犯罪多重奇頁 米花   作:ゴマ助@中村 繚

34 / 140
美天島聖剣伝説殺人事件16

 マシュが引っ掛かっていた違和感はソレだった。

 何気ない光景。普通なら見落としてしまうし、実際立香は何も気づかなかった。でも、女性ならば違和感を抱く。女性は洋式トイレを使用する際に、便座を上げることはない。

 蘭と仲良くなれたことへの浮かれか。それとも、蘭と親しいジャンヌへの嫉妬による乱れか。ほんの少しの油断が、彼の正体を暴いたのだ。

 

「えい、が……? 男って、そんな……」

「気づかなかったよな、お兄さん。円竜の言葉を信じて、僕を女だと思い込んでいたからね。貴方も、お姉さんも」

「家督の後継者を男子に限定しているが、円竜家の家系図は極端に男子が少ない。生まれない家系か、夭折する家系か……否、否! ()()()()()()()()()()。だから女として育てた! 長男に何かがあった際に使えるように、外に養子には出さず手元に置いて飼い殺していたのだ!」

「その通りだよ。円竜は僕をお兄さんの影武者にすると言って引き取ったんだ。でも、実際はそんな大層なものじゃない、貴方に何かあって家督を継げなかった時のための予備だったんだよ! 僕も! ()()()()!」

 

 朝央も萌華も、栄華は父の妹の娘だと説明されたから、疑いもせずに栄華の母親は自分たちの叔母だと思っていたし彼女を妹として扱った。だが、全て偽りだったのだ。

 栄華の正体に気付いたエドモンが見返したのは、立香が撮った円竜家の家系図の写真。極端に男が少ないのは、望んでも生まれなかったからではない。長男と家督を継いだ者以外は、生まれても男として記録に残さなかったのだ。

 円竜の妹は弟。邪魔な男子は女として育てて長男の予備にするという悪しき風習の中で育てられ、島を出てからは異常性に気づき逃げ出した。

 幸いにも連れ戻されることはなく、彼は円竜の名を捨て、「卓子」という偽りの名を捨て、最愛の人と巡り合って彼は父親になった。栄我という息子をもうけ、慎ましく幸せな日々を過ごしていたが、夫婦共々事故で亡くなってしまう。

 母方も身寄りがなく、両親を亡くした栄我は施設へ引き取られかけたその寸前に、父の兄という人物――円竜が、彼を引き取ったのだ。

 

「円竜は、僕を引き取ってやるから女として、長男の予備としての役目を全うしろと言ってきた。それが円竜家のしきたりだって。反抗した僕が逃げ出さないようにって、義乃を監視につけて島から出させてもらえなかった。好きな物……鉄道も恐竜もヒーローも、全部取り上げられた。父さんが付けてくれた名前も、友達も! 誰も引き取ってくださいって言っていないのに!」

「何で、何で姉さんを殺したんだ。親父を怨んでいても、姉さんはお前に辛く当たったりもしていなかっただろう!?」

「そうだよ、お姉さんは良い姉だったよ……()にとってはね。彼女は引き取られた僕を精一杯慈しんでくれたけど、それは妹への対応だった。服も下着もメイク道具も、恋の話も、姉妹として接してくれた。けどそれは、女を押し付けているかのようで辛かったんだ! 本当の僕は、大人しくて引っ込み事案の妹じゃない! 好きなのは優しくて背の高い男性じゃない。可愛い女の子なんだ……僕は男なんだよ!」

「そ、そんな……」

「栄華ちゃん、どうしたの? ヒロ君、どうして悲しそうなの?」

「引き取られた当初は6歳。なまじ自我が確立していたからこそ、逆転した人生は齟齬を生み、おまえの中で澱みとなって蓄積した。女を偽っても、力も心も男だ。妹から呼び出されたのなら萌華も警戒せずに快く応じるだろう。萌華殺しに必要なのは、遺体を持ち上げられる力と車の運転技術だ。おまえは萌華の車を運転できた、そうだな」

「……そうだよ」

 

 高校時代の朝央が無免許で私有地を運転していたのと同じく、栄華も萌華から車の運転を教わって円竜家の私有地を走っていると朝央は言っていた。つまり、彼は免許こそ取得していないが、車は運転できたのだ。

 それに気づいて車庫にある萌華の車を調べてみると、運転席の位置とミラーの位置が萌華の体格に合っていなかった。栄我の体格に合う調整がされていたのだ。

 そればかりか、ハンドルからもレバーからもミラーからも、指紋が一つも発見できなかった。偽の告白文と同じだ。要らぬ証拠隠滅をしたせいで、返って不自然になってしまったのと同時に、指紋を消すことに意識が向きすぎて座席とミラーを戻すのを失念していたのである。

 昨夜、栄我は萌華にメッセージを送って西の崖に呼び出した。萌華は何の疑いもなく、帰宅途中に崖に立ち寄ると、レインコートを着て悪天候の中、徒歩でやって来た栄我と落ち合った。

 

「2人きりで相談したいことがあるって、一体どうしたの? この天気で。あ、もしかして……前から言っていた、高校進学のこと? 高校に行きたがっていたもんね。私も、可愛い制服があるところのパンフレットをいくつか取り寄せ……」

「違う、違う!」

「……どう、して?」

「違うよ。僕は、僕は妹じゃない!」

 

 無防備な萌華の左胸にナイフを突き立てた後のことは、よく覚えていない。無我夢中に遺体を崖下に落としたが、海に落ちたかどうかは確認できなかった。

 萌華のスマートフォンを操作して送ったメッセージを削除し、車を運転して車庫に入れた。小五郎は萌華の荷物を部屋に入れたのは義乃と推理したが、それも栄我がやった。百華の枕元に偽造した告白文を置く。その時、百華の頭を撫でたのは無意識だった。

