「信長」
戦国武将であり歴史の改革者であり、神をも恐れぬ大うつけ。戦国の風雲児、第六天魔王、常識をぶち壊した傾奇者。そのたった一言の中には、様々な意味と生き様が凝縮されている。
「信長」とは、歴史に名を遺した一介の戦国武将に非ず。と、いうのが此度の依頼人であり、司馬波出版の編集長である
「弊社の出版する『歴史旅帖』は、刊行してから40年以上読者の皆様にご愛読いただいている歴史雑誌です。毎年この時期になると、雑誌のイメージモデルである「ミスター信長」を決める『ミスター信長コンテスト』というものを開催しています」
「ミスター信長、ですか」
「はい。毎年、モデルや若手俳優、更には一般応募の中からエントリーした「信長」たちが観客の皆様の投票によって「ミスター信長」に選出されます。見事「ミスター信長」に輝いた方は、当誌の表紙だけではなく、CMや刊行書籍の帯を始めとした広報活動全てに従事していただいております。今年のコンテストも次の土曜日に予定されているのですが……最近、編集部が嫌がらせ行為を受けていまして」
ある日は、編集部のポストに汚物や生ゴミが詰め込まれていた。
またある日は、読者からのファンレターの中に剃刀入りの手紙が紛れていた。
またまたある日は、編集者が入るビルの壁に盛大な落書きがされていた。
そして、遂に暴力的な文面の脅迫状が届いたのだ。
エドモンが受け取った脅迫状は、A4用紙いっぱいに油性マジックで書き殴られている。暴力的かつ語彙力に乏しい罵詈雑言で徹底的に編集部の非難を繰り返し、最後にはコンテスト会場の人間を皆殺しにすると書かれていた。
「手書きか。定規等を使用して誤魔化した形跡もない。計画性の欠片もないが、衝動的な憎悪と殺意を宿した脅迫状だ。実に分かりやすい」
「嫌がらせはいつ頃から始まりましたか?」
「始まったのは……5月半ばから。そうだ、あの頃からか」
「何か心当たりが?」
「実は、この頃にコンテスト本選に出場するメンバーの発表がされたのですが……その時に、先代のミスター信長の不参加も発表されたんです。生島忠寿という俳優なんですが」
「最近、テレビ出演が多い若手俳優さんですね」
当然、四連覇をかけて今年もエントリー予定であったが、本業が売れに売れすぎてしまいスケジュール確保が困難となってしまったのである。
「本人も残念がっていましたが、事務所の方針で仕方なく……なので、三連覇した生島君は殿堂入りということでエントリーせず、彼の後継者となる新しい信長を決めるというのが今年のコンセプトでした」
「今までの信長が雑誌から消えたのと同時期か。先代信長の信奉者の可能性が高い」
「つまりは、生島さんのファンが暴走しているってことか」
「弊社一番のイベントを警察沙汰にするには心苦しくて、そこで……ダンテスさんに『ミスター信長コンテスト』に出場していただきたいのです」
「……いや何で!?」
洲道の意外すぎる依頼に、立香は一拍開けてツッコミを入れた。話を振られたエドモンも、予想外の提案だったのか一瞬きょとんと虚を突かれたような表情をしたが、すぐに理解したような笑みを浮かべた。
「なるほど、信長の目で脅迫者を暴くということですか」
「いやでも、信長のコンテストですよね。信長は日本人ですよね! どう見ても日本人じゃないフランス人が出場しても良いんですか?!」
「その点はご心配なく。ダンテスさんには、コンテスト当日のゲスト信長枠を用意しています」
「ゲスト信長?!」
説明しよう!
