我慢がならなかったようだ。
困惑する島民を前に、鞠菜を決して怒りもしないし泣きもしていない。朝央に手を引かれて連れ戻されても、決して彼女は譲らなかった。
「彼女、ただの大人しい女って訳じゃなかったわね。真っ直ぐすぎてちょっと引くけど」
「うん。名前はマーリンと似ているけど、やっぱり別人なんだ」
そう、みんな名前が似ているだけの別人だ。朝央だって、「王」と似た名前をしているが、自称・性格が悪い男である。
似ているけれど、全く違う存在なのだ。
「立香、狼王と傭兵と共に2人を屋敷に送り届けろ。俺たちは、昨夜の萌華の足跡を追う。役場から屋敷までのルートから事件を読み解く」
「萌華さんは昨夜、役場にあるオフィスから車で屋敷に戻った後に姿を消している」
萌華の遺体発見当初に訊いた話では、彼女は昨夜8時20分にはオフィスを閉めて役場を出た。鳥栖を始めとした商工会の者たちが彼女の姿を見ている。
役場から屋敷までは最短ルートでも車で15分。信号のない島なので、悪天候で速度を落としても20分前後しかかからないという。
屋敷に戻って荷物とスマートフォンを自室に残し、百華の部屋に行って手紙を置いて屋敷を出た。9時頃には姿が見えなくなっている。
エドモンとジャンヌ、サリエリは一度役場へと向かい、そこから円竜の屋敷へと向かうために二手に分かれた。
昨夜と同じく、祐川の車を借りて円竜の屋敷へ。そしてもう一台。
「あったあった、動くかな?」
「これ、随分古い車ね」
「トヨタ・パブリカ。1960年代発売クラシックカーだな」
朝央が祐川家の車庫の中にあった車を発掘した。埃まみれのカバーを外すと、立体的な薄緑色の小型自動車が姿を現した。
「父が昔乗っていた車です。運転手付きの車になって乗らなくなったのを、俺がこっそり乗っていたんですよ」
「昔は、高校の夏休みに帰って来ると、毎日乗り回していましたね。挙句の果てには、親父さんにバレたくないってうちの車庫に放置ですよ」
「その節はまことに申し訳ございません。預かってもらって、ありがとうございます」
「高校時代に運転していたんですか?」
「私有地を走るなら、免許は必要ない」
「はい。乗っていたのは円竜の土地だけです。確か、姉さんも栄華に自分の車を運転させていたな……車の運転は、早く覚えておけって」
10年は動かしていないということで、若干の不安はあったが、ガソリンを入れて鍵を回せばトヨタ・パブリカは問題なく動いた。高身長の男性陣には少々窮屈だが、脚がない以上贅沢は言えない。
立香たちと別れ、エドモンたちは役場を経由して屋敷へと向かった。
「役場から屋敷までは、時速40kmで約18分。最短は遺体発見現場となった西の崖の前を通るルートか」
「崖から屋敷まで、案外近いのね」
「徒歩で10分もかからないだろう。車でも3分程度か」
一度屋敷に到着して時間を計り、西の崖へと折り返してそこまでの時間も計測する。屋敷と西の崖の距離は短い、この程度ならば車なしに傘をさして徒歩で向かうこともあり得るだろう。
もう一度、遺体の発見現場となった展望台という名の崖を検める。柵は120cmはある高い物だ、隙間なく板が並んでおり、遺体をここから崖の下の海に落とすには柵を乗り越えなければならない。
「ミセス・萌華の体格はジャンヌと同等だ。刺殺した彼女の遺体を運び、柵を乗り越えて海に落とすのならば、それ相応の力が要るだろう」
「遺体は濡れていたが、引き摺った形跡はなかった。女には少々骨の折れる作業だが……」
「それじゃあ、犯人は男ね。
「可能性は高い。まだ、考えられる仮定の話であるが……萌華は一度屋敷に帰り娘に会った後、何らかの理由で犯人にここへ呼び出された。犯人は萌華を殺害し、遺体を崖下に落とす……偽造した告白文は、
「つまり、蘭堂が萌華を殺して、共犯者の義乃が手紙を偽造したってこと?」
「まだ仮定の話だ」
だが、疑問が残る。
あの時の時点で蘭堂は円竜殺害の第一容疑者と言っても過言ではない。そんな彼から呼び出されて、ホイホイ出向く可能性はあるのだろうか?
しかし、偽造の告白文が百華の枕元にあった時点で、屋敷の者が関わっている可能性が高い。
「……ところで楽長。その肩のクラシックな鞄は何だ?」
「っ、それ車のドアじゃない!?」
何故か、サリエリの肩にはトヨタ・パブリカの助手席のドアが車から外れ、鞄のようにかけられていた。
「……外れた」
「元に戻してきなさいよ!」
約束された運命の次郎ご……トヨタ・パブリカ
(これがやりたかっただけ)