 もう眠ってしまったから匂いだけで誤魔化せると義乃に指示され、萌華と同じ香水を……彼女がおそろいと言って渡した香水を着けて、百華の頭を撫でたのだ。

 後は、シャワーを浴びて入浴していた体を装い、台所に顔を出してアリバイを確保する。これで、萌華の帰宅をも偽造したのだ。

 

「僕は義乃の指示でお姉さんを殺した。円竜が死んで遺産が入れば、義乃にとって最も邪魔なのはお姉さんだったからだ」

「嘘よ! 全部あの子が主犯よ……私は、脅されて……」

「円竜と萌華が死んで遺産が入れば、遺産の一部を持って島を出ても良いって。男に戻っても良いと言われて協力したけど、あいつは僕を解放する気なんてなかった! もう、この一族もこの島も、滅んでしまえばいい!!」

「百華!」

「来ないで!」

 

 栄我は約束を反故にされ、一生解放されないと悟って自暴自棄になっていた。彼は状況がよく理解できていない百華へ包丁の切っ先を向ける。麓人が止めようと間に入るが、滅茶苦茶に振り回した包丁に腕を切られて畳に倒れ込んだ。

 

「パパ! 栄華ちゃん、パパがケガした! どうしたの? ねえ、いつもの栄華ちゃんじゃないよ!」

「僕は……」

「落ち着いて、栄我君!」

「っ、毛利さん!」

 

 百華を人質に取られ下手に動けないこの状況に、興奮状態にある栄我。何とか百華だけでも助け出せないかと隙を窺うその中で、栄我の前に立ったのは蘭だった。

 怯えもせず、哀れみもせず、怒りもせず……真剣な眼差しで栄我を見つめている。

 

「蘭、さん」

「百華ちゃんを放して」

「……ごめんなさい、騙してしまって。でも、僕は、もう……もう駄目だよ、お姉さんを殺しちゃったから」

「わっ!?」

 

 蘭を前にして、栄我は緊張の糸が切れたようにぼろぼろと泣き始めてしまう。それでも手にした包丁は落とさず、更に強く握り占めると人質に取っていた百華を突き飛ばした。

 大きく転倒した百華の身体は、咄嗟に飛び出た鞠菜に受け止められて無事だ。が、栄我の包丁の切っ先が向かったのは、栄我自身の喉元だった。

 犯人の衝動的な自殺。警察も『カルデア探偵局』も止めようと踏み込んだその刹那、空を切る音がした。

 剣豪が真剣を振ったかのようなその音は、蘭の拳の音。

 栄我の手から包丁を弾き落として彼の自殺を阻止すると同時に、顔の真正面へ向けて正拳付きが繰り出される。拳の風圧で栄我の前髪がひらりと浮き上がり、鼻先スレスレで蘭の拳は停止した。ほんのギリギリの距離の寸止めだった。

 

「お願い栄我君。自首をして」

「……それは、探偵としての?」

「違うわ。友達としてのお願いよ!」

 

 蘭の言葉を受けて、栄我は憑き物が落ちたかのようにずるずると座り込んでしまった。そのまま警察に確保される。

 百華に怪我はなく、麓人も軽い切り傷で済んだ。

 

「円竜義乃。円竜勇朝さん、及び萌華さん殺害の主犯として逮捕します」

「……ええ、そうよ。私がやったのよ! 遺産が欲しかったのよ! 円竜家の莫大な財産がね! 殺人に協力したら島から出してあげるって出鱈目を信じて、本当に可哀そうな子。本当に萌華まで殺して」

「義乃さん。それが本当の貴女ですね」

「あら、蘭堂さん。短い間だったけど、お付き合いしてくれてありがとう。そして、良いスケープ・ゴートになってくれてどうもありがとう。最初は貴方に犯人になってもらおうとしたけど、そこの花鞠が偶然にもワインを持って来てくれたからね。ちょーっと予定を変更したのよ。ありがとうね、お嬢さん。わざわざワインを持って来てくれて。あーっはっはっはっは!!」

 

 手錠をかけられながら甲高い笑い声を上げる義乃に色気のある後妻の面影はない。

 動機は円竜家の遺産……金のために蘭堂と関係を持ち、栄我を焚き付け、鞠菜をも巻き込んだのだ。

 犯人たちは逮捕され、これにて事件は一件落着。

 

 

 

 ではない。悪いな、これからまだ何かあるんだわ。

 連行される義乃の笑い声に呼応するように、ナニかが弾けた。それは円竜家の屋敷から徒歩10分もかからない西の崖――KEEP OUTのテープが貼られた萌華の殺害現場から臨む海から這い出て来た、黒く濁った液体だった。

 粘度を持つそれはボコボコと音を立てて沸き上り、島に上陸すると異形の姿へと変化する。黒いインクでお粗末に描き殴った翼竜のような異形が、美天島の上空へ飛び立ったのだ。

 

『エネミー反応だ! 何だ、急に出現したぞ……しかも、この反応。立香君、急で悪いが竜種のお出ましだ!』

 

 それはまるで、悪意によって召喚されたかのようだった。




【コナンの推理ミスについて】
名探偵といえどまだ17歳の少年。人生の経験値は少なく、人間の感情の機敏はまだまだ把握し切れない発展途上の名探偵ということで少々のミスを入れました。
不倫関係がはっきり分かっている中で、更に男がいるとは思っていなかった様子です。しかも女装しているとか。
百華に対する無意識の焦りと、蘭に関することに対してはケアレスミスが出現してしまう。
蘭ちゃんがあんなナンパ男に引っ掛かる訳がないじゃろ。(妃先生初登場回参照)

そして、この事件で次だけ『YAIBA』的になる。(神秘と英霊が暴れるぜ!)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。