『ゲスト信長』とは、『ミスター信長コンテスト』本選当日に発表される、会場を盛り上げるためのお遊びエントリー枠である。
「この枠は、ミスター信長に選ばれることはなく、あくまでコンテストの話題作りのためにこちらがお招きするゲストとなっています。過去には、信長を演じられました大御所俳優さんや、歴女アイドルの方に女性版信長を演じてもらったりしました。雑誌の最年少読者である、幼稚園児の信長君もいましたね」
「女性版信長……」
「嫌がらせのドタバタもあって今年のゲストがまだ決まっていない時に、最近評判の美形外国人探偵がいると聞いて、これは捜査の依頼がてら話題になるのでは! と、お伺いに来た次第です。生島君の不参加はこちらとしても痛い打撃でした。なので、話題作りに必死です」
「はっきり言っちゃうんですね」
「はい。信長は改革の象徴でもあります。“こうしなければ”という固定概念を破壊して、新しい試みを導入した革命児。「信長」は日本人でなければならないという決まりなどないのです。勿論、当日の衣裳もヘアメイクも、移動費その他の諸経費は弊社で持ちます。今年のコンテスト会場は、ショッピングヒルズ・ベイカ。ゲスト司会者は、先日公開されました映画『カウントダウン本能寺』でお市の方を演じられました、女優の雨城瑠璃さんです」
「まさかこの身が、天下に名を轟かせる
「え、乗り気? でも、目立つのも……」
「オレは構わん。この姿が目立つのなら、おまえが
「俺が?」
「ミスター信長だ」
「信長……」
立香の脳裏に浮かんだのは、教科書で見る例の肖像画っぽい本物信長でも、ゲームによく登場する地を這うような低い独特の声をしたTHE魔王な信長ではなかった。
イベント毎にちびノブが氾濫し、沖田総司と漫才のようなやり取りをし、魔王となれば性別不明なモデル体型イケメン美女となり。時には水着に着替えてロックスターになるとか言い出して、国宝をギターに魔改造したりする。カルデア在住の魔人アーチャーことノッブ――織田信長である。
「……エドモン、ノッブになってくれ!」
こうして、エドモン・ダンテスがゲスト信長として『ミスター信長コンテスト』へ参戦することが決定したのだった。
『……は? 信長? お前が
「このコンテスト、毛利さんと鈴木さんに誘われているわ。ゲスト司会者の女優が、毛利さんの母親の同級生なんですって」
「この人だよね。昼の再放送ドラマに出てる」
『聞けーー!』
「女優の雨城瑠璃。出演したドラマの撮影中に共演者が殺害され、同じく共演者の俳優が警察に自首をしている。自首を勧めたのが、現場に居合わせた毛利探偵か……」
「1月の新聞に載っていた事件の記事だね。ループ上の出来事だけど」
立香がテレビを点けるとちょうど雨城瑠璃の場面だった。数年前に放送したシリーズ刑事ドラマに登場する、準レギュラーの解剖医役である。高校生の子供がいていい年齢には見えない、潤いのある美人だった。
彼女と蘭の母親が同級生とは、意外なところで接点があるものだ……そういえば、蘭の母親こと毛利夫人とはまだ対面していていない。美天島の時にも同行していなかった。
「雨城女史が巻き込まれた事件では、眠りの小五郎が
「『眠りの小五郎』は、眠っている毛利探偵の後ろでコナン君が声色を変えて推理をしていた。それが全国区になるほど日本中に知れ渡っているほど登場している」
「時には眠らずに事件を解決することもあるようだが、不眠の名探偵の隣には彼の者がいた。『那須野尊史を偲ぶ会』では、まるで真実を知っているかのような導きだった」
「あの子が殺人事件を解決しているって言いたいの? まだ子供でしょう」
『……まさかとは思いますが、真名を忘失しているサーヴァントとは彼なのでは?』
カルデアからの通信でマシュがそう訝しんだ。
そう、子供だ。外見は小学1年生。だが、見た目と精神年齢、経験値、頭脳は肉体に相当するのだろうか?
例えば、英霊が子供の姿を全盛期として召喚されている……真名を忘失していても、霊基に刻まれた己の本質は忘却するはずはなく、事件に遭遇すれば謎を解かねばならないと動いているのか。
『それならこちらでも分かるはずだ。霊基の反応はない』
「彼はサーヴァントじゃない。そんな気がするんだ」
「おまえがそう言うのなら、そうなのだろう」
数多の英霊たちと契約して来た立香の勘を支持しよう。
江戸川コナン――彼が宿す謎は、未だ真実には到達できない。
「信長」がゲシュタルト崩壊するけど是非もないよネ!